243 東京エレクトロンの決断

今朝の日経一面での報道、世界の半導体製造装置の最大手である東京エレクトロンとアプライド・マテリアル経営統合のニュースには少なからず驚いた。この一位、三位連合の統合会社は同じ業界で世界第二位である欧州の巨人ASMLを圧倒的に引き離す王者として君臨することになる。この東京エレクトロンの元社長である佐藤潔さんとは、スイスのダボス会議で知り合い、その後、佐藤さんがヨーロッパの複数の子会社社長として転出されロンドン勤務になってからは「Facebook上の友達」としてお付き合いをさせて頂いている。先日は、東京に出張された佐藤さんから人形町の割烹で御馳走して頂き、「オフミーティング」をさせて頂いたが、もちろん、こんなことは全く話題にも上っていない。

それでも、私には、このたび会長から社長に復帰され東京エレクトロンの再興に奮闘されている、東さんの、この決断が唐突で奇異なものには全く見えない。お相手の、アプライドマテリアルについても、マイケル・スプリンター前CEOとは、彼がインテルの販売担当副社長時代から仲良くさせて頂いており、5年続けて通ったダボス会議では、いつもディナーパーティーに招待されていた。そういえば、東京エレクトロンもアプライドマテリアルの両社のTOPともダボス会議の常連であり、半導体製造装置という地味な業態の割にはグローバルに活躍する超優良企業である。

その両社が統合しなければならなかった背景には、半導体業界の革命的なテクノロジーの進化があった。日本の半導体業界を世界一に押し上げた通産省の国家プロジェクト「超LSI研究開発組合」は、1ミクロン以下の微細加工技術を開発することが目標であった。当初、誰もが困難であると思われていたサブミクロン技術は簡単に乗り越えることとなり、その後、1ミクロンの10分の一である100ナノメートルも超え、今では20ナノも商品化完了し、もうすぐ10ナノから5ナノまでが視野に入っていると言われていて、半導体分野では、今後とも乗り越えられない技術の壁があるようには全く見えない。

しかし、この技術の進展は、半導体産業全体にとって決して朗報とはならなかった。数年ほど前に、私がIBMの半導体事業の責任者から聞いた話は、極めて深刻な話であった。つまり、かつての半導体事業は、1ドル投資すれば3ドルの利益が得られたが、テクノロジーの進化とともに製造設備や建屋が、どんどん高価になって、もはや1ドルを投資しても50セントしか利益が戻って来ない時代になったというのである。つまり、最先端の半導体事業は、もはや良質のビジネスにはならないと言うわけである。微細化により世代ごとにチップの面積は2分の一となり、一方、ウエハーの面積は世代ごとに2倍となった結果、半導体の生産性は世代ごとに4倍となった。その結果、チップの単価はどんどん安くなるわけだが、一方、同じものが、一度に大量に生産出来てしまうために、大量に販売が見込めるプロセッサーかメモリー以外の半導体製品では採算が合わなくなってしまった。

それに加えて、製造設備と建屋は高度化に伴い投資額が高額化してきた。かつて半導体工場は1棟1,000億円と言われてきたが、今後は1棟1兆円の時代に突入する。そうなると、半導体事業で採算が取れるのは、プロセッサを主力事業とするインテルか、メモリーを主力事業とするサムソンか、半導体設備を自社で持たない企業の委託生産に特化した台湾のTSMLの3社しかなくなった。日本の半導体各社が、次々と統合を繰り返しても結果が出せず、廃業に追い込まれている理由が、ここにある。

そして、半導体産業をさらに苦しめることになる、もっと大きな技術革新は微細化による半導体回路の高速化であった。これまで、専用回路を組まなければならない特殊な機能をもった専用チップが、皆、プロセッサとメモリーを使ったソフトウエアで実現してしまうこととなった。標準化された半導体とソフトウエアで殆どの機能が実現できるようになったことである。つまり専用LSIという商品が要らなくなった。こうなると3社以外で、残された半導体事業分野は電力を制御するパワー半導体や各種センサー、あるいは生体に関わるバイオチップという、極めて特殊な分野に絞られてきた。つまり、半導体製造装置メーカーからしてみれば顧客が居なくなってしまったというわけである。

東京エレクトロンとアプライドマテリアルという日米両巨頭会社の統合には、こうした半導体業界の恐るべき技術革新の進展による寡占化という背景がある。それでは、半導体業界の開発者は、こうした技術革新をただ黙ってみているだけだったのだろうか? 違う! これでは、いつか皆、共倒れになってしまうと一人で抵抗した日本人がいた。テキサスインストルメント(TI)ジャパンの社長から、米国TI本社の上級副社長までを務めた石川明さんである。石川さんは、みずから球形の半導体製品を目指すボール・セミコンダクター社を起す。石川さんは、ウエハー上に一度に大量にチップを作るという現在の半導体製造方法にいずれ限界が来ると見通していたのだ。

30cmほどのウエハーに大量のチップを焼き付けるという一般的な半導体製造方法はスケールに依存するビジネスである。石川さんは、そのようにバルクで大量にチップを作るのではなくて直径1㎜ほどの球体のシリコンに一つ一つ回路を焼き付けて行く方法を考え出した。このボール半導体を加工する製造装置は小さなもので済み、装置間を運ぶのにも細いチューブがあればよく、建屋全体をクリーンルーム化する必要もない。まさに、私たちがトヨタから学んだ1個流しの製造方法である。富士通グループの部品製造会社も、このトヨタ方式で1個流しの製造方法に変えた結果、中間在庫がなくなり、製造スペースは小さくなり、品質チェックもやりやすくなったなど、多くの成果を挙げてきた。

この石川さんは、また、度肝を抜くような発想で知られていて、TI本社がある、米国テキサス州ダラスに住まわれるようになった時、個人で大型建機を購入され18ホールのゴルフ場をご自身で作られたという逸話の持ち主である。私は、その後、このボール半導体のビジネスが、どのようになったか追いかけていないが、最近、アメリカでは半導体を一個流しで製造しようという機運が高まっている。まさに3Dプリンタと同じ発想である。

高品質な製品を安く大量に作るという、日本がこれまで得意としてきたビジネスモデルを台湾、韓国、中国といった東アジアの国々にとって代わられたわけだが、これをまた日本に取り返そうという考えは、多分、間違っている。コモデティを大量生産するというビジネスモデルは新興国のビジネスモデルだと考えた方が良い。日本や欧州、アメリカのような先進国のビジネスモデルとしては、東京エレクトロン/アプライドマテリアル連合が目指す大量生産を行うための製造装置を事業とするべきであろう。あるいは、全く違う発想で大量生産とは真逆の1個流しのようなビジネスモデルを追求して行くことが求められている。今回の東京エレクトロンの大英断は、日本の製造業ビジネスモデルの転換を促すための大きな示唆を与えてくれている。

 

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