2012年2月 のアーカイブ

117 1年ぶりの青森

2012年2月19日 日曜日

先週金曜日、2月17日青森のユーザ会で講演を行った。私としては、どんなことがあっても行かねばならぬ大事な講演会であった。なぜなら、1年前の3月11日午後2時46分、あの忌まわしい大震災で、講演を半分ほど終えたところで中止せざるを得なかったからだ。あの日、あの時から、私は残りの人生の生き方を変えた。

あの日3月11日の前の週は佐賀県内のお客様をお招きして講演をさせて頂いた。九州は、その翌週、3月12日に九州新幹線が博多から鹿児島まで開通することで沸き立っていた。東京から朝8時12分のはやぶさ1号で青森に向かった私は、明日の3月12日は、いよいよ青森から鹿児島まで新幹線が通じることになるのだと特別感慨深い思いでいた。午後2時10分から1時間を頂いて講演を始めた私は、初めて、はやぶさに乗ったせいか、いつもよりだいぶ上気して、少し興奮気味で話しをしていた。私は悪い癖で、興奮して話し始めると息を吐くことばかりで吸うことを忘れて酸欠状態になる。そうなると軽い眩暈がしてくるので、その時は、話のペースを落として不足した酸素を補ってきた。

ところが、今回は、ちょうど講演を半分終えた2時46分に、激しい眩暈に襲われた。そして眩暈の程度が、いつもと違うので、今日の講演はこれ以上続行不可能だと思った。その直後である。ドーンと今まで経験したことのない揺れで最早立ってもいられなくなるほどだった。これは眩暈ではない、地震だ!と理解出来るまでに少し時間が必要だった。「皆さん、ホテルの外に出ましょう!」と言って、自も階段を駆け下りて雪の舞う表通りに出るのがやっとだった。

当然、翌日に予約していた新幹線に乗ることも不可能で、その晩、宿泊する予定だった浅虫温泉椿館にも泊まれなくなってしまった。それでも青森支店長の機転で、三沢発羽田行きの飛行機の最後の1席を翌々日の13日(日曜日)に確保、何とか横浜の自宅にたどり着くことが出来た。

それから4日後の3月17日、私が主宰させて頂いている経団連の産業政策部会が開催された。この日は、この部会のメンバー皆で1年間議論を重ねてきた政府への政策提言を最終的に取りまとめる日であった。いつも参加して頂き、貴重なご意見を発信しておられた東京電力の西沢常務(当時常務:現社長)は、さすがに、ご欠席だったが、西沢さん以外のメンバーは殆ど全員が集まっていた。

そこでの結論は極めて速かった。3月11日以降で日本は大きく変わらざるを得ない。残念だが、これまで1年間議論を重ねて作ってきた政策提言は全て廃棄せざるを得ない。そして部会メンバー全ての個社戦略も大きく見直さざるを得ないだろう。これから、それぞれの会社に戻り戦略を一から練り直そう。半年後に再度、皆で集まって、新たな個社の戦略を披露しあってゼロから政策提言を作り直そうという結論にまとまったのだ。

そのとおり、昨年10月から毎月3社ずつ、ゼロから練り直した個社戦略を披露し、皆で、質疑を重ねてきて、それは今も続いている。皮肉にも、あの大震災以前より遥かに真剣な議論が出来るようになった。何十年間も築き上げてきた経営の指針を失った、各社のメンバーは、少しでも他社から学ぼうと質疑応答のやりとりも必死なのだ。

そして、今や我々が経営戦略を立案する上で考慮に入れなければならないのは、もはや東日本大震災だけではなくなった。タイの洪水、欧州のソブリン危機から、中国経済の軟化まで、世界中の劇的な変化までもが、議論の対象に入ってくるからだ。それらを含めた結果だとは思われるが、これまで日本の経済を牽引してきたTVやゲーム機など消費者市場の猛者が、今や巨額の赤字で苦しんでいる。

当然のことながら、今回の青森での講演は前回とはうって変って、こうした時代背景を考慮に入れた日本再生のための議論を起こすために、少しでも貢献できればという思いで纏めた講演にしたつもりである。経団連産業政策部会でお話を伺った15社ほどの戦略も講演ストーリーの参考にさせて頂いている。また、自社が被災地で始めた数々のクラウド型救援システムについても触れざるを得ない。全てが崩壊した被災地で、私たちが立ち上げたクラウドシステムは、今まで我々が経験したこともないほどに強力な武器としての威力を見せたからだ。こうした我々の実体験についても、ご紹介をさせて頂いている。クラウドシステムは被災地だけでなく日本全体をも再生させることに役立つかも知れないとの思いでいるからだ。

そして、昨年の同じ午後2時10分から始まった講演は予定どおり、3時10分には終了し、昨年行けなかった豪雪に埋もれた浅虫温泉にも行けた。こうした講演を、今週は被災地の仙台で、来週は同じく被災地の福島でも行う予定である。仙台の講演が終了した翌日は、これまで行っていない、岩手県の被災地、陸前高田、大船渡、釜石、大槌を巡回するつもりでいる。これまで定期的に何度も訪れていた、私の母方の祖母の出身地である石巻は次回の訪問時に行くことにした。

そして、今月末、福島での講演が終わると、いよいよ、あの3月11日が再びやってくる。これから何年も、何十年も、命ある限り、この大震災の復興に向けて、被災地各地を何度も何度も回るつもりである。、そう、あの3月11日から、そういう生き方をするのだと心に決めたのだから。

116 恐るべしSNSのパワー

2012年2月13日 月曜日

先週の土曜日に母校である平塚江南高校で講演をさせて頂いた。 演題は「大震災後の日本再生」という大それたテーマであった。 私の同級生で同窓会の広報委員を永年務めておられる方から、 「このたび卒業生を招いて生徒と父兄向けに講演会を開くことに した。その第一回をお願いしたい」と依頼されたので二つ返事で お引き受けした。

講演は、昨年も年間50回近くしたし、今月だけでも8回になる。 こういうことで、世話になった母校に恩返しが出来るならと思い 喜んで引き受けた次第である。何しろ、卒業生を招いて生徒に講 演会を開くのが最初の試みだというので不測の事態に備えて秘書 にも同行してもらった。案の定、不測の事態は起きた。もし秘書 が行かなかったら予定の時間に講演はスタートしなかっただろう。 まあ、そんなことは想定内のことで大したことではない。

さて、驚いたのは講演時間が近づいて、いよいよ始めようとした 時になってからである。100人ほど入る視聴覚教室は、約半分 が生徒とその父兄と思しき人で埋まったが、あと半分が、私の高 校時代の恩師、同級生達、そして、地元平塚市役所の防災担当の 課長さんや、そのスタッフ、そして地元のNPOの方々であった。

もちろん、この方々を、このたびの講演会を開いた同窓会広報担当 幹事が、直接、お招きしたわけではないらしい。この方々は、 私が数日前からTwitterやFacebookで呟いていた予告をご覧になって 、わざわざ休日の土曜日に聴きにこられた次第である。そして、 殆どの方が、単に、私の呟きだけでなく、TwitterやFacebookから 引用できるブログである、この「千秋日記」をご覧になっている。

平塚市防災担当課長さんが、わざわざ、お越しになられたのも、 私がブログの中で、平塚市の津波防災体制に感動した文章を載せた からであった。私は、今回の平塚市の津波防災体制構築はパンドラの 箱を開けた大変重要な政策だったと評価している。この東日本大震災で 仙台平野から九十九里浜までの穏やかな海岸線で起きた津波被害は、 リアス式海岸と言う特殊な地形だけでなく、日本中の普通の海岸で、 どこでも大災害が起きることを警告した。平塚市は、いち早く、 その点に喚起され市の防災体制構築をスタートしたのである。 一体、どんな奴が、こんなブログを書いたのかと一目ご覧になりた かったのかも知れない。

ブログを書き始めてから驚かされることが度々ある。私が想定も していない方々からお声をかけて頂くからだ。先日も、羽田国際空港 で中国行きの便を待っていたら、富士通の社外取締役も勤められて おられる慶応大学法学部長 国分良成先生から、「伊東さんのブログ 、いつも読んでますよ。お礼に私の著作を差し上げましょう。」と 最近の中国関連の著作を頂いた。国分先生は日本における中国研究 者として第一級の地位を確立された方である。そんな大先生から、 「読んでます」と言われたので私は思わず舞い上がってしまった。

そのほか、あちこちで意外な方から、「読んでます」と言われると、 また書かなくてはと、勇気づけられるものである。時々、これを本に したらと薦められることがある。しかし、こうしたブログの方が、 遥かに多くの方々に読んで頂けるので私としては、今後もブログで 続けるつもりである。今や、世の中は大きく変わったのだ。多くの 方々が、TwitterやFacebook、そして、そこから引用されるブログを 読むのに忙しくて書籍をゆっくり読む時間がない。できるだけ多くの 方にお読み頂くには、本よりブログの方が良い。

さて講演が終わって、ある方から声をかけられた。実は、講演の中で、 当社の野中郁次郎理事長が大ファンであり、その著書「フェラーリ と鉄瓶」で有名な奥山清行さんを紹介したのだった。その方は、 「私、奥山と山形東高校で同級でした」と言われて名刺を出された ので見ると、渡辺伸也さんという、母校、平塚江南高校の英語の先生であった。何と奇遇 なことに平塚江南高校の先生に山形東高校の卒業生がいたのだ。 実は、私の妻も山形東高校の卒業で、同級生に、文部科学省次官か ら山形大学学長になられた結城先生がいる。だから、山形東高校の 名を聞くと、何とも懐かしい思いがして嬉しかった。

こうして、TwitterやFacebookの恐るべきパワーを実感して帰宅し、 改めてTwitterを覗いて見ると、高校でお会いした渡辺伸也先生から 「今日はありがとうございました。」とお礼の言葉がTwitterで 送られてきている。なんと、この渡辺先生も私のTwitterのフォロ ワーでおられたのだ。私は、この渡辺先生を全く存じあげなかった ので、そのプロフィールを見させて頂いたのだが、それを見て、 またひっくり返りそうになるほどに驚いた。渡辺伸也先生は、あの 有名なローレンス・J・ピーター, レイモンド・ハルの共著である 「ピーターの法則」の翻訳者だったのだ。これは凄いことだ!

私のTwitterのフォロワーは約600人、Facebookの購読者は 大体3,000人、ブログ「千秋日記」の読者数は全くわからない が、要は人数の多寡ではない。どうやら、とんでもなく立派な方々 に読まれているらしい。そして、TwitterやFacebookといった SNSは、実際にお会いした時に、初対面とは思えない親近感を覚える。 また、今回のように、お会いした後に、今日お会いした方は、こう いう方だったのかと、改めて余韻を残す、次に繋がる、お付き合い が出来る。凄い!このたびの母校の講演会で、恐るべきSNSのパ ワーを私は実感することが出来た。

115   山寨文化が引き起こす産業革命

2012年2月6日 月曜日

日本の最優秀グローバル企業の代名詞でもあった、パナソニック、SONY、シャープが 軒並み巨額の赤字決算を発表した。家電からインフラ事業中心の企業へと転身を図った日立も、 つい少し前に同じ悪夢で苦しんでいた。日立の幸運はTV事業では、日本でも世界でもNo1クラス の企業ではなかったことだろう。だから容易に撤退が決断できた。しかし、この3社にとって のTV事業は、これまで輝かしい歴史を築いてきたコア事業であり、簡単に諦めるわけには いかなかったのだろう。

私は、今から20年ほど前に、TVとPCの融合を図ることに懸命になっていた。当時から、 TVは家庭の中でセンターに置かれる大事な機器であり、なかなか普及しなかったPCを 家庭の中に当たり前に存在させるには、TVとの融合が必須と思われたからである。そのために 当時、世界のTOPを走っていた、パナソニック、SONY、シャープの技術者の方々との交流を 深めて、少しずつTV技術の神髄を学び取っていった。

その中で、TVというのは、家庭に当たり前に存在して、皆が普通に視ている機器でありながら、 その中には、物凄い高度なテクノロジーが集積されていることを知った。しかも、「色」の加工 や再現に使われている技術には高度な感性が必要で、永年、このTV業界に関わっている人でな いと簡単に扱うことが出来ないことも知った。だから、部下の技術者には、いつも、「TVをPC の中に簡単に取り込めると思ったら大間違いだ。こころして掛かれ。誇大な宣伝など絶対にする な。」と言ってきたのだった。

ところが、ある時期から、TV担当のPC技術者から「TV専門メーカーに比べて、全く 遜色がありません。むしろ良いくらいですよ」と言ってきた。確かに、素晴らしい。何で 、そんなことが出来たかと言えば、たった1個のICチップである。チューナーから色再現 回路まで、これまで日本のTV業界で培われてきた技術が、そのチップの中に集大成してい るのである。逆に言えば、そのチップを使えば、誰でも世界で一流の画像品質を持ったTV が簡単に作れてしまうのだ。

技術は人によって支えられているので、人が移動すれば、技術も移動する。特にデジタル時代に なってからは、高度なアナログ回路さえもが不要になった。全ての機能がマイクロプロセッサと 内蔵されたソフトウエアで実現されているので、品質のブレがなく、どの製品でも均一に性能が 発揮されてしまうのだ。こうなると、日本が得意だった品質管理技術など全く不要となる。 誰でも簡単に同じものができるのだ。

そういう時代背景の中で、もっと過激なことが起きている。全世界で爆発的に普及する「山寨携 帯」を作り出した「山寨文化」である。この「山寨文化」が、大きな産業革命を起こすと説く本 がある。阿甘著「中国モノマネ工場: Copycatting」である。今日は、この本が指摘する、山寨 文化が起こす産業革命について、ご紹介を兼ねて書いてみた。ぜひ、一緒に考えてみよう。

もともと中国は「著作権」に対する意識が、欧米先進国とは異なる文化を持っている。この本で も述べているが、古代中国が行った4大発明(羅針盤、紙、火薬、印刷技術)がなければ、世界 の文明は、ここまで発達しなかったという論理である。そうした発明が、世界中で模倣されたか らこそ、人類の文明がどんどん発達したと中国は主張するのである。

マイクロソフトが世界で唯一赤字の国が中国で、最近ではインドネシアでの売上が中国の売上を 抜いたという。アメリカがTPPの中で最も重要視するのが著作権であると報じられているが、 マイクロソフトを始めとする米国企業の苛立ちを反映したものであろう。ところが、最近、基礎 科学分野での中国人研究者の優秀論文が増えてきており、将来、中国自身が自分が開発した技術 の著作権をどう守るかという問題が深刻となる時代も、そう遠くないという気がするのだが、 今の中国では、そんな懸念は、どこからも上がって来ない。むしろ、そうした著作権に関して拘ら ない国だからこそ、こうした山寨文化を一層大きく盛り上げて来たのかも知れない。

さて、山寨携帯とは、中国の深圳で作られる携帯電話で、当初は、NOKIAやサムソン、アッ プルといった世界の主要携帯電話会社の製品の模倣品のことを言ったが、最近は、独自の仕様で、 それらを上回るような機能・性能を持ったものも出始めている。そして、この山寨携帯を作って いるメーカというのが特定できないのだ。何千社もあると言われているから、各社とも1機種 だけ作っていても、山寨携帯としては何千機種もあることになる。つまり、山寨携帯はゲリラ 的な企業で作られている。そして、中国政府自身も、この山寨携帯には手を焼いていて、もはや 、その取締りすらも諦めている節もある。

中国の世界的な通信機器ベンダーである華為や中興も、携帯電話市場に参入したが、いずれも 、この山寨携帯に敗れて撤退をしている。山寨携帯は中国政府の幹部がテコ入れしていた国営 企業までも、その息の根を止めているのだ。中国政府は、この山寨携帯を排除するために、これ まで各種規制を強化してきた。結局、この規制は大手国営企業のオーバーヘッドを、さらに重たいものに するだけで、もともと、法律や規制など全く無視してきた山寨携帯企業にとっては、何の障害に もならなかったのである。

それでは、なぜ、数人の零細企業が、世界の一流メーカーを相手にして模倣製品が出来るのかで ある。その秘密は、たった一つのICチップにある。そのチップは台湾のファブレス半導体メー カーであるメディアテックが開発し、携帯電話に関する世界最先端の機能を全て盛り込んである。 製造は、世界最大で世界最高技術を持っている台湾の半導体製造メーカーであるTSMC が製造しているので、品質的にも全く問題ない。そして、この深圳には、何万と言う電子部品メ ーカーがあり、NOKIA、サムソン、Appleの携帯電話に使われている部品は、どこでも 直ぐに手に入るし、また、どんなに大量にも作らせることが出来る。

だから、山寨携帯の価格は、本物の10分の1近い。一方、携帯電話のキャリアから見れば、 SIMカードが本物で、通話料さえきちんと払ってもらえれば、そのSIMカードが挿入されて いる携帯電話が本物であろうと模造品の偽物であろうと全く関係がない。さらに、この山寨携帯は 、中国の大手ベンダーをやっつけただけでなく、アジア、アフリカ市場にも、どんどん輸出され ている。何しろ、山寨携帯は、最初から保守や修理などする気がないし、そんな保障のことなど 全く考えていないから、世界中、どこにでも売れる。もちろん、買う方も安ければ、壊れたって、 また次のを買えば良いと思っているので保守体制なんて気にしない。要は、この山寨携帯が、ど んどん普及することに対して携帯電話の競合メーカー以外は、世界中、誰も困らないのだ。

英国で始まった産業革命は米国でさらに磨きがかけられた。T型フォードの大量生産体制は、 規模が大きくなればなるほど効率が高まり、世界の製造業は、どんどん集約化されメガトレンド への指向を図り続けていった。しかし、山寨携帯が作り出したビジネスモデルは、大企業である ことのメリットを壊している。既存大企業の巨大な管理部門、研究開発部門、顧客サポート部門、 山寨携帯企業から見れば、全てが自身の競争優位性を高める大企業のオーバーヘッドになる。

iPhoneの模倣品であるHiPhoneは、まさにiPhoneより使い勝手が良いとも言われている。中には SIMカードを2つ実装できて、簡単に携帯通信キャリアを切り替えられる機能もついたHiPhone もあるという。こういうのがあったら、海外出張の時などきっと便利だろう。それでも、Apple は山寨携帯メーカーを訴えるのが困難である。なぜなら、生まれては消え、総数で何千社もある といわれる山寨携帯メーカーの誰を訴えれば良いのか全く見当もつかないからだ。