206 シリコンバレー最新事情 (その7)

サンフランシスコのスタートアップ・アクセラレーターを訪れた時、沢山の精悍な表情をした若者が一心不乱に仕事をしている姿に感銘を受けた。倉庫をリニューアルした仕切りのない広い空間で、スタートアップ1社に割り当てられたスペースは卓球台と同じ大きさの机が一つだけだ。そこに数人の若者が、白板の前で議論し、あるいはPCに向かって黙々と仕事を進めている。その働く姿は、隣の会社からも全て丸見えだ。だから、私達見学者からもその姿が全て見える。このようなオープンな場所で仕事をすることに彼らは全く抵抗がない。

日本の大学生の新卒就職率が80%を切ったとかで就職氷河期が再来したと、メディアが騒いでいるが、アメリカでは、既に大学生の新卒就職率が20%を切っているのに全くニュースにもならない。大体、アメリカでは一か所に3年以上も勤める習慣がないので、企業は従業員に大金をかけて教育などしない。だから、何も仕事が出来ない新卒の学生など雇う気などさらさらない。会社に就職したいのなら、どこかで腕を磨いてプロとしての力をつけてから来なさいと言うわけだ。そのかわりアメリカの会社は「新卒」には全く拘らず、むしろインターンも含めて、どういう職務経験をしたかを厳しく問うてくる。

このサンフランシスコのスタートアップで働く若者は、一体、どういう気持ちで働いているのだろうか?既存の企業に就職したくなかったのか?あるいは就職できなかったのか?その両方かも知れない。現在、アメリカ全体の失業率は10%前後ではあるが、若年層の失業率は20%とも30%とも言われている。先進国特有の問題として高学歴の若者の失業率が高いことが大きな問題となっている。さて、ここのスタートアップで働く若者たちは、起業が成功し、順調に回転するまでは、殆ど給料らしい給料を貰っているとは思えないが、彼らは失業統計の数字には多分入っていない。

それでも、こうしたスタートアップで小さいながらも会社としての一連の仕事をこなすことにより、大企業の組織の一員として以上の貴重な経験が出来るかも知れない。彼らは、スタートアップでの経験を、いずれ、より大きな企業の一員となるためのキャリアパスとして考えているのかも知れない。それが証拠に、あるスタートアップ・アクセラレータを見学しているときに、数人の若者が私たちの中に入ってきて、隣のビルに行こうと言う。一緒について行ってみると、そこはTwitterの本社だった。彼らが言いたいのは、自分たちも、いずれTwitterのようになるのだと言う意味だったのだろうか? あるいは、いつでも自分たちはTwitterへ行くつもりだという意味だったかも知れない。

もう一つ、私が驚いたのは、お互いに先を競って新たなイノベーションを起そうと頑張っているスタートアップ達が、このようにオープンな場所で、互いに何もかも見える形で仕事が出来るのはどうしてだろうか?ということだ。それは、彼らが、誰から覗かれても構わないほど、ユニークなアイデアを持っているからかも知れない。あるいは、自分たちのアイデアを密かに隠しておくよりも、むしろオープンにして、その実現に協力してくれるパートナーを探しているのかも知れない。今、シリコンバレーで起きている新たなビジネスモデルは、1社だけで孤高な仕事をするというやりかたよりも、既存の大企業をも取り込んだエコシステムを形成することで成り立っている。だからこそ、このスタートアップ・アクセラレーターを多くの既存の大企業がサポーターとして支えている。

日本では、なぜ起業を目指す若者が少ないのか? あるいは、起業が成功しないのか?という議論をよく聞くが、サンフランシスコのスタートアップを見ていると、今のアメリカ社会は、多くのステークホルダーが若者の起業を支えている。そして、万が一、起業に失敗した後でも、そこで働いた若者たちは、その経験をキャリアパスとして、就職活動に生かすことが出来る。つまり、アメリカ社会は、起業と言うプロセスの中で、若者にイチかバチかの大きな賭けを求めているわけではない。

シリコンバレーで次々と若者が起業しているのは、起業が、それだけ日常的になっているからだと思った方が良い。膨大な数の起業の中から、ほんの数件でもGoogleやFacebookのように大化けすれば、何兆円もの莫大な資金が生まれ、それが、また次の起業のための資金に使われていく。こうした正のフィードバックが回転していき、シリコンバレーが世界で、たった一か所だけの沸き立つ場所となったのかも知れない。

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