293   貧困と格差

トマ・ピケティは、その著作「21世紀の資本」の中で、「格差は常に拡大し続けるが、20世紀に例外的に格差を縮小したのは戦争であった」と述べている。確かに、20世紀の戦争は、非戦闘員も巻き込んで市民を多数殺害し、都市を空爆で壊滅的に破壊した。欧州も日本も、これまで巨万の富を築いてきた富裕層は、戦争で殆どの資産を焼失した。戦火が及ばなかったアメリカでさえ、その莫大な戦費は、インフレで目減りした富裕層の資産で賄われることになった。

敗戦により壊滅状態にあった日本で、未だ焼け野原から立ち直れない1947年に生まれた私たち団塊世代第一号は、そうした絶望の中に生まれてきた。私が生まれた湘南平塚は、日本海軍の火薬工場があったせいで、米軍の徹底的な爆撃を受けて市街地は、ほぼ100%殲滅された。その焼け跡に、戦争から帰還した兵士達と戦火を生き残った女性達、つまり何もかも失った若い夫婦が、平塚の海岸地帯に掘建て小屋を建てて住み始めたのだ。

私の両親も、そうした仲間であった。私たち家族同様、ご近所の方々も、とにかく貧しかった。でも、貧しくとも不幸せではなかった。なぜなら、周囲も、皆、同じように貧しかったからである。皆、継ぎ接ぎだらけの服を着ているので、自分のボロな服も全く目立たない。しかし、私たちは、志だけは貧しくなかった。親達は、たまたま戦争に巻き込まれ不遇な人生を送ったが、自分たちは違う。一生懸命勉強して、この貧しさから抜け出すのだという強い意志があった。

親達も、同様で、自分たちは運が悪かったが、子供達には同じ人生を送らせはしない。自分たちは、水を飲んで暮らしても、子供達の教育には精一杯、お金をかけるという思いがあった。しかし、何せお金がないので、私立大学には行かせられない。国立大学は、当時、月謝が、たった1,000円だったので、国立大学であれば、何とか行かせることができた。平塚は東海道線で東京まで70分。当時はJRではなく「国鉄」なので、運賃はすこぶる安い。また学生割引であれば、市内のバス代と、ほぼ同じ料金で東京まで行けた。

だから、皆、死にもの狂いで国立大学に合格するべく勉強をした。私の実家がある地域は、子供の時は、本当に、殆どバラック小屋同然の粗末な住居ばかりだったが、向こう三軒、両隣、皆、殆どの家の子供達が、東大、東工大、一橋大、教育大(現筑波大)、横浜国立大など、首都圏の超一流国立大学に入学出来た。男3人兄弟の長男である私も、両親から「お前が私立大学に行くのであれば、何とか無理して行かせてあげるが、弟二人は大学には行けないよ」というプレッシャーを受けていた。そのプレッシャーのお陰で、結果的には兄弟3人とも東大に合格出来たという意味で、両親には感謝しなければならない。私たち兄弟も、周りの友人達も、皆、本当に貧しかった。皆が貧しければ、貧しさは苦にならない。貧しさのために、両親や社会を恨んだりはしない。むしろ、そのハングリー精神が向上心を育むことになった。

幼い頃、沼津に住んでいた私の従兄は、米軍の大空襲で家を焼かれ両親と兄弟を失い、たった5才で孤児となった。私の父親が沼津に探しに行ったが、とうとう見つからなかったという。彼は、上野駅で靴磨きをしながら孤児として暮らしているところを保護され、女優の小暮実千代さんが理事長を務める群馬県高崎の孤児院「鐘の鳴る丘少年の家」に引き取られた。後日、岐阜でバスの運転手になった従兄が、なんとか探しあてて、我が家に訪ねてきたときに、彼の自慢は、自分たちの孤児仲間で最優秀の者は、高崎高校から東大医学部に行ったというものであった。日本の敗戦は、本当に悲惨な社会を生み出したが、それでも未だ当時は希望があった。

貧困であっても、周囲が、皆、貧困であれば、それは決して不幸ではない。しかも、一生懸命頑張れば、その貧困から抜け出せるという可能性が見えていれば、全く不幸ではなく、むしろ、希望に溢れてくる。一方、世界の一流国となった、今の日本の閉塞感は、貧困が世代間にわたって連鎖することから生じている。今の日本では、貧困家庭に育った子供が、一流大学に進学し、無事、卒業することは、かなりの困難を伴う。

しかし、トマ・ピケティが述べる、格差是正のための税制改革は、当分の間、殆ど実現不可能だと思われる。それよりも、貧困家庭に育ち、一生懸命頑張ろうという意欲のある子供達に、公平に、高等教育の機会を与えることの方が、より現実的である。そのことは、結果的に日本の国際競争力を伸ばすことになるし、世界中から優秀な移民を日本に招請するよりも、遥かに現実的である。

それを政策的に実現しているのが英国である。英国は、アメリカ以上に厳しい格差社会と言われているが、今、その英国の高等教育の分野で、貧富の格差を乗り越える機会を与えている。英国では、今から45年前の1969年に、日本の放送大学に相当する放送を使った遠隔地への通信教育機関であるThe Open Universityが設立された。そして、今や、このThe Open Universityは、英国での大学序列順位でも、5本の指に入る一流名門大学となった。

この大学に入学するには、日本のように大学検定試験のような特別な資格も不要で、16才以上であれば誰でも入学することが出来る。そして、このThe Open Universityは今や352コースの授業があり、この大学を卒業出来れば、その学位は世界中で立派に通用する。しかも、言語が英語であることを活かし、The Open Universityは旧英連邦を中心に91カ国25万人の学生を抱える規模となった。そのThe Open Universityが、世界中の誰でもが無料で受講出来る大規模公開オンライン講座(MOOC)を始めたのだ。その名もFuture Learn。

英国のThe Open Universityが始めた、このFuture Learnには、現在、ニュジーランドのオークランド大学、南アフリカのケープタウン大学、韓国の延世大学、中国の上海交通大学、復旦大学など、世界の名門校が加わっている。世界中の一流大学が、今、貧困社会の中に潜む優秀な若者を探し出して、育て上げ、国家の成長に寄与させようとしている。確かに、ピケティが言うように格差を縮めることは容易なことではない。しかし、格差を乗り越えようとする若者を救う手だてはいくらでもある。そのために、最新のICT技術が貢献できることは沢山ある。私たちは、まだまだ諦めてはならない。

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