今回、シリコンバレーでスタートアップを育成するRocketSpace、 HAX 、WeWork、 Plug and Play Tech Centerと、シリコンバレーで起業し、今や世界最大のホテル企業となり大成功したAirbnb、そしてドイツ出身のソフトウエア巨人であるSAPが新たな事業変革の拠点として大成功を収めたシリコンバレーの研究所を訪問して、その全てに共通したワークスタイルを見出すことが出来た。
これまでアメリカ企業の、どの職場でも見られた個室やパーティションが、どこにもない。職場は仕切られていなく、遠くまで見渡せるオープンな空間である。屋根がガラス張りの職場では、カルフォルニア特有の強い日差しを避けるために机の上に日傘をさしている。古い建物をリノベーションしているので、天井がなく配管がむき出しで見え、壁も清潔だが質素な塗装で、やたら落書きや張り紙が多い。机と椅子は勝手な向きに並べられていて、特に机は手動で上下し、立ち仕事も出来るようになっている。
管理職と思しき方の机が、どこにあるのか全くわからない。その空間には居ないのか、部下と同じ空間を同じ立場で共有しているのかも知れない。広い空間の、あちこちに見えるのはホワイトボードで区切られた会議場である。真ん中に円形のテーブルがあり、その周囲に数個の椅子がある。会議の様子は、どこからでも見え、いつでも誰でも会議に参加できる雰囲気を持っている。
そして、広い職場を見渡してみると、机に座っている人よりも皆で会議をしている人数の方が多い。そして、その会議の様子が、現在の日本の普通の会社とは全く異なっている。パソコンもプロジェクターもないし、どうやら資料も持っていない。リーダーと思しき人は白板に手書きでなにやら書いている。参加者は、ポストイットに、自分の意見を書いて、その白板に貼り付けていく。もちろん、私たちが見学に行ったから、その時だけデモとしてやっているわけではなく、普段から、そうしているのであろう。
シリコンバレーで、最も大事にされている言葉はDisruption(破壊)であり、皆が追い求めているものはDisruptive Innovation(破壊的革新)である。既存の概念を破壊するような革新的な考えを生み出すには、従来のWork Style(働き方)を破壊しないと出来ないと言えるだろう。つまり、従来の型を破るには型にはまらない働き方が必要であり、それが目に見える形で共有されなくてはならない。シリコンバレーの人達は、多分、そうした考えから、私が目にしたような仕事場を作っているのであろう。目に見える形にするということは言葉で多くを語るより遥かに強烈な影響力を持つ。
そして、今回訪れた、多くの場所で語られた言葉にDesign Thinking (デザイン思考)があった。シリコンバレーを作り出したスタンフォード大学にはDesign Thinkingの聖地 D-schoolがある。D-schoolの正式名は、ハッソ・プラットナー・インスティチュート・オブ・デザインと言い、SAPの創立者で会長のハッソ・プラットナーが私財3,000万ドル(30億円)を投じて2005年に設立された。SAPは、プラットナー会長の意図を受けて、ドイツ、インドに続いてシリコンバレーのパルアルトにD-schoolで教えているDesign thinkingをベースにしたD-studioと呼ぶ、冒頭で述べたような斬新な雰囲気の職場を作った。
実は、Design thinkingについては日本でも有名で、慶応大学SFCでも教えられているが、それを実際の形にして、組織やWork styleを改革している会社が、今の日本に、一体どれだけあるだろうか? むしろ、日本における典型的なコンサルティングは、これまでに蓄積した多くの型の中から顧客に適合する型を選んで、その型に、顧客をはめ込んで行こうとする。それでは、既存のビジネスモデルを破壊するような新たな革新は生まれない。
たとえ話をすれば、ある母親が、雨の日に、傘をさして、乳飲み子を背負い、よちよち歩きの幼児にレインコートを着せて、ようやく歩いて辿り着いた、近所の個人経営の食料品店で、どうしても買いたいと思っている商品が欠品で棚にないことが分かったとする。母親は泣きそうな顔になり、その場に暫く佇んでいたが、トボトボと帰って行った。店主も「申し訳ございません。この品が在庫切れになることは滅多にないのですが」と謝るが、これでは、何の解決策にもならない。
さて、「このケースの解決策は?」と聞かれれば、優秀なコンサルタントとしては、どう答えるだろうか? 従来の型にはめるという解決策で言えば、その個人商店がもっと在庫を厚く持つとか、それこそサプライチェーンシステムを入れて、在庫切れになる前に、きちんと発注する仕組みにするというような答えになるだろう。しかし、Design thinkingでは、次のように考え方が変わっていく。
Design thinkingでは、まず、その母親に対して共感を覚えることから始める。母親は、品物が棚にないことがわかった時に、どんな気持ちだったのか? そして、その母親が、普段は、どう行動しているかを考える。この母親は、車を持っていないか、運転できないかという理由で、雨の日は、歩いて近所の個人商店に買いに来たのだが、普段、晴れている日は、電動自転車に子供達を乗せて、少し離れたスーパーマーケットに買いに行っているかも知れないのだ。
そうだとすると、その個人商店が、いくら在庫を厚く増やしても、あるいは在庫が切れない工夫をしても、この母親は晴れの日は、個人商店に買いに来ることはない。そして、多分、もう、こんなに悲しい経験をしたので、これから雨の日にも買いに来ることはないだろう。それなら、この問題の解決策は、ないのだろうか? それが、Design thinkingでは、解決策が見つかるかもしれないのだ。
例えば、この商店主は、ただ謝る代わりに、「申し訳ございません。普段、在庫を切らすことはないのですが、10分ほど、お待ち頂けますか? 私が、スーパーまで車で行って、代わりに、この商品を買って来ます」と言ったら、どうなるだろうか? 多分、この母親は、商店主に恩義を感じて、雨が降っていない日にも、この個人商店に買いに来るかも知れない。
滅多に在庫切れなど起こさないのであればこそ、こんな手間は大したことはない。むしろ、この商店主が、その場で考え出した「買い物代行」こそ、個人商店の新たなビジネスになるかもしれない。こうした新たな発想力がDesign thinkingの大きな特徴である。このスタンフォード大学のD-schoolで教える標語の中には、シリコンバレーで常に語られる、Fail fast ! Fail early , Fail often ! がある。とにかく失敗を恐れずに、早く失敗しろ!と言っている。そのためには、長く議論し、深く考えるより、早くプロタイプを作って試せ!と言う。多くを語るよりも、物を見せて説得しろ!と言う。
このシリコンバレーに、少しでも追いつこうとするのであれば、まず、シリコンバレーに来て、こうしたオープンなWork styleで皆と一緒に仕事をすることがとても重要であろう。年間17,000件の起業があり、その中で成功するのは2-3件であったとしても、その苦しんだ過程で得たキャリアは、その後の人生で大きな収穫物になることであろう。