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502 超大国アメリカの行方

2026年2月1日 日曜日

1998年から2000年までの3年間にわたるアメリカ駐在で、私は「強いアメリカ」を知った。今から思うと当時のアメリカは、まさに世界で群を抜いた実力を持つ特別な超大国だった。アメリカ野球のメジャー最後の戦いが「ワールドシリーズ」で、そこで勝利したチームが「ワールドチャンピオン」と呼ばれることに何の違和感も感じなかった。日本のビジネス界で「国内」と「海外」で分けられる事業領域と比較すると、アメリカにおけるビジネスの世界で語られる言語では、アメリカこそが「世界:World」で、アメリカ以外の国々が「その他の世界:Rest of the world」と定義されていることに全く違和感もなかった。これまで、日本にいた時には普通に感じた議論である「日本とアメリカ」を比較して語ること自体が、もはや全く意味をなさないことをアメリカで暮らす私は心底理解できた。

アメリカは人口においても、国土の広さでも、資源の豊富さでも決して世界を超越するほどの一位ではない。それにも関わらず、当時のアメリカは金融やIT他、軍事力でも経済力でも世界を圧倒する力を持っていた。そんな中で、私がシリコンバレーで聞いた次の言葉には本当に心から驚いた。現地の人々から「伊東さん、ITって本当はどういう意味だか知っている?」と聞かれて答えに躊躇していた私に、彼は「このシリコンバレーで、ITとはIndian & Taiwaneseという意味だ」と教えてくれた。実際、シリコンバレーでIT技術開発の分野で活躍している人々の多くが、ソフトウエアを開発するインド人とハードウエアを開発する台湾人の集団だった。当時、ゲーム機向けの3Dコンピュータグラフィックスの演算チップで活躍していたのが「エヌヴィデア」だった。今、この演算チップがAIに有効な機能であることが判明してから台湾人が起業した、この「エヌヴィデア」は世界から注目される超優良企業となった。

さらに、この「エヌヴィデア」だけでなく、世界中で活躍するIT企業である「Apple」やGoogleの親会社である「アルファベット」やFacebookを運営する「メタ」、あるいはAI分野で活躍する「Open AI」や「アンソロピック」など最先端の技術を駆使して活躍する会社の殆どが、アメリカ西海岸のシリコンバレーで活躍している。しかし、その礎を作ったのはアメリカ生まれのアメリカ人ではない。Appleを創業したジョブスは両親がシリアからの移民であり、Googleの共同創業者であるセルゲイ・プリンもソ連からのユダヤ人移民である。また、Facebookを起業したザッカーバーグも、Open AIを起業したアルトマンもアメリカへ移住したユダヤ人の孫達である。そして、シリコンバレーではないが、同じ西海岸のシアトルに本拠を置く世界最大のクラウド企業であるAmazonを起業したジェフ・ペゾスの両親はキューバからアメリカへ逃れてきた移民であり、ジェフがアメリカで生まれてすぐに離婚し、両親から捨てられた彼は同じくキューバからの移民である叔父に育てられた。

今日、アメリカが超大国になったのは、金融業とIT業界に属する世界に冠たる企業のおかげだと言い切っても決して過言ではない。しかし、アメリカの多くの金融業は今でも多くのユダヤ人によって運営されていて、多くのIT企業もアメリカ生まれではない移民か、移民の息子や孫たちで起業された。つまり、今日のアメリカの豊かさは、アメリカ生まれのヨーロッパ系白人によって築かれたものではない。さらに2019年末から2年半ほどアメリカを恐怖に陥れた「コロナ禍」を救ったのはファイザーとモデルナが販売したRNAワクチンだが、そのファイザーのワクチンを開発したのは旧ソ連傘下のハンガリーからアメリカへ難民としてやってきたカタリン・カリコ女史だ。彼女は、アメリカで開発したRNAワクチンが当局では認められなかったので、トルコ系ドイツ人が起業したドイツのビオンテック社に転職しドイツでRNAワクチンの製造に成功した。ファイザー社はビオンテックとの提携によりこのRNAコロナワクチンを販売できることとなった。彼女は、この偉業によって2023年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。トランプ大統領がRNAコロナワクチンを嫌う理由がここにありそうだ。

こうしてみると、世界の超大国であるアメリカは、生きるのに困難な地域からアメリカへ移住した優秀な人々の活躍によって大きな力を得ていることがわかる。それなのに、どうしてトランプ大統領とその支持者たちは移民をこれほど敵視するのだろうか?あるアメリカ政府高官から聞いた話として、アメリカで活躍している多くの女性経営者は不法移民とされている高学歴の女性をメイドとして雇って家事を助けてもらうことで大きな恩恵を受けているとのことだった。このメイドたちは勉学や就業のために合法的にアメリカへ入国している。しかし、現在はたまたま就労ビザを獲得できなかったために不法移民の範疇に入っている。多くのトランプ大統領支持者が移民排斥運動に賛同していることをもっと理解するためには、アメリカの人種別平均所得階層を見るとよい。まず、平均所得階層の最上位にランクされるのはインド生まれのインド人である。それに続いてベトナム人、シンガポール人、日本人、韓国人、中国人といったアジア系が続いて、アメリカ生まれの白人はずっと後に登場する。

私は単身赴任だったが、シリコンバレーに駐在する日本人の子供たちは普段はアメリカの学校に通っているが、毎週土曜日にサンフランシスコの日本人学校へ行って日本語や数学などを学んで日本の子供達に負けない学力をつけていた。両親のいずれかがサンフランシスコまで車で連れて行くだけでも大変なのだが、私は中国人の話を聞いてもっと驚いた。シリコンバレーに住む中国人は、子供たちを毎日放課後にシリコンバレーにある中国人向け補習学校に通わせているのだという。今から、15年ほど前に中国に併合される前の香港に行って驚いたのは、夜中の11時頃に背中にカバンを背負い塾に通う多くの小学生たちを見たことである。日本以上に勉強に熱心な韓国、中国を含むアジア人の子供たちが大人になってアメリカで高給を得られる職業に就くのは当然と言えば当然である。

現在、欧州ほか世界中の国々で過激になってきた移民排斥運動の原点は、元々社会の底辺層の労働力として社会に貢献してきた移民が何世代にもわたって研鑽を積んで社会の上位層に進出し成功を収めるようになってきたことにある。アメリカも、その例に漏れず、母親がアイルランド人であるがケニア人の父親を持つオバマ大統領が就任したことは多くの白人系アメリカ人にとって大きなショックだった。ケネディ大統領が暗殺された一因として彼がカトリック系アイルランド人だからという説もあるが、それは定かではない。当時のアメリカではユダヤ人とアイルランド人が差別の対象になっていたが、ヒスパニックや黒人は議論の対象にもならない存在だった。その黒人の息子がアメリカの大統領になったことは白人系アメリカ人にとって本当に大きなショックだったのだろう。

そういう意味で、コロナ禍以降のアメリカでは白人、黒人、ヒスパニックから見て共通の攻撃対象はアジア人となった。アメリカに住む私の友人である日本人もコロナ禍の発生源だった中国人と間違えられて、いつ殴られるかわからないので、街を歩くのが怖いと言っていた。トランプ大統領は、こうした人種間闘争の真只中に登場したアメリカファーストの大統領である。そしてトランプ大統領の熱烈な支持者は、異なる属性を融合する包摂的な社会など最初から目指してはいない。むしろ融合よりも分断を求めている。しかし、彼らはアメリカが世界に比類のない超大国を形成した原動力がどこにあったのかを忘れている。現在、アメリカに住む超一流のAI研究者数は中国生まれでアメリカに移住した中国人の方がアメリカ生まれのアメリカ人より遥かに多いということすら知らない。

アメリカにとって幸いなことは、こうした超一流の中国人AI研究者は、今のところ中国に帰国することは全く考えていないことだ。しかし、今のアメリカの移民排斥の状況が進展すると彼らも「中国に帰る」と言い出しかねない。そして、さらに新たに中国からアメリカへ勉強にやって来る優秀な研究者が居なくなると、AI研究のメッカはアメリカから中国へ移転するのかも知れない。現在の世界は、アメリカと中国という2つの超大国が大きな力を持って制覇していると言って良い状況にある。しかし、早晩、これにインドが加わって世界は3つの超大国で覇権争いが進められる時代になることは、既に見えている。こうした中で、アメリカが世界制覇を目指すよりも西半球に注力すべきだというトランプ大統領の方針も一つの考え方だろう。彼にはアメリカが中国やインドと真っ向勝負して勝てるという自信がないのかも知れない。

しかし、アメリカが西半球に閉じこもっている間に、世界の中心は少しずつ東半球が支配する世の中へと変貌を遂げていくのかも知れない。さて、これまでアメリカを超大国にする原動力となった移民や難民への排斥運動を続けていく中で、いつまでアメリカだけが唯一の超大国で居られるだろうか。そして、世界が西と東の二つの半球に分断される時代になった時、地理的に東半球に位置する日本は、どのような経済・外交戦略をもつべきなのか、私たちは真剣に考えないと、この先、生きて行けない。最近になって、欧州首脳が次々と中国を訪問し習近平主席と親密な会談を行なっている。いずれにしても、今後も超大国であり続けるアメリカの行末は、日本に及ぼす影響は計り知れないほど大きい。しかし、こうした欧州首脳の動きから学ぶべきことは、近い将来の予測すら難しいアメリカよりも、少しは予測できる中国の安定度の方が高いということだ。近い将来、欧州だけでなく、中国やインドという二つの超大国が存在する東半球に対して、日本が西半球以上に注意深く見守らなくてはならないことは既に明白だ。