5月10日、トランプ大統領は米中貿易戦争の第四弾として、2,000億ドルにも及ぶ中国からの輸入産品について25%の輸入関税をかけると発表した。この2,000億ドルの輸入製品の範囲は、その半数近くが米国の一般消費者が購入する日常品であり、米国民への今後の影響が懸念されている。だから、トランプ大統領の今回の政策は、いわゆるチキンレースにおける脅しだけで、近いうちに交渉は妥結するだろうという楽観論が多数を占めている。
しかし、私は、そのように楽観的な予測には与しない。なぜなら、その第一は、地球温暖化防止政策に反対するような、トランプ大統領が発する数々の奇策に異論を唱える欧州の政治家の殆どが、今回のトランプ大統領の対中国政策についてだけは異論を挟まないからである。第二は、私の経験から見ると、今回のトランプ大統領の対中国政策が、40年ほど前に日本がアメリカを追い抜くのではないかと警戒された時の、アメリカの対日本貿易政策と酷似しているからである。
つまり、トランプ大統領は、対中国貿易赤字の改善だけを狙っているだけではなく、近い将来、アメリカを凌駕するかも知れない中国の成長力に歯止めをかけたいのだ。今回の追加されたアメリカ国民が日常的に購入している日常品を含む2,000億ドルにも及ぶ中国からの輸入品に対して、一気に25%の関税をかけられたら、少なくとも、アメリカ国民は、一時的には悲鳴をあげるかも知れない。しかし、こうした日常品は、中国でなくとも、ASEAN諸国はもちろん、中南米でもアフリカでもどこでも製造できるもので、中国からの輸入がストップしても、アメリカとしては全く困らない。
半年も経てば、中国以外からの輸入品で補完され、何事もなかったようにアメリカ人は今まで通りの暮らしができるだろう。一方、中国は、ただでさえ経済動向が凋落傾向にあるのに、対米輸出の大幅な落ち込みは、一層追い打ちをかけられ、習近平主席が唱える強国戦略に少なからず影響を与えることは間違いない。とにかく、アメリカは、中国がアメリカに代わって世界の覇権を取るのは絶対に許せない。ちょうど、それは、今から40年ほど前に、日本がアメリカから迫られた圧力を思い起こせば容易に理解できる。当時、アメリカは通商法301条を盾に、日本に無理難題を押し付けてきた。
これまで日本の産業競争力の強化に向けて産業政策を推進してきた、日本の通産官僚は、アメリカからの圧力で、突如、日本の産業競争力をいかに弱めるかという政策に腐心するよう強制されたのだった。当時、富士通に勤務していた私は、米国からの輸入比率を考えながら回路設計を強いられた。富士通製として存在するICを、わざわざTI製に設計変更させられたもした。アメリカとの戦争に負け、アメリカの援助で戦後復興した日本は、アメリカからの要請を断ることは出来なかった。しかし、今の中国は違う。だからこそ、今回の米中貿易戦争は簡単には終わらないだろう。
中国は、その強大な経済力をバックに、「一帯一路」政策のもとで世界覇権を狙っている。しかし、もはや、アメリカには、その強大な軍事力を持ってしても、中国の勢力拡大に正面から対抗できる力はない。だから、アメリカは、その中国の経済力を根っこから削ごうとしているのだ。ちょうど、今から40年前に、日本に対して行った産業衰退政策が成功を遂げたように、それを中国に対して行うとしているように私には思える。だから、中国は、当面、多少は苦しいけれども、アメリカの圧力に屈するわけにはいかないのだろう。
今、毎日メディアで「5G」が騒がれているが、通信機器業界で世界を席巻したファーウエイ(華為)は、もともとは極めて弱小で無力な通信機器メーカだった。このファーウエイを世界一の通信機器企業に育てたのは、実はIBMである。IBMは通信機器ビジネスから撤退した後、そのエンジニア達をファーウエイに派遣し、IBMが保有する技術を全てファーウエイに伝えた。もちろん、IBMは、その対価として巨額の報酬をファーウエイから得ている。当時、まだ弱小メーカーだったファーウエイが、どうして、それほど巨額の支払いが出来たかは全くもって謎である。
当時のIBMはアメリカを代表する企業であり、まさにIBMはアメリカそのものであった。そのIBMが、なぜ中国企業のファーウエイを全力で助けたのか?である。当時のアメリカは、近い将来、つまり30年後に、中国がアメリカ最大の脅威になるとは全く想像すら出来なかったのだろう。そして、当時のIBMにとって、最大の脅威は日本の富士通やNECだった。この2社とも、コンピューターメーカであると同時に通信機器メーカーであった。だから、これら日本の通信機器メーカーに対抗する中国メーカーを育てれば、IBMにとっては競争相手の基盤を削ぐことになる。果たしてIBMが、そこまで深慮遠謀を巡らせていたかどうかは定かではないが、よく考えてみれば全く納得がいかない訳でもない。
トランプ大統領は、ほんの思いつきで全く無茶苦茶な政策を次々と出してくると思ったら、それは大きな間違いである。彼は、どうしたら次の大統領選挙に勝てるのか?しか考えていない。そのためには、どんな事でもする。どんなに恥知らずな人でも出来ないような破廉恥なことでも、それが、アメリカ人が人前では言えない本音であるならば、彼は、敢えてそれを実行する。その政策こそが、44%は下らない岩盤支持層を支えている。
つまり、この米中貿易戦争が長期戦だと捉えるならば、日本は、対米国、対中国に関しても、これまでとは全く違う戦略を取らないとダメだということになる。その一環として、EUやASEANなど、広範囲に及ぶポートフォリオ戦略を取らないと、日本は、今後、長期的に生き残ってはいけないことになるだろう。