今から10年ほど前の2005年から、私は、毎年1月に、スイスのダボスで開かれる世界経済フォーラム(通称ダボス会議)に参加するようになった。それから5年間ほど通い続けて、富士通の山本社長(現会長)と交代した。私が通い始めた最初の頃は、欧米先進国の経済人たちのサロン的雰囲気で、地球環境やエネルギー問題、感染症といったグローバルレベルのリスクを、どのように回避していくかという議論が盛んに行われていた。
そもそも、ダボス会議設立の目的は、全ての国家の同意を得られない限り何も前に進めない国連に代わって、先進国の経済人が主導する形でグローバリズムを進展させていこうという趣旨であった。世界経済の成長、特に企業の成長に対しては、国境を越えて自由に交易や人の移動を可能とするグローバリズムは必須条件だったからだ。それだからこそ、ダボス会議で議論されるテーマには、必ず「グローバル」という冠がつけられていた。
最初に参加してから5年ほど経って見るとダボス会議の様子は大きく変化していった。参加者は、欧米だけでなく、中国やインド、ロシアといった新興国とアジア・アフリカからの参加が、どんどん増えていった。さらに、経済人より政治家の姿が目立つようになった。一番大きく変わったのは参加者の服装である。当初は、ノーネクタイで黒のタートルネックが主流だったのが、殆どの方が背広で参加されるように変化した。
そして政治家の参加が増えてくると、国威発揚や国益を意識する議論に変化していったように思われる。例えば、地球環境問題に関しても、アフリカの新興国の主張は「地球温暖化は先進国の犯罪による結果であり、途上国は被害者である。加害者である先進国は、途上国に対して、まず賠償として富の移転をすべきである」といった具合で、温室効果ガス削減の議論など全く出てこない。既に、5年ほど前から、ダボス会議ですら、グローバリズムからナショナリズムへ移行しようとする兆しが芽生えていた。
確かに、グローバリズムによって世界はフラットになり、それによって途上国経済は発展し、世界中の人々が等しく豊かになるという理想論もあった。しかし、多くの先進国の人々が恐れていたのは、グローバリズムによって、経済的国境がなくなると、途上国の人々の賃金が上がる分だけ、先進国の賃金が下がるという逆フラット化現象だった。そして、それは確実に進展した。むしろ、単に賃金が下がるだけではなくて職までもが奪われていき、先進国の経済的格差は以前にも増して拡大することになった。
一方、途上国側の人々から見れば確かに賃金は多少上昇したが、大局的に見ればグローバリズムは、先進国が途上国の富を収奪することを一層助長することになった。そのため途上国の国家財政は相変わらず困窮し、社会保障制度が先進国並みになることは、殆ど、望み薄になっている。一方で、途上国の一部のエリート層はグローバル化によって巨万の富を築き、先進国以上に途上国の経済的格差は広がっている。グローバリズムは、先進国と途上国の双方の国民から反感の目を持って見られることになった。
そうした中で、グローバリズムの恩恵を受けて巨万の富を築いたトランプ氏が選挙期間中にグローバリズムを真っ向から否定し、白人困窮層から絶大な支持を得て次期米国大統領に選ばれたことは皮肉としか言いようがない。多分、優秀な企業経営者だから万全のマーケッティングにより選挙戦略を立案したのだろう。トランプ次期大統領は、今後、国境を越えて自由に人や物が移動することに対して、大きな制限を加えていくだろう。アメリカ・ファーストという、恐ろしいナショナリズムの台頭である。
そして、それはアメリカだけに留まらない。英国が離脱したEUでも、同じことが起きるだろう。ドイツだけ一人勝ちで、あとは全員負けという仕組みでEUという世界第二の経済圏が持続できるわけがない。これから、負け組の代表であるフランスの大統領選挙の動向にも注目したい。ナショナリズムの台頭は、欧州だけではない。国内経済が芳しくないロシアでも、従来以上にナショナリズムは過激になっている。一般的に、ナショナリズムは経済合理性に基づく政治判断をも狂わせる。今月行われる予定の、安倍首相、プーチン大統領の会談で多くの日本国民が期待する成果を得るのは、多分、極めて厳しい。むしろ、世界情勢は、ロシアを日本の期待とは益々かけ離れた方向へと導いている。
こうした世界情勢の中でさえ、グローバリズムは、たとえ一時後退したとしても、その潮流を逆流させることは難しいだろうと思われる。人類は東アフリカで誕生し、その支配地域は、瞬く間に世界中に広がった。常に新天地を求めて移動する人類のDNAは、今も不変である。ギリシャでは、既に、多くの優秀な若者が国外に出た。中国の若者の一番の夢は「中国から出ていくこと」だという。移民に対してアレルギーが強い日本ですら、優秀な外国人の受け入れには積極的である。特に、現代アメリカの繁栄は、優秀な移民と、その2世、3世の頑張りによって築かれている。移民をやめたアメリカは間違いなく衰退するはずだ。
さらに、アメリカのショッピングセンターで買い物をすると、95%以上の商品が「Made in China」である。もはや、殆どのアメリカ人は中国製品なしでは一日も暮らせない。グローバリズムは、既に、人々の毎日の生活の中に組み込まれてしまっている。国内の経済格差をグローバリズムだけのせいにするのは余りに安易な議論である。貧富の格差が拡大している原因は、多分、グローバリズムがもたらした自由貿易や移民のせいだけではなく、技術革新も大きな要因だろうし、国内の政治や社会制度も深く関わっている。そして、グローバリズムに必要な「寛容さ」を失った世界は、間違いなく人類全体の存続すら危うくする。