2011年12月 のアーカイブ

102 最愛の母国を真の法治国家にしたい

2011年12月20日 火曜日

昨日は、北朝鮮の金正日総書記死亡のニュースで世界中が大きく揺れた。 今年、2011年は日本は東日本大震災によって大きな戦略転換を迫られたが、 世界においても、アルカイダの頭領ビンラディンの死去、リビアのカダフ ィ大佐の死去に続いて、金正日総書記が亡くなるなど、大きな歴史の転換点 であった。CNNも、昨日の昼から金総書記死亡関連のニュースしか報じて いない。多くのアメリカの専門家も、金正日総書記から息子の金正恩氏への スムースな政権移行が行われると見ているようだ。もちろん希望的観測なの で、現実がそのようになるかは誰にもわからない。

そんな歴史的な日に、我が富士通総研では、北京大学法学院の賀衛方教授を お招きして講演会を開催した。これまで、中国から経済学者の方々をお招き したことは、数多くあるが、賀先生のように法律学者をお招きして、お話を 聴くことは初めてであった。賀先生は、中国第一の大学である北京大学の教 授であり、もちろん中国共産党員として、母国である中国をこよなく愛して やまない方である。

一方、中国のマイクロブログ「新浪微博」では、30万人のフォロワーを抱え る先進思想家でもあり、中国で初めてノーベル賞を受賞した劉暁波氏が提唱 した「08憲章」の筆頭に署名した、現在の中国政府から見たら超一級の危 険人物である。だから、賀先生のフォロワーになること自体が命がけの覚悟 が必要であり、それでも30万人もいるというのは、とんでもない数字だと思 った方が良い。昨年11月、英国の法律関係の学会に参加しようと北京空港に 行かれた賀先生は、突然、数十人の官憲に包囲されて拘束、出国できなかっ たのだという。中国政府は賀先生が劉暁波氏の代わりにノーベル賞を受領に 行くのではないかと誤解したらしい。

会場の聴衆からも、「どうして先生は逮捕されて監獄に入れられないのです か?」という質問が多くあった。それに対して、賀先生は、「自分が中国の 名門、北京大学の教授であること、30万人のフォロワーを抱えているマイ クロブログ(Twitterのようなもの)の作者であることもあるが、自分自 身は中国という国を、こよなく愛しており、命がけで中国を法治国家にする ために戦っているからだ」という。そして、「中国が現在の繁栄を続けて行 くためには、蔓延する汚職を防ぎ、人権を大事にする法治国家体制が是非と も必要なのだ」と言う。その信念を持っている限り中国政府は自分を簡単に は殺せない。そう、文化大革命の時に、いとも簡単に殺戮された自分の父 親のようには絶対にならないと信じているとも言う。

賀先生は、また、欧米の諸外国が中国は未だに独裁政権であり、法律を無視 する未開の国。汚職が蔓延し、人権が無視されている国と言って非難するが 、そうならざるを得なかった数千年にも及ぶ、中国の長い歴史があることを 理解して欲しいという。つまり、秦の始皇帝以来、現在の共産党一党独裁に至るまで中国は、 ずっと独裁政権だった。一度も、法治国家になったことはなかったのだとい う。日本や、アジアの一部が近代の法律体系を西欧から導入し ている最中に、中国は満州民族による少数民族支配が続いており、多数の 漢民族支配には独裁権力構造しかあり得なかったからだという。

以下、賀先生の講演から私が学んだことを書き連ねてみる。

孫文による辛亥革命で近代化の道を歩むかに見えた中国は、日本との戦争 を経て毛沢東独裁政権を樹立した。この共産党政権樹立時に中国で作成され た法律は憲法と婚姻法の二つしかなかった。つまり、毛沢東が言うことが 法律で、毛沢東の判断が判例だった。当時の中国には6億人近い人口があったが 、毛沢東は、この国民を二種に分類した。95%の良い人と5%の悪い人に である。そして、この人々の間に階級闘争を促し、共産党一党独裁による、 恐怖と苦痛の政治を行った。文化大革命は、その最後の仕上げであり、非 正常な死亡が中国中で数多く起きた。自分の父親も、その一人である。

この文化大革命のときに、中国は法治国家として必須の弁護士職を解体、 検察は警察に統合、裁判所は人民解放軍傘下の軍法会議に吸収した。 これで中国の法治国家としての体系は、その芽を摘まれ、中国が未だに 法治後進国と言われる大きな理由となっている。

その後の鄧小平は、中国の経済発展を促すために、社会主義市場経済を導入 した。これは「政府が市場に介入するな」ということであった。この時に 鄧小平は、「何がやっても良いことで、何はやってはいけないこと」という 議論を避けた。そうした議論は、経済発展を妨げるからだ。「黒い猫でも 白い猫でもネズミを捕る猫は良い猫だ!」という言葉が象徴しているように 経済発展のために、「合法的所有権の推定」という観念が置き去りにされた まま、今日の中国の経済発展に繋がっている。

もともと、中国共産党の理念では、「公有制の理念」が尊重され、私有財産 の保護や正当性を定める「物権法」が存在しなかった。このことが、現在の 汚職による不正蓄財の温床を育てている。永年、私有財産を敵視してきた 共産党の理念が、「物権法」の成立を遅らせ、結果として不正蓄財による 私有財産を蔓延させるに至ったのは、いかにも皮肉である。

中国の問題のもう一つは、法律の運用である。中国憲法71条では、全人代 の元に、特別調査委員会を作り行政の監査を行うことが出来ると書いてある。 私(賀先生)は、上海高速鉄道の悲惨な事故の後に、この特別調査委員会の 設立をマイクロブログ上で提案をした。鉄道省の上部組織である、国務院の 調査では事実が明らかにならないからだ。この時は、China Dailyや北京万報 などメジャーなメディアが自分の意見を大きく取り上げた。しかし、この 特別調査委員会は憲法が発布されてから何十年間の間、一度も開かれたことが なかったのだ。結局、今回も、全人代は何もしなかった。

ある常務委員から「全人代という組織は、何も出来ない組織で、何もやらせ ないために作った組織である」と聞いたことがあるが、本当にそうだった。 それで、全人代と温家宝首相を批判するブログを書いたが、10時間後に削除 された。今、中国は、どんどん高学歴化が進んでいる。法律に則っていない、 政府のやり方には中国人民は多くの不満を持っている。しかし、数千年の 歴史を持つ独裁政治体制は、そう簡単には変えられない。

それでも、昔、皇帝が中国を治めているときは、国が困窮すれば、皇帝の責 任だとして、民衆は、その皇帝を葬り、新しい王朝を設立した。ところが、 現在の中国は全人代のもとで9人の皇帝が居るので、誰のせいで、政治が行 われているのかが全くわからない。ひょっとして、9人以外の、既に引退した皇 帝の影響もあるかも知れないと民衆は疑っている。要は、政策決定プロセス が秘密のベールに包まれているのだ。これでは、中国は将来に向けて持続的 な発展を遂げることは出来ない。自分は、命を賭けて、中国を開かれた法治国 家にしたい。

賀先生は最後の次のような寓話を話された。

「ある時、森の中で竹や木がこすれあって自然に発火し、山火事となった。 そこに住んでいた獣や鳥たちは恐れて逃げまどうばかりで、焼け死ぬ他はな かった。 それを見た一羽のオウムが一大決心をして飛び立ち、泉で翼をぬ らして来ては森の上で羽ばたきをして水を垂らすことを何回となく繰り返した。 山火事は広がる一方で、オウムはヘトヘトになったが、多くの獣や鳥の命を 救おうと決心を固めて努力を続けた。オウムの真心はついに天上界に通じた。 帝釈天はオウムの熱心さに感動して雨を降らせて山火事を消した。自分は、 このオウムである。」

賀先生の通訳の方は、遂に涙ぐんでしまい、暫しの間、訳すことが出来なか った。私も、不甲斐なく、不覚にも、思わず貰い泣きをしてしまった。

101 当たり前のことが議論される国

2011年12月19日 月曜日

「世界の常識は日本の非常識」、逆に言えば、「日本の常識は世界の非常識」と よく言われるが、本当に、つくづくその通りだと思う。毎週日曜日の午前中に 行われているNHKや民報各社のTV討論会。私は、これが始まるとTVを消す 。なぜ当たり前のことが、このように真剣に議論されるのだろうかと思うからだ。

労働人口が減れば、税収が減るのは当たり前。国も地方自治体もお金がない。 借金もこれ以上は増やせない。だから社会保障費を削るか、増税をするしか、 残された道はない。富裕層や大企業に対して増税をすれば、皆、日本から逃げて いくだけだ。既に、もう、日本の富裕層と優良企業は日本からの脱出は完了 しているので、今更、少しくらい増税をしても全く堪えない。

残る道は消費税しかないが、その是非を巡って毎日の激論が不思議でならない。 消費税を上げなければ財政は破たんし、社会保障も破たんするだけ。そして、 社会保障が破たんして困るのは貧困層だけ。富裕層には社会保障など全く不要。 富裕層が、自分に関係ない費目で増税されるくらいなら、日本を出ていこうと いうのは当たり前の話。

友人にマレーシアのペナンで余生を送っている者が何人かいるが、日本での暮 らしと全く変わらないという。日本語は通じるし、日本人の医者も沢山いる。 空気も水も綺麗だし、食料に困ることもない。暖房もいらないし、冷房もそれ ほど必要ではない。既に、日本人コミュニティが出来上がっていて、皆、祖国 を離れた分だけ優しく、団結心も強いという。友人は、決して富裕層ではない が、日本の社会保障制度に頼る必要性を全く感じないという。

だいたい、今、私たちが支払っている消費税は、どれだけ国や地方自治体に 納付されているか甚だ疑問である。韓国のように、共通番号制度で零細業者 からも全て消費税をきちんと徴収すれば、さらに何兆円もの税金が政府に入る。 もともと、消費者から「消費税」の名で頂いたお金を業者がネコババする方が オカシイ話である。税率を10%に上げるのは、その後でもよいかもしれない。

民主党の一部には消費税を上げる前に、「行政のムダを省け」と言うが、全く 当たり前の話である。国も自治体も予算の6割は人件費。ムダを省くというこ とは、すなわち公務員の人数を減らすこと。民間での「合理化」とは「人員 削減」の話。だから、自治労と公労協を支持母体とする民主党がムダを省けるわけが ない。民主党の支持母体の構造から言って大きな政府を志向する方針だというなら 、それはそれで一つの論理である。だったら、大きな政府を志向するための徴税 方法を取るしかない。全く、当たり前の論理である。

アメリカの地方議員はボランティアで無給のことが多い。団塊世代がリタイア した日本でも、無給でも良いから地域のために地方議員になってもよいという 人が多くいるのではないか。幅広い現役時代の経験を地域の活性化に活かせれ ば、経費の削減にもなって財政にも貢献、さらに地域経済もきっと甦るだろう。 何で、こうした当たり前のことが、議論出来ないのか?

「グローバル化」と声高に叫びながら、役所の文書は全て和暦。運転免許証 だって、有効期限を西暦で書いてくれていたら国際運転免許証など必要ない と、アメリカのレンタカー屋から、いつも同じことを言われている。今時、 西暦(キリスト暦)を使ってないのは、世界では、日本とサウジアラビア (イスラム暦)くらいだろう。何で、当たり前のことが出来ないし、議論にも ならないのか。ムダを省くというのは、こういうことなのだが。

原子力発電は資源のない日本にとって必要不可欠なものだった。だから、 あれだけの巨費を投じて原発事業の推進もした。しかし、たった一回と言えども 、あれだけの事故を起こせば、もはや日本が電力を原発に頼ることは出来ない。 しかし、その代替として再生可能エネルギーに直ぐにも転換できると思うのは 大間違い。そんなことが簡単に出来るくらいなら、リスクの大きい原発になど 最初から誰も頼ってはいない。まずは、天然ガス、石炭火力の発電所を どんどん作るしかない。これも当たり前のことで、もはや議論の余地がない。

再生可能エネルギーは、そう簡単ではない。風力と太陽光だけでは日本の電力 需要は絶対に間に合わない。地熱、潮力、小水力、バイオマス、ゴミ処理など、 総力を上げても未だ間に合わない。国立公園規制、保安林規制、取水規制など、 ありとあらゆる規制を直ちに緩和しないと、この国は電力問題で滅びてしまう。 発送電事業の仕組みも当然、検討の対象になる。今の体制では、地域の篤志家 がありったけの財産を使って再エネ発電所を作ったとしても、既存の電力会社 から送電線を引くことすら認めて貰えない。国滅びて、送電線が残る。これで 、日本の再生エネルギー問題が解決するわけがない。全く当たり前の論理である。

当たり前のことを、当たり前だと言えない「メディア」。為政者だけでなく、 「メディア」までもがポピュリズムに侵されている。選挙支持率と視聴率、 こればかり気にしている国は亡びるしかない。「もう、お金がない政府に、 これ以上の期待をしても無理だ」ということは、TVでギリシャ情勢を視ている ときには納得出来るのに、いざ、自分の国の問題になると、何だか理解できなく なるというのも不思議なことである。

100 「裸のフクシマ」 鐸木能光著 を読んで

2011年12月15日 木曜日

私が本を買うのは、大体、朝日新聞か日経新聞の日曜版にある書評を見て自分に合いそうなものをAmazonで購入するというやりかただ。この方が、本屋で並べてある売れ筋本から選ぶより、良い本に巡り当たる確率が高い。それでも、本当に感動する本は5分の1くらいだろうか。残りの8割は、一応読みました、これで世間話にはついていけます。という意味で価値を見出している。

今日、ご紹介する本は、内容が重たいせいもあるが、久しぶりに感動した。3.11以降、原発や放射能に関する本は随分沢山読んだ。しかし、どれも所詮、この福島にずっと生きていく覚悟などない部外者の本である。この本の著者である鐸木さんは、川崎市という都会から田舎暮らしに憧れて新潟の豪雪地帯に住んだのだが、あの新潟地震で廃村となり、福島県双葉郡川内村に移り住んだ。そこでも、川内村は、今回の原発事故で30キロ圏内として、彼の居住地域はまたもや避難区域になった。

彼の著作が凄いのは、他の原発関連の本と異なり、放射能汚染が、どれだけだと安全で、それ以上だと危険だとか一切言っていない。福島の人々に直ちに逃げるべきだとか、住み続けるべきだとかも一切言っていない。ただ、自分は、残りの人生を原発から30キロ圏内になる川内村に住み続けるつもりで、むしろ川内村を、「開発」という魔の手から守られた桃源郷にしていきたいのだと言う。

実際、川内村の汚染度は東京と殆ど違わないからだ。川内村が住民の一時復帰のTVショーの最初のデモ地として選ばれたのも、それを承知の上のことだろうという。TVクルーが放射線防護服に全身身を包んで、決死の覚悟で住民が一時帰宅するのを撮っているさまは、それ以前からずっと普通に暮らしていた鐸木さん達からみれば、お笑いでしかなかったのだ。実際、放射線防護服と言っても、放射線を遮断するわけではなく、汚染物が衣服に付着しないよう、後で脱ぎ捨てられるための服でしかない。空気中が高濃度の汚染地域であれば、何の役にも立たない代物だ。

鐸木さんは、自ら放射線測定器を持ち歩いて、川崎から川内村までの行程の全てと、原発付近や高濃度に汚染されている飯館村まで自分の足で行って、その都度測定している。その結果、汚染濃度は原発との距離には必ずしも相関していないのだという。実際、福島市や郡山市の汚染濃度は、避難地域に指定されている川内村より遥かに高い。東京の葛飾区や千葉の柏など、やはり汚染濃度が高いことは鐸木さんは自ら実測して実感している。

さらに、鐸木さんが、スリーマイル、チェルノブイリに関する膨大な情報を持っていることに驚かされる。チェルノブイリ事故で高濃度に汚染された地域は、地元ウクライナだけでなく事故発生地点から1000キロ以上も離れた、オーストリア、南ドイツ、北欧、英国スコットランドが含まれていることを、私は知らなかった。だから、ドイツの人々の放射能に関する極度の恐怖心は、そこから出たものだと初めて知った。多分、ドイツ人はチェルノブイリで大きなトラウマを背負ったのだろう。

先日、東大が発行している淡青という雑誌で「復興アカデミズム」特集を読んでいて、今、最も話題になっているセシウムの流動特性を知った。セシウムの80%は土壌の粘土鉱物に閉じ込められ20%が流動水と共に移動するのだが、その水は非汚染水に比べて沈降速度が8分の一だという。その結果、セシウムは地表から30センチ削れば汚染は10分の一以下になるという。

ところが、鐸木さんが、この本に書いているように、田畑の財産は土壌にあり、しかも、その土壌としての価値は地表から5センチ以内の表土に全て蓄えられているというのである。これまで何十年、何百年と耕作しながら培ってきた表土を削ってしまったら、その土地は、もはや荒地で何の価値もないと言うのである。つまり、農地の除染など全く意味がないということになる。

鐸木さんは、さらに、この「除染」について、よく注意した方が良いという。学校や通学路の局所的なホットスポットを除染するのは確かに意味があるが、それとても、実際に、伊達市で行われた除染作業を見ていると、もうもうと埃をたてて、アスファルトの道路を削るのは、むしろ除染と言うより、空気中に汚染物質を撒き散らして、作業員や地元の人々の内部被曝を増やしているのではないかと懸念する。それなら、内部被曝より、外部被曝の方が、まだ性質が良いのではないかというのである。

私は、かつて、カタールのドーハに行ってアルジャジーラの放送局を見学した。アルジャジーラ放送局はカタールの米軍基地のすぐ隣にあり、彼らは決してイスラム過激派でも何でもない。ただ、彼らが私たちに訴えたかったのは、「欧米のTV局が撮影している反対側(内側)から、カメラを回して、反対側の映像を世界中の人々に見て貰いたいだけだ」と言う。このたびの、この鐸木さんの著作「裸のフクシマ」は、まさに福島に住んでいる、しかも原発から30キロ圏内に住んでいる立場で、その内側から見たこと、聞いたことを淡々と記述されていることに大きな価値がある。

そして、鐸木さんは、この川内村にあるウインドファーム、巨大な風力発電機の無力さについても書いている。風力発電機は停電の時には動かないのだそうだ。風力発電機の運転には、かなりの電力を食う。そして、極めて効率が悪い。横浜市もそうだが、この川内村のウインドファームも設備稼働率は10%にも満たないという。しかも、発電時間は真夜中の2時、3時で電気が一番余っている時だ。

さらに鐸木さんは、水素の燃料電池にも疑問を投げかける。水素を使うことで削減できるCO2の量は、水素を作る際に発生するCO2 の量より少ないのではないか?と。非常に厳しい指摘である。この3.11で原発が問題なことは、国民、皆がよく分かった。しかし、原発推進のために国民を欺いてきた論理が、また再生エネルギーの領域で同じように行われているのではないかと指摘する。

この本で、鐸木さんも書いておられるが、この3.11の原発事故で全てが変わった。そして、この後、どうしたら良いかは、未だ誰も簡単には言えない。ただ、「この機に、一儲けしようと企んでいる人たちの議論には絶対に乗るまい」と言う。「太陽光発電も風力発電も、除染問題も、全てそうだ」と鐸木さんは指摘する。