279 コンピューター将棋

前日本将棋連盟会長、永世棋聖の称号を持つ米長邦雄九段が亡くなられてから、もうすぐ2年になる。亡くなられる半年ほど前の、富士通も後援する人工知能関連のフォーラムで講演された米長九段のお話は、今でも鮮明に覚えている。末期がんに苛まれた痛々しいお身体をサポーターに支えられながら、ようやく壇上にお座りになられてから、その弱弱しい風貌から想像も出来ないほど力強いハッキリした口調で、ほぼ1時間にも渡ってコンピューターと将棋について語られた。

この講演の半年ほど前に、米長先生は富士通社員が開発したコンピューター将棋ソフト「ボンクラーズ」と戦って惜敗されている。この「ボンクラーズ」というへんてこりんな名前は、過去の棋譜をビッグデーターとして活用し、人工知能の技術を応用した初代コンピューター将棋ソフトである「ボナンザ」をベースとして「クラスター手法」で高速化したという意味を込めて名付けられている。この「ボナンザ」を開発した物理化学者、保木邦仁さんは、実は将棋のことは良く知らなかったというのだから驚きである。

米長先生が、コンピューター将棋ソフトと戦ってみようと思われたのは、もう既に一流と言われるプロ棋士達が最新のコンピューター将棋ソフトには殆ど勝てない状況の中で、もし最初にコンピューターに負けるプロ棋士が出るとしたら、それは自分でなくてはならないと思われたからだ。米長先生が仰るには、米長先生の実力は、第一線で活躍するプロ棋士達と殆ど変らない。ただ、今は、年齢と体力のせいで、少しだけ劣る。この少しだけ劣ると言うのが勝負では決定的な要因となるので、やはり第一線で活躍する現役プロ棋士には勝てない。でも、実力は、ほぼ互角だと思ってもらいたいと言うのである。

現役第一線のプロ棋士達も、米長先生が負けたとなれば、もっと気軽にコンピューターに挑戦できるに違いない。そう意味で、いわば犠牲的精神で自ら率先して、米長先生はプロ棋士として初めてコンピューターと公開競技をされる覚悟を決められた。それでも、無残な負け方はしたくないので、1年間の準備をされたという。つまり、コンピューターと戦うのだから人間を相手にするのとは違う戦い方をしなくてはならない。1年間、米長先生は一切人間を相手にして戦わず、ひたすらコンピューターを相手に試合を続けられた。そこで、コンピューターの欠点を徹底的に追求されたのだ。

その甲斐もあって、コンピューターとの公開試合では、一時は米長先生が優勢となる場面も何度もあった。米長先生は、過去に誰も打ったことのない奇手を連発され、コンピューターの頭脳を混乱させることに成功したのだった。しかし、なにせ、コンピューターは疲れを知らない。どんなに苦境に陥っても感情を持たないので冷静沈着に戦いを進めて行く。そして、最後は、疲れ果てた米長先生の、ちょっとしたミスをコンピューターは見逃さなかった。本当に惜しいところで米長先生は、日本のプロ棋士として最初にコンピューター将棋の敗者となった。それから1年後、プロ棋士達とコンピューター将棋の団体戦でコンピューター将棋側の圧勝となったことは、既に、皆さん、よく、ご存じのことだろう。

さて、プロの棋士は、もはや、コンピューターには勝てないのだろうか? 私は、そんなことはないと思っている。特に、既に7冠を達成し、現役を引退したら永世名人の称号を名乗ることができる羽生善治九段は、コンピューターには負けないのではないかと期待している。その理由は、羽生さんが、大事な試合には、常に新手を開発して勝負に臨んでいるということである。そして、その新手は、悪手と呼ばれる筋の悪い指し手をベースにしているといわれることにある。対戦相手は、当然、筋の悪い悪手は承知しているので、将来、永世名人となられる羽生さんが、「どうして、そんな手を打ってくるのか?」とパニックになるらしい。

米長九段が奇手でコンピューターを苦しめたのならば、羽生さんが、練りに練った悪手でコンピューターに立ち向かったとしたら、過去の棋譜で学習したコンピューターは完全に混乱に陥ることは間違いない。なぜなら、プロ棋士が打った、過去の棋譜には、まさか悪手があるはずがないからである。コンピューターは一度、自らが作り上げたロジックが役に立たないことを知ると大混乱になり、もはや自力で立て直すことは相当に困難であろう。

ところで、最近、ある雑誌に、とても興味深い記事が載っていた。コンピューター将棋のことを、どこまで理解しているのはわからない記者が、羽生さんに向かって、次のような質問をしているのである。「もはや、プロ棋士もコンピューターに勝つのは大変ですね。今後、コンピューターが、どんどん進歩して、人間の棋士が全く敵わなくなったら、どうしますか?」と大変失礼な質問である。これに対して、羽生さんは、実に痛快な答えを用意されていた。「全く、問題ありません。将棋のルールを変えれば良いのです。例えば、桂馬を横に動けるようにするとか」。

そのとおりである。過去の数万の棋譜から学習したコンピューターは将棋のルールを変えられたら、そのロジックは完全に破壊される。新たな将棋のルールが形成されたら、ここで、力を発揮するのは、「過去の知識や経験に基づく判断能力」ではなく、「創造力」である。人間とコンピューターの能力の違いは、この「創造力」にある。思わず、この話、将棋の世界だけの話ではないのでは?と、ふと思ってしまうのは私だけだろうか?

 

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