これは、マッキンゼーが東日本大震災後の日本が再生するために、世界の著名人から、その提言を集めて出版した本の題名である。この本の印税は、今回の大震災の被災者に向けて寄付されるということだが、日本語版が1900円なのに対して英語版は39.99ドルもする。海外から、より高額の寄付を集めるという意味かも知れない。なかなか素晴らしい内容なので、ぜひ一読をお勧めする。
この本に寄稿された方々の提案は、何人かの日本人も含めて極めて手厳しい。「日本は、大きな被害を受けて大変だけれども、日本文化や日本人の優れたところを活かして、これから復興に向けて皆で力を合わせて頑張って欲しい」という論調からは、ほど遠い。 つまり、日本は、この大震災前から、「緩やかな衰退」、ある意味で「華麗なる衰退」を、政治家も経営者も民衆も、皆で傍観しつつあったと言うのである。そして、それは、ある時期に、突然、「華麗さ」を飛び越えて「深刻で不可逆な衰退」に陥る危険性を持っていることに気が付かないでいた。多くの国内外の知恵者が、その危険性を訴えても、いつか神風が吹いて、日本は再浮上するのだと信じているようだったという。
だからこそ、今回の大震災は、そうして悠長に自身の衰退を傍観していた日本と日本人にとって目を覚ます良い機会だと指摘する。なぜなら、政治家と国民が、よほどうまく、この危機を乗り越えないと、これまでは「深刻で不可逆な衰退」に陥るまでに要する、猶予の時間を一気に縮めてしまうからだ。特に、今回の大震災は、三陸の津波被害だけに留まらず、福島第一原発の事故は、日本の成長戦略の根幹を壊してしまった。中でも、エネルギー問題は一層深刻である。
阪神淡路大震災の被害が京阪神地方に限定されていたのに対して、今回の福島第一原発事故は、日本全国に、その影響が波及する。まるで中国の新幹線事故と同様、日本の「安心・安全」ブランドを根本から壊してしまったからだ。観光、高級食材の輸出、医療ツーリズムといった国内資源を使った成長戦略は、ことごとく再見直しを迫られる。その意味で、日本の原子力行政と東京電力の罪は極めて重く、とても「想定外」の一言では片づけられないという。 こうした重大事故の再発防止とエネルギー問題の根本的解決のためには、現在の電力供給体制を抜本的に変えないと済まないはずだが、電力会社は強大な力で、そうした改革をいつも阻止してきた。今、ようやく多くのメディアが東京電力のバッシングを始めたのは、もはや東京電力には、膨大な賠償費用の捻出のために巨額の広告費を出す力がないと踏んでいるからだ。日本のメディアは、いつも強いものにはまかれるくせに、弱いものを叩くのは大得意である。
さらに、「日本は戦後の焼け野原から立ち上がった底力があるのだから、今回も、これしきのことには負けない」という熱い議論をよく聞くが、戦後と現在では、出生率、高齢者比率など年齢構成が全く違うので、戦後に興せたことを、これからやるのは全く無理があるのだという。つまり、第二次世界大戦直後の日本の人口構成は、現在の世界の新興国と同じだが、今の日本は老大国の人口構成でしかないからだという。
また 、ジャパン アズ No1を書いた、エズラ・ヴォーゲル氏は、この本は、傲慢で他国から学ぼうとしなかったアメリカ人を諌めるために書いた本で、日本人には読んでほしくはなかったが、この本が一番売れたのは実はアメリカではなくて日本だったと悔やんでいる。つまり、日本は実力以上に自分を過信していたのだ。戦後の日本のエレクトロニクスが世界を制覇したのは、「単に部品の大きさを小さくしただけだ」というのは言い得て妙である。その日本の過信が、「全外部電源停止への対処」という米国連邦政府の指令に対して、日本の通産省と電力会社は揃って無視をした。そのつけが今回の福島第一原発の事故につながった。
じゃあ、どうすれば良いのかである。この本の中でも、朝日新聞の船橋洋一氏、武田薬品の長谷川社長、資生堂の前田会長、ユニクロの柳井社長が、揃って口にするのは、「日本を出でよ!」である。これは物理的に日本を出るという意味だけではない。例えば「英語をきちんと話せない人を外務大臣、経産大臣にはするな!」と言っている。これは、日本の国益を損なうと。「国家の品格」の著者である藤原正彦氏のように、自身は流暢に英語を話す癖に、若い人達に「英語より日本語をきちんと学べ」などと言っているのはとんでもないと。とにかく、政治家も経営者も学生も英語をきちんと話すこと以外、日本の再建はあり得ないと、この本の多くの論者が書いている。
もう一つは、「既得権者の保護をやめよ!」ということである。日本の企業がいくら頑張っても利益率があがらないのは、政府が本来潰れてもおかしくない企業に資金や融資を与えているため、日本中にゾンビ企業が溢れているからだという。こうしたゾンビ企業は生き残るためにはダンピングしかない。これが、日本の企業の利益率を低めている最大の要因であるという。
農林水産業も同様だ。もともと、この大震災が起きなかったとしても、日本の食糧基地である東北地方は、後継者の育成もままならず衰退の一途をたどっていた。この東北地方を大事にしないと、日本は将来、食糧で大きな危機を迎えることになるだろう。だからこそ、この機会を捉えて、農協、漁協という既得権団体の保護をするよりも、また戸別所得補償と称して零細兼業農家を保護するよりも、若者が安心して働ける農業や漁業の姿を新たに模索すべきである。じいちゃん、ばあちゃん主体の農業、漁業は、大震災がなくても、いずれ近いうちに行き詰ったからだ。イオンの岡田社長は「若者に席を譲ろう」と主張する。
そして、多くの海外の論者が指摘するのは、何といっても日本の最大の「癌」は政治にあるという。海外から見た、もっとも評価の高かった日本の総理大臣は中曽根康弘氏だが、この跡継ぎになれそうなのは、河野太郎氏と林芳正氏しかいないと言う。「え!なんで?」と思う向きもきっと多いだろう。それだけ、日本は世界からズレていると思ったほうがよい。