219 先進国日本のモノづくり (その2)

ロボットを駆使して、どこまでも薄く、そして1gでも軽いスマートフォンやタブレット端末を開発・製造する富士通周辺機の社(やしろ)工場を見学した後に、車で50分ほど走った兵庫県明石市の明石工場を訪問した。同じ会社の工場でありながら、こんなに真逆の景色があるだろうかというほど、明石工場は社工場とは好対照の製造現場を持っている。

過去に大型コンピューター華やかかりし頃、この明石工場の主力製品は超高速レーザープリンタであり、高速のドットプリンタであった。そして、とっくの昔に事業売却して、もう明石工場には存在しないはずの、超高速レーザープリンタや高速ドットプリンタの製造現場が今でも見られるのは一体なぜか?

それは、この明石工場のプリンタ事業を買収したプリンタ専業メーカーの高い見識にある。超高速レーザープリンタや高速ドットプリンタは、製造過程に無数の巧み技を含んでいるのと、1台の単価が高価なため、それほど多数の製造量が見込めない。これらを合わせ考えると、無理をして製造移転をするよりも、そのまま製造を継続してOEM購入した方が得策と考えられたに違いない。素晴らしい考え方である。一方、このプリンタ専業メーカーは米国市場も席巻し、明石工場は、これまで日本市場だけだったものが米国市場向けにも出荷できるようになったので、両者にとって大きなメリットを生んでいる。未だに、高額取引は小切手で行い、バックオフィスが主流となっているアメリカの銀行業界に超高速レーザープリンタは欠かせないからだ。

なぜ、超高速レーザープリンタや高速ドットプリンタが難しいのか? これらの製品は安定して稼働するためには、振動に耐える頑丈な筐体が必要である。まさに精密加工だけでなく重厚長大の技術が合わせて必要である。こうした両方の製造技術を持っているところはなかなかない。もちろん、ここではロボットの出番は全くない。人手で1台ずつ丁寧に作っていくしかない。品質は人に委ねられているので、永年の熟練した技術が必要である。

こうした技術が認められて、明石工場ではプリンタ以外にいろいろな種類の製造装置の委託生産を引き受けている。どれも、見るからに重厚な製品ばかりである。もともと、富士通周辺機はメカトロニクスが得意なので、こうした製造装置は恰好のはまり領域である。そして、この富士通周辺機では、かつて液晶ディスプレイを開発・製造していた。ある時は液晶そのものも製造していた時期もあった。従って、そうした液晶に関するノウハウもかなりある。しかし、今では、液晶ディスプレイは台湾から半完成品を引いていて、自ら製造はしていない。

その液晶がらみのノウハウを見込まれて、今では液晶製造に絡む、製造装置の委託生産を引き受けることになった。一つは大型液晶ガラス板の液晶塗布装置であり、もう一つはタッチパネルの製造装置である。そして最終顧客は、いずれも韓国、台湾、中国のメーカーで、日本の液晶メーカーを苦しめているライバルばかりである。ひるがえって、考えてみると、これはまさにドイツの製造業の生き方である。1980年代に、ドイツのコモデティ製造業は日本勢に徹底的に打ちのめされた。そこで、ドイツは最終製品を作るのではなくて、製品を作る製造装置へと業態を転換したのである。まさに先進国に相応しい産業転換を行ったわけである。富士通周辺機は誰に教えられたのか、このドイツの例から生き残る道を学んでいる。

厚さ0.4ミリで6畳間ほどの大きさがあるペラペラのガラス板をハンドリングする製造装置の重さは20トン近くある。液晶製造のためには緻密な動作を行うために、いかなる振動も許されないので、基盤は一つの石である。これほど大きな石は日本では取れないので、中国山東省から船で運んでくる。この巨大な製造装置を作る部屋は、もちろんクリーンルームであり、このクリーンルームの中に何本もの20トンクレーンが装備されているのが、何ともアンバランスで面白い。見ているだけで血が躍るほどに興奮してくるのは私だけだろうか。

これらの製造装置も全て委託生産であり、自社ブランドではない。しかし、現地据え付けから修理まで全て委託されていて、最近では基幹部品まで製造委託されるまでに成長した。それでも、『隠れたチャンピオン企業』で居る方が、トータルではメリットが大きいと言う。どんな製造装置も市場や技術革新の影響を大きく受けるので、むしろ委託生産業として、いろいろな分野を幅広くカバーしている方が小さなリスクで済むからだ。

ロボットを駆使してスマートフォンやタブレット端末を大量に製造する社工場と、ロボットを全く使わないで一品ものの大型製造設備を一つ一つ丁寧に人手で作り上げる明石工場は好対照であるが、いずれも先進国日本の製造業のあるべき姿を示しているように思う。富士通周辺機には、これからもあくなき好奇心を持ち続けて、新たな分野に挑戦していって頂きたいと思っている。

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