米国大統領選挙でトランプ前大統領が圧倒的勝利を収めたショックから立ち直れないまま、今度はドイツで政権交代の危機が起こり、フランスでも内閣総辞職と世界中で政権交代に関わるニュースが巡り回っている。そんな中で、昨日は韓国では大統領が44年ぶりに「非常戒厳」宣言を出した。本日、尹大統領はたった1日だけで「非常戒厳」を解除したが、今日から韓国証券市場はかなり荒れるだろう。
そういえば、一昨年、イタリアでは右派で初の女性首相が誕生し、英国では久しぶりに労働党政権に交代した。EUの主要国全体で政権交代が起こった結果、ユーロが下落し、対ドルで等価になりそうだ。通貨が安くなるということは、経済が上手く行っていないということの証だと思えば、日本の歴史的な円安も喜んではいられない。その我が国、今回の衆議院選挙でも政権交代までは行かなかったが、自民・公明の連立政権は過半数を勝ち取れなかった。
どうして、世界の先進国G7の全ての国で次々と政権交代が起きているのだろうか?やはり、その中で一番わかりやすいのがアメリカ大統領選挙だろう。2016年の選挙で辛勝したトランプ大統領が、2020年の再選を勝ち取れなかったのは、「アメリカの常識」が勝利したと言われている。2016年の選挙結果に対して、私の知人であるアメリカ人の殆どがトランプ大統領の登場を「アメリカの恥」だと言っていた。2020年には、Z世代と呼ばれる25歳以下の若者が中心となってSNSを駆使してトランプを敗北に追い込んだ。さらに、当時頻繁に起きた黒人差別事件で人種問題もクローズアップされ、白人至上主義者に多くの支持者が多かったトランプ大統領をヒスパニックや黒人たちが敗北に追い込んだ。
ところが、今回、2024年の大統領選挙では多数のヒスパニックや、黒人層までがトランプ前大統領に多くの票を入れた。この結果、トランプは圧勝したわけだが、今回の選挙の争点は一体何だったのだろうか? コロナ禍を経て、アメリカの貧富の格差は、以前よりさらに拡大した。トランプ前大統領は、今回、人種問題での議論を避けてバイデン政権下で苦しんでいるヒスパニックや黒人層を含めた貧困層全体に現政権の無策と非力さを非難した。現在のアメリカは人口全体の38%にあたる大卒層がアメリカの個人資産の73%を保有している。トランプが狙いを付けた非大卒層の家庭では、広がる格差の中でどんどん高騰する物価に苦しんでいる。
一方で、長期政権を誇る中国やロシアでは、多数のインテリや富裕層が資産を国外に持ち出し、母国からの脱出を図っている。ロシア人は英国へ、中国人はアメリカやアジア、そして、いよいよ日本へと居を移している。彼らは、「自分が生きている間に現政権は変わらない」と諦めており、自分や子孫を別な国で生きていこうと考えている。かつて、ロンドンの不動産の高騰はロシア人が高値で買いまくっているからだと言われていたが、同じことが、中国人による移転で「億ションブーム」と言われる不動産高騰が東京で起きている。港区や品川区のタワーマンションの高層部は中国人で占められていると言われているが、教育熱心な中国人は子供をインターナショナルスクールが多く存在する都心中央部を住居として選んでいる。しかし、都内の有名中高一貫校で最近中国人が増えているとか、有名受験塾で優秀な成績を収めている中国人も徐々に増えているという話を聞くと、単に、富裕層の中国人たちは、一時的に日本に退避しているのではないと思われることだ。それほどに、現在の中国は、かなり深刻な状況にあると考えたほうが良いだろう。
最近の東証株式市場を見ていると、日本企業の時価総額が徐々に高くなっている。もちろん、これは日本企業の経営者の努力によるものも大きいとは思われるが、むしろ、これまで中国に投資していた世界のマネーが日本に移転していると考えた方が良い。中国市場への投資マネーが移転している先は、日本だけではない。インドの証券市場(SENSEX)への移転金額は日本以上に大きい。人口14億人と中国を抜いた大国インドが、従来中国へ投入されていた投資マネーを、どこまで呼び込むことができるかと世界中が注目していた。しかし、最近、モディ政権と密接な関係を築き、高成長したアダニ財閥が不正会計や株価操作などの不祥事で米国証券取引委員会(SEC)からの提訴を受けて以降、インド株式市場(SENSEX)は大暴落を続けている。
金融市場は「信用」で多額のマネー取引がなされている。だから、一度、信用を失うと、その影響は非常に大きい。ヒンズー至上主義をベースに強権的な政治スタイルで政権維持を続けてきたモディ首相も、一度、世界的な金融市場から信頼を失うと、ネガティブな影響から無傷でいることは難しいだろう。インド人は世界でも優秀な民族ではあるが、最も優秀で信頼感が強い多くのインド人は真っ当な成功を獲得するためにインドから脱出して、アメリカへ移っている。特に、IBM、Google、メタ、マイクロソフトといったアメリカの情報通信関連企業のトップの殆どは、今や、インド人で占められている。
そのインドでも問題はある。インドで最も難関と言われるインド工科大学(IIT)はインド国内に23校のキャンパスを有している巨大な大学である。しかし、インドに駐在する欧米企業の経営者は採用者として、IITよりもアメリカの大学で学んだインド人を優先的に選ぶと言われている。その理由は、大学に入る前は極めて優秀な人材がIITに入学した後は、アメリカの大学に比べて相対的に育たないというのである。むしろIITへ入学できずにアメリカに渡ったインド人の方が企業にとって役の立つ人材に育っているらしい。IITの卒業生は、鼻っぱしだけ強く、エリート意識は極めて強いが、その実力は米国で学んだインド人より、むしろ劣るというのである。
2025年は、世界中の国々が大きな問題を幾つも抱え、安定しない政権も将来計画を示せないという混乱の時代に突入する。その上、従来、そうした世界を成長軌道へ導いてきた米国の新大統領は、自国優先で世界情勢などまるで視野に入ってこない。アメリカだけ、よければ良いという自国優先主義は本当にうまく行くのだろうか? トランプ大統領が、最も力を入れているのは、関税障壁によって実現を目指している「製造業のアメリカ回帰」である。
第二次世界大戦後、戦争によってアメリカ以外の国々の製造業は、爆撃によって崩壊してしまった。当時、まともな工業製品を作れるのはアメリカに残った工場だけだった。しかし、それから80年経って、アメリカの製造業は完全に崩壊してしまった。これまで中国から輸入してきた日用品ならアメリカでも製造できるかも知れないが、多分、アメリカの労働者の賃金を考えると価格競争力は、中国製品に、いくら高い関税を付しても勝ち目はない。
今のアメリカで、もっと深刻なのは、高度な技術を要する製造業である。例えば、航空機だが、ボーイングは、もはや世界を制する航空機は作れないだろう。アメリカで唯一残っていた半導体製造業であるインテルも、私が尊敬するパット・ゲルシンガーCEOがとうとう退任した。ご存じのように造船業も、中国と韓国と、わずかながら日本で世界の殆ど全てを占めている。アメリカは、国を守るための軍艦も自国で作ることなどできないのだ。
中国市場で売上の殆どを占めていた日本のロボット企業であるファナックも、中国不況で苦しんでいたが、今や、アメリカ向けが凄い勢いで伸びているという。アメリカの製造業は、人間の労働者では採算が取れないので、工場は、全てロボットで作るしか生きる道がないというのである。そんなに、簡単に、全てロボットで製造できるのか?と思われる。もし、仮にロボットだけの無人工場で製造できたとして、それでアメリカの製造業における雇用は守れるのだろうか?
日本でも多くの問題がある。例えば、現在、多くの企業経営者が人手不足で悩んでいる。高給で中途採用の案内を出しても、経営者が望むレベルの応募者は来ない。それは、経営者が望むスキルを持った人材が日本全国で全く不足しているからだ。アメリカでは、GAFAと呼ばれる優良IT企業は、もはや募集基準として大学卒には拘らなくなった。その理由は、今の大学が、企業が望むスキル教育をしていないからだろう。Open AIのアルトマンCEOもスタンフォード大学を2年で中退している。全世界が大きく苦しむ中で、為政者は教育を含む社会インフラを根本から変えなければ、今後、人類の幸せはもたらされないだろう。