妻が停電に備えて100万円近くする大型バッテリーを買いたいと言う。我が家は、幸運にも震災当日も、その後も停電には遭わなかったが、近くに住む、息子と姉が計画停電で苦しんでいるのを見て妻は酷い停電恐怖症になったようである。いくら何でも、こんな高価な買い物は簡単にはOKとは言えないが、つい最近、ネットで買わされたバッテリー付きLED電球は、大変なスグレモノだった。現在、この4WのLED電球を常夜灯として使っているが、40Wの電球くらいの明るさは充分ある。そして、いきなり口金から外すと立派な懐中電灯となる。しかも明るい。これで3時間持つというのだから、やはりスグレモノである。
さて、バッテリーというのが、いかに大変なものかをご存知だろうか? 私は、ノートブックパソコンを扱う初代の事業部長を経験したので、一応、バッテリーについては、だいたいの事は知っている。ノートブックパソコンは、軽くて薄くて、バッテリー駆動時間が長いことが「重要な価値基準」とみなされている。そのため、単位体積あたりのエネルギー格納密度が最も大きいリチウムイオン電池が早い時期から適用されている。さて、「単位体積あたりのエネルギー格納密度が高い」ということは、どういうことだかおわかりだろうか? それは、爆発や火災を起こす危険性が極めて高いということである。
ノートブックパソコンの開発に際しては、各機種ともに、リチウムイオン電池は、必ずマルチソース調達とするのが原則だった。それは、リチウムイオン電池の生産工場では、頻繁に火災や爆発が起きて生産ラインが年中止まっていたからである。このように危険なリチウムイオン電池を安全につかえるよう実用化するために、パソコンや携帯電話では、厳重な二重の防爆ケースに格納されて使われている。しかし、そのために、リチウムイオン電池の充電、放電のメカニズムが、未だに良く分かっていないのだ。動作中のリチウムイオン電池の中身を誰も見たことがないし、測定したこともない。厳重なケースに邪魔されて観測や測定が出来ないのだ。
さて、トヨタ自動車は、もうすぐプラグインハイブリッド車のプリウスを出荷する。これに搭載された大容量のリチウムイオン電池は、2ー3軒分の家庭の電力を賄えるという。それなら、高価な大型バッテリーを買うよりも、現在所有しているプリウスをプラグインハイブリッド車に買い換えれば良いではないか。早速、トヨタ技術陣のTOPに君臨する瀧本さんに聞いてみた。私と瀧本さんは、ハリアーハイブリッドを愛車としている仲間である。(因みに我が家のプリウスは妻だけの専用車である。)トヨタは、このハリアーハイブリッドを派手に宣伝していないが、加速度、馬力、高速安定性など、どれをとっても物凄い性能を持つ車である。瀧本さんも、トヨタの技術陣が誇る最高傑作だという。私も全く同意である。
その瀧本さんが、控えめに次のように答えて下さった。「確かにプラグインハイブリッド車のプリウスに搭載されているリチウムイオン電池は、普通の家なら二日分の電気は充分に供給出来るでしょう。しかし、そういう使い方には、多分問題があります。なぜなら、ハイブリッド車は電池の寿命を最大限伸ばせるよう電池に無理をさせないように放電させています。ガソリンエンジンが電池をいつも、無理をさせないように、いたわっているのです。ですから、プラグインハイブリッド車の電池に家庭の電気需要のために目一杯放電させたら、電池寿命について保証することが出来ません。私達は、ニッケル水素電池については、プリウスで10年使った経験があり、その振る舞いについては、ほぼ完璧に理解しています。ところが、リチウムイオン電池については、殆ど解っていないのです。」と仰った。多少、リチウムイオン電池に関わった私には、この瀧本さんの話は大変良く理解出来た。
さて、瀧本さんは、引き続き、もっと面白い話をして下さった。「ハイブリッド車ならではの活かし方があるんですよ。電池ではなくて、発電機として使うのです。家一軒分くらいの自家発電装置として充分に利用可能です。これなら電池は傷めません。ただし、一番大きな問題は、経産省や環境省は、長時間のアイドリングを認めないんですよ。でも、今回の大震災で、大分、彼らの様子が変わって来ました。自動車は、最高レベルの排ガス規制対応技術を持っていますからね。一般に市販されている自家発電機とは比べ物にならない位のクリーンな排ガスで済む。」 なるほど、そういう使い方があったのか。大震災による全国的な電力不足、これを補うには従来の発想だけでは解決出来ない。道路にいる時は自動車としてアイドリングストップすることを要求しても、自宅に置いて発電機として使う時には、「これは車ではない。発電機だ」という新しい定義でアイドリング規制をかけていく必要があるようだ。