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405   アメリカの深刻な分断

2019年1月10日 木曜日

私は、今から20年前、カルフォルニア州シリコンバレーに3年間住み、その後20年間、毎年、シリコンバレーを頻繁に訪れている。昨年、9月にもサンフランシスコにも訪れ、多くのスタートアップが参加するコンベンション「Disrupt 2018 in SF」に参加した。Disruptは、破壊という意味で、既存の規制を破壊し、もっと暮らしやすい新しい世の中を創造しようという意味である。ここに出展している若い人達は、皆、一攫千金のアメリカン・ドリームを目指している。

そういえば、私が知っている「アメリカ」とは、アメリカでも一番豊かで、成長著しい「カルフォルニア」で、いわゆる「アメリカ」全体ではなかったと反省せざるを得ない。いわゆる、トランプ大統領の岩盤支持母体であるラストベルト(錆びついた地域)の住民の気持ちなど全くわかっていなかった。この人達の気持ちが判れば、トランプ大統領が、矢継ぎ早に打ち出してきた色々な政策、オバマケアの廃止、反移民政策、環境規制の撤廃などがもっと理解できるかも知れない。

この年末、年始に、私は、こうした疑問を明らかにしてくれる二冊の書籍に巡り合った。一つは「アメリカ経済 成長の終焉:ロバート・ゴードン著」で、もう一つは「アメリカの右派を覆う怒りと嘆き 壁の向こうの住人たち:A.R.ホックシールド著」である。特に、長らくシリコンバレーのU.C.バークレーで教鞭をとってきたホックシールド教授は、共和党の牙城であるルイジアナ州でトランプ大統領を熱狂的に支持しているティーパーティー派の人達を熱心に取材した。

まず、ノースウェスタン大学教授のゴードン教授が著している「アメリカ経済の成長の終焉」の中で、アメリカが唯一の超大国になった最大の原因は、2度の世界大戦だったという。アメリカの競争相手だった、ドイツ、英国、ロシアや日本の製造業インフラが戦火で灰燼に帰した。一方、アメリカだけは戦火から免れて、世界の需要を一手に引き受けることとなり、併せて、国民全体も豊かになって内需も拡大し、アメリカは無競争で世界一の製造業大国になったのだという。

もともと、戦費の捻出のために、富裕層に高い累進税率をかけたこともあり、アメリカは戦争によって貧富の格差が縮まり、白人の殆どが中間層に昇格した。曽祖父よりも祖父が、祖父よりも父が、確実に生活レベルを向上させ、ささやかながら、アメリカ市民全体にアメリカン・ドリームが浸透した。神を信じ、真面目に働けば生活は必ず向上する。アメリカは、そういう倫理観のもと、堅実な社会が形成されて行った。

ところが、第二次世界大戦後、欧州や日本の製造業が復活してくると、まず、賃金の競争で破れて、次に技術競争で遅れをとり、アメリカ経済は金融業を除いて、競争力を失った。こうした中で、アメリカ経済の成長の終焉は必然であり、特に、これまで恩恵を浴してきた、白人社会は大きな危機を迎えることになる。それが最も切羽詰まったのが、この度の米中貿易戦争であろう。

アメリカの成長が衰退する中で、唯一の例外が、移民や、その子孫たちが興した新興企業(GAFA)である。しかし、GAFAのような新興企業は大きな雇用を創出するわけでもなく、むしろアメリカ市民の貧富の格差を増長してきたとも言える。つまり、カルフォルニア州の経済発展は、アメリカの残りの州であるラストベルト地域の人達からの大きな恨みを買ってきたのかも知れないのだ。

そうした根源的な理由を確かめようと、ホックシールド女史は、U.Cバークレーからニューオリンズで有名なルイジアナ州へ調査に移り住んだ。ルイジアナ州は、テキサス湾岸に面した全米でも石油化学産業が最も盛んな地域であると同時に、全米で2番目に貧しい州でもある。大手石油化学企業は有害な廃棄物を好き放題に川や地下に廃棄したため、その影響から全米でも屈指のガン多発地帯である。それでも、ルイジアナ州のティーパーティー支持者たちは、連邦政府の環境規制庁を無くしてしまえと訴える。まさに、トランプ大統領と全く同じ主張である。

環境規制は石油化学企業のルイジアナ州への進出を阻害して、今でも高い失業率を、さらに高めると恐れている。彼らが支持する、州知事や上院議員、下院議員は揃って連邦政府の環境規制政策に反対する。ウミガメを守るより、雇用を守れというわけだ。しかし、石油化学産業は、プラント建設の時以外、定常時は、設備は殆ど自動で稼働するので、雇用は殆ど産まないのだ。プラント建設時ですら、フィリピンなど、外国人労働者が主体で行われる。しかし、多くのルイジアナ州の住民は高等教育を受けておらず、歪曲されたFOXニュースだけを信じているため、本質的な真実に気づくことはない。

どうして、アメリカのラストベルトでは、こうしたパラドックスがまかり通っているのだろうか? ホックシールド女史は、この現象を次のように見事に、わかりやすく解いている。

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あなたたちは巡礼の途上のように、山の上に続く長い列に辛抱強く並んでいる。今立っているのは列のちょうど真ん中で、前後に並んでいるのも、あなた達と同じような、年配の白人で、敬虔なクリスチャン、殆どが男性。山頂を越えたところにアメリカン・ドリームがある。列の後ろの方にいる人の多くは有色人種だ。それでも、あなたは一生懸命働いて長い間待っているのに、列は殆ど動いていない。自分には、もう少し早く前に進める資格があると思っている。

日差しは熱く、列は動かない。むしろ、後ろ向きに動いているようにも思える。もう何年も昇給はないし、高校を、いや大学を出ていないものは過去20年で収入が激減している。あなたの同僚も同じ経験をしている。しかし、あなたは前向きな人なので、そうした悪いニュースを聞き流す。あなたは、誇るべきものについて考えている。キリスト教徒としての徳性も、その一つだ。

あれを見てくれ!前方で、列に割り込もうとしている人たちがいる。あなたはルールを守っているのに、彼らは守っていない。一体、彼らは誰だ。黒人も混じっている。連邦政府の差別撤廃措置のもとで、大学やカレッジ、職業訓練でも、自分たちより遥かに優遇されている。あなたが納めた税金が、あなたが同意していない、彼らのために湯水のように使われている。

それにオバマ大統領はどうだ? なぜ、彼はあんなに高い地位に上り詰めた。貧しいシングルマザーに育てられた混血の息子が世界最強の国の大統領になるなんて。そもそも、オバマは公明正大な方法であの地位を手に入れたのか?コロンビア大学の学費は、どのように手に入れたのか? ミシェル・オバマは市の水道局員の娘が、どうしてプリンストン大学の学費を工面したのか?

移民、特別なビザやグリーンカードを取得した、フィリピン人、メキシコ人、アラビア人、インド人、中国人もまた、いつの間にか、あなたの前の列に並んでいる。彼らこそが、少ない賃金で働き、白人のアメリカ人の給与を引き下げているのだ。黒人、女性、移民、難民。その全てが、いつの間にかあなたよりも前に並んでいる。しかし、この国を偉大にしたのは、あなたのような人々なのだ。あなたは不安を感じている。あなたの、その気持ちを代弁してくれるのはFOXニュースのコメンテータだけだ。もうFOXニュース以外のニュースは全てフェイクニュースだ。

列の前方に割り込むものがいるのは、誰かが手を貸しているに違いない。それはオバマ大統領だ。彼は、黒人、女性、移民を褒め称えている。フェアじゃない。それもそうだ。他でもない、オバマ大統領夫妻こそが列に割り込んだ人々だからだ。オバマの話は胡散臭い。彼は白人や男性や聖書を信じるキリスト教徒を軽視している。オバマはラマダンの時に腕時計を外したという。彼はコーランの教えに従って育てられたのだ。つまり、アメリカ人の上位10%を除いた、残りの90%の人々にとってみれば、アメリカン・ドリームマシンは止まったままなのだ。

「クレージー・レッドネック(頭のいかれた貧乏白人)」、「ホワイト・トラッシュ(白いゴミ野郎)」、「南部の聖書ばか」。そんな言葉を耳にするとあなたは自分のことを言われたと思う。特にハリウッド映画や人気TV番組は、あなたのような人を無視するか、主役にして、好意的とは言えない取り上げ方をする。だから、あなたは、FOXニュース以外は絶対見ないのだ。FOXニュースは、オバマがアメリカ生まれでないとか、イスラム教徒だとか、我々を力づけるような話をいくらでもしてくれる。

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なるほど、トランプ大統領を支持している岩盤層であるティーパーティーの人々の考え方にも、彼らなりの論理がある。それだけに、アメリカの分断は相当に深刻である。