今月1日からサンフランシスコで開催されているDisrupt SF 2019に、昨年に引き続き今年も参加した。このTechCrunchは、IBM、Dell、Lenovo、UA、Microsoft、Boeing、Deloitte、JETROなどがスポンサーとなり、シリコンバレーのスタートアップが数百社参加する一大コンベンションである。参加料は1,300ドルもするのに、朝早くから大勢の若者がセキュリティーチェックの長い列に並んでいる。今年、72歳となる爺さんが、この若者たちと同じ行列に並んでいるのが何とも嬉しくてならない。
今、日本では、デジタルトランスフォーメーション(DX)が大きな話題になっているが、シリコンバレーではDXが大きな話題になることはなく、Disrupt(破壊)の一色である。つまり、Transformation(変革)というよりDisruption(破壊)なのだ。さらに、経済産業省が取り上げている2025年の壁、IT技術者の不足によりレガシーシステムからオープンシステムへの変換が進まないという危機感は、このアメリカでは全くない。既に、アメリカでは、2000年問題に対する危機回避として20世紀中にレガシーシステムからオープンシステムへの変革は終わっているからだ。
そうした難しい話はともかく、朝一番、定宿のマリオットサンタクララからサンフランシスコに向けて101号線をチャーターしたミニバンで走っていくと、サンフランシスコ側からサンノゼ方面に向けて真新しい何百台もの大型バスが優先レーンを走っていく。聞けば、すべてGoogleが社員用にチャーターしたバスだという。Googleは、こうした1,000台にも及ぶ社員用バスの駐車場のためにNASAの空軍基地の跡地を購入した。自分で運転していけば、軽く1時間半はかかる通勤時間をバスに乗れば、その時間を仕事に当てられるというわけである。ここで、私には、以下の疑問が湧いてくる。
まず、第一の疑問は、Googleの社員は、なぜ、シリコンバレーの渋滞する道路を、わざわざ自分で運転して会社に行かねばならないのか? テレワークすれば会社まで行かなくても済むではないか?ということである。実は、シリコンバレーの道路が大渋滞するのは、ここでは殆どの会社がテレワークを使っていないということがある。イノベーションを生むための仕事は、テレワークでは出来ない。共創を行う仕事のやり方は、膝を突き合わせてお互いの表情を読み、息遣いを感じなければできないというのである。デジタルトランスフォーメーション(DX)の真逆で、まさにアナログ的な考え方である。
もう一つは、多くのGoogleの社員は、なぜ、その本社があるマウンテンビュー市から遠く離れたサンフランシスコ市に住みたいのか?である。今や、サンフランシスコは、シリコンバレーのイノベーションセンターとなり、地価が高騰し、ワンルームマンションですら月額7,000ドルの家賃だという。それでも、若者はサンフランシスコに住みたいのだ。だから、高給とりのFacebookの社員でも、ホームレス用のシェルターから毎日通勤している人もいるという話もある。今、GoogleやFacebookで職を得ているからと言っても安泰ということは決してない。次の職を得るための人脈や最新情報を得るためにサンフランシスコに住むことは彼らにとって必要条件なのだ。
そうしたトレンディーな都会であるサンフランシスコで開催されるDisrupt SF 2019を覗いて見ると、今後、何が最新のテーマなのかが見えてくる。従来から注目されているFin Tech(金融)、Ed Tech(教育)、Agri Tech(農業)以外にSpace Tech(宇宙)やAqua Tech(水産業)というテーマが本格的に登場している。もはや「自動運転」などという成熟したテーマは、既視感をDisrupt(破壊)する役割を担うスタートアップには相応しくないということだろう。
さらに驚くのは、このDisrupt SFの会場では、大麻由来の嗜好品であるCBD(カンナビジオール)を使った粉末製品の展示即売会が開かれている。大麻の主成分にはCBD(カンナビジオール)とTHC(テトラヒドロカンナビノール)があり、CBDは無害であるが、THCは、一般的に問題となっている精神活性作用(多幸感)、常習性がある。日本でも、このCBDは合法である。オピオイドなど鎮痛剤系薬物障害で苦しんでいるアメリカでは、CBDの販売を拡げて、違法薬物だけでなく、健康に有害なタバコやアルコールなどの代替にしようという動きがあるようだ。確かに、これも従来の常識を超えたDisruptかも知れない。
このDisrupt SFに参加して、私が興味を持ったテーマは以下の二つである。一つは空飛ぶ車。この電動VTOLの開発者は、とにかく都会で使うには騒音を出してはいけないのだと言う。主翼に4つ。機首に二つのプロペラは電動で動きVTOLの機能を持つ。駐機場から静かに垂直に飛び立ち、音もなく水平飛行へ移っていく。もう一つはOpen AIだ。AIのツールや開発環境を無償で提供する企業である。司会者は、盛んに、この会社は、どのようにして利益を出していくのだとの質問ばかりだったが、創業者のCEOは、今はMicrosoftから10億ドルの資金援助があるので、当面は利益を考える時ではないと主張する。これから、この会社が、どうなっていくのかよくわからないが、AI技術は、囲い込みして隠匿するより、多くの分野で利用する方が人類のためになりそうだという気はする。
そして、このDisrupt SFとは直接関係ないが、今回は、またシリコンバレーで素晴らしいスタートアップに巡り合った。ノールウエイのファンドが設立した魚の餌を製造する企業である。原料は、なんとCO2で、近くのセメント工場の排ガスから抽出するという。現在、試作品の粉末が出来上がっており、ノールウエイの鮭の養殖場で試食させているのだという。このプロジェクトは、いくつかの点で感銘を受けた。一つは、CO2を減らすというのではなくて、利用するという逆転の発想。もう一つは、ノールウエイのファンドが、ノールウエイの鮭養殖のために使う餌を開発するために、わざわざシリコンバレーにまで拠点を作っているということである。
Disrupt(破壊)という言葉は大変物騒ではあるが、新たな改革を行うには、既視感を破壊するしかない。例えば、CBDのように、これまでの善と悪が逆転する発想も必要だろう。いつも、シリコンバレーに来て感銘を受けるのは、どうして、このような技術を完成させたのかというよりも、どうして、この分野に挑戦をしてみようと思ったのか?ということだ。改善や改良も大事なことだが、誰も考えなかったようなことに挑戦するマインドを生み出すシリコンバレーに、できることなら来年も、また来たいと思う。