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497  生成AIで変わる社会(その3)

2025年9月1日 月曜日

日本は2040年には1,100万人の労働力が不足すると言われている。この問題は、日本が、将来が抱える諸問題の中で最も大きな課題であることは間違いない。この問題の主たる要因は、近年急速に進んだ「少子化」にある。「少子化」問題は、日本だけでなく欧米では随分前から深刻な問題であった。彼らは大分前から移民政策によって、この「少子化」問題を解決してきた。このため、現在、日本以外のG7各国の外国人は人口のほぼ1割を超えている。ちなみに日本に居住する外国人は350万人で比率は3.5%となっている。それでは、日本も欧米各国と同じように移民を積極的に増やせば良いのではないか?という意見もあるが、欧米各国は現在、逆に、どの国も移民抑制政策に向かっている。

当初、欧米各国において、移民は低所得労働者として多数受け入れられてきた。しかし、世代を経て移民の子供達は切磋琢磨し、次第に高学歴エリート社会にも参加するようになった。欧州での統計はないが、米国では出身国別の所得ランキングではインドが圧倒的な首位、次にベトナムなどアジア各国が続き、その後に日本、中国、韓国、アメリカ出身者の所得水準は、その後に来る。そのためか、アメリカ生まれの白人だけでなく、中南米出身のヒスパニックまでもがアジア出身者に対して嫌悪感を持っている。そうなると、今後、アメリカのために移民を増やそうという政策を続けることは極めて難しい。現に、バイデン政権に移行してもトランプ政権時代の移民抑制政策の変更は行われなかった。欧州各国で起きている、移民抑制を主張する右翼政党の台頭も米国と同じ流れだろう。

さらに、日本が移民を期待している国々はアジア諸国だと思われるが、アジア各国の所得水準はかなりの勢いで上昇し、日本の水準とかなり近づいている。むしろ、ここ数年の円安でアジア諸国から見たら日本の物価は安いと感じる水準までになった。近年、日本を訪れるアジアからの観光客が急増しているのも、そのためだ。逆に、アジア諸国の若い人たちは、「物価が安い」日本は観光で訪れるには良いが、「給与が安い」ため、もはや出稼ぎで働きにくる国ではないと考えている。さらに日本で問題となっている「少子化」問題は、アフリカを除いて、アジアや南米を含めて高学歴化とともに世界各地で進展している共通の課題となった。つまり、もはや、日本の労働力不足をアジアからの移民で補填するという安易な考え方は成り立たなくなってきた。

そのため、日本は世界中のどの国よりも、深刻な労働力不足という問題に対して真剣に対処しなくてはならない。そんな状況の中で、世界各国で人間の仕事を奪うと恐れられている「生成AI」こそ、今後、日本で活用しなくてはならない重要なツールと言えるだろう。しかし、「生成AI」が最も有効に効く職域は、高学歴のホワイトカラーである。例えば、最近のAI機能を強化した経理ソフトの能力は恐ろしい。殆どの仕分け作業が自動化され、税務申告まで自動で出来上がる。監査作業まで自動でできるので、会計監査は全てを対象として行うことも可能である。当然、税務当局も同じレベルのソフトを使うようになるので、もはや不正経理など実行不可能となる。経理部の仕事は経理部長と、将来の経理部長となるべき後継者2−3人の経理部員だけで出来るようになるだろう。

こうした「生成AI」や「AIエージェント」の登場で、会計士や税理士だけでなく、弁護士など、上級の国家資格を必要とするホワイトカラーの人数は従来比で圧倒的な少人数で仕事をこなせるようになる。従来、高学歴で高給を得ていた職業こそ、「生成AI」の影響を受ける。つまり、専門職と呼ばれていた高学歴を必要とする職業の求人が少なくなっていく。本当に、そんなことが起きるのだろうか?と疑問に思われる方も多いかもしれないが、実はコロナ禍以降のアメリカで実際に起きている。コロナ禍でアメリカは「生成AI」の実装が各企業で行われて、「Great Resignation : 大量離職時代」と呼ばれる時代になった。近い将来、「生成AI」はアメリカの高学歴ホワイトカラー職の47%を奪うと言われている。

第二次トランプ政権は、こうした「Great Resignation : 大量離職時代」の真只中に生まれた。この時代のアメリカで新たに雇用を増やした職種は、「介護」、「看護」、「在宅介護」、「調理」の4種類であった。これらの職種は、女性が就くことが多いので、「ピンクカラー」とも呼ばれている。製造業が衰退したアメリカのラストベルト地帯において工場が潰れて失職した夫と離婚し、シングルマザーとして子供達を養うために多くの女性が就いた職業でもあったからだ。逆に、こうした「ピンクカラー」と呼ばれる職業は「生成AI」で簡単には代替できない「エッセンシャル・ワーカー」でもある。「エッセンシャル・ワーカー」とは、コロナ禍で、多くの人々がリモートワークで働いている中で、リモートではなくて現場で働かなければならない職業の総称としてコロナ禍では日常的に使われた言葉である。つまり「エッセンシャル・ワーカー」がいなくなると社会は1日も持続できなくなるからだ。

2040年に陥るであろう「1,100万人の労働力不足」という日本の危機は、ホワイトカラー層ではなく、この「エッセンシャル・ワーカー」不足を、どのように補うかという問題と言える。まず一番重要なのは農林水産業だ。気候変動で危機を迎えている食料調達問題は、いざという時に備えるべき日本の最も重要な安全保障問題でもある。次に、運転手を含む交通・運輸関連産業の深刻な人手不足問題だ。とりわけ、私の住居の近辺でも運転免許証を返納した多くの高齢者が利用するバスが運転手不足で次々と減便する状況になっている。さらに、国の富を生み出す重要産業としての製造業で働く工場労働者たち。そして、一番深刻なのは、今後益々増えていく高齢者がお世話になる老人介護施設で働く人々の労働力が圧倒的に足りなくなる。

しかし、この「エッセンシャル・ワーカー」と呼ばれる職業の多くが、「きつい働き方」と「安い給与」の2点で多くの求職者から嫌われている。この二つの問題を解決しない限り、アジア諸国から外国人を誘っても、そう簡単に日本には来ない。つまり、「エッセンシャル・ワーカー」を「きつい働き方」と「安い給与」から解放した魅力ある職業にしない限り、本質的な解決案はない。このために必要な施作は、現在、エッセンシャル・ワーカーの人々が働いている仕事に対して「生成AI」や「AIエージェント」、あるいは「IoT」を駆使し抜本的な生産性向上を行うことしかない。オフィスで働くホワイトカラーの生産性向上は、もはや特に誰かが特別な努力をしなくても、「生成AI」や「AIエージェント」がどんどん無制限に代行してくれる。つまり、今後、「生成AI」や「AIエージェント」、「自動化ロボット」を推進シナケラばならない分野は「エッセンシャル・ワーカーの仕事」に絞られる。

さて、これまで日本を含む世界中で行われてきた理系高等教育機関(大学・大学院)は、従来の高級ホワイトカラーを育てることに大きく貢献してきたが、「現場に強いエンジニア」や「現場を改革するコンサルタント」を育ててきただろうか? 答えは「否」である。それ故か、現在の米国ハイテク企業は、これまでの大学教育に大きな期待を抱いていない。むしろ、日本で言うと「ロボット高専」のような専門分野に焦点を絞った理系教育機関を望んでいる。実際、日本でも名高い「ロボット高専」を卒業した人材は、卒業すると理系大学の3年生に編入する人が殆どだ。それでも、何の目的もなく理系大学に入って勉強を続けている人たちに比べたら遥かに現場力が強い。企業から見たら、こういう人材を喉から手が出るほど欲しい。

最近、スーパー・サイエンス・ハイスクール(SSH)制度の導入により、多くの高校が文科省の教区指導要項の範囲を超えて、目的を持った理系教育を行っている。中でも、私が感銘を受けたのが2007年からSSHの指定を受けた都立日比谷高校だ。かつて東大合格者数で日本一を誇った日比谷高校は多くの立派な卒業生を抱えており、その方達が生徒に対して、将来、「何を目的として理系科目の勉強をすべきか?」という命題に課外授業として取り組んでいる。こうした研究活動は、実際に現行の受験勉強とは無関係のため、直接役には立たないはずだが、日比谷高校は2025年、昨年比21名増の81名の東大合格者を輩出した。この合格者数は公立高校では日本一だ。そして、この生徒たちは、大学に入って何を勉強するかという具体的な目標を予め持っているため、日本が抱える「エッセンシャルワーカーの人手不足問題」を解決するという課題に対して大きな貢献をするに違いない。