295  企業誘致から人材誘致

先週、2月2日、徳島にて、e-とくしま推進財団のお招きで講演をさせて頂いた。この日は「ICTを活用して徳島を元気にする」という趣旨で設立された、この財団の、今年で設立10年目の節目を迎えての記念大会でもあり、永年の功績を讃える表彰式には飯泉徳島県知事も出席された。私は、このe-とくしま推進財団の会合で講演するのは、今回で2回目である。最初の講演は、現在も、徳島県の最高情報監督官(CIO)を務められておられる丸山 力 元日本IBM副社長からの招待であった。

丸山さんと私は、かつて、共にパソコン事業の責任者であり、お互いの共通命題は、当時、逆立ちしても太刀打ち出来ないNECのPC98に対して共闘することであった。そのためにはIBMが造った業界標準であるDOS-Vを日本市場で盛り上げることなら、お互いに何でもやる覚悟だった。ある日、丸山さんから、「IBMのPCで富士通のFM−TOWNS」のソフトが動くようにしてくれないかな?」と頼まれたときには、「この方は正気か?」と思わざるを得なかった。なぜなら、FM-TOWNSは富士通の独自仕様でDOS-Vとは全く異なる作りだったからだ。

この難題を社内に持ち帰り、「IBMから、こんなこと言われたよ」と部下に呟いたら、「それ、面白い、ぜひ、やりましょう」と半年もしない内に、IBM-PCに挿入するFM-TOWNSエミュレーターボードを作り上げてしまった。当時の富士通には、そうしたハッカーもどきの優秀なエンジニアが何人も居た。丸山さんは、約束どおり、そのボードを富士通から買ってIBM-PCのアクセサリーとして販売して下さった。それ以来、私は丸山さんと、公私にわたっての付き合いが続いている。

その丸山さんが、徳島県のCIOを努めておられるのは、単に丸山さんが徳島県出身というだけではない。徳島県は消滅可能性都市と言われる限界集落の割合が日本一で、例えば徳島県名賀町の高齢者比率は既に40%を超えている。空き家率も鹿児島、高知、和歌山に次いで全国4位で、とにかく全県にわたって「過疎」と呼ばれる条件を満たした集落ばかりである。その徳島県がICTで県の再生を図ろうと10年前からe-とくしま推進財団を設立して頑張っている。だから、この徳島県のCIOは、徳島の将来に対して大きな重責を担っている。

当日の私の講演内容は「ICTによる地域再生」であったが、終了後、丸山さんから「非常に良かった」とお褒めの言葉を頂いた。この講演の中で、徳島県上勝町の葉っぱビジネスである「いろどり」の話もさせて頂いた。この内容は、講演場所が徳島だから入れたわけではなく、全国で、この話をさせて頂いている。80代の老婦人がタブレット片手に山に入り、日本全国の料亭からの注文にピッタリ合う葉っぱを探しまくるというのはIT関係者なら誰でも驚きである。IT機器が、うまく使いこなせない「デジタル・デバイド」は年齢のせいだと多くの人が考えているからである。マイクロソフトの前CEOであるバルマー氏が、わざわざ上勝町まで見に来たというのだから、やはり凄い話である。

丸山さんは、「上勝町の葉っぱビジネスも凄いけど、徳島にはもっと凄い話が沢山ありますよ!伊東さん、いろいろ紹介するから、各地の講演で話して下さい」と、教えて頂いたのが「空き家を利用したサテライトオフィス」の話である。限界集落の古民家や公共施設をIT企業に貸し出して、ソフト開発のサテライトオフィスにするという話は、一見、どこでも出来そうな話だが、実は、徳島県が有する強力な情報インフラが背後に潜んでいる。徳島県は全県で限界集落に至るまで光ファイバーが行き渡っているのだ。

これを推進したのが総務省出身の飯泉嘉門現徳島県知事だが、知事自身、当初から、こういう活かし方までは想定して居なかったという。徳島県は、四国の中では直線距離的に極めて大阪に近いので、大阪で受信できるTV電波が全て受信出来た。しかし、TVのデジタル化に伴い、大阪発のTV放送の良好な受信地域からはずれ、NHKと民放一局しか受信出来なくなった。飯泉知事は、県内の山間地のお年寄りの一番の楽しみであるTVが見られなくなることは大きな問題と思われ全県にわたり光ファイバーによるCATVを張り巡らせたのだという。

この結果、大阪のTVが全て見られるようになり、徳島県民は華やかな大阪文化圏にとっぷり浸ることが出来たという。飯泉知事は、徳島県は道州制では四国に属さず、近畿圏に入るべきだとの運動を続けておられる。確かに、私も、大阪から明石海峡大橋、淡路島、鳴門海峡大橋と高速道路を走って来たら1時間50分で着いてしまった。これは、確かに徳島が四国より大阪に属すべきだという論法も、それほど無理な話でもない。瀬戸内海の3つの巨大橋は、四国を分断してしまったのかも知れない。

その光ファイバーのお陰で、山間地域が町の83%を占める神山町や、面積では四国最大ながら87%が林野で人口や事業所が、この3年で20%近く減少した三好市や美波町に、次々とIT企業のサテライトオフィスが誕生している。確かに、朝から晩まで机の上で、黙々としてソフトウエアを開発するという仕事は、あまり健康的とは言いがたい。それに華やかな都会は、お金を沢山持っている人たちには楽しいのかもしれないが、つましい生活をしている若者には何のメリットもない。

しかし、この徳島の限界集落では、仕事を離れたら豊かな自然と楽しむことが出来る。海辺でサーフィンをしてから、プログラミングも出来るなど、通勤時間がゼロの分だけ、余暇の過ごし方も豊かになる。あのバブル時代を知らない、今の若者たちは堅実で、幸せは、必ずしもお金では買えないということを良く知っている。こうした若者が、次々と徳島の過疎地域に集まってくるのだという。まさに、「企業誘致より人材誘致」である。昔、大きな工場を有する大企業の城下町として繁栄した地域は、ことごとく、工場の海外展開と共に町の衰退を加速させている。一度海外に出て行った工場は、円安が幾ら進んでも二度と戻ってくることは決してない。

そんな中で、丸山さんが、ぜひ全国に紹介して欲しいという女性が徳島に居る。徳島県美波町にあるIT企業のサテライトオフィスにシステムエンジニアとして勤務する乃一智恵さん(30)。彼女はイノシシの狩猟免許を持つハンターである。しかし、ハンターだけで生活するのは非常に困難なので、主たる仕事はシステムエンジニアとして働いている。都会のオフィスでは大好きなハンターは出来ないが、美波町では副業として出来る。朝、仕掛けた罠を回り、仕留めたイノシシを処分してからオフィスに出社するのだという。会社のバーベキューパーティでは、自分が仕留めたイノシシの肉を振る舞って人気を博しているという。確かに、丸山さんが自慢したいのもわかる凄い話だなと思わず感心してしまった。

飯泉知事は、徳島県中に張り巡らせた光ファイバーを利用して、少しでも人が集まりそうな所には全て無料のWiFiが使えるようにするのだという。町や村を興し、人々の生活を豊かにするインフラは、橋や道路や建造物だけではない。誰でもが何時でも何処でも使える情報インフラこそ、もっとも有効な地域再生のツールなのかも知れない。

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