日頃、私は4つの病で定期検診を受けている。前立腺がん、甲状腺がん、睡眠時無呼吸症候群、高血圧の4つである。それぞれ、2ヶ月から、3ヶ月おきに検診を受けているので、ほぼ毎月、どこかで検診を受けている。特に、COVID-19禍が話題になりだした、本年3月以降は、今までに見られない状況が起きていた。とにかく、これまで賑わっていた病院の待合室に患者がいないのだ。どうしたのだろうか? 皆、院内感染を怖がって病院に来ないのだろう。多分、電話診療で処方箋だけもらっているのかも知れないと思ったが、今年4-6月の大手調剤薬局の四半期決算を見てみると大幅な減収となっており、多くの方々は電話診療さえ控えられていることがわかる。メディアは、盛んに「医療崩壊」の話題を出すが、むしろ「医業崩壊」が起きている。
日本は、世界の諸外国に比べたら感染者も死者も圧倒的に少ない。これは、日本の政策がうまくいっているというよりも日本国民が恐怖感で自主的に行動を抑制しているからに他ならない。この国民の恐怖感こそ政府に対する不信感の表れだとも言えるだろう。そして、この国民の極端な恐怖感が経済に反映されて大不況を招いている。政府が観光キャンペーンを行っても国民は全く冷めていて、さっぱり乗ってこない。逆に「賢明な国民vs愚かな政府」という構図こそが戦後の日本をここまで繁栄させてきたとも言える。
さて、世界一の超大国であるアメリカでは、なぜ、COVID-19の感染者数、死者数が世界一なのか全くの謎である。アメリカの人口は3.3億人で日本の3倍、国家予算は500兆円で日本の5倍、GDPは20兆ドルで日本の4倍と圧倒的な大国である。病院数こそ日本が世界一で9,000、アメリカが世界二位で5,000とやや少ないが、医師数でみると日本が31万人なのにアメリカが85万人と日本の病院数が、やや異常な数という感じもする。きっと小規模の病院が多いに違いない。もちろん医療分野の先端技術でアメリカは圧倒的な力を持っている。
それでは、アメリカの医療は、1975年から現在までの45年間で、どのように変化したのだろうか?まず、医療部門の就業者数でみると1975年の400万人が、現在では1,600万人と4倍に増えており、これはアメリカの全てのセクターで第一位である。そして、一人あたりの年間医療費では1975年が年間550ドルだったのに対して、現在では年間1万1000ドルにも達している。さらに、入院する際の1日の平均的な部屋代は1975年が100ドルだったのに対して、現在は4,600ドルもかかる。つまり1日入院すると治療代を除いて部屋代だけで約50万円かかるということである。
アメリカが、これだけの医療費をかけていながら、平均余命は1975年の71歳から現在は76歳までしか伸びていない。アメリカとほぼ同等の医療費をかけている他の国々の平均余命の伸びは、1975年の71歳から現在84歳まで伸びている。長寿の国である日本から見ると、アメリカ人は、どうして短命なのかと不思議に見えるかも知れない。しかし、センテナリアン(Centenarian)と言われる100歳以上の人口でみると、2019年の統計ではアメリカが世界一で10万人、日本が世界二位で7万人である。もちろん総人口が3倍違うので、一概に絶対数では比較できないが、問題は100歳以上方々の暮らし方である。日本では100歳以上の90%が寝たきりで、アメリカでは100歳以上の90%が働いているというから驚きだ。
もちろん金銭を受領していなくても何らかの仕事をしていれば立派に働いていると言えるのでアメリカ人は日本人より遙かに高齢まで元気だと言える。実際に、アメリカのゴルフ場で90歳を超えた同士で一緒にプレーされているのを何度も見かけている。彼らは、私たちに「自分たちはゆっくりプレーするので、どうぞお先に行ってください」と道を譲ってくれる。つまり、アメリカの富裕層や中間層は、皆、揃って長寿で元気なのだ。それは、お金さえあれば、アメリカでは世界一流の医療を受けられるからであろう。
アメリカの平均余命を押し下げているのは、まともな医療を受けられない貧困層が若くして寿命を終えているからである。もっと正確な表現を使えば、医療以前の問題、つまり病気以外の原因で10代、20代で多くの若者が亡くなっている。自殺、交通事故、殺人、薬害、アルコール中毒が、その主たる原因だ。白人、黒人を問わず、ラストベルト地帯や都会のスラムで、アメリカの平均余命を押し下げている人々が、今回のCOVID-19の犠牲者である。彼らには、アメリカの最先端医療は全く届かない。COVID-19禍で、世界最大の感染者数、死者数を出したアメリカは、その多くの要因を貧困、格差、差別という社会問題に内在している。
さて、アメリカはともかく日本の医療体制は、COVID-19のようなパンデミックに対して、どのような課題があるのだろうか? まず、一番大きな問題はPCR検査が、なかなか増えなかったことである。このことが国民の不信感と恐怖感の根源になった。つまり、COVID-19に感染しても、簡単には検査してもらえない。保険所でなかなか受け付けてもらえない間に、時間が経過して重症化して死んでしまうのではないかという不安と恐怖である。経済活動は人々の恐怖心によって大きく冷え込んでしまう。
確かに、保健所の仕事は大変である。皆さん、過労死寸前まで頑張っておられるが、精神力だけでは長期にわたって持続することはできない。そこで、保健所の数の推移をみてみると、1994年には日本に保健所は847カ所もあった。それが、今年、2020年には約半分の469カ所に半減されている。また、病床も日本全国で1990年には153万床あったものが、2015年には133万床と20万床も減っており、その後5年間経って、2020年には、さらに減少しているものと思われる。日本は、今から100年前の1918-1919年にかけて大流行したスペイン風邪というパンデミックを経験したが、その後、幸いにもSARSやMARSの流行は逃れることが出来た。
しかし、この100年間を平和に過ごしたことが、パンデミックに対する感性を鈍化させた。日本は世界で有数の災害大国であり、地震や津波、風水害などに対して巨費を投じた防災措置が取られている。強靱な国を目指したレジリアントな社会を目指して、毎年、巨額の土木工事予算を計上していたが、パンデミック対策という大災害に対する備えは、果たして十分だったのか、今後に大きな反省の余地を残している。