6月25日のNHKニュースウオッチ9の特集「社外取締役」に登壇させて頂いた。2週間前に、突然、私が社外取締役を勤める日立造船から、「NHKの取材申し込みがあったが受けられますか?」という連絡があった。私自身はメデイアの取材には慣れており、特に心配はしていなかったので、日立造船側の意向に従う旨の返答をした。
次に、NHKの担当記者から連絡があり、2−3の質問があった。質問の趣旨は、日本企業が漸く企業経営ガバナンスに対する監視役としての社外取締役の導入に踏み切ることになったことをどう考えるか?ということだった。これに関して、私は、終始、それは誤った考えだと主張した。既に、社外取締役を導入している多くの企業、特にグローバルに活躍している企業は、単に見張り役としての役割以上の期待を社外取締役に求めているからである。
日本を代表するグローバル企業であるトヨタやキャノンがつい最近まで社外取締役の導入に反対したのは、私には大変よく理解出来る。企業経営が全くわからない、ネームバリューだけが高い人物をお飾りのように社外取締役に選任することはナンセンスだという、トヨタやキャノンの主張は、的を得ており、正にそのとおりである。事実、そうした形にだけ拘る企業こそ、大体業績が悪いことは多くの株主が先刻ご承知である。
その次の段階として行われてきた社外取締役の導入形態として、まさに経営が遵法に行われていることを監視するために、法曹界や学術界の方々を社外取締役に選任するという手法である。これは、これで十分な意味がある。企業経営は、あくまで利潤の追求が第一であり、そうした企業行動を、経営者とは全く違う視点から監視するというのは、確かに、それだけでも大きな意味がある。
しかし、私がNHKの記者に言ったのは10年近く上場企業の取締役会に出席していた経営者ならば、他所の会社であっても取締役会に提出された資料の信憑性は、直にも見抜くことが出来るものだと言うこと。そして、社外の役員が取締役会に出席しているというだけで、社内の案件提出者は実は大きなプレッシャー受けている。事前のネゴが簡単には通じない社外取締役には、好い加減なことは出来ないと最初から警戒しているからである。つまり、長年会社経営をしてきた者が取締役会に出席しているだけで、既に十分監視機能は果たしているとも言える。
だとすれば、これからの社外取締役としての大きな意義は監視役というよりも成長への助言者であるべきだ。これまでの社内で培われてきた考え方で、見失ってきた改革手法を、長年、他の業界の会社経営に関わってきたプロフェッショナルから学ぶということの方が大きな意義がある。今回のNHK ニュースウオッチ9で主張されていたテーマは、そういうことであった。
一方、私は、生まれて初めて社外取締役に選任されたものの、社外取締役とは一体何をするものかも全くわからなかった。毎回、取締役会に提出される資料は、極めて精緻で、かつ厳格に作成されており、追求するなどいうのはとんでもないレベルであった。それで、単に形だけでなく、もっと実務に関わらせて頂こうと思ったわけである。幸い、谷所社長が、そうした私の意向を汲み取って頂き、研究開発部門全般のヒアリングをさせて頂くことになった。
そして、それが一巡したら、その次は、全国の工場巡りであった。軽薄短小の富士通の工場は何度も見て回ったが、この日立造船の工場は、その正反対で、全て重厚長大な工場である。特に、熊本県の有明工場などは既に分離した造船工場と合算すると100万㎡もある広大な工場である。そして、周り中、見回しても女性は一人も居ない。「ここの工場には女性は一人も居ないんですか?」と聞くと「そういえば、この有明工場には女子トイレがないなあ」と言われる。
こんな重厚長大な工場で女性が勤まるわけがないという雰囲気である。ここで、また私が偉そうに発言する。「中国のハルピンで世界最大のタービン工場を見学したら、工場のオペレーターは殆ど女性でしたよ。だって、何十トンもある鉄の塊は屈強な男だって素手では持ち上げられないでしょう。クレーンを使うんだったら、非力な女性だって十分に出来ますよ」。と、そんなことを言うのが社外取締役の仕事かなと思ったのだ。それでNHKの記者には有明工場を見学したときの写真を渡した。冬に訪れたので防寒着にヘルメットを被った私の写真は、今回のTVでも丁寧に紹介された。
どうもNHKが主張したかったのは、この工場見学の写真に込められていたようで「工場を含む、経営の現場まで知り尽くした上でないと、経営陣に対して的確な助言など言えないだろう。」ということなのかも知れない。たまたま社外取締役という仕事を良く知らなかった私の行動がNHKから見たときに「これだよ」と上手くハマったのかも知れない。そのせいか取材の全てが好意的であった。
だから、これを見た家族・親戚・友人達は、こぞって感激したらしい。「普段の仕事の様子を見ていたら大したことないと思っていたら、他所では、結構、きちんと仕事をしているんだ。」と言う訳である。随分、時間がかかったが、66歳にもなって、ようやく、家内や子供や孫から、少しばかり尊敬されるようになったという点で、NHKには心から感謝するばかりである。ありがとうございましたとお礼を言いたい。