291  フランス新聞社襲撃テロについて

年明け早々の7日、世界中に衝撃が走る大事件がフランスで起きた。イスラム過激派がムハンマドやISIS指導者の風刺漫画を掲載する新聞社を襲撃したというテロは、先月、久しぶりにロンドンを訪れて、最近の欧州情勢をヒアリングした私にとっては、決して意外性のある事件ではなかった。正直、やはり、ついに起きたかという感じである。

そして、この悲劇を「過激なイスラム教徒がなせる凶悪事件」とだけ捉えるのはあまりに短絡的だと言わざるを得ない。日本と同様、少子高齢化で悩む欧州が、失われた20年に苦しむ日本とは異なり、それなりの経済成長が出来たのは移民による生産年齢人口の補給があったからだ。しかし、リーマンショックに端を発した欧州経済危機が顕在化し、失業率の増大が深刻な問題になってくると同時に、今度は移民問題が欧州各地で大きな社会問題となってきた。

欧州への移民を送り出している国々は、トルコからドイツ、バングラディッシュから英国、北アフリカからフランスへと、いずれも、その殆どがイスラム教信者である。祖国から欧州へ渡った第一世代は、貧しいながらも祖国の生活から比べれば、それなりの安定して豊かな生活実感をえられたものの、欧州で生まれた第二世代や、第三世代では、社会の底辺から一向に上昇出来る可能性を見出せないまま、その殆どが鬱積した怨念で満ちた生活を送っている。

今や、欧州は金融危機、若年層の失業率と並んで移民問題が大きな政治テーマになっている。2009年イタリアのラクイラで開催されたG8サミットで議論された主要議題は移民問題だった。北アフリカからの不法移民は、小舟でスペインやイタリアから欧州大陸へ上陸するのだが、英仏独にしてみれば、スペインもイタリアも本気で不法移民の取り締まりをしていないという不満がある。なぜなら、北アフリカからの不法移民は一旦欧州大陸に上陸すると経済停滞していて職が得られにくいスペインやイタリアを通過して、職が得られやすい、フランスやドイツ、英国へと移動してしまうからだ。

欧州へ渡ってきた、イスラム系の移民は、どんなに努力しても、中間層の仲間入りすることは出来ない。だからイスラム教徒同士が、同じ地域に集結し、その団結の象徴としてモスクを建設する。今や、欧州中で建設されているモスクの数は夥しい数に上っている。そして、イスラム教徒は白人キリスト教徒に比べて子だくさんである。ロンドンの小学校の3割がイスラム教徒となっているし、ベルギーで昨年生まれた子供の半数がイスラム教徒である。今後、200年から300年後に、欧州ではイスラム教徒がキリスト教徒を上回るのではないかとキリスト教徒は本気で恐れている。そうした恐れが、一層、イスラム系の移民を既存の社会に簡単には同化させないという圧力にもなっている。

そうした中で、起きたのが、今回の深刻な欧州経済危機である。若年層の失業率は、フランスでも50%近い。しかも、大学卒の高学歴若年層の失業率は、大学を出ていない若者の2倍というほど深刻な状況となっている。つまり、いくら、一生懸命勉強しても、今の欧州の若者は将来が全く見えないという状況である。そんな中で、北アフリカからの移民の子は、勉学の機会すら与えられていない中で、まともな就職など出来るあてなど全くない。そうした閉塞感の中で、毎日を暮らすイスラム系移民の若者の心情は、社会全体が混乱しているシリア、イラクで将来が全く見えない若者の心情と殆ど同じだと思ったほうがよい。

だから、今回、フランスで起きたようなテロは、今後、英国でも、ドイツでも、スイスでも、北欧でも、いつ起きても不思議ではない。私は、年末年始にトマ・ピケティ著「21世紀の資本」を読んだ。これは経済学の本というよりも、深刻な格差問題を論じた社会学の本である。経済が成長すればするほど、格差は増大する。そして格差の増大は社会の良識を司る中間層を限りなく減らして行く。この格差の問題は、決してキリスト教徒とイスラム教徒の間の問題だけに留まらないであろう。テロのような過激な事件を起こさない社会、良識ある社会は豊かな幅広い中間層が存在して初めて成立するのだと考えた方が良い。

今回のフランスにおける残虐非道な事件は、決して宗教問題だけの議論には留まらないのだと、改めて申し上げたい。

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