2026年2月28日イスラエルとアメリカがイランに対して軍事攻撃を開始した。作戦名は「獅子の雄叫び」、「エピック・フューリー作戦」、「ユダの盾作戦」などのコードネームが使われた。3月1日早朝、イラン国営メディアは最高指導者ハメネイ師が殺害されたと報じた。トランプ大統領は、「イランは既に制空権を失い、反撃能力を失った」と述べているが、イランは中東各国の米軍基地だけでなく、サウジアラビアやカタールなど主たる精油所を爆撃し、次々と閉鎖に追い込んでいる。さらに、イランは、無人で操縦される小型の爆撃ボートを使って、ペルシャ湾沿岸で生産される多くの原油やLNGを運ぶ船舶が通過しなくてはならないホルムズ海峡を封鎖した。イランは、トランプ大統領が要求している無条件降伏を飲むどころか、徹底抗戦を見せている。
そもそも、超大国アメリカに対して、その厳しい制裁にもめげず、既に何十年も抵抗し続けているイランという国は、一体どんな国なのだろうか? そして、隣接する中東各国との関係を、イランはどうように考えているのか?さらに、イランは、インドのような将来の超大国とどのような関係を持っているのか? 私は、未だイランには行ったことがない。しかし、トルコやカタール、アラブ首長国連邦やインドを訪問した際に、いつもイランの話題が出てくるし、彼らの、イランに対しての態度の中には、一定の敬意と少なからぬ警戒心を持っている。そうした周辺国のイランに対する複雑な感情が、どういうことから来ているのか私なりに調べてみた。
2008年5月、私は、総務省のメンバーと共に、カタール(ドーハ)、アラブ首長国連邦(UAE:アブダビ、ドバイ)を訪問した。ドーハでは政府高官と会議を行い、その後、アルジャジーラの放送局内を見学、アブダビでは政府高官と話し合い証券取引所を見学、ドバイでも政府高官と意見交換をした後に、エミレーツ航空の幹部と会談を行った。この1週間の訪問で中東各国の複雑な関係を私は初めて知った。特に、一番興味を持ったのがその時には訪れていない「イラン」の存在だった。カタールにも、アラブ首長国連邦(UAE)にも多くのイラン人が色々なビジネス分野で働いており、その存在感は極めて大きい。何しろ、カタールやUAEから見たらイランはペルシャ湾を隔ててすぐ隣にある大国である。現地で、色々な人々の話を聞いてみると、イランに対して一定程度の敬意と恐怖の両方が併存しているように感じたのだ。
まず、中東各国はイスラエルを除いて、いずれもイスラム教の国である。しかし、イラクの一部とイランがシーア派、その他の国はスンニー派とお互いに相容れない宗派に別れている。また、スンニー派の中でもサウジアラビアは非常に厳格なワッハーブ派である。この時、訪問したカタールもワッハーブ派の影響を強く受けているが、実は、サウジアラビアとはあまり仲が良くないばかりか、米軍基地に隣接する「アルジャジーラ」という自由な報道を行う放送局を運営している。「アルジャジーラ」はカタール政府が資金援助を行っているが、口出しは全く行なっていない。そしてカタールは、イランとも実業の世界では各種取引や交流も多い。さらに、首都ドーハの中心地にある広場の高座に飾られていた戦車の主砲は「実は隣国サウジアラビアの方向を向いているのだ」とカタール人のガイドがひっそり教えてくれた。
そして、アブダビとドバイを抱えるアラブ首長国連邦(UAE)はスンニー派ではあるがサウジアラビアのワッハーブ派とは全く異なり、自由で穏健な親西洋主義の国である。このUAEの人々も、イランに対しては敬意と不安が同居した複雑な感情を持っているように見えた。カタールは世界で最大のLNG埋蔵量を誇る資源大国である。一方、UAEではアブダビは暫く使える石油資源を持っているものの、同じ連邦のドバイは、もはや地下資源を全く持たない首長国である。このため、ドバイは近年、石油に頼らない物流や金融、観光産業で国を運営してきたのだ。同じ連邦のアブダビは、いわばドバイへの投資を賄っている国でもある。こうした、カタールやUAEの国々から見たらイランは「中東の大国」なのだ。「中東の大国」と言われている国は、イランの他にはサウジアラビア、トルコ、エジプトを含めて3つある。中東の人々から見た「イラン」という国は、実は、その他の3つの「中東の大国」の中でも最も「怖い国」でもあるらしい。
まず「イラン」という国名から話を始めたい。その語源は、古代ペルシャ語の「アーリヤーナム:アーリア人の土地」という意味である。そもそも「アーリア」はインド・イラン語派の民族が自称した言葉で「高貴な」、「気高い」という意味である。この「アーリヤーナ」から「エーラン」、そして「イラン」となった。1935年、パフラヴィー国王が国名を正式に「イラン」と決定した。インドも「アーリア」語族で、両国の国名は言語的にも深く結びついている。インドと言えば、インド最大の財閥である「タタ財閥」は、1868年タタ一族がムンバイで創業し、繊維業からスタートし、製鉄、ホテル、自動車、IT、航空業など100社以上の企業を傘下に持つインド最大の財閥である。このタタ一族は、「パールシー」というコミュニティ出身で、7〜10世紀にイスラム勢力の迫害から逃れてイランからインドに移住した「ゾロアスター教徒」の子孫である。
さて、この「ゾロアスター教」とは、世界最古の1神教で紀元前1,500〜1,000年に古代イランで成立した。預言者ザラスシュトラが創始し、ギリシャ語で「ゾロアスター」となり宗教名となった。最高神アフラ・マズダ(光と善の神)を唯一神として崇拝し、火を聖なるものとして神殿に灯し続けることから「拝火教」と呼ばれている。その教えは、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教において「天国と地獄」、「最後の審判」、「救世主(メシア)」といった基本概念に大きな影響を与えた。7世紀にイスラム教がペルシャを征服するとゾロアスター教信者はインドに逃れて「パールシー」となった。この一族の子孫は、タタ財閥だけではない。現代では、クイーンのフレディ・マーキュリーも「パールシー」その一族である。
今後、21世紀の超大国として、アメリカ、中国、インドの3カ国が世界を支配することになると思われるが、現在、ロシアと中国と深い関係にあるイランは、実はインドとも数千年にわたる深い歴史的な関係を持っている。両国は、インド・イラン語族のルーツを持ち、言語・文化的に深く繋がっている。ペルシャ語は、インド先史のムガル帝国時代には宮廷語・文学語として使われていた。今でも、インドの主要言語であるウルドゥー語やヒンディー語にはペルシャ語由来の単語が大量に存在する。タタ財閥を産んだ「パールシー」のようにイランからインドへの移民が歴史的に大きな役割を果たしたのである。現在でも、地政学的にはインドとイランはパキスタンを共通の敵としてお互いに意識し合い、イランはインドにとってエネルギー・回廊・地政学的に欠かせないパートナーとなっている。
そうした中で、イランはアメリカに対して徹底抗戦の構えを崩しておらず、最高指導者であるハメネイ師が殺害された後に、その後継者として次男のモジタバ・ハメネイ師を選出した。米国CNNによれば、イランは、既に、ホルムズ海峡に数十個の機雷を敷設したと伝えている。しかも、イランは、トランプ大統領の発表とは異なり、未だ機雷敷設機の90%を保持しており、これから数百個の機雷を敷設することが可能だという。しかも、米国の艦隊は、「ホルムズ海峡の安全を確保するためにすぐにも出動せよ」というトランプ大統領の命令には「安全性に危惧がある」として未だに従っていない。今年7月4日に建国250年を迎えるアメリカに対して、数千年の歴史に誇りを持つイラン国民は、トランプ大統領の圧力に屈して簡単に降伏することはないだろう。
一説には、トランプ大統領は11月に行われる中間選挙の前に、これまで親中派としてアメリカに抵抗してきた「ベネズエラ」、「イラン」、「キューバ」の3カ国を徹底的に攻め立てて中国との関係を断つことを目的にしてきたのではないかとも言われている。それがうまくいけば、例えエプスタイン問題で何かが起きたとしても彼は英雄として乗り越えられるのではないかと思ったのだろうか。しかし、トランプ大統領を熱烈に支持してきたMAGAの人たちは、元来、厭戦派であり、こうした帝国主義的な思想に彩られた戦争に駆り立てられることを嫌っている。もし、イランが、ホルムズ海峡の封鎖に成功すれば、世界は深刻なエネルギー危機に陥ることになる。トランプ大統領が株やドル相場の下落を見て、得意のTACO: Trump Always Chickens Out戦術で、突然、現在の方向を大きく転換をしても、もはや間に合わない事態に陥ることを恐れている。
さらに、シーア派教徒を主体とするイランでは、殉教精神が神学的に重要なことと位置付けられている。西暦608年に起きたカルバラーの悲劇では、預言者ムハンマドの孫であるフサイン・イブン・アリーが圧倒的な敵に囲まれて戦い殉教した。このため、毎年、フサインの殉教を悼む追悼行事はイラン・シーア派の最重要行事になっている。今回、殺戮されたホメイニ師は、この殉教精神を積極的に政治化した。1979年のイラン革命では「圧政者に対するフサインの抵抗」の枠組みが革命運動に援用された。また、1980~1988年のイラン・イラク戦争では、若者が戦場に赴くことが「フサインへの追従」と位置付けられ「殉教」の美化が国家によって積極的に行われた。
しかし、イラン国民は8,500万人にもおよび、多様で世俗的な人々で政治的イスラームに批判的な人々も多い。つい最近の2022年、イラン国内の反政府運動である「女性・命・自由」運動は「殉教を美化する国家イデオロギー」への抵抗運動として知られている。今回、トランプ大統領は、米軍のテヘラン攻撃によって、こうした人々がイスラム主義国家の転覆を図ることを期待したのかも知れない。しかし、この度起きた米軍の小学校爆撃によって160人以上の罪のない子供たちが殺されたことで、多くのイラン国民は冷静さを失い、アメリカとイランの戦争が、今後、どういう方向に向かうのか誰も予想がつかない状況となっている。原油の95%を中東に依存している日本の命運は、トランプ大統領というよりも、むしろイラン政府の今後の方針にかかっている。