元々、私は、若いころから本を読むことが好きだった。小学校では1年間に何冊読むかという競争では負けたことがなかったし、大学へ入学した後は、友人に読書家が多かったこともあり、本当に貪るように本を読んだ。しかし、会社に入ると余りに多忙で本を読む時間すらなくなった。特に目が疲れやすく、アレルギーも酷かったので、飛行機や電車で移動中は目を瞑って休めることに専念し本を読むどころではなかった。
しかし、2007年に代表取締役副社長、次世代技術戦略及びR&D担当、いわゆる最高技術開発責任者(CTO)を拝命してから、時間的余裕もできたので、再び、心を入れ替えて本を読むことにした。多くの本を読むために速読をするのは良いが、良い本は、後でじっくり読み返したいとも思ったので、本の購入は会社の経費は一切つかわず全て自費で購入した。会社で用意してもらったのは、それを収納する立派な本箱である。今や、自室に立派な本箱が7つ、本の総量は1,000冊にも及ぶに至った。
平均すると1冊の購入価格は2,000円弱、高いものは4,000円から5,000円ほどするものまである。もちろん、こんな量の本は自宅に持ち帰っても置く場所など全くない。従って、この本の始末をどうするかが、会社を退任する際の最大の懸案事項だった。カミさんは、「全部ブックオフに売ったら?」と気楽に言うが、総額2百万円と言う購入費用以上に、1冊、1冊、丁寧に選んで買っただけに、やはり捨てるには未練が残る。
私の本の購入方法は、朝日新聞、日経新聞の日曜版の書評、及び毎月購入しているTop Pointという優良図書の抄録版の中から、特に面白そうなものを選りすぐって買っている。本屋さんで目についたものを手当たり次第買うのとは違うので、この1,000冊は10,000冊以上の価値があると思っている。だから、カミさんが言うように、そう簡単に売り払うわけには行かないのだ。そうこうしている間に、先月末、正式に今月末の退任を通知され、いよいよ、この1,000冊の本の始末をすることになった。
以前から考えていた始末の方法は、いわゆる「先延ばし」である。まず、寺田倉庫に一時的に預けることにした。いつか、事務所を開設して、そこに並べるのが夢ではあるが、その時が、いつ来るかわからない。それまでに、「あの本が読みたい」と思ったときにどうするかである。本と言うのは、題名だけ見ても、どんな本だったか思い出さないことすらある。私の場合は、翻訳本が多いのだが、何故か翻訳本は原題からは想像すかない訳題を付けていることが多いので、なおさら内容を思い出しにくい。
1,000冊の本は寺田特別仕様の丈夫な段ボール箱、30箱に収まることがわかった。引き出す時は、ネットで指定した箱単位で何処へでも配送してくれるのだが、問題は、どういう仕訳で、どのように管理して、箱に収納するかである。まず、私が最初にやったことは、本の分類である。分類は、以下の17分類とした。「中国」、「アメリカ」、「日本」、「グローバル」、「医療」、「サイエンス」、「IT」、「環境」、「エネルギー」、「イノベーション」、「金融」、「経営」、「社会」、「地域」、「大震災」、「教育」。いわゆる小説類は殆どないので、この分類では「その他」に入る。
それぞれの本は、分類ごとに通番をつけて、題名、著者、発行所、ISBN番号、価格、発行年月日を記した管理簿を作り、その本が、寺田倉庫に格納される、どの箱に収められているかがわかるようにした。しかし、それだけでは、何か物足りない。あれこれ思案したあげくに、1,000冊の本の表と裏を写真にとって管理簿に添付することにした。これは、実に正解であった。管理簿の本の題名を目で追うよりも、本の表紙の写真を見渡す方が、欲しい本が早く見つかるのである。人間の視覚的な感覚というのは凄いものである。
ざっと2週間。約100時間の作業で、30箱を無事送り出した。寺田倉庫から段ボール箱に添付されてきた配送伝票に依れば、この箱は、宮城県岩沼市の倉庫に届けられている。その岩沼市と言えば、私が東日本大震災で大きな被害を受けた仙台空港の状況を見に行った時に訪れた街である。多分、倉庫は阿武隈山地の高台にでもあるのだろうが、これも不思議な縁である。私の、大事な、大事な蔵書が、この仙台空港の奥座敷に収められている。早く、事務所を開設して、この愛すべき本たちを迎え入れる日がくることを楽しみにしながら、新たな仕事へと邁進していきたい。