今週月曜日、経団連会館で行われた、インターナショナル・クライシス・グループ(以下ICGと略)のCEOである、ジャンマリー・ゲーノ氏による講演を聴いた。演題は「2015年のグローバル地政学—分断した世界で平和をめざす」である。ゲーノ氏は、フランス外務省で防衛・安全保障の専門家として長く勤務した後、国連では事務総長補佐としてPKO活動の拡大に務められた。その後、コロンビア大学教授、同大学大学院国際紛争解決センター所長を経て、昨年9月からIGCのトップに就任された。
ICGは1990年代のソマリア、ルワンダ、ボスニア紛争において国際社会が何も出来なかったことを反省し、1995年に国際非政府組織として設立された(本部:ブリュッセル)。世界23カ所に支部を置き、現在、60カ国の国際問題と紛争に関して現場調査に基づき中立的な立場から分析、情報発信と政策提言を行っている。
まず、ゲーノ氏が指摘したことは、「紛争の現場に入らないと真実は何も分からない」ということであった。要は、他国のメディア報道から伝え聞いたことをベースに、いくら素晴らしい分析をしたところで、何の説得力もないということである。ICGは、現在、「イスラム国」を含む、世界40カ所の紛争地域に人を派遣し、情報収集をしているという。ゲーノ氏が、そのICGに参加したのは、この数年、国連、特に国連の安全保証理事会が、世界の地域紛争に対して、全く無力になってしまったことだと言う。国連安保理に参加する大国は、それぞれが勝手な方向を向いていて協調、協力の姿勢が全く見られなくなったからだ。
ゲーノ氏は、現在、世界を震撼させている宗教を巡る過激主義による非国家主体、もちろん、この中には「イスラム国」も含まれるが、タリバンやボコ・ハラム、ヒズボラやイエメン・アルカイダなどを包括的に論じることは止めた方が良いという。むしろ、個別の状況によって別々の紛争解決策が必要となる。例えば、「イスラム国」はイラク政府のマリキ政権による極端なシーア派優遇策への幻滅感から出発しているし、ナイジェリアのボコ・ハラムは南部キリスト教徒が繁栄するナイジェリア経済の利権を独占することに対する反感がある。
敢えて、こうしたイスラム過激派による地域紛争の共通点を見出そうとするならば、宗教の過激主義は、紛争の原因ではなくて、結果として出て来た症状であると見るべきだと、ゲーノ氏は言う。大事なことは社会が、人種や宗教に対して、もっとインクルーシブになることだと。さらに、ゲーノ氏は、こうした過激思想に導かれて行く人々の多くが、高等教育を受けた知識層であることにも注目すべきだと言う。中流階級の入り口に到達しながら、もはや、それ以上には上れないガラスの天井を見てしまった人々が、幻滅感からイスラム過激思想に魅力を感じて行く。
フランスからも「イスラム国」に1,200人の若者が参加しているが、彼らは、「イスラム国」に入ってからイスラム教に改宗している。これを見ても、彼らの行動の出発点がイスラム過激思想からではないことが分かる。フランスは、これまで多くの移民を受け入れたが、その移民の二世、三世はフランス社会に同化することも困難で、自らのアイデンティティが見出せないでいる。その鬱積した不満が暴力として爆発している。これは暴力のための暴力なので、交渉や説得も全く受け付けない。
この1,200人の過激思想に陥った若者の力を軽んじてはならない。深刻なテロは10人もいれば、起こすことは可能である。昔は、こうした過激な勢力は局地的に留まっていた。しかし、今は、こうした活動がグローバルに展開して来ている。「イスラム国」はグローバル・ジハードの名のもとに、多くの資金と戦闘員を受け入れている。今回の後藤健二さんの事件も、彼らは身代金など手に入れようと思ってはいない。最初から、これはグローバル・ジハードを世界に広めるためのプロパガンダなのだ。
さらにゲーノ氏は語り続ける。私は、この「イスラム国」が将来、正式な国家として持続していく可能性については疑問を持っている。それは、「イスラム国」が支配している地域、イラクとシリアは中東において特別に教育レベルが高い地域だからだ。識字率も高いし、男女平等の意識も、他のアラブ諸国に比べればダントツに高い。従って、「イスラム国」が追求している「7世紀の世界」に戻るという考えは、この地域の大衆には、とても受け入れがたいと思われる。しかし、たとえ「イスラム国」が消滅することになっても、ここで培われた過激な思想はなくならない。むしろ、フランチャイズとして世界中に伝搬していくと考えるべきだろう。
大事なことは、世界各地で置きているイスラム過激派の紛争を宗教問題として一括して見ようという考えを改めるべきだ。それぞれの紛争が起きている原因が違う。それぞれの真の原因となっている民衆の不満を丁寧に聞くべきだ。まず、「話し合い」を行うことを提案したい。「話し合い」を行うことは、その相手の立場を「正当化」することでは決してない。「話し合い」を行えば、相手の立場を「正当化」してしまうから、だから「話し合い」を行わないと主張する人々が居る。
タリバンは、かつて、欧米世界に「話し合い」を提案して来たことがある。欧米世界は、「話し合い」は、タリバンの立場を「正当化」することになると、その提案を拒否してしまった。その後、タリバンは、どんどん孤立化し、さらに過激化することになった。我々は、「イスラム国」に対して、この失敗を再び繰り返してはならない。
と以上がゲーノ氏の講演内容である。今の日本で、「イスラム国」に関して、これだけ説得力のある話を聞くことが出来たのは大きな収穫であった。