238 アルジャジーラの米国進出

カタールの衛星TV放送局、アルジャジーラが米国のニュース専門局を買収し、米国におけるTV放送を開始した。多様性に対して寛大な米国世論でも、このアルジャジーラ米国進出については賛否両論があるようだが、果たして日本の世論は、このアルジャジーラ自体をどう捉えているのであろうか?日本は、化石燃料の8割を中東に依存し、特にLNGに関しては30%以上を、アルジャジーラがある、このカタールに依存しているのだが、それにしては、余りにも中東、そしてカタールのことを知らなすぎる。

今から5年前に、私は、総務副大臣のお供をして、カタールとアラブ首長国連邦であるUAE(アブダビ、ドバイ)を訪問した。そして、カタールの首都、ドーハを訪れた際に、このアルジャジーラ放送局の本社を見学させて頂いた。何しろ、日本の放送行政を監督する総務省の副大臣が訪れるとあって、アルジャジーラ側は最大限の歓迎をしてくれて、私達をアラビア語スタジオと英語スタジオの、まさにオン・エア最中の現場に案内してくれた。両スタジオ共に、意外と、こじんまりとしていて世界中で何億人もが見ている放送局のメインスタジオとは、とても思えなかった。

それも、そうである。アルジャジーラの本拠地は、あくまで事件や紛争が起きている現場にあって、本社のスタジオは、現場から送られてくる映像の中継地点でしかないからだ。言い換えれば、アルジャジーラの本質的な役割は事実だけを切り出して、それを無加工で全世界へ伝えることにある。スタジオで放送しているのはニュースキャスターだけで解説者や評論家、学識経験者や著名な芸能人も居ない。あくまで事実を映像として伝えている。だから、全世界でアルジャジーラの視聴者にはイスラム教徒以外でも絶大なファンが多い。

アルジャジーラの幹部によれば、カタール政府の出資によって発足したアルジャジーラは、今でもカタール政府の支援によって運営がなされている、実体は国営放送である。だからこそ、放送姿勢や放送内容が、スポンサーの意図によって歪曲されることがないのだという。そして、カタール政府は発足以来、アルジャジーラに対して、お金は出すが、口は出さないという方針を貫いているのだと言う。果たして、それは本当だろうか?

それは、カタール政府が取ってきた外交政策を見れば理解できる。アルジャジーラ幹部は「私たちは、決して反米ではありません。だって、この放送局の窓から外を御覧なさい。ご覧になってお分かりのように、お隣の敷地は、米軍基地ですよ。私たちが、米国の国益に害をなすようなことをすれば、米軍は、すぐさま、この放送局を爆破するでしょう。」と私達に語る。そう、カタールには中東最大の米軍基地がある。それも、アルジャジーラ放送局の敷地は米軍基地と接しているのである。

カタールは人口150万人の小国であるが、その地下には現在の産出ベースで300年分はあると言われる莫大な天然ガス埋蔵量を誇る。そして、国民一人あたりのGDPも95,000ドルで、日本の倍近くあり、世界のTOPクラスである。いつ、どこから攻められてもおかしくないほど豊かなのである。カタールの国籍を有する若い人が結婚するとお祝いに国から立派な戸建て住宅をプレゼントされる。こんなに豊かな国民が、兵士となって国を守れるわけがない。中東地域を回ってみると、その安全保障政策は、対イスラエル問題だけでないことがよくわかる。

中東の大国は、トルコ、エジプト、サウジアラビア、イランの4か国である。それ以外の、中東の小国は、常に、その4か国からの侵略の脅威にさらされている。カタールとUAEで聞いた最大の侵略の脅威は対岸のイランである。そして、イランと対峙する大国ジアラビアでさえも歴史的に見れば背後の脅威と見なしている。カタールの首都、ドーハの広場に設置された大砲は、実はサウジアラビアの方を向いているのだとカタールの人々から教えられた。カタールは、こうした隣国の脅威に対して、自分の身と財産を守るために、イスラエルと親しい米国の庇護の傘に入ることを決断した。

それでも、アラブの人々にはアラブの誇りがあると言うわけだ。米軍の背後から、安全な場所に身を置いてニュースを伝える欧米のメディアだけで真実は伝えられない。その反対側から、つまり攻撃を受ける側の危険な場所からのニュースを報道するメディアがないと、世界の人々は誤った認識を持つ。それはアラブ人にとって耐えられない屈辱であるとアルジャジーラは主張する。だから、アルジャジーラの放送記者は、いつも危険な場所から映像を流す。取材場所は戦場であり、相手は見えないほどの遠隔地から攻撃をしかけてくる。記者は、当然、犠牲になる確率も高い。アルジャジーラ放送局の玄関ホールの壁には、犠牲となった記者達の遺品が所狭しと飾られている。

アルジャジーラが、ビン・ラディンが投稿した映像を全世界に流したのも、決してビン・ラディンを支持しているからではない。アルジャジーラが流さなければ、誰も見ることが出来ないと思ったからだろう。しかし、今、インターネットの進展で専門の放送業者以外でも全世界に放送できる仕組みが出来上がった。そうなると、ニュース番組の価値は、どこで、いち早くニュースソースを取材できるかに関わってくる。シリア、エジプト、パレスチナなど中東地域での紛争は暫く終わりそうもない。危険を顧みず、そこで起きた事実だけを映像として全世界に提供するアルジャジーラの米国進出は意義が深い。そして、それを受け入れた米国の寛容さも併せて称えられるべきであろう。これまでの米国の発展は、まさに、その多様性に支えられてきたからだ。

 

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