244 国産ジェット旅客機MRJ

2013年9月25日、私たちは、新幹線の名古屋駅から車で名古屋市港区大江にある三菱航空機本社に向かった。本社に到着した私達の目に、まず飛び込んできたのは「時計台」と呼ばれるクラシックでありながらとてもモダンなビルだった。ここは、映画「風立ちぬ」の主人公である堀越二郎技師が「零戦」を設計した建物である。昭和16年に竣工した、このビルは太平洋戦争末期、空襲で名古屋市全域を焼失させた米軍爆撃機の道標となりとうとう爆撃を免れた。

ビルの中に入り内装を見ると、とても70年も前の設計とは思えないほど現代的で、かつ都会的である。そして、このビルは、今、YS11以降、50年ぶりに開発される国産旅客機MRJの設計拠点でもある。MRJとはMitsubishi Regional Jetの略で、70-90人乗りで航続距離3,000-4,000㎞の中距離ジェット旅客機であるが、三菱航空機の方々は、これから日本を代表する旅客機になるということでMr.J(ミスターJapan)とも呼んでいる。

私は、子供のころから飛行機が大好きで、特に飛行機を製造している工場は何としても見てみたいという衝動にかられる。今から15年ほど前に、シアトルのボーイングの工場を見学することができた。1棟の中にB747ジャンボジェット機が3機シリアルに製造される巨大な工場建屋の壁には見学者専用の回廊が作られ、そこを回って歩きながら見学するようになっていた。6年ほど前に行ったフランス、ツールーズのエアバスの最終組み立て工場では、A380一番機の製造現場を見ることが出来た。B747以上に大きな巨鳥A380が一層大きく見えたのは、当時のエアバスの工場には見学者専用回廊などなく、A380を組み立てている床で、直ぐ近くで見ることが出来たからかも知れない。

そして、今度は何としても祖国日本のMRJを見たい。そう思って、三菱航空機の江川会長に、随分前からお願いをしていたのが、ようやく叶えられたというわけである。しかし、今回、お伺いしたのは丁度良いタイミングで、まさに、三菱重工飛島工場では、最初の1号機のMRJのモジュールを組み立てている最中で、来月、最終組み立てを行う小牧工場へ出荷する直前であった。シアトルでもツールーズでも、私が見たのは最終組み立て工程で、今回、その前のモジュール組み立ての工程を見ることが出来たのは本当に至福の喜びであった。

江川会長とは江川さんが三菱重工の専務時代に、第一次安倍内閣の時に安倍首相の南アジア随行団でご一緒だった。1週間、インドネシア、インド、マレーシアの3か国を同じバスで巡る旅をしていると、皆、仲良くなる。私たちのバスは3号車だったが、1号車は随行団の会長職、2号車は社長職、3号車は副社長、専務職と分類されていた。3号車のメンバーで、その後、社長になられたのは、三菱航空機の江川社長と、みずほHDの塚本社長だけである。

江川さんは、私のMRJを見たいという願望を快く引き受けて下さったのだが、その時期を見計らっておられたのだろう。その間、私が江川さんに「スーパーコンピューター京」の講演録をお送りしたところ、江川さんから、「このスパコン京の開発物語は、MRJの開発に通じるところがある」と過分のお褒めのお言葉を頂いたので、MRJを見学させて頂く時にMRJの開発メンバーの皆様にスパコン京の講演をさせて頂くことにした。その約束の日が、ようやく訪れたということである。

MRJが目指している短・中距離旅客機市場は巨大な需要が存在するだけに競争も激しい、米国のボーイングやEUのエアバス以外にもカナダのボンバルディア、ブラジルのエンブラル、そして、今後は中国やインド、ロシアも旺盛な国内需要が見込まれるだけに、国策としても、本気で、この市場に参入してくることは間違いない。そうした厳しい競合の中で、MRJは燃費と乗り心地と信頼性で差別化を図ろうとしている。まず、燃費であるが、旅客航空ビジネスのコストの中で燃料は45%を占めると言われているので、MRJは競合に対して20%の優位性を見込んでいるが、これは全コストの10%近くに相当するのでキャリアにとっては大きな魅力となる。

そして、乗り心地は私も試乗させて頂いたが抜群である。まず、床から204㎝を超える天井はゆったりとした居住空間を与えてくれる。天井が高い割には荷物入れの位置は低くて女性でも簡単に入れられるし、その上、大きな荷物も余裕で入る。エコノミークラスでも前後左右ともにゆとりのスペースがあり、特に窓側の肘がゆったり動かせる。こうしたスペースの余裕は従来の荷物室を床下から後部に移したからこそ出来上がった。そのため胴体の断面は、ほぼ真円に近い。だから全体の姿が美しいのだ。空を高速で飛ぶ鳥の姿、水中を早く泳ぐ魚の姿は無駄がなく美しい。MRJの姿は、まさに美しい。燃費が悪くエアラインのお荷物になったB747ジャンボの姿はやはり美しくない。姿が美しいからこそ、MRJの燃費効率は高くなったのだろう。

三菱航空機が、こうした画期的な機体を作り上げることが出来たのも、これまでB787の主翼やボンバルディアの胴体を作り上げてきた実績からであろう。炭素繊維を含む複合材料のハンドリングにも慣れている。今回、実際に見学して驚いたのは、両翼を高く上に揚げている画期的な主翼のデザインだけでなく、その製造方法である。模型飛行機を作った人ならお分かりと思うが、一般的に翼は二枚の外板の間に小骨(リブ)がある。MRJの主翼は外板とリブが一体化していて接合するためのリベットがない。航空機では溶接が許されていないので、一体化とは、見かけだけでなく、本当に一体なのだ。「どうやって作ったのですか?」と伺うと、「厚いアルミの塊を削り出したのです」と答えられた。凄い、あの剛腕のタービンと同じ造り方なのだ。

さらに、P&W社と共同開発しているジェットエンジンにも燃費を向上させるための革新的な工夫がなされている。エンジンとファンとの間にギアが内蔵されている。そのため、エンジンは常に同じ回転数を保ってファンの回転数を負荷に応じて変動することが出来る。動くものは定常回転が一番エネルギーを食わないのだ。こうして、機体やエンジンに革新的なテクノロジーを用いているMRJだが、駆動系に関しては安全性を確保するために保守的な方式を貫いている。つまり、787の電池駆動ではなくて伝統的な油圧駆動を用いている。

787では電池が問題となったが、もともと電池は構造的に脆弱で安定性に欠ける。しかし、787は電動飛行機と言われるほど徹底的に電池駆動を用いている。そのため、大型冷蔵庫ほどのバッテリー格納庫を4基も抱え、電池からモーターまでの配電は分厚い銅の板で行っている。極めて革新的で挑戦的で、いかにもアメリカらしい。一方、トヨタは、EVではなくてハイブリッドを採用して大成功したが、トヨタからしてみれば電池という未知の技術を全く信用していなかった。従って、トヨタのハイブリッド技術は、徹底的に電池に対して優しい。よく言えば優しいということになるが、要は全く信用していない。出来る限り、急速充電、急速放電を避けて電池寿命を温存させている。そういえば、三菱航空機はトヨタの資本も入っているので、そうした質実剛健の設計手法を受け継いでいるのかも知れない。私は、今回のMRJの駆動方式は、現時点では信頼性確保という意味では最良の選択だったと思っている。

いやあMRJの開発製造現場の見学は実に面白かった。こうした航空機の開発は裾野に幅広い技術を育成することになる。富士通のスーパーコンピューターは日本の航空宇宙技術開発の総本山であるJAXAによって育てられた。今や、風洞実験で最適解を探す時代ではなくなった。特に、スーパーコンピューター京が実現した10ペタフロップス(1秒間に1京回計算)という演算速度で、今まで出来なかったことで、何が出来るようになったかという問いに対する一番適切な回答は「流体シミュレーション」だと言われている。まさに、スパコンと航空機開発は絶好の組み合わせである。私達IT業界も、日本の宇宙航空産業の発展に大きく貢献していきたい。

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