日本は、急激な少子高齢化で生産年齢人口が大幅に減り、日本中で深刻な人手不足状態に陥っている。女性の社会進出、外国人材の登用、高齢者の社会復帰など、いくつかの対策と合わせて、いよいよ移民の推進まで議論が進んできた。ただ、移民政策については、もしやるのであれば中途半端にせず、移民の子孫まで日本社会にスムーズに同化できることを真剣に考えないと欧州が悩んでいる深刻な問題に日本も直面することになる。しかし、本当に、この日本の人手不足は、いつまでも続くのだろうか?
日本より高い失業率で悩んでいる、欧州を始めとする世界各国は、むしろ人工知能によって奪われる職業が、どこまで拡大するかを恐れている。1970年、私は富士通で人工知能の研究者としてスタートした。以来、20年間、文字認識、音声認識、画像認識の研究開発に従事してきたが、希望と挫折を繰り返しながら、1990年、遂に、人工知能は自分の定年まで花開くことはないと、研究者を断念し、ビジネスマンへの転身を図ることにした。その判断は全くの正解で、私が富士通を退職する2010年まで人工知能は全く役立たずの学問であった。
しかし、私が富士通を退職した2年後、2012年に突然、人工知能のビッグバンが起きた。人間の脳と同じ原理で動作する深層学習(ディープラーニング)が、人工知能の研究開発に大きな革命を起こしたのだ。人工知能の研究者だった経験から言えば、この度の革命は、私たちが長年求めてきたことを見事に解決してくれている。おそらく、私たちの想像以上に、この人工知能は私たちの仕事を奪っていく。今、人工知能は、将棋や碁の世界で注目を浴びているが、そんなことはどうでも良い。また、人工知能が人間にどこまで近づくかという高尚な議論もどうでも良い。もっと、深刻な話は、普通の人が生活のために普通に仕事をしていることが、どこまで人工知能で代替できるかということなのだ。
2011年2月17日、それはIBMの人工知能マシン「ワトソン」がアメリカのクイズ王二人を完膚なきまでに破った翌日に発行された、ウォールストリートジャーナル紙に掲載された記事は衝撃的だった。産業革命で発明されたオートメーションは、多くのブルーカラーの職を奪った。このたび開発された人工知能は高学歴のホワイトカラーの職を奪う。今後は、ブルーカラー、ホワイトカラーという職業分類は意味がなくなり、クリエーター(創造する人)とサーバー(決められたことをする人)に分けられる。今まで、尊敬されてきた職業である、医師、教師、弁護士、会計士、証券トレーダーなどの職業は絶滅危惧種となるであろう。もちろん、このWSJの記事は多少の誇張があるとは言え、かなり本質を語っている。
そして、この6年前の予測は、現在、かなりの分野で現実のものとなっている。例えば、証券トレーダーは、もはや、殆どの取引が人工知能によるものとなっており、証券市場は素人が勝負して儲かる領域ではない。市販の会計ソフトにも人工知能は組み入れられており、簿記の知識がない素人でも仕訳業務はソフトが勝手にやってくれる。アメリカの検察は、日本のようにダンボール箱など持参せず、USBメモリーだけ持って行き容疑者のサーバー情報を吸い上げる。事務所に持ち帰って人工知能に調べさせると、およそ20分もあれば不正を見抜くという。これまでの検察官の仕事も激減することになる。
ルール通りにきちんと仕事をする定常業務に関しては、もはや人手は要らない。決められた事を毎日きちんとしていた人々は、ある日、突然仕事を失うことになる。そうなれば、人手不足どころか、今の働き手の多くは失業する。そして、こうした時代は間違いなく近日中に到来する。そうだとすれば、他社と競って、より多くの人材を採用している場合ではない。今の社員たちを、そうした人工知能の時代にも有用なクリエーター(創造する人)へと転換すべく、すぐにも教育をしていかないと社内失業者で溢れることになる。
今、盛んに議論されている、人手不足を解消するための、見せかけの「働き方改革」は、こうした時代には見事に破綻する。もはや、人手はあまり尽くしているからだ。むしろ、社会は、どのように、余剰労働力を人工知能がなしえない創造的な仕事に従事させるかという問題に直面する。これこそが、本来の「働き方改革」である。私たちは、こうした近未来を見据えた「働き方改革」の議論を早急にしていく必要があるだろう。