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399 シリコンバレーの光と陰(4)

2018年9月15日 土曜日

シリコンバレーが世界のイノベーション聖地であり続けた理由の一つに移民の力がある。Appleを興したスティーブ・ジョブスもシリア移民の子だし、グーグルの創業者の1人であるセルゲイ・ブリンもロシアからの移民である。移民や移民の子供達には、ハングリー精神が富んでいて既得権益を破壊する力がある。シリコンバレーが今日の地位を築いたのは、世界中から自信に満ちた優秀な移民が押しかけてきたからである。しかし、昨年、トランプ大統領が就任し、移民の規制に本気で乗り出してから、シリコンバレーにも異変が起こり始めている。

従来、シリコンバレーは優秀な技術者にはH1Bビザを発行して優先的に移住を受け入れていたが、トランプ大統領は、このH1Bビザの発行に対して極めて厳しい制約を付したのだ。このため、シリコンバレーの各企業は深刻な人材難に直面して、Googleなど各企業は移民の基準がアメリカより緩いカナダのトロントやバンクーバーに新たな開発拠点を設けることにした。このことにより、シリコンバレーは、従来に比べて優秀な人材濃度が希薄になったとも言える。今日現在ではトロントは人工知能の一大拠点になったし、バンクーバはAmazonの本部であるシアトルに近いこともあって、これまた大規模な研究開発拠点に成長し始めている。

こうした分散化現象は、小規模のスタートアップでも起きている。例えば、10人くらいのスタートアップですら、深センやバンガロール、テルアビブに分散開発拠点を持っている。具体的な話を聞いてみると、H1Bビザが簡単に取得できないので、社員の中にいる中国人やインド人、ユダヤ人に、彼らが良く知っている優秀な友人に対して各地域拠点で働いてもらうよう頼んでいるのだと言う。もはや、高速インターネットの普及で、地球の裏側に居ても立派に協業できるようになり業務の遂行には全く支障がないと言う。

トランプ大統領の移民排斥政策が、図らずもシリコンバレーの分散化を促進しているとも言える。もちろん、こうしたトランプ大統領の移民政策に対してシリコンバレーを含むカルフォルニア州の住民は大反対である。それでは、トランプ大統領が失脚あるいは再選できなかった場合に、またアメリカは、また寛大な移民政策に戻るかと言うと、そう簡単な問題ではない。もともと、トランプ氏が大統領に選ばれたのは、これまでタブーとされた、アメリカ人の本音を明言したからだとも言われている。従って、カルフォルニア州では反対が多いトランプ大統領の移民排斥政策は、カルフォルニア州以外では賛同者の方が多い可能性も十分にある。

こうした現象が起きると、これまでは、シリコンバレー以外では全く発展することが出来なかったイノベーションの聖地が、これをきっかけに世界中に分散される可能性が出てきたとも言える。カナダのトロントやバンクーバー、中国の深セン、インドのバンガロールやハイデラバード、イスラエルのハイファやテルアビブなど、シリコンバレーの複製が世界中に出来上がることになる。

シリコンバレーの分散化は、過度の住宅コスト高騰や交通渋滞からも、もはや避けられないかも知れない。Googleは、社員が交通渋滞で疲労することがないよう、モフェット・フィールドにあるNASAの空軍基地跡を借りて、社員送迎用に用意した100台のバス車庫にしている。朝夕には、この100台の送迎バスがGoogle社員を乗せて激しい渋滞の中、優先レーンを高速で走り抜けている。先日も、このバスに反感を抱いた他社の社員がGoogle社のバスに卵を投げつけたという事態も起きた。このような階級社会は、いずれ暴動にも発展しかねない。

いろいろな意味で、高度に発展し、巨大化したシリコンバレーは、今のままであり続けることが難しくなってきた。それでも、これまでも何度も「もう、シリコンバレーも終わりだな」と言われた事態から蘇り、これまで以上に発展してきた歴史を持っているシリコンバレー。今回も、これまでと形は変わっても、世界中のシリコンバレーのコピー都市と密接な連携を保ちながら、今まで以上に発展して行くことに違いない。

398 シリコンバレーの光と陰 (3)

2018年9月15日 土曜日

Disrupt SF 2018コンベンションが開催されているモスコーニ・センターの近くで、シリコンバレー業界アナリストであるJeremiah Owyang(私には発音できない)氏とランチミーティングを行なった。まず、Owyang氏と私は、お互いの共通の友人であるリサ・ガンスキー女史の話から始めた。それから、人工知能は天使か悪魔か?という話題に入り、暫くしてから、シリコンバレーは、これから、どうなるか?という点に関して意見交換をした。

いろいろな議論を経て、Owyang氏と私は、シリコンバレーは、今がピークで、これから、暫くは下降局面に向かうのではないか?という点で一致した。実は、シリコンバレーは、1960-1970年代に、この地で半導体産業が芽生えて発展した後、何度か栄枯盛衰の歴史を繰り返している。私が、最初にシリコンバレーを訪れたのは、確か1984年だったと覚えている。とにかく、街全体がひっそりと静まり返っていて、あちこちのビルにFor Sale(売出中)、For Rent(入居募集)の看板が掲げられていた。それでも、まだ、殆どが果樹園だったシリコンバレーは、長閑な田園風景のためか、それほどの深刻さは感じられなかった。

丁度、この時、シリコンバレーの企業が世界を席巻していた半導体メモリーで日米逆転が起き、日本企業が世界市場を占有したからだ。インテルもDRAMから撤退し、プロセッサ専業メーカに舵を切った。翌年の1985 年には米国半導体連盟(SIA)による米国通商法301条に基づく通商代表部(USTR)への日本製半導体のダンピング提訴がなされ、日米政府間での半導体問題協議が開始された。そして、1986年には日米半導体協定が締結される。まさに、今、起きている米中貿易戦争と全く同じ構図である。その後、インテルはメモリ事業から撤退、プロセッサで世界を席巻し、シリコンバレーを再興して行く。

次は、私がシリコンバレーに駐在した1998年から2000年の3年間に大きなドラマが起きた。1995年のWindows95発売と共にインターネットが普及し、アメリカは高度情報処理社会へと突入した。この時、シリコンバレーで起きたのが。いわゆるドットコム・バブルである。富士通も全米に光ファイバーケーブルを張り巡らせて巨額の利益を計上し、永年のアメリカビジネスの累損を、たった1年で一掃できるほど景気がよかった。しかし、2000年問題をクリアして、21世紀に突入すると全ては一変した。私は、まさに、シリコンバレーのジェットコースターのような変遷を目の前で見ることになった。

余剰で使われなくなった光ケーブルはダークファイバーと呼ばれた。新興企業だけでなく、大手通信企業まで次々と倒産した。高級車を購入した借金の返済にと考えていたストックオプションは悉く紙くずになった。毎日、何十台ものレッカー車が借金のカタに高級車をシリコンバレー企業の駐車場から牽引して行く景色が日常的になった。宴は突然終わったのだ。そう、バブルは突然弾けるのである。私の会社でも、巨額のストックオプションに目が眩んで転職した社員が、次々と戻ってきた。

Owyang氏は、今のシリコンバレーは、あの時のドットコムバブルの時とは構造が全く異なるが、この先、今が、「あの時がピークだったね」と言われる可能性があるのではないかと言う。それでは、今のシリコンバレーが抱える問題は、一体何なのか考えてみたい。まず、最初の一つ目は、カネ余りである。新興国経済が、次々と破綻に向かっている今、お金は世界中からアメリカへ向かい、その投資先を探している。そして、もう一つは、Apple、Google、Facebookといったシリコンバレー企業が稼ぎ出す巨額の利益である。

お金は何をするにも必要なものだが、過剰に供給されても問題を引き起こす。これまでシリコンバレーに投資してきたベンチャーキャピタルは、今、優良なスタートアップを選ぶのに大変苦労している。優良なスタートアップは、既に十分な資金を得ていることが多いからだ。さらに、優良なスタートアップの数、そのものが従来より大きく減っている。それは、各スタートアップとも、人材獲得に大変苦労しているからだ。

つまり、Apple、Google、Facebookといった高収益企業が高給で多くの優秀な人材を集めているので、何も苦労してスタートアップで働かなくても良いのではないかと言う気分にさせていて、シリコンバレー特有のハングリー精神は徐々に失われつつある。さらに、Apple、Google、Facebookといった高収益企業は、巨額の開発資金を使って優れたスタートアップを極めて早い段階で買収してしまう。優れたスタートアップであればあるほど、起業した直後に姿を消してしまうので、ベンチャーキャピタルやファンドは、それを探すのに苦労する。

しかも、今回、アメリカの証券管理委員会がAmazon、Apple、Google、Facebook、Netflixと言った企業を「コミュニケーション・サービス」と言った広義の業種に定義づけた。つまり、これらの企業は、情報サービス、広告、メディア、物流、金融、人材サービス、不動産など、何でもありの業態と位置付けられたわけだが、実際、これらの企業は、ITを核として、ありとあらゆる分野に事業を広げようとしている。こうした、巨大企業が、あらゆる分野で、多くの優秀な人材を使って、巨額の資金を投入して新事業に進出するとなると、いくら天才肌の起業家でも、この巨人たちに対して、竹槍で真っ向から太刀打ちすることは極めて難しい。

こうした環境条件の変化は、イノベーションの聖地であるシリコンバレーを大きく変質させる可能性がある。今、シリコンバレーは世界を支配する巨大企業軍団の帝国となった。それゆえに、次の展開が極めて難しくなったと言えるだろう。つまり、もう、こうした巨大企業をDisrupt(破壊)することは容易ではない。シリコンバレーは、もはや、挑戦する側から挑戦される側に転換したのかも知れないと言う事だ。

397 シリコンバレーの光と陰 (2)

2018年9月14日 金曜日

9月4日から三日間、サンフランシコで開催されたTechCrunch Disrupt 2018で壇上に登場した人物の中で、私が最も印象に残った女性二人を紹介したい。最初の一人は、シリコンバレー発の世界的な遺伝子検査サービス企業の「23andMe」の創業者でCEOのアン・ウォイッキ女史である。何しろ、外観からしてバリバリのキャリアーウーマン。司会者の質問に対する答えが止まらない。自分の言いたいことは全部言い切ると言うスタンスで圧倒される。

彼女は、元来、生物学者で、グーグルの創業者であるセルゲイ・ブリン氏と結婚、二人の子供を産んでいる。「23andMe」の23は染色体の数を表している。「23andMe」を2006年に創業し、2007年に一般消費者向けに遺伝子検査サービスを提供して、その後、急成長したが、2013年にFDA(米国食品医薬品局)から販売を差し止められた。多分、この時のショックが大きかったのだろう。アンは2015年にセルゲイと離婚。その後、ニューヨークヤンキースのスター選手であるアレックス・ロドリゲスと交際を始めるが、2017年には破局を迎える。

しかし、神様は、アンを見捨てなかった。その2017年にFDAは「23andMe」の説得努力に報いて条件付きで遺伝子検査ビジネスを承認したのだった。まさに、アンは、この「Disrupt」と言う言葉に象徴される波乱の人生を歩んでいる。だから、ステージでも他の登壇者とは迫力が違う。そして、今回、私が紹介する二人目の女性であるプリシラ・チャン女史は、アンとは全く異なる姿で登場した。黒のチャイナ服風のブラウスと黒のパンツ姿という質素で目立たない服装で、とても、あのFacebookの創業者で、今や、世界有数の資産家であるザッカーバーグの奥様とは思えなかった。

チャンさんは、この度、世界最大の慈善団体であるチャン・ザッカーバーグ財団(資産総額5兆円)の共同代表として登壇した。司会者から、この慈善団体を設立した意図を問われると、涙ながらに、ベトナム難民の子供として暮らした厳しい幼少時代の話をし始めた。また、夫であるザッカーバーグ氏と知り合ったハーバード大学卒業後に、貧しいボストンのベイエリアで教師として働いた時代に家庭の問題で悩む大勢の子供達を見てきたのだと、また涙を吹きながら語る姿に、私も思わず涙を誘われた。

夫となるザッカーバーグ氏がシリコンバレーのスタンフォード大学に移り、現在のFacebookの原型を作り始めると、チャンさんもカルフォルニア大学サンフランシスコ校の医学部で学び、小児科医となった。チャンさんは、貧しいベトナム難民の子でありながらハーバード大学まで卒業できたのは、多くの人の支援があったからで、これからは夫と共に、世界の貧しい子供達を医療と教育の両面から支えていきたいと語った。本当に、このDisrupt SF 2018で、こんなに素晴らしい人と出会えたのだと心から感動してしまった。

ここまで紹介すると、さすがシリコンバレー。多くの女性が活躍しているなと思われるかも知れないが、現実のシリコンバレーでは、女性に関して多くの問題を抱えている。今回のDisrupt SF 2018でも3日間で100人以上の登壇者がいるが、女性は、この2人を含めて、たった数人である。実は、このシリコンバレーにおいて、ベンチャーキャピタルから投資を受けたスタートアップの中で、女性の起業家によるものは2%台にしか過ぎないからだ。

なぜ、こうした男女差別があるのだろうか? 諸説あり、どれが正しいのかわからないが、私は、シリコンバレー最強のインキュベータであるYコンビネータの代表である、サム・アルトマン氏の次の言葉が大変印象に残っている。「シリコンバレーで大成功する起業家の条件は、第一が25歳以下であること。第二が男性であること。そして、第三が独身であること」なのだそうだ。アルトマン氏は、決して年齢差別や性差別から、こうした発言を言っているわけではない。

シリコンバレーでは毎年、14,000社ものスタートアップが起業されるが、5年後までに残っているのは数社にしか過ぎない。この熾烈な戦いに生き残るには、まず並外れた体力が必要だ。「25歳以下」というのは、そうした体力が未だ残されているという意味である。そして、なりふり構わず集中できる力、例えば、1週間近く、風呂にも入らず、顔も洗わずに、全てを忘れて、ひたすら開発に集中できる力の象徴として「男性」と表現している。最後は、大失敗しても路頭に迷わせてしまう係累(妻や子供)を持たないことだと言っている。

はっきり言えば、シリコンバレーでスタートアップが成功する条件というのは、今、日本で議論されている「働き方改革」の中で、「完全にブラックな働き方」、そのものである。現在、世界を変える、新たなイノベーションとは、既存の業界のルールを変え、従来型市場での支配企業を破綻させることによってもたらされる、いわゆるDISRUPT(破壊)から生まれている。GoogleやFacebookは広告業界を壊し、Amazonは小売業界を壊し、UberやAirbnbもタクシー業界やホテル業界に強烈なインパクトを与えている。

確かに、それはそうかも知れないが、今の私たちは、もっと大きな、そして広範囲なDISRUPT(破壊)の脅威に晒されている。つまり、AI(人工知能)によるヒトの仕事の代替である。私は、50年前に人工知能の研究者として就職して20年ほど頑張ったが、先に展望がないと断念した。しかし、今度の2012年以来の人工知能ブームは違う。これは本物だ。産業革命後のオートメーションによってブルーカラーの人々の多くが職を失った。今度は、人工知能でホワイトカラーの人々の多くが職を失うだろう。

そして、最後に残される職業は、看護、介護、保育に代表されるピンクカラーだとも言われている。それは、ヒューマン・ケア産業とでも呼ぶのだろうか? 男性の力強い腕力によって起こされるDISRUPT(破壊)的なイノベーションに代わる、もっと優しく育むようなイノベーションを起こすには、女性の力を最大限活用しなくてはならないと思う。