もうすぐ、3月11日だ。あれから、もう12年経つ。今年は卯年だが、12年前の2011年も卯年だった。我が家のワンコも卯年生まれ。あの日は、母親のお腹の中で怖い揺れを経験したようだ。そのせいか、今でも地震で少し揺れただけでも極端に怖がる。ワンコの12歳は高齢の域に入るが、飼い主も、もう後期高齢者なので散歩のときは歩くテンポが整合して心地よい。2019年までの3月11日は、毎年被災地のどこかに行って慰霊祭に参加させて頂いた。しかし、2020年に起きたコロナ禍以降、それも行かれなくなってしまった。今年も、まだどこにも行けないでいる。
昨日は、会津大学の復興支援センターのアドバイザリーボードにオンラインで出席した。日本で唯一のIT専門の公立大学という特徴を活かして、福島県下の各企業や自治体に対してデジタル技術を用いていろいろな分野で復興支援を行なっている。私は、大震災の翌年に、この復興支援センターのアドバイザーに任命され、もう12年も務めている。会津大学は、今まさに世の中の全てがデジタル時代となっている中で、大変ユニークな存在として福島県で地域貢献を行なっている。もともと福島県は東北地方ではダントツに製造業が盛んなところで、優秀な技術を持った中堅企業が沢山存在しているからだ。
この福島県の県立大学として設立された会津大学は、IT技術を専門とするグローバル志向の大学である。AIやIoTの技術を活かして宇宙、エネルギー、ロボット、医療などいろいろな分野で活躍している。そうした復興支援センターの幅広い活動の中で、私が一番注目しているのは地元企業向けに就職を目指す、女性のデジタルエンジニアの育成プログラムである。最近、日本の各地域でデジタル分野(DX)の話をすると、企業経営者や自治体の首長は大変関心が高く熱心に聞いて下さる。もはや、今の日本では、デジタル技術が日本再生のために必須だということは誰でもよく知っている。
十分に知っているのに、それがなかなか実現出来ないジレンマに苦しんでいる。悩んでいる一番の原因はデジタル化を推進する技術者がいないからだ。今や、多くの産業分野でデジタル技術者は引っ張り凧で、中堅・中小企業や地方自治体で新規に採用するというのは非常に厳しい。もともと、経営者や首長がデジタル化を推進したいという願いの原因は、日本全国で起きている深刻な人手不足である。デジタル化によって、これまでの仕事のやり方を大きく変えていけば、こうした人手不足問題は一挙に解消され、むしろ人手が余るという副作用が出てくるはずだ。だからこそ、新たにデジタル人材を雇用するのではなく、今いる社員にデジタル技術を習得してもらうのが一番良い。しかし、それも、どのようなスケジュールで、どのような教育をすれば良いかが全くわからないでいる。
そうした中で、結婚・出産で、これまでのキャリアを失った女性が、デジタル教育で技術を磨き新たなキャリアパスを築ければ、こんなに素晴らしいことはない。会津大学復興支援センターでは2017年度に「女性プログラマ育成塾」として始め、2020年度には「女性のためのITキャリアアップ塾」として改組し、福島県「女性IT人材育成・就業応援事業」の助成金を受けて活動している。この塾は基本的に自宅でいつでもできるオンライン学習形態をとっている。受講生は福島県在住の20−40代の女性で、6割が就労中、4割が無職である。この塾では期間3ヶ月でITシステムの基礎知識と活用方法を学ぶ「IT基礎・Webデザイン基礎コース」と期間7ヶ月でプログラミングとITシステムの開発方法を学ぶ「プログラム基礎コース」がある。
2022年度の「IT基礎・Webデザイン基礎コース」では受講生45名中39名がカリキュラム修了、「プログラム基礎コース」では45名中24名がカリキュラムを修了している。この「プログラム基礎コース」ではJavaとPythonの両言語を習得させるほか、システム開発の基礎やセキュリティ対策などの実践も行う。こうして一通りの学習を終えた後に、卒塾課題(アプリ作成)を実施し、これを修了した学生には福島県労働局の後援を得て、受講生は採用希望企業と個別面談を行い、11月と3月の2回の就労マッチングを受ける。こうした受講生の就業先は当初はIT企業が中心だったが、現在では小中学校のICT支援要員や専門学校の講師、デザイナー・イラストレーターなど、およそデジタル技術を必要とする全業種に広がりつつある。
私もいつもこの話を聞いて大きな感銘を受けている。こうして、一度、結婚や出産でキャリアパスを失った女性たちが、デジタル技術を習得することで、また第二の人生として新たな活躍の場を得られるのはなんと素晴らしいことだろう。この話を聞いていると、こうした女性の受講者は元来IT技術とは無縁だった人たちだ。そうした人たちが、たった7ヶ月間の教育でシステムエンジニアやI T専門学校の講師になれるのだと思うと胸が熱くなってくる。確かに、私が大昔、大学の卒論でいきなりコンピューターを使うことを許され、見よう見まねでプログラムの手法を覚えて無我夢中で毎日膨大な量のプログラムを書いていたことを思い出した。
ITデジタル技術というのは、順序立てて長期間修行をするような技術ではない。まず、やりたいことがあって、見よう見まねでプログラムを書いて動かしてみる。そういえば、大学でも会社でも、私だけでなく、周りの人たちは皆同じようにソフトウエア技術を学んでいった。プログラムを書くということは、自分もやってみたいと思えば、誰でもできるはずである。英国ではプログラム作成は、小学校1年生から必須の教科として始めている。これまで日本社会で差別を受けてきた女性たちが、こうしてデジタル技術を習得して、同僚や上司の男性を見返すことが出来れば何とも痛快である。
現在、いろいろなことで差別を受けている多くの女性は、現状を変えたいという気持ちが男性よりも強いはずだ。デジタル化の基本は「現状を変えることによって合理化する」ことである。会津大学のこうした女性デジタル人材支援の取り組みに私が一番期待するのは、デジタル化の新たな波は、女性から起こすのが一番良い方法かも知れないと思っているからだ。変化を嫌う人々、新たな学びを厭う人々にデジタル社会の恩恵は絶対に受けられない。
東日本大震災で大きな被害を受けた三陸沿岸と福島県は、大震災が起きる前から少しずつ衰退が始まっていた。それで、あれほど大きな震災被害を受けたのだから、もはや元には戻れないのだという人もいる。それはそうかも知れない。しかし、少しずつ衰退しいているのは、東北三陸、福島県だけではない。日本全国がそうなのだ。それを何とか元に戻すだけの力を再生するのは、これまで日本社会が避けてきた「変化」や「リスク」を正面から受け止め、それに抗するデジタルの力をもっともっと磨いていくべきだろう。まさに、若い人々、そして女性の底力が試される時だ。
あの大震災から12年間、私たちは一体何をしてきたのか? 政府は、大きく借金を膨らませ、オリンピックをはじめとした巨大な公共事業をいくつか行い、それでも株価だけは幾分か高騰したかも知れない。しかし、国民はちっとも豊かになれない。そして、そろそろ、コロナ禍は終息を迎えている。今日も、週一回の食品スーパへの買い出しに行ってきた。これまで、近所で一番混んでいる激安スーパで、いつも駐車場を確保するのも大変な店だったのに、この第8波のピークを過ぎたあたりからだろうか?お客の数が激減している。あんなに長蛇の列だったレジでは、オペレータが、暇そうに客が来るのを待っている。
今の日本で、一体、何が起きているのだろうか? もう、多くの人々は食材を買うお金もないというのだろうか? 今や、日本全体がコロナ禍という大きな災害に被災してしまった。そういう緊迫感が、国会論議には全く感じられない。私たちは、この12年の反省がきちんと出来ないまま、今度は次の南海トラフ大震災の試練を受けるのだろうか?