2011年8月 のアーカイブ

71 日本の未来について話そう

2011年8月18日 木曜日

これは、マッキンゼーが東日本大震災後の日本が再生するために、世界の著名人から、その提言を集めて出版した本の題名である。この本の印税は、今回の大震災の被災者に向けて寄付されるということだが、日本語版が1900円なのに対して英語版は39.99ドルもする。海外から、より高額の寄付を集めるという意味かも知れない。なかなか素晴らしい内容なので、ぜひ一読をお勧めする。

 この本に寄稿された方々の提案は、何人かの日本人も含めて極めて手厳しい。「日本は、大きな被害を受けて大変だけれども、日本文化や日本人の優れたところを活かして、これから復興に向けて皆で力を合わせて頑張って欲しい」という論調からは、ほど遠い。 つまり、日本は、この大震災前から、「緩やかな衰退」、ある意味で「華麗なる衰退」を、政治家も経営者も民衆も、皆で傍観しつつあったと言うのである。そして、それは、ある時期に、突然、「華麗さ」を飛び越えて「深刻で不可逆な衰退」に陥る危険性を持っていることに気が付かないでいた。多くの国内外の知恵者が、その危険性を訴えても、いつか神風が吹いて、日本は再浮上するのだと信じているようだったという。

だからこそ、今回の大震災は、そうして悠長に自身の衰退を傍観していた日本と日本人にとって目を覚ます良い機会だと指摘する。なぜなら、政治家と国民が、よほどうまく、この危機を乗り越えないと、これまでは「深刻で不可逆な衰退」に陥るまでに要する、猶予の時間を一気に縮めてしまうからだ。特に、今回の大震災は、三陸の津波被害だけに留まらず、福島第一原発の事故は、日本の成長戦略の根幹を壊してしまった。中でも、エネルギー問題は一層深刻である。

阪神淡路大震災の被害が京阪神地方に限定されていたのに対して、今回の福島第一原発事故は、日本全国に、その影響が波及する。まるで中国の新幹線事故と同様、日本の「安心・安全」ブランドを根本から壊してしまったからだ。観光、高級食材の輸出、医療ツーリズムといった国内資源を使った成長戦略は、ことごとく再見直しを迫られる。その意味で、日本の原子力行政と東京電力の罪は極めて重く、とても「想定外」の一言では片づけられないという。 こうした重大事故の再発防止とエネルギー問題の根本的解決のためには、現在の電力供給体制を抜本的に変えないと済まないはずだが、電力会社は強大な力で、そうした改革をいつも阻止してきた。今、ようやく多くのメディアが東京電力のバッシングを始めたのは、もはや東京電力には、膨大な賠償費用の捻出のために巨額の広告費を出す力がないと踏んでいるからだ。日本のメディアは、いつも強いものにはまかれるくせに、弱いものを叩くのは大得意である。

さらに、「日本は戦後の焼け野原から立ち上がった底力があるのだから、今回も、これしきのことには負けない」という熱い議論をよく聞くが、戦後と現在では、出生率、高齢者比率など年齢構成が全く違うので、戦後に興せたことを、これからやるのは全く無理があるのだという。つまり、第二次世界大戦直後の日本の人口構成は、現在の世界の新興国と同じだが、今の日本は老大国の人口構成でしかないからだという。

また 、ジャパン アズ No1を書いた、エズラ・ヴォーゲル氏は、この本は、傲慢で他国から学ぼうとしなかったアメリカ人を諌めるために書いた本で、日本人には読んでほしくはなかったが、この本が一番売れたのは実はアメリカではなくて日本だったと悔やんでいる。つまり、日本は実力以上に自分を過信していたのだ。戦後の日本のエレクトロニクスが世界を制覇したのは、「単に部品の大きさを小さくしただけだ」というのは言い得て妙である。その日本の過信が、「全外部電源停止への対処」という米国連邦政府の指令に対して、日本の通産省と電力会社は揃って無視をした。そのつけが今回の福島第一原発の事故につながった。

じゃあ、どうすれば良いのかである。この本の中でも、朝日新聞の船橋洋一氏、武田薬品の長谷川社長、資生堂の前田会長、ユニクロの柳井社長が、揃って口にするのは、「日本を出でよ!」である。これは物理的に日本を出るという意味だけではない。例えば「英語をきちんと話せない人を外務大臣、経産大臣にはするな!」と言っている。これは、日本の国益を損なうと。「国家の品格」の著者である藤原正彦氏のように、自身は流暢に英語を話す癖に、若い人達に「英語より日本語をきちんと学べ」などと言っているのはとんでもないと。とにかく、政治家も経営者も学生も英語をきちんと話すこと以外、日本の再建はあり得ないと、この本の多くの論者が書いている。

もう一つは、「既得権者の保護をやめよ!」ということである。日本の企業がいくら頑張っても利益率があがらないのは、政府が本来潰れてもおかしくない企業に資金や融資を与えているため、日本中にゾンビ企業が溢れているからだという。こうしたゾンビ企業は生き残るためにはダンピングしかない。これが、日本の企業の利益率を低めている最大の要因であるという。

農林水産業も同様だ。もともと、この大震災が起きなかったとしても、日本の食糧基地である東北地方は、後継者の育成もままならず衰退の一途をたどっていた。この東北地方を大事にしないと、日本は将来、食糧で大きな危機を迎えることになるだろう。だからこそ、この機会を捉えて、農協、漁協という既得権団体の保護をするよりも、また戸別所得補償と称して零細兼業農家を保護するよりも、若者が安心して働ける農業や漁業の姿を新たに模索すべきである。じいちゃん、ばあちゃん主体の農業、漁業は、大震災がなくても、いずれ近いうちに行き詰ったからだ。イオンの岡田社長は「若者に席を譲ろう」と主張する。

そして、多くの海外の論者が指摘するのは、何といっても日本の最大の「癌」は政治にあるという。海外から見た、もっとも評価の高かった日本の総理大臣は中曽根康弘氏だが、この跡継ぎになれそうなのは、河野太郎氏と林芳正氏しかいないと言う。「え!なんで?」と思う向きもきっと多いだろう。それだけ、日本は世界からズレていると思ったほうがよい。

70 おかしいと思ったことは、やはりおかしい

2011年8月11日 木曜日

米国債の格下げ、世界同時株安、ロンドンの暴動と、これまで想定しなかったことが起きている。今日、円も1ドル、76.64円と戦後最高値を付けた。未曾有の大災害で瀕死の重傷を負っている国の通貨が、ここまで高くなるのも世界中がおかしくなっている証拠だろう。

思えば、私が米国に赴任した1998年は、日本のバブル経済が崩壊し円安が進行して 1ドルがなんと 140円だった。米国赴任に際して、母親から借りたお金も車を買うことで殆ど消えてしまった記憶がある。日本車が、アメリカではこんなに高いのか!としみじみ情けなく思ったものである。こんなことなら、日本から車を運ぶべきだったと。その時の米国の株価はNYSEが7000ドル、NASDAQの指数は1300だった。 それが3年後の2000年にはITバブルに沸き立ったアメリカではNYSEが30,000ドル近く、NASDAQも5100まで上昇した。当時のシリコンバレーでは、25万人のミリオネア(百万ドル長者)が出来たという。しかし、このミリオネア達も実物の現金を持っているわけではなく、ペーパーの上だけの百万長者だったので、翌年のITバブル崩壊と共に、その殆どが消え失せた。このアメリカで起きたITバブルを目の当たりに見た経験で学んだことは、「おかしいと思ったことは、やはり、おかしい」という事だ。

当時のアメリカ人は決して、それがバブルだなどとは誰も思っていなかった。それこそが、アメリカの実力なんだと信じていた。私が、「何かおかしいんじゃないの」と言っても、「それは君のやっかみだ! これこそがアメリカの実力だ」と言い返された。しかし、結果的に、アメリカの未曾有の好景気はやはりバブルだった。その時に、サンノゼの紀伊国屋で日本人達に売れていた本は、「実体の無い仮想マネーで動くアメリカ金融の怖さ」に関するものだった。つまり、全世界で実取引で動いているドルの数百倍のドルが投機マネーとして米国金融街で取引されていたことを書いた著作である。

そうした恐怖の仮想マネーの崩壊によって、サブプライムローンからリーマンショックに至る米国金融危機が起きたわけだが、オバマ大統領は、たった7000億ドルの税金投入で、リーマンブラザーズ以外の全ての金融機関の倒産を救った。やはり、ここで「何かおかしい」と思わざるを得なかった。たった7000億ドルで救済できるのなら、恐怖の仮想マネーの存在などちっとも怖くないはずだからだ。しかし、やはり「おかしいことはおかしい」のだった。米国金融危機の根っこはもっと深い。QE2など小手先のごまかしで救えるわけがない。その結果が、米国債の格下げであり、世界の株式市場を震撼させるNYSEの株安を生んでいる。

ほんの2ー3年前のロンドンだって、極めておかしかった。何で、ロンドンに泊まると大したホテルでもないのに、1泊で10万円も取られるのか? 地下鉄の初乗りがどうして1000円もするのか? ロンドンで駐在員がアパートを借りると大した家でもないのに一月80万円も取られるのだ。私が乗っているハリアーハイブリッドも日本では500万円で買えるのに、ロンドンでは同じ仕様のRX400hlが、なぜ1700万円もするのか? 英国では半年たった中古車には関税がかからない。ハリアー1台東京からロンドンに運ぶのに60万円。同じハリアーハイブリッドに乗っていたDHLジャパンの社長は、「伊東さん、あと5台くらい投資で買ったら? 半年してからロンドンまで運んであげるよ! 絶対に儲かるよ。」と私をそそのかす。そして、ロンドンでは、RX400hlも全く目立たないほど、ハイクラスのジャガーなど凄い高価な車が沢山走っていた。やはり、「何かおかしい」のだ。そして、おかしいことは、いずれ破綻する。

3年前に、トルコのイスタンブールに行った時もそうだ。イスタンブールには人口の3分の一くらいギリシャ人が住んでいた。そのギリシャ人が、イスタンブールから本国にどんどん帰国するのだという。トルコ人も不思議がっていて、「今のギリシャは、何だか給料がとても高いらしいよ。」と羨ましそうに言う。「EUに加入すると景気がよくなるみたいだ。だからトルコも早くEUに入りたい」とトルコ人が言う。「何かおかしい」とは思わないか。特別な競争力がある産業も持たないギリシャが、EUに加入しただけで、何でそんなに景気が良くなるのか?やはり、時のギリシャ政権は国民の支持を得るために無節操に借金をして公務員を増やして給料も上げたのだ。それだから、ギリシャ政府は、最初から借金など返す気などさらさらなかった。

EUの金融機関は、どこも皆、そんなことは百も承知で、高利のギリシャ国債を買いまくった。ギリシャがEUに加盟しユーロ建てになったから為替リスクは全くない。そして、万が一、ギリシャ国債がデフォルトを起こしてもヘッジとしてCDSを買っておけば、それも全く心配ない。もっと酷いのは、賭け事が大好きなヘッジファンドで、初めからギリシャ国債がデフォルトになることを想定してCDSを必要以上に買いまくった。これで、本当にギリシャ国債がデフォルトすれば、それこそ大儲けである。しかし、「何かおかしくはないか」。だって、返済不能となることが明確な国の、国債を、皆が競って大きな儲けを得るために買いまくる。「何かおかしい」としか言いようがない。これもきっと破綻するに違いない。そう思った。

果たして、その通りになった。EU中央銀行(ECB)は、ギリシャやアイルランド、ポルトガル、などが債務不能に陥ってもデフォルトとは認めないようルールを変更したのだ。これでは、ギリシャ国債のCDSは全く無効となる。ギリシャが一日も早く破綻することを心待ちにしていた、アメリカのヘッジファンド達は大損をすることになった。流石の天才ソロスも、もうヘッジファンド業界から引退すると表明した。これで、ECBはしてやったりかと思えば決してそんなことはない。なぜなら、アイルランドや南欧の危ない国々の国債を買っているのは、欧州の銀行ばかりである。日本やアメリカの銀行は殆ど買っていない。CDSを無効にしたことは、ヘッジファンドにも痛手だったが、デフォルトが起きた時の、本来のヘッジの意味で買っていた欧州の銀行にとっても痛手である。確かに法的には不良債務にはならないが利子が全く入って来ないからだ。

そして、最後は消去法でどんどん高く評価される「円」である。何で、アメリカを凌ぐ借金大国の日本の通貨である「円」が、こんなに高くなるのか?である。やはり、「何かおかしい」のだ。そして、「おかしいと思ったことは、やはり、おかしい」に違いない。私が、アメリカで経験した140円という円安を遥かに超える、200ー250円となるような超円安時代が来ても全くおかしくない。今の時点で、ドルを買うことが良いのかどうか私には判断が付かない。しかし、将来ずっと円のまま持っていて良いという話は全く無いような気がしないではない。やはり、お金持ちは大変だ!貧乏人より遥かに苦労が多い。

69 京都市と大文字保存会の愚行に鉄槌を

2011年8月7日 日曜日

8月7日の朝日と日経の朝刊が、三面記事の小さな囲み記事ではあるが、京都市と大文字保存会の愚かな決定を報じていた。

事の次第はこうである。陸前高田市の被災者たちが、東日本大震災で津波になぎ倒された岩手県陸前高田市の景勝地「高田松原」の松で作った400本の薪(まき)に鎮魂の思いを書き、京都の大文字焼きで焚いてもらい、犠牲者の御霊を癒そうと考えた。この被災者達の行動に、一部(数十通のメールと言われている)の京都市民がストップをかけた。東北(陸前高田)の松は放射能で汚染されているから大文字焼で焚くと、京都市民の飲み水である琵琶湖が汚染されるから駄目だというわけだ。

もちろん、この薪は松の表皮を取っているので、検査の結果でも、微量の放射能さえ検出はされなかった。その事実を知りながら、京都市と大文字保存会は、陸前高田の松の薪の受け取りを拒否したのである。世の中には、何にでも難癖をつける人はいるものだ。それを、正しい見識で無視し、公に善なることを行うのが行政の役目でもある。これを京都市は行わなかった。ある意味で、京都市も、こうした難癖を付ける人たちと同じ思いだったからかも知れない。

そうした、京都市の判断が結果として、自分自身に、どのような結末を引き起こすのか分かっているのであろうか? 陸前高田市は、福島第一原発から約250キロくらい離れているだろうか、ほぼ東京と同じくらいの距離だろう。一方、京都は福島第一原発から800キロくらい離れているであろう。だから、東京在住の在外公館の人々の殆どが、3月16日の水素爆発時に京都に避難した。これを知っている京都の人には、東北、関東の放射能汚染騒ぎは他人事である。京都は東京より安全だ。少なくとも多くの京都人は、今でも、そう思っている。

京都の人にとっては、福島第一原発は遠い場所で起きた他人事である。だからこそ、250キロ離れているとはいえ、陸前高田は福島と同じ東北であり、そこに生えていた松は、きっと放射能に汚染されているに違いない。その松を大文字焼きで焚くことなど、まっぴらごめんと言うわけだ。例え、科学的に汚染していないことを証明されたって、とんでもないということだろう。だから、京都市は、数十通のメールが来たことを良いことに陸前高田の人たちの思いを踏みにじったのだ。

さて、京都市民は、福島第一原発から陸前高田までの250キロと京都までの800キロは、非常に大きな有意差があると見ているわけであるが、国際的視野、地球的視野で見たときに250キロと800キロは、本当に有意差があるのだろうか? 私が昨日読んだ小出裕章京大助教授の著作によれば、チェルノブイリから8000キロ離れた京都の女性の母乳から放射能はきちんと検出されている。そして、チェルノブイリから1000キロ近く離れた、ドイツのチョコレート、フランスのワイン、イタリアのパスタが何の懸念もなく日本に輸入され、日本人の口に入ったが、その放射能汚染度は、現在、日本で議論されている牛肉やお茶の放射能汚染濃度を遥かに超えた量だという。そして、もちろん、それらは私たちの口には既に入ってしまったのだ。

小出さんが言いたいことは、もはや日本の福島県で起きた原発事故は福島県全域はもちろん、その影響は既に日本全国に及んでいるのだという。だから、日本にいる限り、福島原発事故が散布した放射線の影響は、程度の差こそあれ、もはや、どうやっても避けられないのだという。つまり、京都も陸前高田も全く同じ環境に置かれていると思ったほうが良い。京都市民が、陸前高田の松に神経質になることを否定しないのであれば、それは外国人が京都に観光に行くことに神経質になることも否定できないわけである。

つまり、私たちが、きちんとした科学的計測によるデータに基づく議論を放棄したときには、日本全国を汚染地域として見る世界の偏見をも否定できなくなる。これは、観光都市京都にとって致命的な結末を招くことになる。このことを京都市は、どこまで真剣に考えているのだろうか?結論から言えば、全く考えていない。京都市にとっては、福島第一原発の事故は所詮、全く他人事であった。だから、こうして陸前高田の人々の鎮魂の思いを科学的根拠無き理由で拒絶できた。

他人を差別する心は、自らを差別の対象に陥れる。このことが理解できない京都市と大文字保存会に対して、日本全国から厳しい鉄槌を与えるべきである。そうしないと、日本全体が世界から言われなき被差別地域となってしまうからだ。