203 シリコンバレー最新事情 (その5)

シリコンバレーと一口に言っても、その範囲は必ずしも明確ではない。シリコンの名に相応しい世界一の半導体メーカーであるIntel社はSanta Claraにあり、ここの市外局番は408で、いわゆるサンノゼ(San Jose)地区になる。通信機器大手のCisco社もサンノゼで、今を時めくApple社は私が住んで居たCupertinoにあり、ここも市外局番は408で、やはり広義のサンノゼである。Apple社は近く、Palo Altoに建設中の新本社に移転すると言われている。そのPalo Altoの市外局番は650で、いわゆるパロアルト(Palo Alto)地区になる。

スタンフォード大学があるStanfordも市外局番が650であり、このパロアルト地区に属す。シリコンバレー発祥の企業と言われているHPもPalo Altoだし、Oracleに買収されたSunもPalo Altoに本社があった。そして、最近ではGoogleがあるMountain Viewも市外局番650のパロアルト地区である。FacebookもMenlo Parkで、やはりパロアルト地区である。最近は、特に、この市外局番650地区が最もホットであり、650イノベーションなどとも呼ばれている。ちなみに、このパロアルト地区はサンフランシスコ地区とサンノゼ地区に挟まれた中心にあり両地区の架け橋ともなっている。やはり、シリコンバレーの中心はスタンフォード大学なのだ。

一方、Innovation Capitalを目指すリー市長のサンフランシスコ市も負けてはいない。ちなみにサンフランシスコ市の市外局番は415である。ここには、Ellison率いる世界第二のソフトウエアベンダーであるOracle社がある。そして、今大きな成長を遂げているBenioff率いるSalesforce.com社もサンフランシスコである。さらに、今回、私が訪れたTwitter社もサンフランシスコ市のダウンタウンにある。今、サンフランシスコはリー市長の掛け声のもと、この広義のシリコンバレー地域で、スタートアップが最も高密度に結集している地区かも知れない。

さて、一般的に「シリコンバレー」と言った時には、このサンノゼ地区(市外局番408)、パロアルト地区(同650)、サンフランシスコ地区(同415)を合わせて指すことになっていると思われるし、私の、このカラムも、そのつもりで書いている。さて、なぜ、新興国も含む世界中が不況で元気がない時に、このシリコンバレーだけが沸騰しているような元気に溢れているのだろうか? その謎を探るために、私は、今回、シリコンバレーを訪問した。

アメリカだけを見ても、例えば2012年の2Qにおけるベンチャーキャピタルの総投資額$7.8Bの内、実に45%に相当する$3.3Bがシリコンバレーに投資されている。2位のニューイングランド地区は全米総投資額の11%に相当する$840Mしかない。つまり、このアメリカの中でも、圧倒的なシェアで新ビジネスを起こすためのベンチャーキャピタル投資がなされていることがわかる。間違いなく、シリコンバレー地区は2012年の1年間で$10B以上の投資がなされるはずだ。

米国東部の名門大学が、皆、シリコンバレーを目指してやってくるし、世界中の全ての自動車メーカー、世界中の名だたる金融機関、そして世界の通信キャリアも、こぞって、このシリコンバレーに集中して研究機関を設立している。サンフランシスコの、幾つかのスタートアップ アクセラレータを見学してわかったことは、世界の名だたる大企業が、こうしたスタートアップの初期段階から関わっていることである。リーマンショック以降の金融恐慌で、世界のお金の流れが大きく変化した。従来の独立系ベンチャーキャピタルには投資ファンドからのお金が回らなくなってきた。その代りに活発になってきたのが、大企業の中で、外部に新規投資先を探すコーポレートベンチャーキャピタルである。

その理由は、今、シリコンバレーで起きている大きな流れが「Disruptive Innovation(破壊的革新)」だからだ。これまでのシリコンバレーで起きていたInnovationはハイテクをベースにして、これまで存在しなかった新商品を作ると言ったものだったが、今、起きている新たなトレンドは既存ビジネスを破壊するInnovationだという。例えば、アップルのIOSとグーグルのAndroidはモトローラ、ノキア、RIMの$70Bの携帯電話ビジネスを破壊した。また、GoogleとFacebookは広告業界から既に$41B のビジネスを奪った。NETFLIXはレンタルビデオ産業から$4Bのビジネスを奪い、業界最大手のBlockbuster社を倒産に追い込んだ。さらにAirbnbはホテルチェーンから$3Bのビジネスを奪い、さらに躍進を続けている。

世界の中で売上高が$1B以上の上場企業4,000社の内で、5年連続で売上増5%以上を達成しているのは、僅か8%しかない。大企業は足が遅く、管理費用も多額で、新規参入者から見たら隙だらけである。成功率の低いハイテクを探求するより、こうした大企業のビジネスを壊すほうが遥かに楽なのだ。そして、大企業は判っていても自らのビジネスを自分で壊すことは一般的にはしない。しかし、こうした新興企業の動きを無視していれば、いずれは、その餌食になる。だから、それが判っている賢明な大企業の経営者は、スタートアップ アクセラレータに優秀な社員を送り、むしろスタートアップを背後からサポートする側に回る。自らが破壊される前に、破壊する側に賛同して味方につけるのである。

もう一つの動きは、ネット社会となって、業界を超えたコラボレーションが始まっていることである。金融サービスと通信サービスと自動車・交通などモビリティサービスが一体になって様々な付加価値ビジネスが生まれている。そうした世界中のさまざまな業界の一流企業が、このシリコンバレーに集結してきている。面白いものだ。ネット社会になれば、人々は一か所に集まる必要もなく、それぞれ遠隔地から議論が出来るのではなかったのか?

どうも、新たなDisruptive Innovation(破壊的イノベーション)とは、Intangible(触れられないもの)ではなくて、Tangible(触れられるもの)のようだ。現実のビジネスは頭の中だけで考える仮想のものではない。新たなサービスを始める際には、必ず、実物(もの)が要る。その試作品を目の前に置いて、実際に見て、触って議論する「場」が必要となる。毎朝、未だ暗いうちから、サンノゼ、パロアルト、サンフランシスコ間の凄まじい交通渋滞が始まるのは、そうした理由からである。

それにしても、未だ、その場が、なぜ世界の中で、たった一か所、シリコンバレーなのか説明がつかない。それを、Milestone GroupのFounderであるMark Zawackiが答えてくれた。シリコンバレーには異才を大事にする文化があるのだという。そういえば、スタンフォード大学のヘネシー学長も、100人の秀才より、一人の異才を大事に育てると言っていた。そして、その異才とは、Geek(オタク)、Misfit(不適応)などの特徴を持っている人のことを言う。そして典型的なMisfitとされるアスペルガー症候群と見られる人々がシリコンバレーには異常に多い。Facebookを創業したザッカーバーグも、そうだと言われているし、Appleを世界一の企業にまで育て上げた故スティーブ・ジョブスもそうではないかと言われている。

とかく日本では、「出る釘は打たれる」という諺がある。他人から目立ってはいけない、違うことをしてはいけないと小さいころから言われてきた。実際に、そうした行動をとれば、間違いなく「いじめ」の対象になった。生徒が先生より優秀であってはならないので、先生の言うことは絶対に正解だとされてきた。こうした閉塞的な社会で、Disruptive Innovationなど永久に起きることはない。

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