2017年7月 のアーカイブ

370 日本・EU EPA 大筋合意 

2017年7月6日 木曜日

昨日、ブリュッセルにて岸田外務大臣とEUのマルムストローム委員(通商担当)との閣僚交渉で大筋合意に至ったとの報道を聞き、8年間も、この交渉に関わって来た私は、言葉では表せないほどの感銘を覚えた。思えば、私が、この日・EU EPA交渉に関わったのは、この交渉を円滑に進めるための日本とEUとの官民合同会議である日・EUビジネス円卓会議(ラウンドテーブル)のプリンシパルに就任したことからである。この会議は、毎年、日本と欧州で交互に開催され、時期は、双方の首脳会議が開かれる直前に開催され、会議の結果を両首脳に手交するというセレモニーも含まれていた。

この「日・EUビジネスラウンドテーブル(以下BRTと略す)」は、私が参加する何年も前から開かれていたが、双方の主張には大きな隔たりがあり、その交渉は全く進展しないままだった。私が、最初に参加した「日・EU BRT」は、丁度、第一次安部内閣発足の時で、2007年6月ドイツ、ハイリゲンダムG8サミットの直前にベルリンで開催された。初めて参加した私には、この会議が何のために行われていて、皆が何を話しているのか、さっぱり理解できなかった。元々、日本側のEUに対する、一番大きな期待は、家電製品14%、自動車10%というEUが日本製品にかけている関税を撤廃してもらうことだった。

当時も、今も、EUはドイツによって仕切られていて、この時のBRTのEU側メンバーも殆どドイツ人で、彼らは、日本との関税撤廃を目指した自由貿易交渉には全く反対だった。なぜなら、かつて世界一の輸出国となった日本は、世界の各国に対して、既に、工業製品に対する関税は全て撤廃していたからだ。だから、ドイツにしてみれば、日本との関税交渉は全くメリットがない。そればかりか、ドイツを支える自動車産業を守るためには日本車への10%関税は絶対に譲れないものだったのだ。

従って、ドイツを主体とするBRTのEU側メンバーは、そもそも、この会議はもういい加減に止めようという態度だった。それを日本側は何とか、今後も、このBRTを続けたいという主張を繰り返していた。それでも、EU側は、表向き、自由貿易を標榜している中で、あまり子供染みたことを言うのは恥ずかしいと思ったのか、日本とEUの間で、高度なレベルの経済統合協定(EIA)を議論しようと言う提案をしてきた。EIAとは一体何なのか? 要は、この実態は、数式で表せば、EIA=EPA-FTAである。つまり、関税の議論を全くしないで、非関税障壁だけの議論に集中しようと言う論理である。これって、一体何だ!と日本側は思ったわけだが、どうも、よく読むと、「関税の話を全くしない」とは表向き書いていないので、これ以上の対立を避けて、日・EU BRTを来年以降も継続することを重要視して、とりあえず合意文書を作成した。

当時のEUは、未だ大統領が居なかったので、EUの首脳は加盟各国の輪番制だった。その時の首脳はドイツのメルケル首相だったので、我々BRTは、合意文書を安倍総理とメルケル首相に渡して、無事セレモニーを終えた。そして、このことは実はセレモニー以上の意味があった。翌年のG8サミットが日本の洞爺湖で開催されることが決まって居たので、メルケル首相から翌年のG8サミット主催者である安倍首相に引き継ぐと言う意味もあった。我々は、そのことに大きな期待を持っていて、来年は、ぜひ、安倍首相とともに、EIAからEPAへの議論に進展させたいと言う思いがあった。

ところが、突然の安倍首相の退陣で、洞爺湖G8サミットの主催者は安倍首相から福田首相に交代し、そのためというわけでもないのだろうが、日・EU BRTでの議論は、またもや、さっぱり進展しなくなった。一方、ドイツは、これで、もう日・EU BRTは死に体になったとして身を引き、代わりにフランス人がBRTに主体的に参加してきた。フランスの思惑は、原子力、水、鉄道などフランスが得意とするインフラビジネスを日本に売り込むべく、国や地方自治体が関わる公共調達分野の非関税障壁の撤廃が主目的であった。もちろん、これに対して日本側は真摯に対応をしてきたので、日・EU BRTの雰囲気もずいぶん変わってきた。EUで一人勝ちしてきたドイツの論理が、EUの他の国々の中で支持されなくなってきたことも一因としてあるだろう。

私が、参加してからの8年間で、日本とEU間では、少しずつではあるが、対アメリカ、対中国、対ロシアとの関係において、お互いの共通利益が理解できるようになってきた。同時に、EUが東欧へと大きく拡張していく中で、日本企業が家電製品や自動車を賃金が安い東欧へ進出することになり、日本製品を関税だけでEU市場から排除しようとするドイツの思惑は、うまくいかなくなってきた。EUはEUの中のグローバル化により工業製品分野でドイツ1強という形が崩れてきたからだ。一方で、ドイツ以外のEU各国(フランス、オランダ、イタリア、スペイン)は、日本の農産品関税に焦点を絞ることでEPA交渉に期待をかけてきた。既に関税撤廃を決めた工業製品とは異なり、日本は農産品には高い関税をかけてきたからだ。

日本は、EUとの交渉においても、これまで頑なに農産品の関税引き下げについてドイツの自動車関税以上に強力に交渉を拒んできた。しかし、アメリカとのTPP交渉の中で、日本は農産品に対する一定の覚悟ができたのであろう。この結果、日本とEUの関税交渉において、ようやく双方向的な議論ができるようになったのかも知れない。その意味で、TPP交渉は、EUとのEPA大筋合意に大きく貢献したと思われる。さて、もはや日・EU BRTから引退した私は新聞報道に頼るしかないが、「EUは自動車関税に関して7年後には撤廃の方針」に驚いた。

EUの盟主であり、あの頑ななドイツが、よく7年後に自動車関税の完全撤廃に合意したものだと思う。一つは、日本市場でドイツ車がよく売れていることもあるだろう。私の家の近所では2台に1台はドイツ車である。もはや、ドイツが日本を全面的に敵に回すのは、あまりに大人気ない。廉価版のメルセデス・ベンツ、BMW、フォルクスワーゲン、Audiは、本当に、今の日本で売れまくっている。長年トヨタ車に乗っていた、私の妻も、先日、とうとうBMWが製造しているミニ・クーパーを発注した。しかし、これらのドイツ車は、よほどの高級車でない限り、南アフリカ製である。今や、南アフリカから日本への輸出産品は、鉄鉱石や金、ダイヤモンドではなく自動車となった。

そして、よく日本の外交交渉能力で非難されるのが、EU・韓国FTA、米韓FTAである。韓国が日本より素早くEUと米国とFTAを締結したのは韓国の外交能力が日本より優れているのだと。しかし、これは、まったく違う。実は、韓国は、EUや米国と前代未聞の屈辱的なFTAを締結させられたのだ。今回の日本・EUのEPAは全く対等な条約である。さらに、決してEUや米国は、FTAについて韓国市場を目指したものではなく、巨大な中国市場へスムースに進出するための便法であるとも言われている。表面的なものだけで、日本の外交能力を批判してはならない。

そして、最後に、私は、今回の交渉合意に対して、次のように懸念している。ドイツは、7年後に自動車はハイブリッドからEVへ全面的にシフトし、自動運転に代表される頭脳の開発へと大きな技術変革が行われていくと考えているのではないか。そして、もう、そこで、ドイツは日本に負けることは絶対にないと強い自信を持っているのかも知れない。

369 北朝鮮のICBM発射実験成功について

2017年7月4日 火曜日

防衛省の発表によると、本日午前9時39分ごろ、北朝鮮西岸から弾道ミサイルが発射され、およそ40分間飛行して日本海の日本の排他的経済水域内に落下したと推定されるとのこと。そして、本日午後3時30分、北朝鮮はICBMの実験に成功したと発表した。しかし、米軍は、すぐさま、この北朝鮮の発表は誤りで、今回の実験は中距離ミサイルに過ぎないと発表した。

この米軍の発表は、極めて冷静である。万が一、もし米軍が今回の北朝鮮のミサイル実験をICBMと認めたとしたら、トランプ政権は北朝鮮がレッドラインを超えたとして、すぐさま北朝鮮に対して先制攻撃を開始していたかもしれないからだ。その結果、日本は北朝鮮の反撃を受けることは間違いない。この点で、私たちは、米国の冷静な判断に感謝しなければならないだろう。しかし、今回の北朝鮮のミサイル実験は米国の判断が正しかったとしても、彼らが本格的なICBMの実験成功を成し遂げるのに、それほど多くの時間を必要とはしないだろう。

さて、どうして北朝鮮が、これほどのスピードでミサイル開発を成功させることが出来たかについて、我々は認識を新たにしなくてはならない。彼らは、中国からもロシアからも正式な形で技術援助は受けていない。彼らの技術開発の成功理由は、明らかにハッカー技術の成果である。英語の得意なエンジニアの養成と、ハッカー・エンジニアの養成によって北朝鮮は米国の最新ミサイル技術の取得を可能としたのである。北朝鮮は、強力なハッカー技術によって、他国の最新技術を盗むことで開発時間を大幅に節約している。

しかし、そうは言っても、設計図面をアメリカから盗んだとして、部品の調達はどうするのかという深刻な問題は残る。しかし、少なくとも宇宙工学においては、その心配は全くない。宇宙空間は極めて強い放射線にさらされているので、微細加工の最先端の半導体は使えないのだ。さらに、耐衝撃性、耐高温性など考慮すると、宇宙工学の分野では、いわゆる旧世代のローテク技術部品しか使えない。そうした部品は、秋葉原電気街のジャンク屋で簡単に手に入るものである。ハイテク分野の電子部品の輸出規制をしても、彼らは全く困らないのである。

よく考えてみれば、世界最先端の技術を多数保持しているアメリカでさえ、とうとうスペースシャトルの技術を断念した。誰もがご存知のように、現在、宇宙ステーションに人や荷物を運んでいるのはロシアが大昔に開発したソユーズ・ロケットである。そう、宇宙工学は実は恐るべきローテクなのだ。欧州が世界に誇るアリアン・スペースにおいても、コストパフォーマンスで一番優れているのはロシアから技術を買収したソユーズ・シリーズである。あの、スプートニクの系譜をひく、ロシアのソユーズは今でも健在である。

私は、縁があって、中国のハルビン工業大学でイノベーションに関する講演をしたことがある。実は、ハルビン工業大学は中国のロケット技術開発のメッカである。なぜなら、ハルビン工業大学は、冷戦時代に中国とロシアが友好関係にあった時に、ロシアの協力で出来た、中国最初の理系大学であった。ハルビン工業大学のロケット工学は全てロシアから受け継いだものである。私は、講演のお礼として、ハルビン工業大学の宇宙工学開発センターのショールームを見せて頂いた。

この話を、元JAXA理事長であった立川さんにすると、「お前、ハルビン工業大学なんてJAXAの連中は絶対に行けないよ」と羨ましがれるのだが、私のショールームを見た感想はちょっと違う。何しろ、中国が誇るロケットが全て展示されているのだが、どれも粗雑な作りで、精巧なマシンという感じが全くしなかった。私は、日本のロケットは三菱重工業の名古屋工場でちらっと見ただけで、多くを語れないが、ひょっとするとロケット工学というのは、ローテクの塊ではないのかと思われた。だとしたら、ますます北朝鮮の脅威は非常に大きいと言わざるを得ない。

そう、ロケットと言えば、今から30年ほど前に、私は、富士通の仲間と一緒に、フロリダ州のケープ・カナベラルのスペースシャトル発射基地を訪れたことがある。基地に直接は入れないのだが、観光茶屋みたいなところがあり、そこからお金を払ってバスに乗ると、スペースシャトルの発射台の真下まで連れて行ってくれて、間近にスペースシャトルを見ることが出来た。9.11ニューヨク同時テロの前はアメリカも実に大らかだった。あと2週間で発射されるスペースシャトルは、組立工場からレール上を運ばれて発射台に据え付けられていた。当時は、ケープ・カナベラルでは、広大な土地があり、発射台は使い捨てであった。高温で傷んだ発射台を修理するよりは新しい発射台を建設した方が安いと判断したのだろうか。そうした十分な開発費用を使い尽くしたスペースシャトルが役目を終えたこと自体、私は今でも信じられない。

さて、今回の北朝鮮のICBM実験成功のニュースをアメリカの人々は、どのように感じているのだろうか。残念ながら、多くのアメリカ人は、この北朝鮮のICBMについて全く関心を示していない。彼らは、本当に実害を受けるまで、北朝鮮よりも、今は、むしろISの方の関心が高い。ISは、既に、米国本土に深刻なテロを起こしているからだ。しかし、もし、北朝鮮がICBMを成功させ、万が一、米国のどこかの都市を攻撃した場合には、米国は北朝鮮という国家と国民を、この地球上から完全に抹殺していることは多分間違いない。そうならないよう、北朝鮮の自制を心から望みたい。