188 総選挙が終わり、もう一度電力問題を考える

脱原発、原発即時ゼロを掲げた衆議院総選挙が終わり、自民党の地滑り的な圧倒的な勝利に終わった。これは勝利と言うよりも、もはや政治に期待できなくなった人々が投票に不参加を決めたことが大きな要因かも知れない。いずれにしても、国の重要な政策を決める方々は、物事の原理原則を良く理解されたうえで、実行可能な政策を立案して頂きたいものである。そうしないと国民は、全員が不幸になる。今年の高校生の就職率は全国平均で60%、沖縄に至っては、何と27%である。産業政策は雇用政策に繋がり、中でも電力政策は、産業政策の根幹である。総選挙が終わった今、もう一度、電力問題について冷静に考えてみたい。

日本の1日の総発電需要は1億KW。1年は24H×365日=8760Hだから、年間では、ほぼ合計1兆KWH必要となる。東日本大震災前に、9電力会社の供給能力はトータルで2兆KWHあった。電力の安定供給を行うには稼働率を50%程度で運転する必要がある。そうしないと周波数、電圧を負荷変動に対応して安定に保つことが出来ない。大震災の後、総電力供給能力の30%を占めると言われた原子力発電所が全て稼働停止した時も、何も起こらなかったのは、エネルギー消費効率やCO2排出量の問題で、これまで休止していた老朽火力まで全てを動かしたからだ。

だから「原発を停止しても、別に何も起こらなかったじゃあないか」というのは正しい理解ではない。いつ停止してもおかしくない老朽設備で、大量のCO2を排出し、おまけにスポットで高い価格の化石燃料を購入しなくてはならないからだ。日本はLNGに関しては長期契約では1バレル$12で購入している。しかし、日本の全ての原発が停止し、再開の目途が立たなくなった時に、日本向け緊急輸出されるLNGのスポット価格は$49まで跳ね上がった。世界のエネルギー市場は、大震災で原発事故を起こした日本を助けてやろうなどという思いやりなど全くない。困っている日本の足元を見て、目一杯、価格を釣り上げてくる。

その後、関西電力の大飯原発が再稼働したことだけで、日本向けLNGのスポット価格は$14にまで下がった。原子力発電への依存度をどうするかと言う議論はあっても良いが、「脱原発、原発ゼロ」と宣言したとたんに、国際エネルギー市場はLNGや石油などの日本向輸出価格に対して圧力をかけてくる。つまり、「日本は原発というオプションを捨てていない」というスタンスだけで、化石燃料の価格交渉は大きく違ってくる。こうした経済議論を無視して、原発を代替する安定なエネルギーが見つからない状況で、安易に「脱原発」など世界に対して軽々しく言わない方が良い。

さて、電力には24時間安定供給出来る「ベース電源」と、不安定な「ミドル電源」に大別される。「ベース電源」とは、1年間に8760H、安定に供給できる電源を指し、原子力、火力、水力、地熱、バイオマス発電のことを言う。これに対して、年間8760H、安定供給が期待できない太陽光、風力発電を「ミドル電源」という。ミドル電源は、良質の設置環境で年間2000Hから3000H供給されると期待されるが、それでも最大発電能力が定常的に出力されるとは限らない。

例えば、北海道電力の最大電力供給能力は596万KWで、風力発電能力は日本の9電力会社の中で最大規模を誇り60万KWもある。しかし、北海道電力は、この風力発電量60万KWを総発電能力596万KWの中に含めていない。考えてみれば、当然である。「今日は風が吹かないから、電気は使えない。」あるいは、「今日は風が吹かないから停電するかも知れない。」と電力会社は需要家には絶対に言えない。つまり、風力発電は安定供給電源として計算には入れられないのだ。寒冷地である北海道では、屋外の灯油タンクから屋内の石油ストーブまで、電気モーターで灯油を供給している。万が一、停電になると石油ストーブまで止まってしまい凍死する恐れさえある。

それでは、どうするか?であるが、電力はメリットオーダーと言って、最も安価な原子力のような電源をベース電源として使い、需要が増えてくるに従い、高価な火力を稼働させていくシステムである。価格の問題はさておいて、風が吹きだして風力発電設備が動き始めると、電力システムとしては、その分だけベース電源を落とす。つまり、風力発電分だけ見かけ上、電力需要が減ったと見なすわけだ。太陽光発電や風力発電は、安定的な発電設備としては頼りにできないので、ネガワット設備としてしかみなせない。つまり、太陽光、風力発電設備の発電能力と同じ規模の電源を常に別な形で保有していないとダメだということになる。

ドイツやスペインが太陽光発電の先進国と言われてきたが、ドイツでは、今、その政策を大きく見直そうとしている。スペインに至っては、もはや高価な太陽光発電の補填をする財政的余裕は全くない。もともと、ドイツの太陽光発電政策のきっかけは、東西ドイツ間の所得移転政策にあった。ベルリンの壁以降も、なかなか経済発展が進展しない東ドイツの余剰スペースに太陽光発電設備を建設して高い価格で買い取り、その電力を西ドイツに高い価格で買わせることによって東ドイツから西ドイツへ所得移転が行われると考えたわけだ。

さらに、東ドイツのドレスデンにはソ連経済圏の半導体需要を一手に担う巨大な半導体工場があった。しかし、これとても設備が旧式で世界市場に向けてとても使えるものではないとして、この設備を太陽光発電パネル製造設備に転用することを考えた。ドイツ政府は、太陽光発電パネルをドイツ国内で製造し、ドイツ国内で設置すれば、国内で大きな市場が起きると考えた。この政策で、Qセルという太陽光発電パネル製造企業が急成長し、これまで世界一だった日本のシャープを一気に追い抜いて世界一になった。

太陽光発電をめぐるドイツの産業政策成功物語は、その後、長くは続かなかった。中国の国営企業サンテックが採算を度外視した安値で、世界の太陽光発電パネル市場に乗り出すと、Qセルは急速に市場競争力を失った。ドイツ国内でもサンテックのシェアは50%を越し、さらに買取価格に対するドイツ政府の補填も財政的理由で続行できなくなってきた。あの華麗なる発展を遂げたQセルも、一度、倒産し、今、再建途上にある。日本の高額の太陽光発電買取制度でも、一番元気なのは裕福な投資家のようで、その結果、貧しい庶民が高い電気を買わされるのであれば、それは逆進性の政策とも言える。ドイツやスペインの太陽光発電バブルは、その後の実態をよく観察した方が良い。

さて、後ろ向きのことばかり言っていても始まらないので、どうすれば良いかという前向きの議論をしたい。まず第一は、節電である。それも総需要を減らすことよりもピーク対応をする方が遥かに効果がある。要は、午後1時から4時までのピークの電力を如何に減らすかというのが一番効果がある。日本は、かつて家電製造大国だった。そして、今、このなかで電力を食う白物家電が、どんどんデジタル化している。この家電にピーク対応処理を入れるだけで、家庭の消費電力は大きく減らせる。例えば、冷蔵庫。冷蔵庫の中の蓄冷材を電気の安い時間帯に目一杯冷やす。そして、午後1時から4時までは蓄冷材からの送風で冷蔵庫内を冷やすようにすればよい。こういうことは、もう既に、コカコーラ社の自動販売機で行われている。コカコーラはグリーン志向のCSRでも世界一だ。

第二は、やはり再生エネルギーへの投資である。それも、ベース電源となる、地熱、小水力、バイオマスへの投資をもっと行うべきである。太陽光や風力を否定するわけではないが、電力供給の基本はやはりベース電源である。そして、原子力発電と言うオプションを失ってはならない。原子力発電は、確かに恐ろしい。しかし、この日本には既に使用済み核燃料が大量に、しかも中途半端な状態で保管されている。今の、原発を全て稼働停止しても、それだけで安全は担保されない。私たちは、この原発と、もっと正面から向き合わざるを得ない。

チェルノブイリの原子炉爆発は、1000キロ以上離れた南ドイツや、2000キロも離れた、英国北部のスコットランドにも深刻な汚染をもたらした。仮に、日本での原発が全て停止しても、中国や朝鮮半島で原発がなくなるわけではない。むしろ、今後、数百基の原発が建設されると考えた方が良い。地球は、ボーダーレスである。万が一。中国大陸や朝鮮半島で原発事故が起きれば、汚染された大気は強い偏西風に乗って日本列島の隅々にまで運ばれる。私たちは、原発から避けるよりも、こうした隣国の原発の安全性に積極的に関わる方が、遥かに前向きである。

第三は、化石燃料発電時におけるコジェネレーションである。日本では、発電の話を真剣にするわりには熱利用については余り関心がない。化石燃料は、まだ当分の間使わざるを得ない。であれば、そこで発生する熱の利用をもっと真剣に考える必要がある。

最後の第四番目は、電力の国際連携インフラの整備である。中国は少し遠いが、韓国との間ではリアリティがある。釜山と北九州を直流送電で結べばよい。韓国は特殊な電力政策を行っていると言われているが、それにしても安い。日本の3分の一である。仮に、韓国での電力料金の1.5倍、あるいは2倍で買っても日本の電気代より安いのだから、これはメリットがある。また、韓国で万が一、大事故が起きて停電の恐れが生じた時に、日本から電力を融通することだって考えられるのだから、韓国側もメリットがあると思われる。同じような考え方として、ロシアとの間でも電力の相互融通が考えられる。例えば、北方領土に共同で原発を建設するという案もあるかも知れない。

いずれにしても、日本国内の雇用を守るために電力を含むエネルギー政策は、産業政策の要である。このためには、我々は、あらゆるオプションを排除しないで幅広く考えていく必要がある。自分の地域だけ、日本だけのことを考えていても正しい解に結びつくことはない。

コメントは受け付けていません。