283  日本から学ぶ、欧州の経済再生策

先日、欧州から来日した新進気鋭の女性経済学者の講演を聞きに行った。一人は、欧州政策研究所の経済政策ヘッドを務めるチンツィア・アルチディ博士でテーマは「欧州債務危機のその後とJapanizationリスク」。つまり、欧州は、今回の経済危機を契機に、失われた20年から抜け出せない日本化が始まってしまうのではないか?という懸念について語る。多くの欧米の経済学者は戦後目覚ましい高成長を遂げた日本が、1995年以降、突然、全く成長が止まってしまった現象に大きな関心を寄せている。

もう一人は、シルヴィア・メルリル女史で、ブリュッセルに本部を置く欧州最大のシンクタンクであるブリューゲルでフェローを務める、うら若き経済学者である。ショートカットでボーイッシュなスタイルながらオードリー・ヘップバーンを思い起こさせる妖精のような美しい風貌である。彼女はギリシャから始まった南欧の債務危機が欧州の経済同盟を破綻させつつあることを、いろいろなデータから丁寧に説明していった。

話は変わるが、私は、今、あの「大停滞」という空前のベストセラーを書いたタイラー・コーエンの次作「大格差」を読んでいる。ご存知の方も多いと思うが、「大停滞」がベストセラーとなった理由は、失われた20年と世界から蔑視されている日本の大停滞は、決して日本だけの問題ではないという論調にある。つまり、タイラーの説は、高度成長を遂げた国は、その後に、必ず、大停滞を迎えるというのである。なぜなら、高度成長は「無償の果実:人口ボーナス」によって成し遂げられるので、それを失った途端に、もはや二度と成長は出来ないということを述べている

タイラーが語る日本の事情は、それだけではない。日本が、そんな大停滞を20年も続けていながら、未だに財政破綻をしていないし、飢餓や暴動も起きていないという事実を、これから間違いなく大停滞を迎える世界中の国々が学ぶべきだと言うのである。最初の講演者であるチンツィアも、この日本が迎えた大停滞(欧米の経済学者の間では、これをJapanizationと呼ぶ)を、今回経済危機を経験した欧州が、これから学ぶべき手本として研究対象としている。

このチンティアの講演の中で、私が驚いたのは次の発表内容だった。つまり、一般的に使われるグロスのGDPで見ると、1995年から2014年までの20年間で欧州は年率3−4%で成長し、2014年のGDPは1995年の180%にまで成長している。一方、日本は、同じ20年間で全く成長しておらず、2014年のGDPは1995年と全く同レベルにある。このことは世界中の誰でも知っている既知の事実で、これが日本の失われた20年、そのものである。

ところが、チンティアは、そのグロスGDPの20年間の推移のグラフの横に、次に生産年齢人口一人当たりのGDPの20年間の推移を並べて見せた。これが凄い、欧州も米国も日本も見事に同じ線上に乗ったのである。年率で1−2%で、20年間で30%成長しているのだ。つまり、生産年齢人口一人当たりのGDP成長率で見ると、日本は、この失われた20年間でも、欧州や米国と比べて全く遜色なく成長していたのである。

1995年から2014年までの20年間の間、日本は見事に成長を果たしていたのだ。政治家も悪くない、官僚も悪くない、企業の経営者も悪くない、もちろん従業員も全く悪くない。皆、精一杯頑張っていて、やるべき仕事を見事に果たしていたのだ。ただただ、少子高齢化の進展で年々、生産年齢人口が減って行き、その減り方が、成長率と等しかったために、日本の経済成長が止まっているように見えただけなのだとチンツィアは述べた。

だからこそ、この20年間に毎年霞ヶ関が作成してきた成長戦略も全て見事に失敗し、これを何とか挽回しようと無理を重ねて1,000兆円もの借金を積み上げてしまった。今回のアベノミックスでも、結局、第三の矢である成長戦略が打ち出されることは、とうとうなかった。それも、そのはずである。日本は生産年齢にある個人ベースでみたら、毎年見事に成長しているのだから。これ以上に成長できる奇跡の戦略などあるわけがない。

さらに、チンツィアは、1995年から2014年までの「失われた20年間」で日本が見事に雇用を守ってきたことに注目すべきだと言う。つまり、この20年間で、日本は生産年齢人口の就業率が80%台で落ち着いているのに、米国は70%台、欧州は60%台となっている。だからこそ、欧州の経済危機は極めて深刻なのだ。一方、日本経済は減少を続ける生産年齢人口を逆にきちんと活かしきっているのだという。こうして見てみると、欧州は日本から多くを学ぶべきだとチンツィアは言う。

もう一人の、シルヴィア女史は、もっと深刻な話をする。EUは通貨統合によって、まさに一つのヨーロッパとなった。為替不安がなくなったことで、北部ヨーロッパの銀行が国境を越えて南部ヨーロッパに多額の資金を貸し出し、ヨーロッパ経済全体が大きく成長することができた。しかし、ギリシャやスペインの金融危機を契機に北部ヨーロッパの銀行は資金を南部ヨーロッパから全て引き上げた。困窮した南部ヨーロッパの政府は国債の消化を自国の銀行でしか出来なくなった。この結果、南部ヨーロッパは政府も銀行も互いに大きなリスクを共有することになった。EUは、もはや単一経済圏ではなくなったのである。

こうした国内に閉じた金融システムが、さらに深刻な状況を生み出している。つまり、同じEUの中でも国によって金利が大きく異なり、また東欧や南欧に進出した外国企業は、その国の中では資金調達も出来なくなっている。もはや、東欧や南欧へ進出することは大きなカントリーリスクとなっている。同じユーロなのだが、EUの中で、もはや資金は国境を超えることはない。とシルヴィアは語る。

これを聞いて、確かに、欧州経済も大変だなと、私は思ったのだが、国が多大な債券を抱え、その国の銀行が殆どの資産を自国の国債で保有しているという状況が、シルヴィアが言うように極めて危機的な状況だと言うのであれば、日本も南欧や東欧と全く同じ状況ではないかと逆に心配になる。モノが売れなくなったのは消費税のせいではない。消費税を遥かに超える円安インフレのせいだというのに消費税アップを延期してどうするのだろうか。デフレを短期に解消しようとすれば、モノが売れなくなるという覚悟が必要なのに、今の政権の経済政策は支離滅裂である。

 

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