来週、水曜日から3日間の予定で韓国の電子政府、電子自治体の見学に行く。空港(入出国管理)、市役所、病院、図書館など、盛り沢山の見学スケジュールである。元々、日本と韓国は、世界でも稀なシステムである、戸籍、住民票、印鑑登録という3点セットで住民サービスを行っていた。最初は日本の住民サービスシステムを模倣した韓国が、いつからか、日本を追い抜いたのか大変興味深く思っていたが、先週、韓国が既に戸籍を廃止したと知って、もう行く前からショックを受けている。
確かに、私は男3兄弟の長男で、私達兄弟は、皆、故郷である平塚市を離れて一家を構えて居る。平塚市の実家には80歳後半の母親が一人で暮らして居るだけだ。そうだからこそ、皆、この平塚で生まれ育ったことを記録に留めておくために、3人で戸籍だけは平塚市に残すことを決めた。果たして、その約束を一番最初に破ったのは、この私である。何しろ、家も転々と引っ越しをするものだから、戸籍謄本を年中請求することになる。その度に、母親に平塚市役所まで取りに行って貰っていたが、もう80歳も後半になると、そう年中頼む訳には行かないので、つい最近、戸籍を現住所と一緒にした。私の息子など結婚して籍を作る時に戸籍はちゃっかり私の現住所に変えていた。
戸籍が現住所と一緒になると、確かに戸籍としての意味が殆どない。戸籍を廃止するという、韓国が行った改革も、その合理性が良くわかる。さて、アメリカには住民票がないと、以前に、このカラムで言った。アメリカの住民管理は運転免許証が担う。そこで、以下に、私が経験した実に貴重な、お話しをしたい。私がアメリカに転勤するとき、長男は大学生、次男は高校生であった。当然、私は、単身赴任である。アメリカ政府が発行した労働ビザを持ってアメリカに行くので、日本の区役所には転出届を出す。そうすると、どうなるか? 住民票には米国カルフォルニア州クパチーノ市へ転出と書かれて、私は住民票から消えるのだ。当然、世帯主は妻になる。もうおわかりだろうか? 私の一家は、突然、母子家庭になったのである。
さて、横浜の区役所から転出票を貰ったが、私は、その転出票を出す所が無い。だって、アメリカの市役所は住民票など管理していないのだから。これが、後日、極めてやっかいなことになる。しかし、連邦自動車局(DMV)で運転免許証を取得した私は、運転免許証の住所欄にクパチーノ市と書いたので、そこで立派なクパチーノ市民となって居る。市役所になど最初から行く必要がないのだ。さて、そこから、おかしなことが沢山おきるのだ。世界中、どこへ行っても、当然、戸籍や住民票や印鑑登録があるものだと思っていたらとんでもない事になる。
まず、私がアメリカ駐在中に長男は大学を卒業し、会社に就職した。最近、きちんとした会社は入社時の手続きで、戸籍は請求しない。提出するのは住民票だけである。その住民票を見た、会社の人事部門は長男を母子家庭で育った苦労人と見る。父親が居ない理由は、病気や事故で死別したのか離婚をしたのか会社は、本人にも聞かないし、全く分からない。もちろん、分からなくて一向に構わない、それで良いのだ。もちろん、会社は家族構成について入社の時に、一回しか提出を求めないから、その後、父親がアメリカから帰って来たなど、今でも知る由も無い。
以上は、おかしな話だが人畜無害な話題提供ですむ。ところが、それでは済まない話もある。留守中、古い車が故障ばかりするので、妻は廃車にしたいと言ってきた。もちろん、反対することでもないので、「どうぞ」とゆっくり構えて居ると、廃車にするには、所有者である私の印鑑登録証明が要ると言う。ご存知のように印鑑登録証明は住民登録がなされてないと発行されない。私は、もはや、日本の何処にも住民票が無いのである。
どうしたら、良いのかとあちこち聞いてみた。すると、サイン証明というのがあれば、印鑑登録証明の代わりになると、区役所の担当者は言う。さて、サイン証明とはどこで貰うのか? これもあちこち聞いてみた。どうやら、サンフランシスコの日本領事館で貰えるらしい。果たして、日本領事館に行くと、心得たもので、直ぐに貰う事が出来た。このサイン証明をもって、日本の車のディーラにて、所定の書類に、実印の代わりにサインをしてサイン証明書を添付して、やれやれと思って、やっとアメリカに帰国した。結果は、どうだったのか? 日本の陸運局は、前例がないと言う理由で慈悲もなく却下した。つまり、私が日本に帰るまで車は廃車できなかったのである。
もう、既に、お分かりの方も居るだろう。私が帰る時の処理はどうなったのだろうかと。つまり、日本の区役所は、他の地域からの転出票がないと転入させてくれない。ところが、私が、アメリカで住んでいるクパチーノ市は転入処理が必要ないだけでなく、転出処理も要らない。逆にいえば、転出票など出してくれないのだ。さて、どうしたものだと悩んでも仕方がないので、取り敢えず横浜の区役所に行った。所定の転入届けを書いて提出した。それしかない。しかも転出元は米国カルフォルニア州クパチーノ市と書いたが、それに関して、何の証明書もない。しかし、そこが日本の区役所の素晴らしい所である。転出するときも、転出先を「アメリカ」と書いたら、そのまま信用してくれて住民票から抹消してくれたのと同様、戻ったときも、転出元を「アメリカ」と書いたら、何の証明書もなく、元の住民票に戻してくれたのだ。好い加減と言えば好い加減だが、鷹揚と言えば鷹揚でもある。
要は、何を言いたいかと言えば、私達は、戸籍や住民票や印鑑登録という住民管理システムは、天から与えられたもので、完全無欠のものだと思っていたら、それはとんでもない話だということである。このグローバル時代にあって、お父さんがチョット海外に単身赴任したら、それだけで全てが破綻してしまうほど脆弱なシステムなのだ。それを補うために、私がアメリカから帰って来たと申告すれば、区役所の窓口担当者は信じて従うしかないのである。もし嘘だったらどうなるか、実は別な人が帰って来たことにしてしまったら、そこで父親が入れ換えってしまうのである。何だかミステリー小説になりそうである。だから、韓国が戸籍を廃止したと言っても、別に驚くには当たらない。韓国はIMF介入の塗炭の苦しみを経験して、日本より先んじて「世界市民」になったのである。