2013年1月 のアーカイブ

198 Boeing 787のバッテリー障害

2013年1月18日 金曜日

私は、このBoeing787という飛行機に憧れを抱いていた。だから全日空が世界の航空会社でいち早く、この最新鋭機を導入したことを大いに喜び、早速、羽田―広島線に乗せて頂いた。その結果は、驚きであり、今までとは全く違う乗り心地であった。第一に着陸するときに全く揺れないのだ。Boeing787はレールの上を滑り降りて行くように静かに滑走路に着陸した。これは人間のパイロットの操縦では出来ない技だ。翼のそれぞれのフラップをコンピューターがミリセカンドオーダーで制御しているに違いない。そして、そうした完全デジタル制御を可能としているのが油圧装置に代わる電気モーターだったことは、その時は全く気が付かなかった。

今週の日曜日に、久しぶりにシリコンバレーに行く。私の米国駐在時代には成田からサンノゼ空港へのアメリカンの直行便が毎日飛んでいて、いつもそれに乗っていた。サンノゼ空港は市内の中心地にありアクセスは大変便利なのだが、既に、三本の高速道路に囲まれていて滑走路の拡張が出来ない。そのため大型航空機が離着陸できず、アメリカン航空が業績不振になると成田―サンノゼ線は直ぐに廃止になってしまった。このたび、ANAがBoeing787で成田-サンノゼ線を就航させると聞いて喜んで予約したのだが、残念ながら昨日、Boeing777が飛ぶ、成田―サンフランシスコ便に予約変更した。

今回、米国のFAAがBoing787の運航を禁止した理由は、バッテリーの焼損事故である。このリチウムイオン電池は日本のGSユアサで、その制御システムはフランス製と言われている。GSユアサはホンダのハイブリッド車でも同じリチウムイオン電池を搭載し、多くの実績を持っているので、私は、今回の直接の原因ではないような気がしている。問題は、やはり電池の制御方法だ。今でこそ、2次電池は中国や韓国が大きなシェアを持っているが、かつて二次電池製造分野は日本の独占市場だった。だから、それだけ日本には、電池に関するノウハウが溜まっている。

私は、ノートパソコンや携帯電話の開発部門担当として、永くリチウムイオン電池と関わってきた。リチウムイオン電池は、単位体積当たりの蓄電容量が極めて大きいという特長を持っているが、熱暴走と言って、一度発熱すると、どんどん悪い方向に行き、発火、燃焼、爆発を起こす、極めて危険な電池でもある。だから、極めて厳重な被覆で密閉して万が一でもショックを与えないように保護している。

しかし、問題は、この厳重な保護被覆にある。リチウムイオン電池は、いつも、こうした厳重な被覆をされる必要があるので、その中で、どんな反応が起きて電気を起こしているのかという根本的なメカニズムを誰も観察できていない。要は、熱暴走も、どういう仕組みで発生するか、よく分かっていないという、極めて謎に満ちた電池でもある。私たちは、実験として、故意に、このリチウムイオン電池にストレスを与えて発火させてみた。その結果は、とんでもない事になった。つまり誰も、この火を消せないのである。全てが燃え尽きるまで、呆然と、ただ見ているしかない。

電池の恐ろしさを知っている設計者は、電池を腫物のように扱う癖がついている。電池は常に不可解なものであり、優しく丁寧に扱う必要があることを知っている。だから、私たちは急速充電なんて絶対に行わないし、またユーザにも積極的には薦めない。急速充電は危険であるし、電池寿命を著しく消耗する。私たちの設計常識からすれば、電池の交換が出来ない、させないというAppleの設計思想も全く理解が出来ない。電池は、そんなに信頼できるものではない。

欧米の人達の科学技術に対する考え方は、科学で世界を支配するという考え方があるような気がする。今回の、Boeing787も同じ考え方ではないだろうか? 航空機に動力駆動用にリチウムイオン電池を使うのであれば、それは、もっと謙虚な使い方を考える必要があったのかも知れない。駆動用はパソコンや携帯電池とは比べ物にならないほどの大容量の電流が流れるからだ。一方、我々東洋人は、自然の恐れを知っているので、人間の力ではどうにもならない自然の摂理の前では謙虚である。私が、リチウムイオン電池と関わっている数年間、世界に誇る日本の電池メーカは世界最先端、最新鋭のリチウムイオン電池の製造工場を持っていた。それでも生産ラインを止める深刻な爆発事故は絶えることがなかった。

その点で、ハイブリッドカーで世界を席巻したトヨタ自動車は、この電池に関しては、極めて謙虚で保守的である。トヨタは、つい最近出荷したプラグイン・ハイブリッドのプリウスまでは、リチウムイオンより安全性の高いニッケル水素電池だった。そして、このトヨタのハイブリッドシステムの一番素晴らしい所は、燃費効率を最大限にするための制御ではないことだ。トヨタは「電池にもっとも優しい」制御を行っている。トヨタは電池の寿命を最大にするべく急速な充放電を可能な限り避けている。つまり急激な負荷変動は出来るだけ電池駆動ではなく、ガソリンエンジンで吸収するようにしているのである。

トヨタがプラグイン・ハイブリッド・プリウスを発売するときに、私は、トヨタ技術陣のTOPであられた瀧本さんに、「この車を停電の時に家庭用電池として使いたいですね」と申し上げたら、「それは、ダメだ」と言われてしまった。ハイブリッド技術の真骨頂は電池の使い方にあるのだと瀧本さんは仰るのである。「家庭電力機器が勝手にトヨタの車の電池を乱用したら、電池は直ぐにダメになってしまう。それよりも、トヨタのハイブリッドカーを極めてクリーンな排気ガスしか出さない、家庭用発電機として使って下さい。一般の家庭3軒分の電力は供給しますよ」と言う。トヨタの技術者は、いつも優しく取り扱っている可愛い電池を他人に勝手に使われたくないのである。

電池を安全に永く使うには、こうした配慮が必要なのだろう。剛腕で捻じ伏せるような感覚で、技術の力一辺倒で電池を扱おうとすれば、それは電池の逆襲に会うだけだ。それとも、今度の787の事故では、最終的に日本製の電池の作りが脆弱だとでも言う結論を出すのだろうか。

197  グローバル人材育成 (その8)

2013年1月13日 日曜日

そろそろ、このシリーズの最後にしようと思う。もともと、この投稿は、グローバルに活躍するために必要な資質とは何か?ということで、自分のつたない経験の中から特に印象に残ったことを回想録のように綴ってきた。そして、今、それを読み返してみると、これは、グローバル・ビジネスとは全く無縁の方たちにも当てはまる話ではないかと思ってきた。

我々のライフスタイルは、好むと好まざるとに関わらず、グローバル化の波に影響されている。「今、アメリカで起こっていることは、近いうちに、必ず日本でも起きる。」という名文句がある。日本で新たなビジネスモデルで成功した経営者の多くは、その範をアメリカから得ている。そのアメリカで、今、起きている新たな雇用形態が「フリーエージェント」と呼ばれる職業である。全米の労働者の35%が、既に、このフリーエージェントであるという。

アメリカ社会におけるフリーエージェントの増加は、会社という組織が、社員と言う固定のリソースに頼らなくなったことを意味する。組織の団結力よりも、個の資質を重要視するようになったことの表れでもある。そして、既存の組織の団結力よりも、むしろオープンなソーシャルネットワーキングに頼るという新たな組織力の方が、より成果を生むということもあるだろう。労働市場が流動化しているアメリカでは、個人の最大の関心事は、必ずしも報酬金額だけではない。その仕事を通じて自身のコア・コンピタンスが、いかに強化されるかというキャリア・パスを重要視する。

日本では、こうした働き方がないのかと思ってよく考えてみると、当社のコンサルタントがそれにあたることに気が付いた。彼らは、顧客企業の戦略策定部門に臨時で雇われたエージェントである。多くの企業は、大きな戦略の見直しは、そう年中行っているものではない。そして、それが必要になった時に、社内から精鋭を引き抜いてくるのも新たな摩擦を引き起こす。それなら、こうした戦略策定に慣れた社員を、社外から臨時で集めてくれば良いという話になるのは良く理解できる。

つまり、業務は国内市場に限定された超ドメスティックな企業であっても、その働き方(ワークスタイル)は、意識しない間に、どんどんグローバル化していく。グローバル人材育成は、日本企業にとって最大の懸案事項であると、同時に、働く側の社員にとっても、最も関心を持たなければならないテーマでもある。そして、そのキーワードは「個の力」である。部下に頼らないで何でも自分でこなす力。これさえ持っていれば、どこに配転されても怖くない。リタイアした後でも、いろいろな仕事をこなすことが出来る。

自民党政権に復帰し。再登場した安倍総理は、永田町に留まるところなく、日本全国を飛び回っている。TVで放映される、その安倍総理の陰にぴったり付き添っているのが、柳瀬唯夫総理秘書官である。秘書官となる前は経産省大臣官房審議官で、その前職の産業再生課長の時代に、ご一緒に日本の産業再生に関して議論させて頂いたことがある。腰も低く、極めて優秀な方である。そう、その産業再生課長の前は、麻生総理の首相秘書官をされていたのにも関わらず、私たちと膝を突き合わせて対等に議論に加わって頂いた。

さて、一国の権力者である総理大臣に四六時中ぴったりと付き添って支える総理秘書官とは、どんな働き方をされているかを、皆様は、どこまで、ご存じだろうか。昨年、経済産業省審議官を退職された岡田秀一さんは、小泉内閣時代、5年間という異例の長さの総理秘書官を務められた、日本の総理秘書官の代表みたいな方である。その岡田さんから聞いた大変ショッキングな話がある。「伊東さん、総理大臣秘書官に秘書はつかないのですよ。だから、コピーもFAXも、メールも何でも自分でやる。そんな仕事を5年間もやっていたものだから、役所に戻ったときも、その癖が治らなくて、今まで通り、普通に自分でやっていた。そしたら、人事から文句が来ました。貴方の秘書が悩んでいますよ!信用されていないのではないかと」

そう、総理大臣秘書官こそ、グローバル人材育成のための最適なキャリアパスなのかも知れない。

196 グローバル人材育成 (その7)

2013年1月12日 土曜日

私は、ある時、富士通の海外事業総責任者として代表取締役副社長を拝命した。グローバル時代と叫ばれつつあるなかで、大変、やりがいのある仕事を頂いた。私は、これまでの会社人生の延長線上として、あらゆる問題は、現地に行って、現地の責任者と話すことで解決を図ろうとした。その結果、年間海外出張回数は30回、1年間の総飛行距離は27万マイルに達することになった。年間30回と言うと、隔週で成田から出発していることになる。しかし、それは長くは持たなかった、あと1年、そうした生活をしていたら、どこかで死んでいただろう。今、こんなことを書いている私はこの世にはいない。

そうした激務をこなす為に、会社は、私に、いつもファーストクラスを用意してくれた。そのファーストクラスの機内で、出発便か帰国便で必ず会う方がいた。日本電産の永守社長である。なにしろ、永守さんは目立つ。皆、機内はラフな格好をしているのに、永守さんだけは緑色系のネクタイをきちんと締められて、粋な京都紳士然とした姿は何しろカッコよい。聞けば、永守さんは、年間100日は海外、100日は日本国内の各地、残りの100日ほどを本社がある京都で過ごされると言う。よく考えてみれば、年間は52週、最後の100日とは土曜、日曜、休日ではないか。そう日本電産の役員会は、土日に行われるのである。永守さんに言わせれば、役員会などは、顧客対応に使える貴重な平日にやるものではないと言うことらしい。

だから、日本電産は怒涛の勢いで日本を代表するグローバル企業となったが、永守さんのようなタフな経営者は、誰しも、そう簡単に真似が出来るものでもない。では、どうしたらよいのだろうか? よく考えてみると、日本国内と海外(グローバル)とを分けて管理するという組織自体がおかしいのかもしれない。IBMやGEなど名だたるグローバル企業は、北米と南米、欧州、中東アフリカ、アジア、中国、オセアニアの各地域をフラットに同等の組織として管理している。つまり、少し、言いすぎかも知れないが、会社組織の中に「グローバル」という名前がついている組織がある会社は、未だ真のグローバル企業になっていないのかも知れない。

海外拠点を、どうマネージメントすべきかという議論は、富士通に居る時も随分沢山したが、そう簡単ではない。IBMのように、事業軸で全世界をマネージし、地域のTOPは管理部門だけを担当するというやり方を富士通が真似しても、必ずしも、うまく行くとは思えない。グローバル事業のマネージメントは、それぞれの企業の特質や歴史などを踏まえた上での最適なやりかたがあるのかも知れない。そういう意味で、欧米企業のグローバルビジネスモデルを学ぶだけでなく、日本で成功しているグローバル企業は、どうしているのかを知ることも意義がある。

今、日本で最も利益を上げているグローバル企業は商社である。三菱商事、三井物産、伊藤忠、丸紅と、それぞれ年間、数千億円と史上最高益を出している。この日本の商社は、どういうグローバルビジネスモデルを持っているのだろうか? ところが、意外にも日本の商社には外国人の役員がいない。それは、商社不要論とか商社滅亡論とか、世界に類似のビジネスモデルを持たないためにマスコミから揶揄されてきた日本の商社が、現在の姿まで持ってきた苦闘の歴史がある。つまり、現在の商社には、そのビジネスモデルを定義する規約がないため、全てをキチンとした契約で雇用する外国人役員を雇うことが出来ないのだ。

報酬制度も大きな課題だと言う。今の商社は莫大な利益の殆どを資源と食糧から得ているが、そういうことが永遠に続くとは限らないと言う。そして、資源と食糧という源流のビジネス以外を放棄した時に、商社はもはや成り立たないというのである。商社の最も重要な商品は「情報」であり、この「情報」を得るために、サプライチェーンの最上流から下流のリテールまで、何らかの形で関与して、世の中の物の流れの変化をいち早くキャッチすることが重要だと言う。

現在の利益の源である資源と食糧も、全て世界のリテールの動きをキャッチしているから投資と撤退を機を見て俊敏に行えると言うわけだ。セブンイレブン以外のコンビニに、全て商社が入り込んでいるのにも意味がある。全て部門利益こそが報酬の基本と考える外国人の役員から見れば、大して利益を上げていないリテールの部門の担当に、どうしてボーナスを出すのかが理解できないらしい。

そして、商社は現地に大きな拠点を作らない。プロジェクト案件ごとに、現地企業を核としてJVを立ち上げる。プロジェクトが無事、終われば、何の人的資産や固定資産も残さずに綺麗に撤退できるわけだ。いろいろ聞いていると、ひょっとすると、この日本の商社のビジネスモデルこそが、21世紀のグローバルビジネスモデルではないかという気もしてくる。グローバル世界から出遅れた日本。その日本にしかない商社というビジネスモデル。外国人には全く理解できない曖昧なビジネスモデルを、私たちは、よく研究してみる必要がある。

そして、商社のさらに優れたビジネスモデルとは、組織主体でなく個人主体で動いているところである。彼らは、高額報酬さえあればポストには拘らない。従って、高齢になっても身体が元気なら世界各地に働き場所はいくらでもある。もともと、世界を所狭しとグローバルに活躍した方々だから、知識と経験は豊富である。これから高齢化社会となる日本で、ぜひ働き方の見本を示して頂きたい。