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509  米国AI企業の系譜

2026年9月1日 火曜日

2012年に行われたImageNet画像認識コンテスト(ILSVRC)において、カナダのトロント大学ジェフェリー・ヒントン教授の研究室に所属していた学生アレックス・クリジェンスキーとイリヤ・サツケバーが開発した「AlexNet」というディープラーニング(畳み込みニューラルネットワーク)モデルが日本の東大に圧勝した。それまで主流だった画像認識手法は、研究者が手作業で「特徴量」を設計する方式が中心で、精度向上は年々わずかずつしか進んでいなかった。「AlexNet」は、そうした手作業の設計をほぼ使わず、大量のデータとGPU(グラフィックス・プロセッサ)による計算力で「特徴」を自動的に学習する方式で既存手法を根本から覆す新たな手法で圧倒的に優位な結果を出した。

この結果は、それまで長らく研究が停滞し、「AI冬の時代」と呼ばれていたニューラルネットワークが一気に実用段階に入ったことを世界に示し、現在のAIブームの出発点となる「AIのビッグバン」が起きた。それ以来、ヒントン教授は「ディープラーニングの父」と呼ばれるようになる。ヒントン教授とアレックス・クリジェンスキーとイリヤ・サツケバーの3人はImageNet での成功を受けて「DNNresearch」という企業を設立した。翌年の2013年にはオークション形式でGoogleが数千万ドル規模で買収した。ヒントン教授はトロント大学を兼務する形でGoogle Brainチームの主任となった。そして、弟子のイリヤ・サツケバーはGoogleへ入社したが、その後、2015年にOpen AI社の共同創業者兼チーフサイエンティストとなり、後にAIの安全性を巡って見解の相違が明らかになり Open AI社を離れた。

ディープラーニング(畳み込みニューラルネットワーク)は、それまで何十年も続いた「AI冬の時代」を解放し、世界中の研究者は、同じ手法で一気にAI研究の華を開花させていく。そして、2015年12月11日イーロン・マスクを中心とする著名なテック関係者のグループが人類のためにAIを開発するという目的のもと10億ドルの拠出を約束し、「Open AI」が非営利の研究組織として発足した。彼らは、AIの発展が急速に進む中、Googleなどの巨大企業がAI技術を独占することへの懸念が設立の大きな動機だと言われている。創業者は、サム・アルトマン、イーロン・マスク、イリヤ・サツケバーなど著名なメンバーでアルトマンとマスクが共同議長、Googleから移籍したサツケバーはチーフ・サイエンティストに就任した。

このプロジェクトは「強力なAIシステムは一部の企業や政府に支配されるのではなく、全ての人々にとって自由にアクセス可能で人類の価値観に沿ったものであるべきだ」という信念のもと立ち上げられた。しかし、その3年後の2018年初め、マスクはOpen AIがGoogleに致命的な遅れをとっていると考えて、自らが主導権をとって運営する案を提示したが、他の創業者達から拒否されて彼はOpen AIを去ることになる。実業家のマスクにとっては、世界中の優れたAIソフトをオープンにしてAI技術の発展を計るというOpen AIの考え方に忍耐できなかったのかも知れない。それで、マスクは、2023年Open AIに対抗するべく独自の大規模言語モデルある「Grok」の開発を進める「xAI」というAI企業を設立した。そして、2026年2月「xAI」を「スペースX」と統合し、「SpaceXAI」として再編した。これによって、「xAI」が開発してきたAI技術がStarlink衛星通信網の最適化を図る自律運行システムに利用されることになる。

そして、その翌年、まだコロナ禍が起きる前の2019年秋、私はサンフランシスコで開かれたスタートアップ・コンファレンス 「TechCrunch Disrupt 2019」に参加した。そこで、Open AI社の代表として登壇したサム・アルトマンの講演を聞いた。彼の話が終わった後に、多くの聴衆から、次のような非難が相次いだ。「あなたは、そんなに多くの優秀なエンジニアを集めて一体何をやろうとしているのだ。だいたい、非営利組織として活動して、彼らの高い給料をいつまで払えるのか?」という趣旨の内容だったと思う。当時のOpen AI社はまだ「ChatGPT」の話など何も公表していない「秘められた会社」で、私も聴取の意見はもっともだと思った。そうした非難に対してアルトマンは次のように述べてから静かに壇上から降りた。「皆さん、何も心配する必要などない。私たちは、先週マイクロソフトから10億ドルの資金提供を受けた。私は、これを使い果たすまで、今の活動を続ける」

そして、その翌年の2020年、コロナ禍がますます酷くなっていく中で、マイクロソフトはOpen AI社に対して前年の10倍の100億ドルの資金提供を表明した。Open AI社は、コロナ禍が収束の方向が見え始めた、その2年後の2022年11月30日にGPT3.5をベースとした対話型AI「Chat GPT」を無料で一般公開する。公開からわずか数日で数百万ユーザを獲得する爆発的な話題となり、現在の生成AIブームの直接的なきっかけとなった。当然のことながら、マイクロソフトは「Chat GPT」をリリースする3年前の2019年に、すでにその存在と実力を知っていたのだ。なぜ、マイクロソフトは、そんなことが出来たのだろうか? 実はその裏には、LinkedInの創業者であるリード・ホフマンの存在があった。ホフマンは、シリコンバレーの中では多くの尊敬を集めている有能な技術者兼起業家である。

ホフマンは大学を卒業後、Appleに入社したのだが、スティーブ・ジョブスが退任するときに、Appleを辞めて富士通アメリカに転職した。彼は、私が、アメリカに駐在する1998年の前の年である1997年に、富士通を辞めてイーロン・マスクやピーター・ティールと共にPayPal社を設立している。マスクは、このPayPal社をイーベイに売却した資金でスペースXやテスラを設立しているが、ホフマンもその資金で2002年に長年の夢だった転職SNSである「LinkedIn」を創業した。そして、その後「LinkedIn」は世界中の有能な人々を20億人以上も抱えるという大成功を収め、ホフマンは、2016年、その「LinkedIn」を262億ドルでマイクロソフトに売却した。「LinkedIn」売却と同時に、ホフマンはマイクロソフトの取締役に就任する。さらに、ホフマンはOpen AI社の創業メンバーでもありOpen AI社が何を開発しているかを全て知っていた。こうした関係から、マイクロソフト社にOpen AI社へ巨額の資金を出資することを勧めたのは、このリード・ホフマンしか私には考えられない。

さて、PayPal社を創業したメンバー達は、シリコンバレーで多くの成功を収めているため、「PayPalマフィア」を呼ばれている。しかし、先ほど紹介した中で、ピーター・ティールについて私はまだ何も述べていない。そもそも「PayPal」とはオンライン決済サービスを提供する米国企業で、1998年にピーター・ティールが設立した暗号技術の会社である「Confinity」とイーロン・マスクが設立した「X.com」というオンライン銀行が2000年に合併し、2001年に社名を「PayPal」に統一した会社である。その会社を2002年にeBayが15億ドルで買収し、創業メンバーであるティール、マスク、ホフマン達は、その売却益でそれぞれが、独自の企業を創業した。それらの企業群が全て大成功を収めているので、このメンバーを「PayPalマフィア」と呼んでいる。

中でもピーター・ティールは投資家・起業家だけでなく、2016年の共和党大会でトランプ氏支持を表明した保守派の思想家としても有名である。また彼はヴァンス副大統領の政界進出を資金・人脈面で後押しした。さらに、このピーター・ティールは、2003年「Palantir Technology」を創業した。この企業は、政府機関(CIA,国防総省など)や大企業向けにAIを駆使したビッグデータ分析ソフトを提供している。今回のイラン攻撃には、このPalantir社のAIソフトが大きな貢献をしたと言われている。彼は「競争は敗者がするもの」という独自の経営哲学で知られている。Palantirは監視技術、データ分析の分野で政府との関わりが深く、その思想的立場も含めて議論の対象になっているという点で、ピーター・ティールは「PayPalマフィア」の中でも思想的・政治的な発信力という点では最も際立った存在と言える。

次に、最近顕著に進化した性能を見せているアンソロピック社と創業者であるダリオ・アモディについて書いてみたい。彼は、もともと物理学者で、プリンストン大学では理論物理学を学んだ後に、機械学習、AI分野に転向した。その後、GoogleのAI研究開発部門を経て、Open AI社に入社した。Open AIでは、研究担当副社長としてChat GPT(GPT3.5)を公開する前段階のGPT-2、GPT-3の開発において中心人物として活躍した。しかし、そのChat GPT(GPT3.5)が電撃的な発表を行う2022年に先立つ2021年、現在アンソロピック社の社長を務める妹のダニエラ・アモディや元Open AI社の研究者達と共にアンソロピック社を共同設立。アモディがOpen AI社を退社した理由としては、アルトマンCEOとは、AIの安全性やガバナンスに関する方針の大きな違いがあったからだと言われている。

ダリオ・アモディは、AIの急速な進歩がもたらすリスク(誤用、制御不能なシステム)について業界内でも特に率直な警鐘を鳴らす人物として知られている。その、一方で、AIが医療、科学研究などにもたらす恩恵についても積極的に発信しており、単なる悲観論者ではなく「楽観的だが慎重」という立場を取っていると評されている。科学者出身の経営者として、技術的な深い理解と安全性への強いこだわりを併せ持つ人物という評価が一般的である。これまで、「Chat GPT」について惚れ込んでいた私は、最近ではアンソロピックの「Claude」を多用している。とにかく、「Claude」は、私が知りたいことをほんの数語の問いとして書くだけで期待以上の丁寧な回答をくれるのだ。

最新の評価では、アンソロピックの最新AIエージェントである「Claude Opus 4.6」の知的能力はOpen AIの「Chat GPT 5.2」やGoogleの「Gemini 3-Pro」を抜いて最優秀の成績を上げている。さらにアンソロピック社は企業向けAIエージェントのシェアでも、Open AIやGoogleを抜いて第一位に登場し、つい最近は時価総額で表される企業価値でもOpen AIを初めて逆転した。そんな中で、このアンソロピック社が開発したソフトウエア脆弱性発見のためのAIエージェントである「Claude Mythos」が大きな話題となっている。その理由は、「Claude Mythos」が単にソフトウエアの脆弱性を発見するだけでなく、その脆弱性を突いて攻撃するハッキングツールまで即時に提供する能力を持っているからだ。このため米国政府はアンソロピック社に対して「Claude Mythos」の提供先を制限している。

AIは知識レベルが人間と同じなら、処理速度では圧倒的に人間を超えるだけでなく、疲労を全く感ずることなく、24時間休みなく仕事をこなすので、圧倒的な量の仕事を一気にやってのける。アンソロピック社が限定的に提供した主要なOSに関して、「Claude Mythos」は、たった1週間で4,000件以上の脆弱性を発見し、1ヶ月では10,000件以上の致命的な欠陥を発見した。こうした欠陥を自動的に補修する作業もAIでできるのだが、最悪のことを考えて人間が丁寧にチェックしているのが現実だ。こうした状況の中で、この「Claude Mythos」は、アンソロピック社の閉じられた開発環境の中を抜け出す道を自律的に見つけ出して、アンソロピック社の厳重な管理を超えて他社のシステムに侵入し、その中を動き回っていたことが発見された。

このニュースは、これまでのAIの発展の歴史の中で、いつかは来るだろうと思うほどの極めて画期的な進歩ではあるが、私には「とうとうここまで来たか」という感慨に耽るほどの怖さを感じざるを得ない。人間から具体的な指示を得ないで自らの意思で動く「自律型AIエージェント」と呼ばれる領域が遂に出てきたのだ。つい最近の話として、こうした「自律型AIエージェント」の登場で、SaaS(業務アプリ)は死ぬのではないかと言われるようになった。なんとも、あり得そうな話である。しかし、この「Claude Mythos」の想定外の自立性を発揮する動きを見ていると、本当に「自律型AIエージェント」は指示された仕事だけを忠実に行うレベルに留まっているのだろうか?という不安が出てくる。AIは確かに優秀で仕事は人間以上にできるが、いつも本当に正しい仕事をするのだろうか?という不安を拭い去るのは相当な根気と努力が必要だろう。新たなAIの開発競争は、これまでとは全く異なる次元で行われるに違いない。

508  安全保障領域へ進化するAI

2026年8月1日 土曜日

この数ヶ月間、月に三回ほどのペースでAIに関する講演を行なっている。現在、私がお話しする主題は「私たちはAIが進展する時代に自身の存在価値をどこに見出すか?」ということに焦点を絞っている。何しろ、今や「AIの知識量は神の存在に近い」中で、人間がAIと知識量で争って勝てる可能性は殆どない。これまで、一生懸命勉強して合格した一流大学に進学し、そこで高等教育を受けて学んだ豊富な知識を活かして高額の報酬を得ていくという成功パターンを、今後も踏襲することは極めて難しいだろう。こうしたことは、私がわざわざ面と向かって言わなくても、既に、多くの人が容易に想像できる景色である。

現在、私は講演の中で、こういう誰もが容易にできる予想を述べることをあえて避けている。それよりも、まさに今、アメリカの企業動向や労働市場で起きているいくつかの深刻な事実を数字で淡々と述べている。例えば、アメリカでは大学を卒業して間もない22歳から27歳までの若者の失業率が7%にまで高まっており、全米労働者全体の平均失業率3.5%の2倍にも上っている。この奇妙な現象を説明できる企業側の動向としてはアメリカの株式市場を牽引する主要7銘柄として挙げられているマグニフィセント・セブンである、アップル、マイクロソフト、アルファベット、アマゾン、メタ、エヌビデア、テスラの7社の従業員数が、2023年から3年間全く増えていないことを見れば容易に想像できる。

これら7社は、現在進行中であるアメリカ経済の繁栄を担っているデジタルテクノロジー企業である。この7社は、時価総額でS&P500社全体の38%を占め、利益では31%を占める巨大企業群であるが、従業員数では7社全体でおよそ230万人に過ぎず、S&P500社全体の従業員数2,810万人から見るとわずか8%である。つまり、マグニフィセント・セブンは巨額の利益を上げているにも関わらずアメリカの労働市場への貢献は、極めてわずかしかない。さらに、そのマグニフィセント・セブンの従業員総数が、コロナが収束して以降も全く増えていないということが何を示すのか? これら7社は、極めて苛烈な技術開発競争を勝ち抜くために優秀なAIエンジニアを毎年大量に採用していることは皆が知っている。それにも関わらず、従業員総数が全く増えていないということは、一般管理業務を担うホワイトカラーを信じられないほど多数解雇しているからに違いない。

従来、アメリカの若者を代表する「Z世代」も今や歳を重ねて、大学を目指す年代の若者は「α世代」と呼ばれている。この「α世代」は、こうした事情をよく知っていて、一般の大学を進学することよりも、手に職を得られる技術専門学校において、医療検査技術や塗装・溶接技術、電気配線技術などの専門技術を学ぶ方が良いと考えて応募数が激増している。その理由として、今をときめくNVIDEAのジェンスン・ファンCEOは、AIデータセンター建設ブームによって電気工などの熟練労働者の需要と賃金が上昇し、「新しいブルーカラー・ミリオネア」が生まれると予測している。明治維新の時に「学問のススメ」を書いた福沢諭吉翁は、学問をする際に一番大事なことは「役にたつ学問」を学べということを強調した。今後、AIが色々な分野で導入されていく中で、従来から高給で優遇されていた職業に大きな変化が現れることは、もはや誰でも理解している。そうだとすれば、現在、大学や大学院で学ばれている高等教育の科目にも、今後大きな変化が必要だろう。最近、「さすがだな!」と思ったのは、いくつかの大手金融機関が将来の幹部社員候補として高専卒業生の募集を始めたことだ。

さて、これまでの私のAIに関する講演では、「AIと雇用およびそれに関する教育科目と教育制度」について、お話をしてきたが、これから少し違う観点の話も追加してみようと思っている。それは、国家や国民の生活を守る安全保障に関するAIの役割である。その一つのきっかけは、今まさに大きな変化を遂げようとしている「ウクライナ戦争」かも知れない。2022年2月24日に始まったロシアの全面侵攻が始まって丸4年の歳月が経つ。これまで圧倒的にロシアの優勢が伝えられていた戦況が、最近大きく変化しつつある。これまでの戦争は核兵器を頂点として、ミサイル、戦車、戦闘機、航空母艦など保有する大型兵器の物量で優位が決まっていた。その論点から見れば、ウクライナが単独でロシアに勝つことは、あり得ないことだった。

しかし、今や、ウクライナは「AIドローン」を駆使して最前線のロシア軍を無人兵器で殲滅させるだけでなく、ロシア領土の奥深く2,000キロも離れた遠方地域までを含む広域の石油精製プラントを破壊し、ロシア全土にガソリンや軽油が全く足りないという恐慌状態を作り出している。また、同じく「AIドローン」で、ロシア最大の石油輸出拠点であるノヴォロシークス港から黒海経由で地中海に向かい世界各地へ石油を輸出するタンカーを次々と撃沈している。もはや、ウクライナの対ロシア戦争に向けての戦闘の中心は「AIドローン」になった。実は、ウクライナは、1991年12月に崩壊したソ連邦の一員の時からITや航空機、原発など最新技術を担うテクノロジー大国だった。あの忌まわしいチェルノブイリ原発事故も、無知なソ連当局から発信された、とんでもない実験命令によって引き起こされたものだ。

ソ連邦の崩壊と共に、ウクライナに居た航空産業のエンジニアのうち、アメリカのボーイング社に逃れた技術者は数千人にも及ぶと言われている。日本の著名な巨大企業が1兆円で買収したシリコンバレーに本社を持つ新興システム開発企業は、インド人が起業した会社であるが、実務を行うエンジニアの多くがウクライナ人で、主要な開発拠点はウクライナにある。ロシアのウクライナ侵攻のあと、キーウやリビウにいた7,200人もの駐ウクライナのエンジニアの一部はポーランドへ移住したが、今でもウクライナでリモートワークによって仕事をしている。つまり、ウクライナは、テクノロジー国家としてロシアには劣らない数の優秀なエンジニア集団を抱えているテクノロジー大国なのだ。こうしたエンジニア集団が、救国のために命をかけて開発を託した「AIドローン」が世界一のものになったとしても全く不思議ではない。

このウクライナが実際の戦争で威力を示した「AIドローン」の威力は、今後の戦争に対する考え方、あるいは防衛設備に対する思想を大きく変えるだろう。国を守る戦争は、命知らずな勇敢な兵士によってだけでなされるものではなくなる。また、一部の巨大企業だけが製造できる巨額の最先端兵器よりも、リモートから遠隔制御のサポートも交えた半自動も許容する安価な「AIドローン」の方が、大きな成果を挙げられることを多くの人々が理解してきた。また、これらの兵器は有人ではないため、操縦者も命懸けとはならず冷静な判断ができる。むしろ怖いのは、今後の戦争がゲームの延長線上で行われる気軽さで多くの命が奪われる可能性があることかも知れない。それでも、アメリカやロシアの他国への安易な侵攻を恐れたヨーロッパやアジアの多くの国々が、今後、防衛予算を増額し、「AIドローン」のような安価なAI兵器を次々と大量に増産していくことだろう。

もう一つの懸念は、AIがITシステムのセキュリティー確保に大きく関与してきたことである。かつて、アメリカは「イランを降参させるのに爆弾は要らない。サイバー攻撃だけでイラン全土の電力を無効にすることができる」と豪語してきた。しかし、今回のアメリカのイラン攻撃は大量のミサイルによる爆撃が主体なのは、致命的なサイバー攻撃が未だ無理だったからなのか? しかし、アンソロピック社が開発したセキュリティーAIエージェントである「クロード・ミュトス」の登場は、そうした高度な攻撃を可能とする。今後、金融ネットワークや電力システム、鉄道や航空機の自動操縦システムへのサイバー攻撃は、「AIドローン」以上に致命的な役割を果たすことになるだろう。もちろん、このAIエージェントは単に脆弱性を見つけるだけでなく、攻撃も防御もアシストする。そして、この「AIエージェント」の能力は、もはや、どんなに優れたエンジニアも叶わない。AIは、今後、労働市場に大きな影響を持つだけでなく、私たちの毎日の暮らしの安全性にまで深く関わってくる。

{追記}

さて、今回は、これでおしまいにしようと筆を休めていたら、7月17日から上海で開催されている世界AI大会で習近平総書記が開会の挨拶を行なった後に衝撃的な発表があった。この刺激的な発表で、昨年1月中国のDeep Seek AI社が発表した低価格の最先端生成AIモデル「Deep Seek」の登場で大きなショックを受けた米国株式市場は、またもや、AI関連株の暴落を引き起こした。この新製品は、中国のMoonshot AI社が開発したAIエージェント「Kimi-K3」である。このAIエージェントはプログラム作成能力で現在世界最高性能を誇るアンソロピック社製の「Claude Fable5」の能力を超えている。このAI世界大会で習近平総書記が述べたことは、「中国は、アジア、アフリカ、南米の各国のAI力を強化するべく協力を惜しまない」という力強い宣言だった。

今や、AI開発に対して巨額の投資を行っているのは米中2カ国が際立っている。しかも、アメリカにおける優秀なAI開発人材の40%が中国生まれの中国人だ。現在、アメリカはAI半導体において開発、製造、輸入のいずれでも中国に対して厳しい規制を行っている。それにも関わらず、中国のAI開発の進歩はアメリカに大きく劣っていることはない。かつて、アメリカでIT分野における開発要員の殆どがインド人だった。この結果、IBMも、マイクロソフトもアルファベット(グーグル)もアマゾンも、著名なIT企業のCEOは殆どがインド人となった。しかし、今や、AI業界のリーダシップは、インド人の代わりに中国人が大きな役割を果たしている。

しかも、アメリカだけでなく、中国本土においてもアメリカに対抗できる優秀なAI人材が次々と育っているように見える。さらに、中国は、AIを応用したドローン業界ではダントツの世界一であり、二足歩行の人型ロボットでも圧倒的な強さを誇っている。これから、さらに進化したAI時代を迎える21世紀は、中国が圧倒的な力で世界を支配する時代になるのだろうか? しかし、アメリカでは、例えば一般人のレベルでは、こうした中国の脅威をどこまで知っているのだろうか?

507  私が憧れていたアメリカはどこへ行った?

2026年7月1日 水曜日

幼い頃に犬の散歩をしていた平塚の海岸までは、家から歩いて20分くらいの距離だった。いつも波静かな相模湾は左手に江ノ島、右手には伊豆半島の奥に富士山が見えるうっとりするような景色だ。そして正面の水平線の沖合には大島の影がうっすらと見えた。「あの島影の向こう側に、私が憧れるアメリカがある。いつかアメリカへ行ってみたい」と子供の時からずっと思っていた。その憧れのアメリカへ単身赴任したのが1998年4月である。日本がバブル崩壊した直後で、バブル時代には考えられなかった超円安で、1ドル145円だった。それが今は160円にもなっているのだから全く信じられない。親から借りた500万円も、新車を買っただけで全てなくなった。なにしろ、公共交通機関が殆どないアメリカでは車がないと全く移動できないから必須品である。

当時のアメリカの大統領はクリントンで、毎日テレビで放映されていたのはモニカ・ルインスキー嬢との不倫問題で弾劾裁判をかけるかどうかの議論ばかりだった。結果的には、上院の弾劾裁判では有罪評決に必要な2/3には達せず、クリントン大統領は、かろうじて大統領罷免を免れた。しかし、クリントン大統領は、このルインスキー事件の進展にタイミングを合わせてアフガニスタンへの爆撃を行い、「スキャンダルから目をそらせるための爆撃だ」と批判された。このアフガニスタン爆撃が、クリントンが大統領を退任した後年2001年9月11日にニューヨークで起きた同時多発テロの引き金になったのかも知れないと言われている。もし、そうした因果関係が正しいとすれば「私が憧れていたアメリカ」とは一体、なんだったのだろうと考えてしまった。

私がアメリカに憧れていた最大の理由は、アメリカという社会が「一生懸命努力すれば誰でも夢を叶えられる可能性が世界一高い」ということだ。これは、アメリカ社会の評価基準が公平で、誰にでも挑戦の機会が与えられるという歴史的事実だった。そのため、世界中から優秀な人材がアメリカを目指してやってきた。そして、彼らが興した新しいイノベーションがアメリカをさらに豊かにしていった。こうした好循環は世界中の誰にも真似できない新しい仕組みをアメリカに作り上げていく。しかし、その好循環が、逆にアメリカの新たな弱点を作っていった。その一つは、かつて世界を圧倒していたアメリカの製造業がすっかり衰退してしまったことにある。当時、私が買い物に行く街の日用品売り場では、殆ど100%が「Made in China」になっていた。

もう一つは、アメリカの製造品質劣化である。毎朝、車で通勤すると路肩に故障で止まっている真新しい車を発見することが度々あった。そして、その殆どがアメリカ車である。私の職場でも、多くの同僚がドイツ車か日本車に乗っていた。たまにアメリカ車を購入する従業員がいると「あいつ、最近は金に困っているのだな」と変な邪推を招くことになった。それだけ、人々がアメリカの製造業に対して、その品質を信頼していないことを示している。そして20世紀はもうすぐ終わりを迎えようとしていた。そう、21世紀に入るとアメリカは深刻な製造業の衰退期を迎えることになった。IT産業も、ハードウエアは台湾、ソフトウエアはインドにアウトソーシングしており、アメリカで研究開発された新製品がアメリカ国内で製造されることは殆どなくなっていった。

1990年にデジタル時代を迎えたアメリカはGDPを飛躍的に増加させていった。この30年間に幾何級数的なGDPの増加を得たアメリカは、デジタル技術によって、エネルギー消費量や二酸化炭素消費量を殆ど増加させないで飛躍的なGDP成長を実現したのだ。アメリカが、こうした理想的な成長を実現できたのも、デジタル技術で需要を超えた過剰な生産を抑制し、最適な物流システムを構築したからである。しかし、その素晴らしい実態は、アメリカの製造業の衰退という不都合な真実を隠していた。この30年間のアメリカの飛躍的な成長はデジタル産業と金融事業という二つの産業の発展が大きく貢献しており、中国など海外への依存度を益々増大させた自国の製造業は次々と撤退を決めていた。むしろ、製造を海外に依存するという「オフショア」というトレンドは、世界を代表する超大国で技術先進国のアメリカが進むべき方向と合致しているとして賞賛されたのだ。

こうした30年間という時間は、かつてアメリカの消費社会を支えていた中間層を没落させた。しかし、現代アメリカを支えているデジタル産業や金融業は、製造業のように多数の労働者を必要としない。しかも、この間にアメリカを発展させた「高給労働者」は、「極めて優秀な理系の高学歴者」に限定されていった。この人たちの多くは、夢を持ってアメリカに渡ってきた移民で、彼らの出身地はインド、東欧、マレーシアやベトナム、フィリピンなどの出身者だった。現在、アメリカの出身国別平均所得のランキングで上位に見られるのは、こうした地域の出身者である。まさに、白人やヒスパニックでアメリカ生まれのアメリカ人の平均所得は、こうした移民出身者よりも遥かに下位に属している。かつて多くの移民たちが作り上げた自由の国に住むアメリカ生まれのアメリカ人が、激しく移民排斥運動を支持する原点はここにある。

一方、トランプ大統領の登場を支えた選挙区は伝統あるアメリカの製造業が衰退した(ラストベルト:アメリカ中西部地域、大西洋岸中部地域)である。この地区で、かつて工場の職長を務めていた白人やヒスパニックたちは、次々と職を失い家族を養う収入が得られないために妻から離婚を迫られた。トランプ大統領の麻薬排斥運動は、こうした人々が薬物の魅力に誘引されて街を彷徨う状況をなんとかしたいとしたいという願望から来ているのだ。そのためトランプ大統領は、アメリカの製造業をダメにしたのは自由貿易であり、その復活には、関税の導入しかないと考えた。しかし、それは極めて短絡的な政策であり、これでアメリカの製造業が将来にわたり徐々に復活していくとは私には全く思えない。

しかし、これまでのアメリカの長い歴史を見ると、本来、こうした製造業の労働者を支援していたのは「民主党」だった。そして、東部のエリート達を代表するのが保守を標榜する「共和党」だったはずだ。しかし、いつの間にか「民主党」は中間層を代表するアメリカの新興エリートに支持される中で、一方で困窮する労働者たちの支持を失っていった。そして、今やトランプ大統領が叫ぶ「MAGA : Make America Great Again」こそが、良い職を見つけられないアメリカ貧困労働者達の心の支えになっている。そう、考えるとトランプ大統領は、そうしたアメリカの窮状を民主党のエリート達以上に敏感に感じていることは間違いない。つまりトランプ大統領のアンテナは民主党よりも優れていると言える。ただ彼には、その状況を是正するための正しい対策がわからないだけなのだ。

アメリカの多くの有権者達も、トランプ大統領を支持すれば、「偉大なアメリカ社会」を再興できると信じることができないとわかり始めてきた。しかし、一方で、彼らがトランプ大統領を離れて民主党に近づくかと言えば、そう簡単な時代ではなくなってきている。つまり、民主党の堅固な支持基盤であり、現代のアメリカの繁栄を支えてきた2大セクターである「デジタル産業」と「金融業」さえもが、今後のアメリカの労働市場を支える主役ではなくなりつつあるからだ。その背後にある「悪役」が、「AI産業」である。アメリカを恐怖に陥れた「コロナ禍」が、なんとか終息を見せた2022年から4年間、アメリカ経済を支えてきた「マグニフィセント・セブン」と呼ばれている7社(マイクロソフト、アップル、エヌビィデア、アルファベット、アマゾン、メタ、テスラ)の従業員が全く増えていない。

もちろん、この7社は現在もそして将来も「AI産業」を支える主要7社でもあり、この4年間に多数の「AI研究者」を採用していることは間違いない。しかし、そうした採用者と同数分の「一般プログラマー」や「管理業務に携わる従業員」を解雇しているのだ。一方、アメリカを支えてきた金融業も同様である。金融業は今後とも、アメリカ経済を支える主要業種であることは間違いない。しかし、多くの人々が理解しているように、今日、彼らが取引する巨額の投資を瞬時に判断する能力はもはや人間を遥かに超えている。それを効率的に実現できるのは「AI」にしかできない。そして、これまで、アメリカ社会のデジタル技術を支えてきたのは、多数のインド出身のプログラマーだった。その証拠に「マグニフィセント・セブン」と称される7社のCEOだけでなく、デジタル前世代の覇者IBMのCEOまでがインド人である。

こうした状況も、これから大きく変わるだろうと私には思われる。現在、アメリカで活躍する一流の「AI研究者」の分布で、最も多い38%が中国生まれの中国人である。次に37%がアメリカ生まれのアメリカ人だ。一方で、インド生まれのインド人は7%、欧州生まれの欧州人が6%となっている。こうした状況はアメリカにとって脅威ではあるが、幸いなことに現在のところ中国からアメリカに渡ってきた中国人は、中国には帰りたくないと言っている。しかし、今後、アメリカ政府が中国から来た人々に圧力をかけるとか、あるいは中国からアメリカへ移住することを排除するような施策を取り、アメリカが中国人から見て憧れの国でなくなった場合、少なくとも「AI産業」の分野でアメリカの優位性は中国に劣るという危機に晒されることも覚悟しなければならない。アメリカが、将来ともに、やる気のある世界の人々から「行ってみたい」という憧れの国であり続けるために、どのような国であらねばならないのか極めて重要なことである。

この記事を書いている最中の6月12日、史上最強のAIソフトであるアンソロピック社の「Claude Mythos 5」と、その一般企業向け「Claude Fable 5」を、米国政府は安全保障上の理由で外国人の利用を止めるよう指示しただけでなく、開発主体であるアンソロピック社内部においても同ソフトを外国人社員が取り扱うことを禁止した。これを受けてアンソロピック社は、同ソフトの一般企業への提供を中止した。このため、多くのデジタル関連企業で大きな混乱が起きている。ネット社会の進展の中で、金融取引の安全性を確保するという意味で「Claude Mythos」の存在は世界中の多くの人々の期待を集めていた。しかし、これまで技術開発に対して広く門戸を開いてきた米国政府が、米国内外の「外国人」をその対象外としたことは、もはやアメリカが「世界中の人々が憧れる世界」であり続けることを断念した証なのかも知れない。