2015年5月 のアーカイブ

310 シリコンバレー 500マイル (その5)

2015年5月23日 土曜日

今、シリコンバレーで最も注目を集めている企業はネットフリックスだという。オンラインで映画をストリーミング配信するネットフリックスが、なぜ、GoogleやFacebook以上に注目を集めているのだろうか? それは、ネットフリックスが、全世界で6,000万人近くのユーザを抱え、全米の通信量の3分の一を占有するということだけではない。ネットフリックスが、映画の世界で、従来、誰も考えられなかったマーケッティング手法を開発したからだ。

これまで、家庭で映画をテレビで観るときは、ソファーに座って背をもたれかけて、例えば居間で、家族一緒に観るものだった。しかし、ネットでオンライン配信される映画を観ている人たちは、大抵、机の上のパソコンの画面で前のめりになって観ている。この新たな聴衆たちは、2時間の映画を2時間も使って観たりはしない。退屈な場面はスキップし、感動した場面は何度でも観る。ネットフリックスは、ストリーム配信しているので、こうした、視聴者の行動がリアルタイムに把握できる。ネットフリックスは、このデータを全て記憶して視聴者個人ごとに細かく分析しているのである。

こうして、ネットフリックスは、視聴者が、どんな映画を好むかというだけでなく、どの場面が好きで、どの場面が退屈かを全て掌握することができる。そうした分析の上で、「貴方がお好きなのは、こういう映画ではないですか?」と勧めてくるのである。こうしたマーケティング手法が功を奏して、ネットフリックスは一気に、この市場の圧倒的なリーダーになった。しかし、ネットフリックスは、これだけで満足はしなかった。今度は、こうしたマーケティング手法を使って、映画を作る側に回ることになった。

最初にネットフリックスが挑戦したのは、連続長編ドラマである。まず、最初の数回のドラマを視聴者に無償で提供する。アメリカ人はタダのものには目がないので多くの人が観ることになる。ネットフリックスは、この数回分の映像配信で、視聴者が、どこに感動して、どこに退屈したかのデータを細かく分析して、それ以降のストーリを視聴者好みに変えて行くのである。NHKの朝の連続ドラマでも、高視聴率のドラマと、そうでないものの差は大きい。これが、広告主が居る民放では、プロデューサーや、脚本家の死活問題となる。  

ネットフリックスは、こうした当たる、当たらないという問題に対してデータで対応しようというのである。ネットフリックスの、こうした手法に学んで多くのネットビジネス業者たちが、視聴者の反応が見やすい動画の導入を始めている。さらに動画ではないが、ネットでニュースを配信する業者が、これまた凄い手法を編み出しつつある。ここでは、いよいよ、人工知能の手助けまで借り出している。

普通はネット配信でニュースを流す場合には、一番出来が良いと思われる写真に一番最適な記事を添えて配信するのだが、全く違う新たな手法を使いだした、あるネット配信ニュース企業は、複数の写真と複数の記事を組み合わせて、ニュースを多角的に表現して同時に何通りも配信する。受け手の視聴者は、どのニュースを見れるかを選択出来ない。配信している内に、反応が良い記事と鈍い記事の差が出てくると、人気がある少数の記事だけに配信を絞って行く。そして、最後には、反応の良い表現部分だけマージして新たな記事を自動作成し、それだけを配信するように変更する。そんなことまで自動的に人工知能で出来るようになった。

ネットビジネスは誰にでも簡単に出来そうだかが、一方、結構大変なことも沢山ありそうだ。例えば、女性の衣料品のネットショップでは、平均返品率が50%を越えるという。多くの顧客が、購入して家で試着してみて、気に入らないとか似合わないとかとの理由で返品してくるのだ。ところが、返品率が10%を切るベンダーがある。このベンダーは、顧客対応に人工知能を使っている。よく、世間では商売は顧客至上主義と言われるが、実際に、顧客は自分の好みを理解していないのである。例えば、顧客が好きな服が似合うとは限らない。顧客は好きな服を買ってみるが、やはり似合わないことがわかり返品をする。その繰り返しなのだ。そこを冷静に人工知能が判断して、顧客が返品してくるような商品を顧客に見せないようにアルゴリズムを仕組む。

ネットフリックスがしているように、顧客の行動を徹底的に調べ上げて、そのデータに対して冷徹に行動したら絶対に勝てる。こうしたことが出来るのは、もはや人間業ではない。ビジネスに勝つのは、もはや気合いや精神力ではなくて、冷静沈着なコンピューターの力なのだ。人工知能は、もはや、そこまで来ている。

309  シリコンバレー500マイル (その4)

2015年5月23日 土曜日

このたびシリコンバレー滞在中の1週間で、4つのフェアに参加することができた。いずれも、今回の調査対象である「人工知能とロボティックス」に関連したフェアである。シリコンバレーでは、いつも、こんな頻繁にフェアが行われているのか? あるいは、現地スタッフが必死に探し出してくれたのか? わからないが、とにかく、私に取っては大変有り難たかった。

その、その4つのフェアで、まず第一番目は、ハードウエアアクセラレータHAXLR8R。夜、サンフランシスコのビルの中で、沢山の若い人が集まって熱い議論をしていた。この集会の中では、セルロボットを作って、レゴのように組み合わせて、多様なロボットを創り出したらどうかという議論がなされていた。こうして、仕事が終わったあと、夜中に、こんなに多くのロボット愛好家が集まって議論をしているのだと、ただただ感心するばかりだった。

2番目は、同じくサンフランシスコの歴史博物館の一角で行われていた、Wearable World。多くのスタートアップがWearable製品の試作品をデモしていたが、ここで聞いた面白い話が二つ。一つは、Google Glassの失敗である。グーグルは、人間の行動科学を何も考えなかったというのである。大体、人と会話している最中に、Google Glassのスクリーンを見るために、あらぬ方向に視線をそらしたら、そりゃ相手は気分を悪くするだろうと言うのである。

その点で、Apple Watchは見事であると褒めそやす。ちらっと時計に視線を持って行くのは、人間の全く自然な行動であると言う。Apple Watchの出現で、人々は、もはやiPhone本体を手に取って見る機会が殆ど無くなるだろうという。そして、もう一つは、Apple WatchがiPhoneをサーバーとしたクライアントとして定義されていること。これが、今後のWearable Productsの方向性を決めたというのである。クライアントに徹すれば、Wearable Productsの大きさは小さくなり、価格も安くなるはずだという。

3つ目は、今、シリコンバレーでYコンビネータに次ぐ、スタートアップアクセラレータとして名高い500 StartUps主催のデモフェアであった。会場であるコンピューターミュージアムの駐車場は、既に、このフェアに参加する人たちで一杯。空いている駐車スペースを探すのに苦労したほどである。およそ、10社ほどの、まだ創業してまもないスタートアップが、各社3分ほどの時間で、どのようなことを始めて、今、どこまで成長できたかを聴衆にプレゼンテーションしていた。もっと多くの投資が欲しいということと、さらに多くの社員に参加してもらいたいということであろう。

彼らが使っているテクノロジーは、殆どが、今、流行のモノとモノとを結ぶインターネット、すなわちIoT (Internet of things )だと思われるが、短い時間のせいもあるだろう、細かい仕組みの説明は一切しない。「皆が、こんなに困っていることが、こんなに簡単に出来るようになるのです。」としか言わない。しかし、背後に相当に高度なテクノロジーが潜んでいるのであろうことは容易に偲ばれる。

最後に4番目に行ったのが、サンマテオ市の中央公園で開かれていた「Makers Fair」であった。クリス・アンダーソンが書いてからアメリカ中で流行語になったMakersであるが、アメリカ人は元来モノ作りが大好きで、「Do it yourself」の気質が染み付いている。それなのに、敢えてMakersという言葉が流行、オバマ大統領までが、年初の一般教書演説で「製造業への回帰:3Dプリンター」まで言及したのは、リーマンショック以降、もはや金融業にアメリカの将来は任せられないという危惧があった。

あの高名な経営者、ジャック・ウェルチが金融業に変貌させ隆盛を誇ったGEという企業を、イメルトCEOが、今、金融業を切り離し、再び製造業に回帰させようとしている。金融業はボラティリティが大きすぎて、経営能力を越えるとイメルトは言う。そうした風潮を反映してか、Makers Fairは金曜日だというのに、大勢の人で賑わっている。土日は、家族連れも参加するので、こんなものではないそうだ。それでも、学校の先生に引率された多くの小学生・中学生が楽しそうに見学をしていた。

やはり、ここでも、一番人気はロボットである。スタートアップが、子供でも楽しめるいろいろな種類のロボットが展示されていた。実に、楽しいFairである。そして、その中に、とうとう見つけたのが、モノ作りジムTechShopの移動展示トラックであった。真っ赤な色のトラックの横腹には、これを寄付したFujitsuのロゴが白抜きで誇らしく書かれていた。富士通には、ぜひ、アメリカのMakers Fairで、こんなに目立っているFujitsuのロゴに恥じない、モノ作りを得意とする会社になって欲しいと願う。

308  シリコンバレー500マイル  (その3)

2015年5月17日 日曜日

シリコンバレーで高名なベンチャーファンドから紹介されて、サンフランシスコにある、音声認識・言語認識アプリを開発しているベンチャーを訪れた。社員25人の極めて小規模の開発チームを持つスタートアップである。私たちへの説明やデモも、創業者兼CEOが一人で行ってくれた。彼は、非常にクリアで美しい英語を話すので、全て間違いなく認識する。私も、かつて富士通で音声認識を開発するチームを配下に持っていたので、「開発者が入力すれば、そりゃ、うまく認識できるさ」と思い、米国生まれの同僚に試させることにした。

彼は、アメリカで生まれ育ったものの、ご両親はチェコからの移民で、ひょっとしてチェコ訛りがあるせいか、私には少し聴き取りづらい。それでも、ここの認識マシンは、何を話しても100%認識する。凄い。それから、資料を使って創業者兼CEOが説明をしてくれた。最も感動したのは、彼が示してくれた、一枚のグラフである。それは、1970年から2015年までの、音声による自然言語の認識能力の変遷であった。1970年に認識正答率55%だったものが40年後の2010年になっても60%までしか向上していない。40年間、殆ど進歩していないのだ。これは、永年音声認識に携わったものとして、よく理解できる。

ところが、ここでも、2012年問題が勃発する。人工知能のビッグバンだ。2012年に突如認識正答率が急激に向上しだして、2014年には95%にまで到達するのである。ここで、彼の資料では「機械が人間を超えた」と書いてある。何だ、未だ95%ではないか?と思われるかも知れない。しかし、私も、かつてパターン認識技術の専門家だったことがあるので、彼が言いたいことが直ぐに理解できた。つまり、人間の対人間の言語認識正答率は、多分、95%以下なのである。そうか!これは凄いことである。

そもそも、私たちは考える時に言葉で考えている。学習も思考も、そして他人に自分の考えを伝達することも全て言語である。コンピューターは、文字で記述された領域では、既に人間と同等の事は殆ど出来る。チューリングテストと言って、相手が人間かコンピューターか判断するコンテストでは、会話はキーボードで行われるので、コンピューターは難なく人間を騙すことが出来る。

しかし、人間社会では、相互の音声による会話の意義は、もの凄く大きい。新たなイノベーションも、相互の議論によって生み出される事が多い。コンピューターは、永らく、この世界に立ち入れなかったために、とてつもない潜在能力を持ちながら、その力を発揮できないでいた。しかし、このバリアが取り除かれると、これは大変なことになる。つまり、ロボットは人間の知的な職業にまで立ち入ってくる。今回のベンチャー訪問でも、医療分野でのロボット応用について議論がされていた。例えば、医師の診断の90%は、患者の身体に触れないで行われている。つまり、問診である。これがロボットに出来るようになる。ロボットが、即座に検索出来る医療知識データベースは人間の医師の領域を遥かに超える。

もっと卑近な例で言えば、教師の分野である。昨年、JMOOCの理事に就任した私は、MOOC(大規模公開オンライン講座)の調査のために、スタンフォード大学とMITを訪れている。MITでは、MOOCの世界標準プラットホームとしてのEdxの開発に力をいれており、さすがMITと思ったものである。一方で、MOOCを世界で初めて企業化したスタンフォード大学は、何となくMOOCに対して醒めていた。例えば、「現在、スタンフォード大学内だけでも、6種類のMOOCプラットホームがあるが、それを統一しようなんて考えたこともない」というのである。

それでも、スタンフォード大学での方針説明では「今後、コンピューターサイエンス学科の最大のターゲットは教育分野だ」というのである。しかし、今から思い起こしてみれば、彼らはMOOCという言葉は使わなかった。MOOCの代わりに彼らが多用したのは「デジタルラーニング」という言葉である。そう言えば、彼らは「スタンフォード大学コンピューターサイエンス学科の基本方針変更のきっかけは、2012年に起きた」と言っていた。そう、2012年こそ、人工知能のビッグバン元年である。

もう一つ、昨年に引き続きUCバークレーのゴールドバーグ教授を、また今回、私たちは訪問した。昨年は、教育がテーマだったので、ゴールドバーグ教授からは、ドロップアウト率が高いMOOC授業の中で、どうしたらドロップアウトしないように生徒を救うことができるかという研究の説明を聞いた。しかし、今年は、人工知能とロボッティックスに関しての熱い思いを語って下さった。

日本の大学の先生方は、MIT版MOOCであるEdxが世界に普及することに対して、大きな警戒心を抱かれている。大学の教師という立場が、今後どうなるのかという危機感からであろう。しかし、スタンフォード大学やUCバークレーは、どうもMITの先を行こうとしているように見えてならない。彼らは、MOOCを通り越して、一気にロボット教師を実現しようとしているのではないか? 明言はしていないが、どうも、そのように見える。そして、それは決して不可能なことではない。

高騰するばかりの授業料、自殺者まで出るほどの最近のアメリカの過度の受験競争を考える時に、多数の生徒に安価に授業を提供できるロボット教授は悪い考えばかりとは思えない。