私は、このBoeing787という飛行機に憧れを抱いていた。だから全日空が世界の航空会社でいち早く、この最新鋭機を導入したことを大いに喜び、早速、羽田―広島線に乗せて頂いた。その結果は、驚きであり、今までとは全く違う乗り心地であった。第一に着陸するときに全く揺れないのだ。Boeing787はレールの上を滑り降りて行くように静かに滑走路に着陸した。これは人間のパイロットの操縦では出来ない技だ。翼のそれぞれのフラップをコンピューターがミリセカンドオーダーで制御しているに違いない。そして、そうした完全デジタル制御を可能としているのが油圧装置に代わる電気モーターだったことは、その時は全く気が付かなかった。
今週の日曜日に、久しぶりにシリコンバレーに行く。私の米国駐在時代には成田からサンノゼ空港へのアメリカンの直行便が毎日飛んでいて、いつもそれに乗っていた。サンノゼ空港は市内の中心地にありアクセスは大変便利なのだが、既に、三本の高速道路に囲まれていて滑走路の拡張が出来ない。そのため大型航空機が離着陸できず、アメリカン航空が業績不振になると成田―サンノゼ線は直ぐに廃止になってしまった。このたび、ANAがBoeing787で成田-サンノゼ線を就航させると聞いて喜んで予約したのだが、残念ながら昨日、Boeing777が飛ぶ、成田―サンフランシスコ便に予約変更した。
今回、米国のFAAがBoing787の運航を禁止した理由は、バッテリーの焼損事故である。このリチウムイオン電池は日本のGSユアサで、その制御システムはフランス製と言われている。GSユアサはホンダのハイブリッド車でも同じリチウムイオン電池を搭載し、多くの実績を持っているので、私は、今回の直接の原因ではないような気がしている。問題は、やはり電池の制御方法だ。今でこそ、2次電池は中国や韓国が大きなシェアを持っているが、かつて二次電池製造分野は日本の独占市場だった。だから、それだけ日本には、電池に関するノウハウが溜まっている。
私は、ノートパソコンや携帯電話の開発部門担当として、永くリチウムイオン電池と関わってきた。リチウムイオン電池は、単位体積当たりの蓄電容量が極めて大きいという特長を持っているが、熱暴走と言って、一度発熱すると、どんどん悪い方向に行き、発火、燃焼、爆発を起こす、極めて危険な電池でもある。だから、極めて厳重な被覆で密閉して万が一でもショックを与えないように保護している。
しかし、問題は、この厳重な保護被覆にある。リチウムイオン電池は、いつも、こうした厳重な被覆をされる必要があるので、その中で、どんな反応が起きて電気を起こしているのかという根本的なメカニズムを誰も観察できていない。要は、熱暴走も、どういう仕組みで発生するか、よく分かっていないという、極めて謎に満ちた電池でもある。私たちは、実験として、故意に、このリチウムイオン電池にストレスを与えて発火させてみた。その結果は、とんでもない事になった。つまり誰も、この火を消せないのである。全てが燃え尽きるまで、呆然と、ただ見ているしかない。
電池の恐ろしさを知っている設計者は、電池を腫物のように扱う癖がついている。電池は常に不可解なものであり、優しく丁寧に扱う必要があることを知っている。だから、私たちは急速充電なんて絶対に行わないし、またユーザにも積極的には薦めない。急速充電は危険であるし、電池寿命を著しく消耗する。私たちの設計常識からすれば、電池の交換が出来ない、させないというAppleの設計思想も全く理解が出来ない。電池は、そんなに信頼できるものではない。
欧米の人達の科学技術に対する考え方は、科学で世界を支配するという考え方があるような気がする。今回の、Boeing787も同じ考え方ではないだろうか? 航空機に動力駆動用にリチウムイオン電池を使うのであれば、それは、もっと謙虚な使い方を考える必要があったのかも知れない。駆動用はパソコンや携帯電池とは比べ物にならないほどの大容量の電流が流れるからだ。一方、我々東洋人は、自然の恐れを知っているので、人間の力ではどうにもならない自然の摂理の前では謙虚である。私が、リチウムイオン電池と関わっている数年間、世界に誇る日本の電池メーカは世界最先端、最新鋭のリチウムイオン電池の製造工場を持っていた。それでも生産ラインを止める深刻な爆発事故は絶えることがなかった。
その点で、ハイブリッドカーで世界を席巻したトヨタ自動車は、この電池に関しては、極めて謙虚で保守的である。トヨタは、つい最近出荷したプラグイン・ハイブリッドのプリウスまでは、リチウムイオンより安全性の高いニッケル水素電池だった。そして、このトヨタのハイブリッドシステムの一番素晴らしい所は、燃費効率を最大限にするための制御ではないことだ。トヨタは「電池にもっとも優しい」制御を行っている。トヨタは電池の寿命を最大にするべく急速な充放電を可能な限り避けている。つまり急激な負荷変動は出来るだけ電池駆動ではなく、ガソリンエンジンで吸収するようにしているのである。
トヨタがプラグイン・ハイブリッド・プリウスを発売するときに、私は、トヨタ技術陣のTOPであられた瀧本さんに、「この車を停電の時に家庭用電池として使いたいですね」と申し上げたら、「それは、ダメだ」と言われてしまった。ハイブリッド技術の真骨頂は電池の使い方にあるのだと瀧本さんは仰るのである。「家庭電力機器が勝手にトヨタの車の電池を乱用したら、電池は直ぐにダメになってしまう。それよりも、トヨタのハイブリッドカーを極めてクリーンな排気ガスしか出さない、家庭用発電機として使って下さい。一般の家庭3軒分の電力は供給しますよ」と言う。トヨタの技術者は、いつも優しく取り扱っている可愛い電池を他人に勝手に使われたくないのである。
電池を安全に永く使うには、こうした配慮が必要なのだろう。剛腕で捻じ伏せるような感覚で、技術の力一辺倒で電池を扱おうとすれば、それは電池の逆襲に会うだけだ。それとも、今度の787の事故では、最終的に日本製の電池の作りが脆弱だとでも言う結論を出すのだろうか。