2012年12月 のアーカイブ

189  政権交代

2012年12月27日 木曜日

本日、自民党の安倍総裁が第96代首相の就任。3年半ぶりに自民党への政権交代が実現した。しかし、歴史的な惨敗を被った民主党にも、実は、真っ当な考えを持ったきちんとした政治家は数多くいる。そして、民主党政権には歴史的な成果を上げた功績もあった。その中の一つが、私が、3年間に渡って、お手伝いをさせて頂いた規制制度改革委員会かも知れない。この委員会は内閣府の配下にある行政刷新会議の元で運営されていた。

私が最初に参加させて頂いた時の主担当は内閣府の平野副大臣だった。大変立派な方である。大震災後に、平野さんは、岩手県選出ということもあって、復興大臣に昇格された。その次に、大変、お世話になったのが内閣府の当時政務官だった園田さんである。園田さんには、福島県の飯館村に隣接する伊達市にある富士通のコンピュータ製造工場へ視察にも来て頂いた。内陸とはいえ、地震の被害は相当なもので、その惨状をつぶさに見て頂いた。また、工場でリサイクル処理した後のプラスティック素材や鉄材が、福島県の工場と言うだけで、引き取られないという悩ましい問題も丁寧に聴いて頂いた。

園田さんは、震災復興の加速化を目指した特区としての規制緩和問題もご担当され、大変真摯に政務に携わられた。その後、環境省の副大臣に昇格され、今度は、環境省の立場から、再生可能エネルギー促進のための規制緩和問題にも大きく貢献されることになった。その園田さんの後を、引き継がれた内閣府の中塚副大臣は、昨年度期末の最後の追い込みで106項目にも及ぶ大規模な規制緩和を実現された。当時、既に傾きかけた民主党の勢いを取り戻そうと岡田副総理の肝いりもあって、官庁間を必死に走り回って役人を説得する中塚さんの姿は鬼気迫るものがあった。その後、中塚さんは金融担当大臣に昇格されたが、今回の選挙で落選され下野されることとなった。

規制改革は、予算措置を伴わない、最も強力な成長政策となる。既に、莫大な財政赤字を抱えた日本にとって、成長を阻害する規制を緩和する政策は最も効果的な施策である。いろいろ厳しい批判を浴びてきた民主党ではあるが、唯一、これまでの自民党政権に比べて良い仕事をしたと言えるのは、この規制緩和だったと言えるだろう。既得権に縛られないという民主党の利点を最も活かせる政策課題だったのかも知れない。しかし、本日、政権交代に伴って、この規制改革委員会を含む行政刷新会議全体が廃止された。民間企業から内閣府への出向という形で集められた精鋭たちも、全員、本日付をもって辞任することになった。

もちろん、自民党とて、規制改革を含む行政刷新が、日本の再成長戦略にとって最も重要だと言う認識は全く変わらないと思われる。本日、その担当大臣として、党の副幹事長という要職にあった稲田朋美さんが選任された。それにしても、民主党が手掛けた体制は、良かろうと悪かろうと、一旦、全て消滅させるというのは、また凄いものだ。この勢い、このスピードで、ぜひ、民主党以上の勢いをもって規制改革、規制緩和を推進して頂きたいものである。

一方、今回の第二次安倍内閣は、私にとって大変懐かしい顔ぶれが多い。まず、安部総理大臣。ドイツで行われたハイリゲンダムG8サミットに随行させて頂いた。ドイツのメルケル首相は、この時のEU当番代表で、安倍総理は、次の年に日本で開催される洞爺湖サミットの主宰者になるはずだった。このハイリゲンダムサミット最大のテーマは地球温暖化を防止するための温室効果ガス削減目標の設定であった。安倍首相は日本の「美しい星」提案として、2050年に世界全体の温室効果ガス排出量を半減させるという画期的な提案を、このG8サミットの議長であるメルケル首相に提出したのである。この提案が、次回G8サミット開催の議長国である安倍首相から出されたと言う意味で、非常に大きな意義があった。

次に、私が、安倍首相に随行させて頂いたのは、インドネシア、インド、マレーシアの南アジア3か国訪問だった。夏の非常に暑い時期で、私たちは、デング熱防止のための蚊取り線香や除虫スプレーを持参した厳しい随行となった。大変なハードスケジュールの中で、安倍首相は精力的な行動をなされ、遂にインドで体調を著しく壊された。インドは、私達のような、全く健康に問題がない者でも、どんなに気を付けていても下痢になることを免れない国である。安倍さんのように、もともと胃腸に持病を抱えておられる方にはひとたまりもない。

最後の訪問国、マレーシアに入った時には、もはや気の毒で見ていられない蒼白の顔色であった。それでも、苦痛を我慢しながら、快く、200人近くいる随行員達と一人一人記念撮影の応じて下さった。もはや、とっくに、苦痛は忍耐の限界を超えておられたであろうに。そして日本に帰国して、1週間もたたない間に、安倍さんは、突然の総理辞任表明をされた。国内は騒然となったが、私達、随行員には、「やはり、ご無理された結果だな」と納得する辞任であった。この結果、せっかくお膳立てされた洞爺湖サミットという場での、「2050年に全世界の温暖化効果ガス50%半減」という歴史的な宣言をご自身で表明される機会を失われた。安倍さんとしては、これは、本当に残念だったであろう。再度、総理大臣に復帰をという熱い思いは、この辞任表明以降途絶えることはなかったに違いない。

もう一つ、このたびの第二次安倍内閣の最重要閣僚として経済再生担当大臣に就任された甘利さんとの思い出も忘れられない。先の安倍内閣で甘利さんは経済産業大臣であった。この甘利さんほど世界中を駆け巡った経済産業大臣を私は知らない。中東、南米、中央アジア、オーストラリアを巡って資源確保のために地球を縦横無尽に回られていた。私が、甘利さんに同行したのはインドで、日本がインドにDMIC(デリームンバイ産業回廊)の計画を初めて提案に行った時である。そこでは日本の大企業のTOPが一堂に顔を揃えていた。さらに資金調達面のサポートでは、当時の東証社長であった西室さんが流暢な英語で、DMIC向けの特別な債権発行の仕組みについて、ご自身で、詳しく、ご説明をされた。もちろん、この甘利デリゲーションは、先述した安倍首相インド訪問のための前振り興業であった。

そして忘れもしないのは、この甘利デリゲーションがインドの首相官邸で、シン首相と面会する場面である。数多くの著名な経済人が参加する中で、甘利大臣と同行して首相官邸に入れるのは、たった10人。どなたが推薦して頂いたのか全く存じ上げないが、私は、この10人の中に入っていた。首相官邸に到着するとボディーチェックを受けるのは当然であるが、一人一人、別々な小型の車に搭乗させられ、合計3回もの検問を受けるのである。迷路のような回廊を、その小型自動車によって運ばれて、先ほどの玄関と、首相の執務室がどのような位置関係になっているのか全く分からない仕組みになっていた。

首相官邸の奥の院に、私達、甘利デリゲーションの全員が到着すると、シン首相がお一人で現れた。予定では、30分の面会であったが、シン首相は、今回日本が提案したDMIC計画への期待と、これまで日本がインドに対して行った援助にインドが、どれほど感謝しているかを、何と、90分にわたって、お一人で静かに滔々と語られた。もちろん、手元には、何の原稿もなく、ご自身の御言葉で全てを語られたのである。そして、最後にシン首相は、何と訪問者全員と一人一人握手をして下さったのだ。10億人以上の人口を抱えた超大国のTOPが笑顔で丁寧に一人一人握手をして下さるのだ。私にとって、一生忘れられない感動である。このことで、私は甘利さんには心から感謝している。人間なんて、全く単純なものである。

今度の第二次安倍内閣で経済産業大臣を務められるのは茂木敏光さんである。茂木さんが、かつて自民党IT部会の事務局長を務めておられるときには、本当に、よく懇切丁寧に、私は直接、ご指導を頂いた。茂木さんは、部会で私がご説明する資料を、議員会館で、ご自身で事前にチェックして下さるのだ。それも、赤鉛筆で直接、不具合な場所を、ご自身で修正されていく。この方は、本当に国会議員なのかと我が目を疑った。それも、そのはずである。茂木さんは、議員になられる前は、マッキンゼーの辣腕コンサルタントだったのだ。なにしろ、ハーバード大学から帰ってきて、マッキンゼーで最初に手掛けた仕事はNTT分割だったというのだから恐れ入る。このように実務に長けた方が、日本の産業政策の基本を立案する経済産業省のTOPに就任されるのは、大変、心強いことである。

民主党政権において、規制制度改革、特にエネルギー、廃棄物処理の分野で、お手伝いをさせて頂いたことは、私にとって環境・エネルギー問題における多くの知見を手に入れる機会を頂いた。今度の政権交代で、今後、どのような貢献が出来るか、まだわからないが、少しでも、日本再生のためになるのであれば、ぜひ、その一端を担わせて頂きたいと願っている。

188 総選挙が終わり、もう一度電力問題を考える

2012年12月17日 月曜日

脱原発、原発即時ゼロを掲げた衆議院総選挙が終わり、自民党の地滑り的な圧倒的な勝利に終わった。これは勝利と言うよりも、もはや政治に期待できなくなった人々が投票に不参加を決めたことが大きな要因かも知れない。いずれにしても、国の重要な政策を決める方々は、物事の原理原則を良く理解されたうえで、実行可能な政策を立案して頂きたいものである。そうしないと国民は、全員が不幸になる。今年の高校生の就職率は全国平均で60%、沖縄に至っては、何と27%である。産業政策は雇用政策に繋がり、中でも電力政策は、産業政策の根幹である。総選挙が終わった今、もう一度、電力問題について冷静に考えてみたい。

日本の1日の総発電需要は1億KW。1年は24H×365日=8760Hだから、年間では、ほぼ合計1兆KWH必要となる。東日本大震災前に、9電力会社の供給能力はトータルで2兆KWHあった。電力の安定供給を行うには稼働率を50%程度で運転する必要がある。そうしないと周波数、電圧を負荷変動に対応して安定に保つことが出来ない。大震災の後、総電力供給能力の30%を占めると言われた原子力発電所が全て稼働停止した時も、何も起こらなかったのは、エネルギー消費効率やCO2排出量の問題で、これまで休止していた老朽火力まで全てを動かしたからだ。

だから「原発を停止しても、別に何も起こらなかったじゃあないか」というのは正しい理解ではない。いつ停止してもおかしくない老朽設備で、大量のCO2を排出し、おまけにスポットで高い価格の化石燃料を購入しなくてはならないからだ。日本はLNGに関しては長期契約では1バレル$12で購入している。しかし、日本の全ての原発が停止し、再開の目途が立たなくなった時に、日本向け緊急輸出されるLNGのスポット価格は$49まで跳ね上がった。世界のエネルギー市場は、大震災で原発事故を起こした日本を助けてやろうなどという思いやりなど全くない。困っている日本の足元を見て、目一杯、価格を釣り上げてくる。

その後、関西電力の大飯原発が再稼働したことだけで、日本向けLNGのスポット価格は$14にまで下がった。原子力発電への依存度をどうするかと言う議論はあっても良いが、「脱原発、原発ゼロ」と宣言したとたんに、国際エネルギー市場はLNGや石油などの日本向輸出価格に対して圧力をかけてくる。つまり、「日本は原発というオプションを捨てていない」というスタンスだけで、化石燃料の価格交渉は大きく違ってくる。こうした経済議論を無視して、原発を代替する安定なエネルギーが見つからない状況で、安易に「脱原発」など世界に対して軽々しく言わない方が良い。

さて、電力には24時間安定供給出来る「ベース電源」と、不安定な「ミドル電源」に大別される。「ベース電源」とは、1年間に8760H、安定に供給できる電源を指し、原子力、火力、水力、地熱、バイオマス発電のことを言う。これに対して、年間8760H、安定供給が期待できない太陽光、風力発電を「ミドル電源」という。ミドル電源は、良質の設置環境で年間2000Hから3000H供給されると期待されるが、それでも最大発電能力が定常的に出力されるとは限らない。

例えば、北海道電力の最大電力供給能力は596万KWで、風力発電能力は日本の9電力会社の中で最大規模を誇り60万KWもある。しかし、北海道電力は、この風力発電量60万KWを総発電能力596万KWの中に含めていない。考えてみれば、当然である。「今日は風が吹かないから、電気は使えない。」あるいは、「今日は風が吹かないから停電するかも知れない。」と電力会社は需要家には絶対に言えない。つまり、風力発電は安定供給電源として計算には入れられないのだ。寒冷地である北海道では、屋外の灯油タンクから屋内の石油ストーブまで、電気モーターで灯油を供給している。万が一、停電になると石油ストーブまで止まってしまい凍死する恐れさえある。

それでは、どうするか?であるが、電力はメリットオーダーと言って、最も安価な原子力のような電源をベース電源として使い、需要が増えてくるに従い、高価な火力を稼働させていくシステムである。価格の問題はさておいて、風が吹きだして風力発電設備が動き始めると、電力システムとしては、その分だけベース電源を落とす。つまり、風力発電分だけ見かけ上、電力需要が減ったと見なすわけだ。太陽光発電や風力発電は、安定的な発電設備としては頼りにできないので、ネガワット設備としてしかみなせない。つまり、太陽光、風力発電設備の発電能力と同じ規模の電源を常に別な形で保有していないとダメだということになる。

ドイツやスペインが太陽光発電の先進国と言われてきたが、ドイツでは、今、その政策を大きく見直そうとしている。スペインに至っては、もはや高価な太陽光発電の補填をする財政的余裕は全くない。もともと、ドイツの太陽光発電政策のきっかけは、東西ドイツ間の所得移転政策にあった。ベルリンの壁以降も、なかなか経済発展が進展しない東ドイツの余剰スペースに太陽光発電設備を建設して高い価格で買い取り、その電力を西ドイツに高い価格で買わせることによって東ドイツから西ドイツへ所得移転が行われると考えたわけだ。

さらに、東ドイツのドレスデンにはソ連経済圏の半導体需要を一手に担う巨大な半導体工場があった。しかし、これとても設備が旧式で世界市場に向けてとても使えるものではないとして、この設備を太陽光発電パネル製造設備に転用することを考えた。ドイツ政府は、太陽光発電パネルをドイツ国内で製造し、ドイツ国内で設置すれば、国内で大きな市場が起きると考えた。この政策で、Qセルという太陽光発電パネル製造企業が急成長し、これまで世界一だった日本のシャープを一気に追い抜いて世界一になった。

太陽光発電をめぐるドイツの産業政策成功物語は、その後、長くは続かなかった。中国の国営企業サンテックが採算を度外視した安値で、世界の太陽光発電パネル市場に乗り出すと、Qセルは急速に市場競争力を失った。ドイツ国内でもサンテックのシェアは50%を越し、さらに買取価格に対するドイツ政府の補填も財政的理由で続行できなくなってきた。あの華麗なる発展を遂げたQセルも、一度、倒産し、今、再建途上にある。日本の高額の太陽光発電買取制度でも、一番元気なのは裕福な投資家のようで、その結果、貧しい庶民が高い電気を買わされるのであれば、それは逆進性の政策とも言える。ドイツやスペインの太陽光発電バブルは、その後の実態をよく観察した方が良い。

さて、後ろ向きのことばかり言っていても始まらないので、どうすれば良いかという前向きの議論をしたい。まず第一は、節電である。それも総需要を減らすことよりもピーク対応をする方が遥かに効果がある。要は、午後1時から4時までのピークの電力を如何に減らすかというのが一番効果がある。日本は、かつて家電製造大国だった。そして、今、このなかで電力を食う白物家電が、どんどんデジタル化している。この家電にピーク対応処理を入れるだけで、家庭の消費電力は大きく減らせる。例えば、冷蔵庫。冷蔵庫の中の蓄冷材を電気の安い時間帯に目一杯冷やす。そして、午後1時から4時までは蓄冷材からの送風で冷蔵庫内を冷やすようにすればよい。こういうことは、もう既に、コカコーラ社の自動販売機で行われている。コカコーラはグリーン志向のCSRでも世界一だ。

第二は、やはり再生エネルギーへの投資である。それも、ベース電源となる、地熱、小水力、バイオマスへの投資をもっと行うべきである。太陽光や風力を否定するわけではないが、電力供給の基本はやはりベース電源である。そして、原子力発電と言うオプションを失ってはならない。原子力発電は、確かに恐ろしい。しかし、この日本には既に使用済み核燃料が大量に、しかも中途半端な状態で保管されている。今の、原発を全て稼働停止しても、それだけで安全は担保されない。私たちは、この原発と、もっと正面から向き合わざるを得ない。

チェルノブイリの原子炉爆発は、1000キロ以上離れた南ドイツや、2000キロも離れた、英国北部のスコットランドにも深刻な汚染をもたらした。仮に、日本での原発が全て停止しても、中国や朝鮮半島で原発がなくなるわけではない。むしろ、今後、数百基の原発が建設されると考えた方が良い。地球は、ボーダーレスである。万が一。中国大陸や朝鮮半島で原発事故が起きれば、汚染された大気は強い偏西風に乗って日本列島の隅々にまで運ばれる。私たちは、原発から避けるよりも、こうした隣国の原発の安全性に積極的に関わる方が、遥かに前向きである。

第三は、化石燃料発電時におけるコジェネレーションである。日本では、発電の話を真剣にするわりには熱利用については余り関心がない。化石燃料は、まだ当分の間使わざるを得ない。であれば、そこで発生する熱の利用をもっと真剣に考える必要がある。

最後の第四番目は、電力の国際連携インフラの整備である。中国は少し遠いが、韓国との間ではリアリティがある。釜山と北九州を直流送電で結べばよい。韓国は特殊な電力政策を行っていると言われているが、それにしても安い。日本の3分の一である。仮に、韓国での電力料金の1.5倍、あるいは2倍で買っても日本の電気代より安いのだから、これはメリットがある。また、韓国で万が一、大事故が起きて停電の恐れが生じた時に、日本から電力を融通することだって考えられるのだから、韓国側もメリットがあると思われる。同じような考え方として、ロシアとの間でも電力の相互融通が考えられる。例えば、北方領土に共同で原発を建設するという案もあるかも知れない。

いずれにしても、日本国内の雇用を守るために電力を含むエネルギー政策は、産業政策の要である。このためには、我々は、あらゆるオプションを排除しないで幅広く考えていく必要がある。自分の地域だけ、日本だけのことを考えていても正しい解に結びつくことはない。

187  米国大統領選挙後、日本はどう変わるべきか?

2012年12月14日 金曜日

2012年米国大統領選挙は接戦の末、ロムニー氏の敵失とハリケーンSandyにも助けられてオバマ大統領が再選された。だから、この命題について言えば、「何も変わらない」ということになるが、ロムニー氏が当選しても同じように何も変わらないという結論を私は導き出しただろう。

それにしても、今回は稀に見る大接戦だった。もし、フロリダ、オハイオ、バージニアの3州をロムニー候補が勝ち取っていたら、新しい大統領はロムニー氏だった。フロリダ州でオバマ大統領への投票数がロムニー氏のそれを上回ったのは、たったの0.9%、オハイオ州では1.5%にしか過ぎない。ウオール街では、投票前からロムニー氏勝利を決めつけて、富裕層への減税継続と財政支出減額の見送りを織り込んだ株価をつけていた。オバマ大統領勝利のニュースで株価が暴落したのは、オバマ大統領の経済政策に失望したからではなく、既にロムニー勝利と見て織り込んだ株高の修正に過ぎない。

さて、それでも米国の政策は何ら変わらないという理由は、大統領制をとっている米国は日本と違って、行政府の各省の長官を真のプロフェッショナルから選出できるということと、政策立案に関しては、膨大な数の優秀な研究者を抱えるシンクタンクが関わっているからに他ならない。日本のように議員出身の素人の大臣が唐突な思いつきで出してくるような奇策・愚策は出て来ない。つまり大統領には誰がなっても国策が大きくぶれることがないのだ。だから、実際、戦後、米国は、大統領が誰になろうと、極めて安定した経済成長を続けてきた。

ロムニー氏が「オバマ大統領は市民運動家上がりで、経済の専門家ではない」と批判していたが、実際はオバマ大統領在任中の4年間で、S&P500株価指数(*)で見ても倍近くに上昇しており、経済運営においてオバマ大統領の大きな失策は見られない。一方、市民運動家出身として貧困層が期待していたオバマ大統領の貧困対策や格差是正政策については大きな成果が上がっていない。

それは、今度の選挙でも見られるように、大統領選挙には巨額の資金が必要であり、それをスーパーPACと呼ばれる富裕層からの青天井の献金制度が支えていることと関連している。結局、米国の政治は、選挙が終われば、ワシントン在住の既得権者が支えるロビイストの影響から大統領も議員たちも逃れることはできないのだ。だから、民主党やオバマ大統領も、貧困層の期待には、これまでも応えられてこなかった。

それらが、オバマ大統領が再選されても、ロムニー氏がオバマ大統領を破っても、基本的に米国の政治は大きく変わらないという理由である。しかし、唯一の超大国である米国も世界情勢の変化に対しては、やはり対応せざるを得ない。それも、民主党であろうと共和党であろうと、その対応の基本方針は、おそらく大きくは変わらない。

米国で生活している人々が世界をどう見ているかを推し量る良い言葉がある。日本で言う「国内」と「海外」という区別を、米国では「World」と「Rest of World」と言い分ける。つまり、米国=「世界」であり、米国以外は、「その他の世界」であり、米国政府の最優先政策は国内政策であって、外交政策は、あくまで米国の国益を守るための二次的な政策に他ならない。

特に、米国は、ソ連邦の崩壊以降、国家の存続を脅かすイデオロギー的な対立軸を意識する必要がなくなった。9.11以降に、イデオロギー問題に替わって台頭してきたのは、対テロリスト向けの安全保障政策である。この点に関して、米国は、チェチェンを抱えるロシアや、チベットやウイグルを抱える中国とは、対立と言うよりは、むしろ課題を共有する「同盟国」とも言える。

そして、国土の保全という以外の、米国の安全保障政策の基本はエネルギー政策にある。米国エネルギー省は、核兵器の開発まで関与していることから見ても、米国が、いかにエネルギーを安全保障政策の基本に置いているかがわかる。だから、米国は軍事リソースの殆どを世界の石油の宝庫である中東に置いてきた。

そして、米国を悩ます最大の問題が財政収支の赤字と経常収支の赤字という双子の赤字である。日本のように、経常収支が黒字のうちは、財政収支が赤字でも、まだ問題は深刻ではない。こうした米国の貿易赤字も、エネルギーが絡んでいる。かつての米国は、食糧輸出と石油輸入が拮抗してバランスが保たれていた。ところが、中国の旺盛なエネルギー需要により石油価格が高騰し、そのバランスが崩れた。アメリカは食糧も石油と同様に価格を上げるべく、バイオエネルギー政策を推進したが、そのコスト高が災いし、うまくいっていない。

こうしたジレンマに加えて、もっと深刻な問題は雇用の問題、即ち高止まりした失業率である。このためにオバマ大統領は5年間で輸出を倍増すべく、米国製造業の復活戦略を立案した。これら米国が抱える諸問題、過度に中東に依存したエネルギー問題、貿易収支の巨額の赤字問題、雇用拡大を狙った製造業の強化および輸出の拡大という課題が、一挙に解決しそうな状況が出てきている。

それは、シェールガス、シェール石油であり、米国にとってはかけがえのない強烈な追い風が吹いてきたからである。上記アメリカが抱える、全ての課題が一気に解決しそうな雰囲気だ。そうした時に、「米国の外交政策はどう変わって、それが日本にどう影響を与えるか」を考えてみたい。少なくとも、自国の資源で最低100年は賄える国となった米国は、今後、中東から軍事面で手を引くことだろう。そして、中東のシーレーンをアメリカに代わって守るのは、相変わらず中東にエネルギー資源を大きく依存する中国になる。こうした状況は、中東の石油・ガスに大きく依存している日本にとっては、きわめて深刻な問題となる。

そして、アメリカの製造業復活、輸出拡大施策は、アメリカの雇用拡大という、当面の最も重要な課題を解決する施策である。シェールガス革命はアメリカの生産コストを大幅に引き下げる。その競争力を武器に世界市場に打って出ようとするアメリカにとって、その施策を阻む最も大きな存在は、中国の国営企業だとアメリカは考えている。バランスシートを公開せず、損益度外視で世界市場を荒らし回る中国国営企業は、アメリカにとっては絶対に許せない存在に違いない。

将来、中国とアメリカ、日本、韓国、豪州、ASEANを含む、環太平洋FTAであるFTAAPは、アメリカ主導のフェアで公正な商習慣で行われるべきだと、アメリカは考えている。そして、アメリカにとって、その前哨戦がTPPである。アメリカは、FTAAPはTPPをベースに構築したいと考え、その貿易協定の主要なパートナーとして日本を考えている。しかし、日本の現政権は、そうしたアメリカの意図が読めず、国内問題を障壁としてTPP参加を未だに表明できていない。

沖縄問題も同様である。アメリカの国益から見て、沖縄問題を考えると、アメリカは中国のミサイルの射程距離に入った沖縄から、軍の大半をグアムまで引きたいと思っている。中国と沖縄の距離はあまりに近く、ミサイル防衛システムもうまく動作しない恐れがある。そんな危険な場所に、司令部や将校を置いていくわけにはいかないのだろう。そのために、前線である沖縄と司令部を置くグアムとの間をヘリコプターより高速で移動できるオスプレイは絶対に必要な存在である。オスプレイは、将来、沖縄からグアムまで対中国防衛線を後退させるための高速輸送手段として、アメリカは極めて重要だと考えている。

我々日本が、アメリカが日本のために何をしてくれるかと期待することには所詮無理がある。アメリカは当然のこととして、全ての外交政策はアメリカの国益を第一義に考えて立案する。だから、日本は、アメリカはアメリカの国益のためだけに行動するという大前提を置き、そのアメリカの外交政策の中で、日本の国益と一致すべき点を見い出して、共に遂行していくしか道はないと思った方が良いだろう。

大統領が変わっても、アメリカの政策の基本は何も変わらない。変わるべきは、アメリカに過度に期待する日本のアメリカ依存体質である。アメリカに日本への協力を期待するなら、アメリカの国益に協力をする覚悟が日本の側に必要である。例えば、その一番身近な例がTPPだと思ったら間違いない。

オバマ大統領は、もはや、次の選挙を気にすることなく、今後の4年間を自らの信念に基づき政策遂行ができるようになった。そして、来年1月から始まる新政権では、国務長官、財務長官、国防長官の3閣僚が変わるだろう。これらのスタッフで取り組むアメリカの最重要テーマは財政再建になる。新財務長官も、欧州の経済問題より、まずは国内問題に専念することになるだろう。

新たな国務長官によって行われるアメリカの外交政策は、国防政策とも密接に絡んでくる。アメリカはもはや財政上の制約により、アフガニスタンから撤退した後は武力による他国への介入、干渉をする力はないし、オバマ大統領も全くその気はない。そうした状況の中で、アメリカがこれから重要視していく外交政策としてはミニラテラリズム(minilateralism)が挙げられる。ミニラテラリズムとは、バイでもマルチでもなく、同じ利害を持った少数メンバーによる政策対話である。特に、アジアにおけるミニラテラルの同伴者として日本に期待する思い入れは極めて大きい。

まずは、日米韓、次に日米インドである。さらには、日本と親密な関係にあるカザフスタン、ウズベキスタンを中心とした中央アジア。また、オバマ大統領が選挙後に直ぐ訪問するカンボジア、タイ、ミャンマー、インドネシアとの関係においても、日本を含めたミニラテラル会話ができれば良いとアメリカは望んでいる。

もちろん、こうした一連の会合は中国封じ込めを意識したものでは全くない。アメリカは先日2週間訪米した習近平新総書記には、深い親近感を持つに至ったし、英語に堪能な李克強氏とは、オバマ大統領との2人だけの直接対話の可能性にも大きな期待を持っている。

こうしたアメリカの日本に対する期待とは裏腹に、ワシントンの日本に対する最大の懸念は、日本の政治の不確実性である。日本がどういう方針を選択するかは日本国民の自由だが、政権交代の度に基本的な方針がコロコロ変わるのがアメリカとしては一番困る。そして、アメリカとしては、日米関係において、重要なアジェンダをワシントンから東京へという一方通行ではなくて、東京からワシントンへも持って来るバイラテラリズムが基本であって欲しいと考えている。今年中に新たに発足する日本の新政権に、ゆっくり熟考している暇はない。

出展:http://jp.fujitsu.com/group/fri/column/opinion/201212/2012-12-3.html