2015年5月 のアーカイブ

313  シリコンバレー 500マイル (その8)

2015年5月24日 日曜日

アメリカの大学は入るのは易しいが、卒業するのは大変だというのは、今や、全く異なる事情になった。アメリカの大学は入るのが世界一難しいと言っても過言ではない。西海岸の名門私立大学スタンフォード大学から程近い高級住宅地にあるパロアルト高校からは、これまで毎年20人近くがスタンフォード大学に合格できたが、今では一人入るかどうかという状況になり、親の期待に応えられない受験生から毎年自殺者が出て続けている。

一体、なぜ、それほど難関になったのか? それは、アメリカの大学が世界で最も高い評価を受け、実際に教育機関としての実力があるために、世界中から応募者が殺到しているからである。特に人口が多い、中国やインドから優秀で、金銭的にもゆとりのある富裕層の子弟が、本気でアメリカの大学を目指してきたら、アメリカに生まれ育った普通の子供たちは、そう簡単に対抗するのは難しい。

噂では、MITはインドからの応募者に対してハンディを課していると聞いている。そうしないと、MITの入学者は全員インド人になってしまうというのも、まんざら噂だけでも無いかも知れない。ところで、アメリカの一流名門大学は、殆どが私立大学で公立は、その後塵を拝している。しかし、カルフォルニア州立大学、テキサス州立大学、ミシガン州立大学、ワシントン州立大学などは、公立でも、私立の名門校と肩を並べる水準と評価されている。

シリコンバレーに駐在している家庭の子供は、アメリカでも一流の公立大学であるカルフォルニア州立大学に安い授業料で入学できるから幸せである。州立大学が州外から入学すると私立大学並みの高い月謝を払わなければならないが、州内に住んでいる子弟は、その4分の一くらいで済むからだ。今、アメリカの大学の月謝は年額4万ドルから5万ドルにまで高騰しているから、学生ローンで破産するというのも決して珍しいことではない。

しかし、せっかくシリコンバレーに住んでいるのにカルフォルニア州立大学への入学は、ますます難しくなっているという。それは、カルフォルニア州の財政が逼迫しているため、大学は多額の月謝を納入してくれる、国外や州外の学生を意図的に増やしているからだと言われている。ただでさえ、シリコンバレーには、中国やインド、韓国から赴任して来た、優秀なエンジニアの子弟が多く、州内ですら、大変だというのに、国外や州外を優先されたら、合格するのは天文学的な難関となる。

それでも、アメリカには敗者復活戦があるのが素晴らしいところである。私の同僚の息子さんも、少しの所でカルフォルニア州立大学の受験には失敗したのだが、比較的誰でも入れる易しいサンノゼのコミュニティーカレッジに入って2年間猛勉強をした。その甲斐があり、カルフォルニア州立大学バークレー校(UCバークレー)の3年生に編入が出来た。アメリカでは、こういうルートが用意されている。コミュニティーカレッジは、元来、地域住民の生涯教育を目的としているので、門戸は広く、入学も易しく、月謝は大学に比べれば殆どタダに近い。

それで、最近は高騰した月謝が払えない苦学生は、優秀な生徒でも、最初からコミュニティーカレッジを狙う。そこで、優秀な成績を収めて、目指す大学の3年生に編入できれば、4年分の月謝が半分で済むからだ。16万ドルが8万ドルで済むのだから、それは豊かでない家庭の学生には朗報である。しかし、その分、コミュニティーカレッジに、以前では考えられないほど多くの学生が目指すようになった。

コミュニティーカレッジは、その設立の趣旨から言って、門戸は広く、入学の難易度も低いので、考えられない数の学生が入学してしまう。しかし、講座の人数には制限があるので、せっかく合格した学生は授業が取れないのだ。講座の空きを待っていると、卒業するまでには3年も4年もかかり、2年で卒業するのは、最近では、ほぼ不可能になっている。このように、現在、アメリカの高校生にとって、大学への道は八方塞がりで、極めて厳しくなっている。

世界の大学ランキングの上位を占めるアメリカの大学は、文字通り世界中から優秀な学生を集めている分、アメリカ人にとって高嶺の花となってしまった。それなら、いっそ日本の大学へどうぞというのは、とんでもない勘違いだ。アメリカから日本の大学に留学した学生は、「日本の大学は毎日がバカンスじゃないか」と驚くという。楽をして卒業した学生が、世界を相手に勝てるわけがない。入るのも簡単、卒業するのも簡単というバカンス天国となった日本の大学を卒業した学生が世界と伍して戦うには、よほど性根を鍛えないと難しいと思った方が良い。

312  シリコンバレー 500マイル (その7)

2015年5月24日 日曜日

「モノ」と「モノ」をインターネットで結ぶというIoT (Internet of Things) について、何十枚ものパワーポイントを使って概念的な説明をしても、全く空虚な響きにしか聞こえない。IoTについて語るなら、やはり「モノ」を中心に議論しないとだめだ。「モノ」を作る、運ぶ、動かす、売る、修理するという現実のプロセスの中で、IoTを考えて行く必要があるだろう。そう、IoTはインターネット世界を仮想世界から現実世界にまで拡大して行くことを言うのかも知れない。

2年前、シリコンバレーの中心地サンノゼで、アマチュアのための試作環境を提供するTechShopを見学させて頂き、アメリカに住む人々のモノ作りへの強い嗜好性、いわゆる「Do it yourself」の世界を見せて頂いた。今回は、モノ作りのプロフェッショナルが活動する拠点 APROE (Advanced Prototype Engineering ) を見学させて頂いた。IoTを使って、次々と起業する、シリコンバレーの新たなベンチャー達、彼らには、現実に動いたり、使えたりする「モノ」が必要なのだ。この「モノ」の試作を引き受けているのがAPROEである。数量は少ないが、難しい注文が多いのだという。

APROE 社は、カルフォルニア州にはサンフランシスコとロサンゼルスの2カ所の作業所を持つほか、ラスベガスとニューヨークにも作業所を持っている。何か、どこも地味な製造業に相応しい場所ではなさそうである。そして、私たちが、最初に案内されたのは、サンフランシスコ市街にある古い昔の工場があった場所。本当に古びた建物の玄関には1878年と書いてある。この工場は明治10年に建てられたまま、多分、最近まで使われずに放置されていたに違いない。

しかし、中に入るとビックリである。幾つかの大きな製造設備が据え付けられているのだが、全て中古のように思われる。まばらに設置された製造設備の間に設計机がある。中で働いている人は、皆、若者ばかり。どうも、この人たちは工員さんというより、エンジニアである。そして半分は女性である。皆、工場の制服など着ていない。町中を歩いているようなファッショナブルな服装をまとっている。これは確かに格好良い職場である。こうした作業場が、ラスベガスやニューヨークにあっても全くおかしくない。

感心して見ていると、サンフランシスコはこの工場だけではないと言う。次に案内されたのは、サンフランシスコの波止場である。ここのPier39は観光名所として有名であり、私もシリコンバレー駐在の時に、多くの日本からの出張者を案内した場所である。Pier39から少し離れたPier9がその場所であった。このPier9を奇麗なビルに仕立て上げて、その中がAPROE社の設計場所を含む製造工場である。何て素敵な場所にあるのだろう。ここで働くエンジニア達は、設計机から製造設備からサンフランシスコの美しい港が見える。

このビルは、世界的なCADソフトメーカーであるAUTODESK社の寄付らしい。そう言えば、あのモノ作りジムTechShopのメインスポンサーもAUTODESK社だった。いよいよBitからAtomの時代、つまりIoTの時代になって、「私はCADソフトのメーカーです。モノ作りは貴方の仕事です。」では済まないのだろう。IT業が、これまでのIT業の範疇であるBitの世界に閉じこもっていては、もはや成長は期待出来ないのかも知れない。

先日、日産自動車のCAD部隊から富士通グループ傘下に入ったデジタル・プロセス社の方から、大変興味ある話を伺った。単にCADソフトだけでなく、何かモノ作りをやってみようということになって、歯科技工士向けに人工歯の製造装置を開発したのだそうだ。人工歯は硬さが命なので、いわゆる3Dプリンタではなくて切削方式で人工歯を作るマシンである。結構コンパクトで、事務机の上に乗るくらいの大きさに仕上がった。ちょっと興味本位で作った、この製品が、今や大ヒット商品になって会社の利益を大きく牽引するようになったというのである。

あれこれ議論するよりも、まず、実際にモノを作ってみて売ってみる。このデジタル・プロセス社の気概こそ、今、シリコンバレーで勃興している新たな潮流である。日本に居たって、挑戦する気持ちさえあれば、何でも出来る。

311 シリコンバレー 500マイル (その6)

2015年5月23日 土曜日

人工知能が、これだけ急速に進歩を遂げたのは、コンピュータサイエンスの進歩と並行して脳科学が進歩したからに他ならない。両方の進歩が相乗効果を持って両者の進歩を推進させた。人工知能とロボティックス、ビッグデータとの三位一体の進歩が大きく貢献していると先述したが、これに脳科学とバイオメカニクスが加わると実に多様な研究分野の拡大に繋がっていく

そうした中で、NASAでロボティックスを研究しているサンスパイラル教授との議論は大変面白かった。彼は、NASAで、人工知能とロボティックス、脳科学とバイオメカニクスを一緒に研究している。将来、宇宙空間で生活するには高度なロボットが絶対に必要だからだ。彼が主張するのは、ロボット制御で一番大事なのは自律分散制御だという。いちいち、センターコントロールに、どうしたら良いかと問い合わせるような制御系では、ロボットはうまく動けないという。

例えば、鶏の頸椎を切断しても、鶏は見事に二足で歩き続けることが出来る。鶏は歩くという行為には、脳のコントロールを受けていないのだという。歩くという行為は、右足を出して次に左足を出すという手順を逐一脳からコントロールされていたら、きっと上手く動けないのだろう。ただ、サンスパイラル教授は言う。「しかし、この鶏は脳の指令がなくても歩き続けることは出来るのだが、何処へ向かって歩いていったら良いのかわからない。それは、脳が決めることだからだ。」という。なんだか、妙に教訓めいた話ではないか。

そうか! IoT (Internet of Things )とは、そう言うことなのだ。蜂や蟻の世界では、女王蜂や女王蟻が、巣の運営に対して細かい指令をだしているわけではない。全て、自律分散システムで動いている。ロボットも同じだ。そして、そもそも、インターネット自体が、自律分散で運用されていて、センターコントロールで動いていない。IoTとは、つまり自律分散システムということなのだ。

このたび、ある日本の自動車メーカーの方と、このシリコンバレーで大変面白い話をさせて頂いた。アメリカでも日本でも、街を走っている自動車は大抵一人しか乗っていない。であれば、自動車は全て一人乗りでよいはずだ。一人乗りの小さいボディーは小さくて、駐車スペースも取らない。そして、例えば、家族4人で旅行するときは、一人乗りの車が4台連なって動けば良い。いわゆるコネクティッド・カーである。つまり、IoTとは、世の中の考え方、成り立ちを大きく変える。