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438 米国大統領選に想うこと

2020年11月8日 日曜日

選挙から5日経った、今朝、ようやくバイデン候補に当確が出た。敗北を認めないトランプ大統領が、今後どう出るかという懸念もあるが、世界中が、ひとまずホットした。しかし、バイデン候補が、もっと大差をつけて勝利すると思っていたのに、この接戦は大きなショックだった。そして、トランプ大統領に投票した人が7,000万人もいたという現実は、単にバイデン勝利と安堵できないアメリカの厳しい窮状を示している。バイデンが勝利した州は、アメリカの繁栄を享受する東海岸と西海岸で、トランプが勝利した州は、繁栄から隔絶され衰退する中西部とアメリカが綺麗に二つに分断されている。

トランプ大統領が主張する「アメリカファースト」の実態は「白人ファースト」であり、「Make America Great Again」は「古き良き白人中心のアメリカに戻れ」だが、アメリカの中西部には、こういう極端な主張が大きな支持を受ける背景がある。特にラストベルトと言われる中西部の工業地帯における白人中間層の没落である。中西部に限らずアメリカ全体でも中間層における白人の平均年収は約7万ドルなのに対して、インドからの移民における中間層の平均年収は軽く10万ドルを超えている。さらに白人中間層の平均年収は、インド系に続き、台湾系、トルコ系、中国系、イラン系、日本系、フィリピン系、韓国系の年収にも劣っている。

これでは、移民を制限すべきというトランプ大統領の政策に中西部の白人たちが共鳴するのも自然な流れだろう。特に、第二次世界大戦直後に世界の工場が壊滅状態の中で、中西部で繁栄を謳歌した鉄鋼や自動車の工場では、単純な計算ですら苦手な人でも、白人でさえあれば何十人もの黒人労働者の職長になれた。こうした白人たちは、郊外に立派な家を建てて自家用車も持ち、裕福な暮らしも出来て、退職後は十分な年金で老後を幸せに暮らせた。当然のことながら、世界中が戦後の復興で立ち直ると、アメリカの製造業は競争力を失い、中西部の工業地帯は、何もかもが錆び付いたラストベルトとなった。

日本では、経済が衰退した地方から若い労働力が東京や名古屋など繁栄している大都市に移動しているが、アメリカではそれが出来ない。大都市で働くには、ある程度の高等教育を受ける必要があるが、アメリカで大学に進学するのは大変なことである。年間授業料が500万円以上するアメリカでは大学進学率は実は30%にも満たない。日本が60%、韓国が70%の大学進学率と比較するとアメリカが世界一豊かな国とは、とても思えない。それがアメリカの白人が、アジアから来る移民に比べて低い年収に甘んじている理由の一つである。

もう一つの理由は大都市の不動産価格の高騰である。ニューヨークやサンフランシスコでは、ワンルームの家賃が50万円/月もする。これは普通のアルバイトで稼いだお金ではとても払えない。だから、中西部のラストベルトに住む多くの若者は、生涯、生まれた街から出られない。地域にはまともな職がなくても、そこから出られないのだ。彼らはアメリカから出たこともないばかりか、自分の街からも出たことがない。だから、トランプが言っていることが、嘘だか本当だか全くわからない。とにかくトランプの激しい口ぶりには、自らの不満を代弁してくれているようで大きな魅力に映る。

トランプは、こうした中西部の忘れられた人々からの熱狂的な支持で大統領になった。中西部のラストベルトでは平均余命も50歳以下である。多くの若者が30代になるまでに、自殺、殺人、事故、薬物中毒、アルコール中毒で亡くなっている。こうした人々に、地球温暖化問題など訴えても頭には入らない。むしろ、彼らが、唯一の支えとなっているシェールガス産業にとって脅威となる「フラッキング禁止」をバイデン候補が主張したことは、トランプ大統領にとって絶好の追い風となった。フラッキングは地下に有害な薬物を注入することで、地下水源に依存しているアメリカの農業を将来危険に晒すなどという難しい話は彼らには全く通じない。

トランプ大統領は在任中に株価を押し上げ、失業率も大きく減少したと言われているが、アメリカの底流で暮らす白人達には何の恩恵ももたらさなかった。アメリカの失業率は失業保険の給付状況から算出しており、もともと職に就けないで失業保険にも入れなかった人の数は含まれていない。それでも、彼らは今回の大統領選挙でも、きっとトランプに一票を投じたに違いない。トランプが発する反知性主義に満ちたTwitter投稿が、アメリカのエリート達を揶揄していることに、たまらないほどの魅力に映る。

それにしても、トランプが今回の大統領選挙で7,000万票を勝ち取ったのは凄い。これまで第一位だったオバマ大統領の記録を軽く超えている。これは底流で喘ぐ白人貧困層の熱狂的な支持だけでは説明がつかない。おそらく、最近、徐々に左傾化してきた民主党を代表するバイデンには大統領になって欲しくなかったのだろう。トランプも選挙演説で「民主党は社会主義者の集まり」だと非難していたが、これは、全く嘘でもない。バイデン自身は社会主義者とはほど遠い存在だが、民主党代表選における最強の対抗馬であったサンダースの支持者を取り込むには社会主義的な政策も排除できないという事情もあっただろう。

サンダースは紛れもなく社会主義者である。かつて、アメリカでは国家反逆罪だった「社会主義者」のレッテルを貼られたサンダースが、前回のヒラリー・クリントンの時と同様にバイデンにとっても最強の対抗馬となった。大統領候補に選出された後に、サンダースを全く無視したヒラリーはサンダース支持者からは投票棄権という手痛い反撃を受けた。バイデンは、今回、その点は丁寧に対応したように見える。しかし、逆に、そのことが自由主義を標榜する民主党員の票をトランプに奪われたのかも知れない。

さて、社会主義とは全く反対の国であったアメリカにおいて、最近、ミレニアル世代やZ世代と言われる若い人たちが、どうして社会主義者のサンダースを支持するようになったのだろうか? 実は、これには、極めて深い意味があるように思えてならない。そもそも、現在のアメリカの繁栄は東海岸の金融業と西海岸のIT業によって支えられている。しかし、この金融業とIT業は、共に大きな利益を創出するが、一方で、多くの雇用は生まないので、一部の人々だけが、その繁栄を享受できる。アメリカの金融業とIT業は世界一であり、その分だけ、アメリカでは富が益々偏在し、格差は広がっていく。

加えて、最近の若い人たちは、ますます技術が進展するAI(人工知能)の脅威を肌で感じている。かつて、ロボットが工場労働者の働き口を奪ったように、AI(人工知能)は高学歴のオフィスワーカーの職を奪っていく。つまりデジタル化の進展は、労働市場における需給関係を大きく変化させる。おそらく、ミレニアル世代やZ世代の若者達は、「いくら努力しても職が見つからない」という時代が、アメリカでも、すぐそこまでやってきていると感じているのだろう。その解決策は、「自助努力」だけに迫るのではなくて、社会全体で考えて行かなければならない。バイデン新大統領の課題は、非常に大きい。