234 ヒトはなぜ太るのか?

ゲーリー・トーベス著「ヒトはなぜ太るのか?」は、多くのダイエット本を読んで失望した方には絶対にお勧めの本である。大体、ダイエット本がこれだけ多く出版され、そして、その多くがベストセラーになり、それでも、また次のダイエット本が登場するのは、そもそもダイエットをすると言う事自体が極めて難しいからだ。この本は、そのことを多くの判り易い実証を例に丁寧に説明してくれる。自身の肥満と妻の糖尿病治療で悩んできた私にも、安心と納得が得られた著作であった。

ゲーリーのこの著作に拠れば、そもそも、ダイエットのための基本方程式が間違っていると言うのである。つまり、ダイエットは摂取カロリーから消費したカロリーを引いた残量が体の脂肪として増加するという考え方である。そもそも、動物や人間の身体の造りは、こうした物理学の熱力学的な法則では出来ていないというのである。それが証拠に、食糧難で苦しんでいる途上国で、痩せ衰えた赤ん坊を抱いている母親が、かなりの確率で肥満であることが多いことを示している。確かに、そういった光景をよく見ることがある。このお母さんも間違いなく栄養失調なのに、多くの脂肪を身に着けた肥満体を保っている。遺伝子組み換えで人工的に作り出した肥満のネズミを飢餓状態におくと、多くの脂肪を身に着けたまま肥満体の状態で死に至るという。

だから、摂取エネルギーを減らして運動量を増やせば、肥満解消になるというのは誤りで、例え一時的に成功したとしても、直ぐにまたリバウンドして元に戻ると言うのである。確かに、私も何度も経験している道である。そして無理なダイエットをすると、先ほどの肥満ネズミのように、それこそ洒落にならないダイ(死)エットとなる。そう言えば、多くの有名な芸能人が、これまで無理なダイエットで死んでいる。そうなることを防ぐために賢い人間はダイエットを途中で中止するのだと言う。これは、決して精神力の欠如ではなく、自分を守る保身本能から来ているというのである。「なるほど、なるほど」と、ここでも私は頷きながら納得してしまう。

肥満は、血圧や血糖値をあげ、高血圧や糖尿病の原因となるほか、癌を発症させる遠因ともなると言われているので、肥満で良いことは一つもない。しかし、同じ食生活をしている人々で肥満になる人とならない人がいる要因は遺伝体質だという。しかも、この遺伝子は、体の何処に脂肪を蓄えるかまで指定している。だから上半身に多く脂肪がつく豊胸の女性が居ると同様に、下半身に脂肪が集中する体型の人は、それぞれ生まれた時から、その運命が定められていると言うのである。昔、ベトナムに行った時に、「ベトナムには、どうして肥満体の人が少ないのか?」と尋ねたら、現地のベトナム人が「肥満になる遺伝子を持った人々は、この暑さに耐えられないので死に絶えてしまった」と答えた。思わず、私はブラックジョークと思って失笑したが、実は、それは正しかったのだ。

近年、アメリカでは肥満が増えたので、脂肪質が多い肉や油を取らないで野菜や炭水化物を積極的に取るような指導が行われたが、その結果、さらに肥満が増えることになった。これは、人間の身体の脂肪が炭水化物から作られると言う基本的な認識の欠如であった。肥満を解消するダイエットで最も重要なことは、カロリーではなく、食の内容である。つまり炭水化物の摂取をいかに少なくするかということが重要であるという。その意味で、私の妻が病院で受けていた糖尿病患者に向けての栄養指導は全く間違ったものであった。そこでは、とにかくカロリーを減らすことが大事で、なおかつ、カロリー摂取の40%は炭水化物から取るように指導を受けていたからだ。もちろん、とっくに、こんな誤った指導を受けるのはやめて、今は、とにかく炭水化物を出来るだけ取らない糖質制限ダイエットを行い目に見える効果がでているようである。

カロリーを減らしても体の脂肪が減らないのは、人間の身体が出来るだけ脂肪を温存するからだという。カロリー摂取が減ると、動物の身体は筋肉や内臓、最後は脳みそまで破壊してエネルギー転換できる脂肪に変えようとするかららしい。だからダイ(死)エットなのである。何百万年もの間、人間の祖先は肉食で生きてきた。農耕を始めて炭水化物中心の食生活になったのは、ほんの1万年の歴史しかない。人間の身体は、炭水化物中心の生活には適合していないのだ。日本人が長寿なので、日本食が健康食として注目を浴びているが、日本人の寿命が大幅に伸びたのが、戦後、食の西洋化にともなってタンパク質の摂取量が増えたためである。米中心の戦前の日本人の寿命は短かった。

もう一つは、運動をするとダイエットに良いと言う。私は、ゴルフに行くとカートに乗らずに出来るだけ歩くようにしているので1ラウンドで17,000歩は歩く。ゴルフは歩くためにやっているようなものだ。その結果、大体、体重は増えるのである。運動をした結果、お腹が空き、食べ物が美味しいので、つい食べてしまう。当然、結果として、体重が増える。馬鹿だなあと思われるだろうが、このゲーリー・トーベスの本によれば、私は運動によって燃焼した脂肪を補おうとして必死に身体を守っていることになる。でも、真のダイエットのヒントは、ここにあるという。

身体につく脂肪の量と場所は、生まれながらの遺伝子によって決められているので、そう簡単に運命に逆らうことは出来ない。しかし、遺伝子が決めた必要以上の脂肪を余分に蓄えることを防ぐことは出来るのだ。即ち、新たに脂肪を生成する原料となる炭水化物を摂取しなければ良いのである。1973年米国医師協会(AMA)は、肥満のために炭水化物を控えるのは間違っているとし、1995年に米国心臓病協会(AHA)が脂肪分さえ少なければ事実上罰を受けることなく何でも食べられるという誤ったパンフレットを発行して以来、米国ではさらに一層肥満が増えることとなった。しかし、今や、米国の先進的な医師たちの間では、炭水化物を控えるのが肥満対策として最上の方法として認識されている。しかし、最近、日本の糖尿病学会は、極度の糖質制限ダイエットは副作用を伴うので危険であると言う声明を発表した。これは、一体何だろう。何か秘められた目的でもあるのだろうか?

このゲーリー・トーベスの著作は、その副作用までしっかり書いている。確かに、1日60g以下に炭水化物を制限した人は虚弱感、起立性低血圧、めまいなどの副作用を伴うと言う。しかし、これは炭水化物の禁断症状として一時的に起きるもので、炭水化物を制限することで得られる長期的な利益と比べて議論すべきではないと言う。そうした禁断症状を防ぐために、徐々に炭水化物を制限するか、あるいは制限した当初は激しい運動を控えるとか慣れるまでの時間が必要だと言う。

特に、問題なのは、炭水化物を制限する糖質制限ダイエットは、それ自体、自然に血圧や血糖を下げるので、既に高血圧や糖尿病治療をしていて、血圧降下剤や血糖降下剤を服用している人は、糖質制限食によって、異常な低血圧、低血糖に陥る危険性も考慮しなければならないという。逆に、私の妻のように、既に幾つかの糖尿病治療薬の副作用で、もはや血糖値を下げる薬が服用できない患者には、薬を飲まなくても血糖値を下げられるわけだから、これ以上の福音はないことになる。

ダイエット本は売れる。次々と出版される異なる種類のダイエット本は常にベストセラーとなる。これは、「全てのダイエットが失敗する」という原則から起きている。人間の脳にとって糖質、すなわち炭水化物から得られる栄養素は「麻薬」なのだ。これが切れると禁断症状を起こして苦しむように人間の身体が設計されている。そして、それはとりもなおさず、自分の身体を守るための仕組みでもある。

こうしたパラドックスを乗り越えるには、炭水化物を制限するかわりに、新陳代謝を促し新しい身体を形成するために必要なタンパク質はいくらでも沢山取って良いと言うご褒賞を与えなければならない。つまり、ゲーリー・トーベスは、カロリーを控えると言う従来の間違った常識は覆すべきだと言う。米、パン、そば、うどん、パン、パスタやケーキを食べないかわりに、肉や卵やチーズは幾ら沢山食べても良いと言う、ご褒美が必要だと言っている。私にとって、この著作の中の記述の多くを納得はできたものの、大変ショッキングな話ばかりであった。

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