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396 シリコンバレーの光と陰 (1)

2018年9月12日 水曜日

今年も、また、シリコンバレーへ定点観測に行ってきた。一昨年、昨年と同様に、私が社外取締役を務める日立造船の4名の若手研究者に同行したわけだが、今年は少し趣向を変えてみた。それは、シリコンバレーの多くの人達が、単なる情報収集だけを目指す日本からの訪問者に対して会うことを拒み始めたからである。そのため、富士通の力を借りて、4名の研究者に対して7分で自分の業務と抱えている課題について英語で説明できるように訓練をしてもらった。

これこそ、今、シリコンバレーで流行している、いわゆる「ピッチ」である。ピッチとは、起業を目指しているスタートアップが多忙なベンチャーキャピタルに対して、投資を喚起するための極めて短時間のプレゼンテーションのことを言う。私も、3年前にシリコンバレーのコンピューターミュージアムで開催された500Startups主催のコンベンションで、50人ほどの起業家が行なったピッチを聴いたことがある。本当に鍛え尽くされた素晴らしいプレゼンだった。

しかし、たった1ヶ月くらいの訓練で、日本人の研究者が、英語を使って、そんなに多くの人を感動させるようなピッチが出来るわけがない。しかし、今回の場合は、関連する多くのスタートアップやベンチャーキャピタルの方々から注目され、活発な議論が出来た。やはり、プレゼンの手法も重要だが、一番大事なことは、プレゼンする中身の質、つまりユニークさや、研究レベルの深さや濃さなのだと思う。今回、日立造船から提起したテーマがシリコンバレーの人々の関心を集めたのは、ピッチの中身が新鮮で感銘を覚えるものだったからだと思われる。

特に最終日は、シリコンバレー在住で高名な日本人ベンチャーキャピタリストである校條浩さんと、500 Startupsの創業者であるデイブ・マクルーアさんに富士通キャンパスへ来て頂き、日立造船の4人のピッチを聴いて頂き、多くの助言を受けることができた。特にデイブさんは、仕事がら、殆ど毎日、朝から晩まで、こうした話を数多く聴いておられるのに、この日、熱心に耳を傾ける姿を見ているとシリコンバレーで成功する方々は本当に聞き上手なのだと確信した。

さて、今回のツアーの目的の一つは、サンフランシスコで開催されるテッククランチ、Disrupt SF 2018に参加するためであった。「Disrupt」は「破壊」とか「崩壊」と言う物騒な言葉であり、こうした名前のコンファレンスが開催されることも、日本では、ちょっと考えられない。このコンファレンスは、リーマンショックよりも前の2006年から開催されており、1,600ドルもの高額な参加料にも関わらず、初日の入場登録は1時間以上もかかるほど長蛇の列ができていた。日本で、こんな高額な入場料をとったら、一体、何人参加するだろうか?やはり、このシリコンバレーは日本と金銭感覚が違うのだ。

しかし、リーマンショック直後のサンフランシスコは、本当に寂れた汚い街だった。この街を、今や、シリコンバレーで最も輝いている街に再興したのは、先日亡くなられたリー市長である。リー市長は「Innovation Capital of the world : San Francisco」と言うキャッチフレーズを掲げて、古びた空きビルや、誰も使用していない古い工場跡地をスタートアップに安く貸し出し、彼らの税金を免除した。そうした施策で、サンフランシスコで最初に立ち上がった企業はTwitterである。その後、UberやAirbnbなど、今を時めく企業が次々とサンフランシスコから生まれた。

今や、かつて寂れていたサンフランシスコは超高層ビルが林立する活気ある街へと変身した。その中でもサンフランシスコのランドマークとなったのがSalesforceタワーである。厳密に言えば、サンフランシスコは元来のシリコンバレーではない。しかし、今や、最も起業家が集まる街として、サンフランシスコは新しい定義の広域シリコンバレーの中心地となっている。そのため、不動産が高騰し、家賃もどんどん高くなっていて、オーナーから家賃改定を迫られて出て行かざるを得ない人がどんどん増えている。

そんなバブリーな街、サンフランシスコのダウンタウンを歩いていると、あちこちにホームレスらしき人が路上に寝転んでいる。それだけではない。東京は言うに及ばず、日本の過疎の街でも見ないような貧しい身なりの人々が、数多く歩いている。どうも、サンフランシスコは景気が良いので何とか職にありつけるのではないかと全米からサンフランシスコに集まってくるのだと言う。アメリカの地方都市の中には、希望者にはサンフランシスコへの片道切符を支給して、貧困者を街から追い出している所もあると言うから恐ろしい。

確かに、サンフランシスコは夏でも冬でも気温が16度前後の常春の街であるから路上で生活していても凍死する恐れは少ない。そして、そうしたホームレスの存在は、サンフランシスコでは貧困者だけではないらしいのだ。今を時めくFAGAの範疇に入るIT企業で高級を取っている正社員ですらサンフランシスコではホームレスとして暮らしている人がいるのだと言う。これって、何かおかしくないのだろうか? やはり、これから何かが起きる前兆だと思った方がよいだろう。