2013年5月 のアーカイブ

229 1年ぶりの中国 (その4)

2013年5月31日 金曜日

私は、このたび初めて広州を訪れた。広州は広東省の省都で、北京、上海に次ぐ中国第三の都市。そして、広州は深圳、珠海などの経済特区を経済圏に抱える、現代中国で最も早く繁栄を享受した都市でもある。さらに、広州は、孫文の故郷で辛亥革命を起こした地としても名高い。私の、今回の広州訪問の目的は、広州にある中山大学での講演であった。中山こそ、孫文の号であり、この中山大学は医師であった孫文が創設した大学でもあり、2001年には中山医科大学も吸収し、4地区トータル7平方キロ、25学部を有する総合大学となった。

中山大学は中国大学ランキングの8位にあたる、超一級大学であり、華南地区ではダントツTOPの地位を確保している。だから、この大学で講演をさせて頂くというのは、私にとっても大変名誉なことであった。上海を始め、中国の大都市を訪れると必ず「中山路」という名の通りがあるほどに、中国で「中山」の冠は重たい価値がある。南京市郊外にある孫文の陵墓である「中山凌」は、中国の歴代皇帝の陵墓と比べても全く遜色がないほど立派で、私は、これほど緑が深い広大な地区を中国では未だ見たことがない。孔子廟を訪れた時には、無残にも文化大革命時代に破壊された跡に目を覆ったが、この中山凌は、その文革時代にも全く無事であった。

そんな中山大学で私の講演を聴講された学生や教職員の方達は見るからに優秀そうであった。当日、同僚の柯隆さんに通訳をして頂いたのだが、聴衆の中には、日本語も理解できる学生も少なくなかった。多くの方々が、既にアメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアなどへの海外留学や研修を経験されていて、流石、孫文が創立した大学だけあって国際色が豊である。この時期は、多くの学生がインターンシップに出かけていることもあって、私の講演は、柯隆さんの通訳も付きでビデオ撮りをされていた。

もともと、今回の講演は柯隆さんが特任教授を務める静岡県立大学の教授でもあり、この中山大学の教授も兼務されている濱下武志先生のお招きによるものであった。濱下先生は、東京大学教授として東大東洋文化研究所長もされた方であるが、米国のコーネル大学、香港大学、シンガポール国立大学とアメリカやアジア各地の大学で教鞭をとられている。この中山大学に来られる前は、韓国の大学でも教鞭をとられていたと伺った。講演終了後、濱下先生から、大学が経営するレストランでご馳走して頂きながらアジア各地の学生気質の違いなど伺い大変参考になった。ご案内頂いた部屋は学長が顧客を接遇するための特別室で、その名も「中山」という立派な個室だった。

私たちは、この中山大学で講演会を催す前に、孫文が設立した黄埔軍官学校を見学した。この黄埔軍官学校は、孫文が起こした辛亥革命で成立した中華民国の陸軍士官学校で、校長が蒋介石で、後に中国共産党のNo2にもなる周恩来も教官であり、毛沢東の面接試験官だったという話もある。中国海軍の軍艦が接岸している軍港の岸壁に沿って建てられているが、後背地は静かな緑地となっている静かな環境にある。学校の理事長でもあった孫文の居室や、学生食堂、寝室、勉強部屋など見学できるようになっている。

入り口近くの展示室には、孫文が革命を起こすまでの歴史資料が沢山保存展示されている。中でも、私が一番印象に残ったのは、梅屋庄吉との親しい交流を示す数多くの資料である。まさに、辛亥革命は梅屋庄吉の支援で成し遂げられたともとれるような雰囲気の展示である。この展示室の中には、実に様々な人々が実写の写真として登場するので面白い。孫文の奥さん、宋慶齢という方は、こんなに綺麗な方だったのだとつくづく思った。蒋介石、周恩来から、なんと江沢民までが登場する。その江沢民の写真は、何と日本人と一緒に仲良く笑って撮られた写真である。これこそ嬉しくなるような写真である。

濱下先生は、東京大学を退官後、香港、シンガポール、韓国で教鞭をとられた後に、この中国華南随一の大学、中山大学で教えられているわけだが、私は、濱下先生も偉いが、それを受け入れた中国の大学も偉いと思う。しかも濱下先生のご専門は「歴史」である。こうして海外の知識人から素直に学ぶ姿勢が、今の日本にもっとあって良いのではないかと思うのは、実は私だけではない。

先日、元通産省次官で神戸製鋼の副社長もされ、現在、東洋大学の理事長をされている福川伸次先生から聞いた話である。「伊東さん、明治の初期には、日本は国家予算の25%を外国人教師の給料に使ってたんですよ。今だったら、こんな大胆な政策を考えられますか? 明治政府は、国家の繁栄に一番大事なことは人材教育だと考えたんですね。だから江戸時代の遅れを取り戻して、日本は急速に近代国家になれたんですよ。」実に、感銘深い話である。

228  1年ぶりの中国 (その3)

2013年5月28日 火曜日

私たちは、マカオからフェリーで香港に入った。香港は前日の豪雨が嘘のように、快晴であった。現地駐在員から聞いた話では、前日の香港はTVの天気予報で黒い雲のマークが表示されたのだそうだ。このマークが表示されると、学校や会社は強制的に通学通勤が禁じられる。物凄い豪雨で、雷鳴が轟いていたそうだから、昨日は、フェリーで香港入りするなど、全く無理だったに違いない。やはり、私は、正真正銘の晴れ男である。

私が香港を訪れた目的は、香港中文大学ビジネススクールで講演を行うためである。経営学では世界的な評価を受けている牧野先生のお招きによるものであった。先生を慕って、日本の大企業から何人もの留学生が派遣されている。何で、日本人が香港へ留学するのかと疑念を持たれる方には、別表の2013年アジア大学ランキング上位20位までをご覧になれば、ご納得頂けるものと思う。なにしろベスト10の中に香港の大学が2校入っており、香港中文大学は、堂々の12位である。そして、香港勢は20位以内に4校も入っている。まさに香港はアジアを代表する学術都市である。

講演が終わった後で、牧野先生に構内を案内頂いたが、香港のダウンタウンからだいぶ離れた丘陵に点在するキャンパスは広大で、静かに勉強できる環境にあった。丘の上から眺める香港湾に点在する小島が松島のように見えるビュースポットは、まさに絶景である。確かに、世界の金融センターを間近に見ながら、こんな静寂な環境の中でビジネスの研究をするのはさぞかし効率が良いに違いない。

先日も、シリコンバレーに全米の大学が集まってきているという話を書いたが、イノベーションを創出する学術研究の場というのは、ダイバーシティーの高さが必須要件ではないかと思う。その意味で、東京は、日本の中では、唯一、ダイバーシティーが高い都市なのだろう。何しろ、今、私が居る新橋界隈も中国語の会話が頻繁に耳に飛び込んでくる。

その香港も、最近は先進国並みに経済成長率も年率で2-4%にソフトランディングしたものの、最近の不動産高騰はバブル以外の何物でもないと言う。そのため、香港駐在員が借りるアパートの家賃も、それに連れて高騰し、月40万円から50万円でも、決して新しく立派なアパートではないという。従って、会社が一度借り上げて社員に再リースをしている。さらに欧米同様、香港の不動産も中古物件でも新築価値から全く価格が下がらないのだと言う。いや、むしろ、今は、どんどん築年数が増せば増すほど、先行物件として立地条件が良いから、むしろ価格が上がって行く。

購入者は、もちろん大陸側の中国人である。大陸側では土地の所有権が認められていないため、所有権が認められている香港の不動産は一層魅力的なのだという。所有権と言う意味では、日本も土地の所有権を認めているので、香港で良い物件が見つからない場合、大陸の中国人富裕層は日本の不動産を購入する。特に、中国人が憧れる雪が降る北海道は価格も安く、絶好の投資物件である。ニセコを中心に中国の富裕層がどんどん土地を購入しているのは、決して日本の水源を狙っていると言うような大そうな目的ではない。あくまで個人資産の国外退避と見た方がよほど素直である。

このようにして中国の富裕層が資産を国外に退避させているのは、やはり中国国内に利潤を生む投資先が見つからないからだと思った方が良い。リーマンショック後の4兆元に端を発する、巨額の公共投資、国営企業の設備投資は、中国全土に莫大な過剰設備、過剰在庫を生んだ。5月23日東証での日経225平均、1000円を超す大暴落は、HSBCが同日発表した5月の中国製造業購買担当者景気指数(PMI)速報値が49.6となり7カ月ぶりの低水準となったことが原因ではないと中国政府が反論しているが、それは全く正しい。中国の製造業が大変な苦境に陥っていることなど、ずっと以前から判っていたことで、今更、日本の株式に織り込む材料でも何でもない。それよりも、我々はむしろ日本自身の中に、株式暴落の理由を探し出した方が良い。 

2013年アジア大学ランキングTOP20

1位.University of Tokyo(東京大学):日本

2位.National University of Singapore(シンガポール国立大学):シンガポール

3位.The University of Hong Kong(香港大学):香港

4位.Peking University(北京大学):中国

5位.Pohang University of Science and Technology(浦項工科大学):韓国

6位.Tsinghua University(清華大学):中国

7位.Kyoto University(京都大学):日本

8位.Seoul National University(ソウル大学):韓国

9位.Hong Kong University of Science and Technology(香港科技大学):香港

10位.Korea Advanced Institute of Science and Technology(韓国科学技術院):韓国

11位.Nanyang Technological University(南洋理工大学):シンガポール

12位.Chinese University of Hong Kong(香港中文大学):香港

13位.Tokyo Institute of Technology(東京工業大学):日本

14位.National Taiwan University(国立台湾大学):台湾

15位.Hebrew University of Jerusalem(エルサレム・ヘブライ大学):イスラエル

16位.Tohoku University(東北大学):日本

17位.Osaka University(大阪大学):日本

18位.Tel Aviv University(テルアビブ大学):イスラエル

19位.City University of Hong Kong(香港城市大学):香港

20位.Yonsei University(延世大学):韓国

227 1年ぶりの中国(その2)

2013年5月27日 月曜日

珠海から陸路で国境越。1時間半もの時間をかけて入出国手続きを終え、ようやく疲れ切った身体でマカオに入ることが出来た。観光客としてではなく、一般市民と一緒に国境越えするのも良い経験であった。そして、ここは、もうヨーロッパ、広州とは違い道路も空いている。車は香港と同じ、右ハンドルで、道路も左側通行。道路標識にはポルトガル語が併記されている。15分ほど走ったら、今晩泊まるホテルオークラがあるギャラクシーについた。もはや、ヨーロッパではない。まさにラスベガス、そのもの。そして、もう、カジノビジネスでは、とっくにラスベガスを抜いてマカオが世界一になったのだと聞く。

今回は、1981年からマカオでビジネスを始めた方からのご招待でやってきた。その方から、ランチを食べながらマカオの歴史を聞いた。2002年、中国共産党は、それまでマカオのカジノ王スタンレー・ホーが独占していたカジノビジネスを国際資本に開放した。それを受けて、ラスベガスからサンズが最初に280億円を投資して建てたカジノが2004年に完成したのだが、投資額全額を半年で回収したのをみるや、香港資本のギャラクシー、ラスベガスのベネチアン等が次々と大型カジノを建設した。丁度、昼食はベネチアンのレストランでとったのだが、2階の回廊に人工の河を作りゴンドラを浮かべた、ラスベガスの、あのベネチアンと全く同じ造りである。

その隣では、今、まさにエッフェル塔と凱旋門を備えたパリスが建設中であった。私は、米国駐在中に家族と一緒に何度か泊まったお気に入りのホテルが、このパリスだった。懐かしい。これに、ニューヨーク・ニューヨークやベラージオ、ルクソールが出来上がったら、もうラスベガスには行く必要がない。しかし、カジノの売り上げは、今年の3月から月間3千億円を超えて、今年は年間では4兆円を超えるのではないかと言っている。ラスベガスのカジノ売り上げが年間約7000億円だから、マカオは、既にラスベガスの5倍以上の売上規模になる。そして、ここのカジノ税は40%だから、マカオ政庁はカジノだけで年間1兆5千億円以上の税収を得ることになる。当然、マカオ市民は無税だし、しかも安い家賃で入れるマカオ市民専用の豪華高層公営住宅が次々と建設されている。

さらに、驚くことに、現在のカジノは最終計画の4分の一で、現在も、次々と新たなカジノが建設中である。一体、誰が、こんな巨大なカジノで賭け事をして遊ぶのだと思うだろう。私が、泊まったギャラクシーは、未だ新しく、それほど混雑していないが、隣のベネチアンは、平日なのに館内は立錐の余地もないほど満員である。もちろん、客の殆どは中国人である。そして、人々の注目を引くのは、やはりバカラである。裕福そうな中国の女性が3人ほど、バカラに賭けている。聞けば、ここのチップは1個100USドル、約1万円である。20個ほどのチップが、ほんの10秒ほどで消えて行く。凄いレートの賭けが、静かに淡々と行われている。私達には近寄りがたい、全くの別世界だ。

このカジノの規模が余りに急拡大しているので、ディーラーの養成が間に合わないのだという。これを補うには自動機しかない。つまりは、ゲーム機である。私が訪れた日は、丁度、このカジノ向けゲーム機の展示会だった。こんなに沢山の種類のゲーム機があるのを初めて知った。日本からもコナミが参加していた。中でも面白いのはゲーム用のチップのメーカーが色鮮やかな各種のチップを展示していたことだった。日本のマツイは、このチップの世界的なメーカーだという。ニッチな市場でも世界シェアを独占すれば、それは良いビジネスになる。思わず、マツイを応援したくなって、じっとチップを見ていたら、お姉さんが一種類1個ずつ10個ほど、「お土産にどうぞ」と私にくれた。

中国の人達が、特に賭け事が好きだと言う事もあるだろうが、世界基準から見ても、こんなに並はずれた規模でカジノが流行っているというのは、やはり世界のマネーが中国に集中している証拠である。お金が1箇所に集中していれば、足りないところが出てくるのは当たり前だ。それがヨーロッパなのだろう。特に、ヨーロッパは中国だけでなく、域内のドイツにも、お金を支払っているから、二重にお金が足りないことになる。トーマス・フリードマン著「フラット化する世界」は、もはや過去のものとなったのかも知れない。世界は、フラット化するどころか、どんどん2極化していくようにも見える。

せっかくだから、開催中のゲームショーを見て回った。私は、もともとゲームセンターには行ったことがないので、日本のコナミ以外に知っているメーカーは無かった。展示メーカーは、殆ど知らないブランドばかりである。ところがである。1社だけ、良く知っているブランドがあった。世界的なERPベンダーであるSAPである。アメリカや香港資本のカジノが、売上、利益などITを駆使してリアルタイムでマカオから本社に報告しているのである。本社は、競合するカジノから、どのように客を引き寄せるか、常に戦略を練る必要がある。このマカオでも、決してビジネスは楽ではない。カジノ間では熾烈な競争があり、それに勝ち抜くためにはITの力が必要なのだ。カジノも、博徒側から見るのと、経営者側から見るのでは全く違う景色が見えてくる。