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488  世界中で政権交代が勃発

2024年12月6日 金曜日

米国大統領選挙でトランプ前大統領が圧倒的勝利を収めたショックから立ち直れないまま、今度はドイツで政権交代の危機が起こり、フランスでも内閣総辞職と世界中で政権交代に関わるニュースが巡り回っている。そんな中で、昨日は韓国では大統領が44年ぶりに「非常戒厳」宣言を出した。本日、尹大統領はたった1日だけで「非常戒厳」を解除したが、今日から韓国証券市場はかなり荒れるだろう。

そういえば、一昨年、イタリアでは右派で初の女性首相が誕生し、英国では久しぶりに労働党政権に交代した。EUの主要国全体で政権交代が起こった結果、ユーロが下落し、対ドルで等価になりそうだ。通貨が安くなるということは、経済が上手く行っていないということの証だと思えば、日本の歴史的な円安も喜んではいられない。その我が国、今回の衆議院選挙でも政権交代までは行かなかったが、自民・公明の連立政権は過半数を勝ち取れなかった。

どうして、世界の先進国G7の全ての国で次々と政権交代が起きているのだろうか?やはり、その中で一番わかりやすいのがアメリカ大統領選挙だろう。2016年の選挙で辛勝したトランプ大統領が、2020年の再選を勝ち取れなかったのは、「アメリカの常識」が勝利したと言われている。2016年の選挙結果に対して、私の知人であるアメリカ人の殆どがトランプ大統領の登場を「アメリカの恥」だと言っていた。2020年には、Z世代と呼ばれる25歳以下の若者が中心となってSNSを駆使してトランプを敗北に追い込んだ。さらに、当時頻繁に起きた黒人差別事件で人種問題もクローズアップされ、白人至上主義者に多くの支持者が多かったトランプ大統領をヒスパニックや黒人たちが敗北に追い込んだ。

ところが、今回、2024年の大統領選挙では多数のヒスパニックや、黒人層までがトランプ前大統領に多くの票を入れた。この結果、トランプは圧勝したわけだが、今回の選挙の争点は一体何だったのだろうか? コロナ禍を経て、アメリカの貧富の格差は、以前よりさらに拡大した。トランプ前大統領は、今回、人種問題での議論を避けてバイデン政権下で苦しんでいるヒスパニックや黒人層を含めた貧困層全体に現政権の無策と非力さを非難した。現在のアメリカは人口全体の38%にあたる大卒層がアメリカの個人資産の73%を保有している。トランプが狙いを付けた非大卒層の家庭では、広がる格差の中でどんどん高騰する物価に苦しんでいる。

一方で、長期政権を誇る中国やロシアでは、多数のインテリや富裕層が資産を国外に持ち出し、母国からの脱出を図っている。ロシア人は英国へ、中国人はアメリカやアジア、そして、いよいよ日本へと居を移している。彼らは、「自分が生きている間に現政権は変わらない」と諦めており、自分や子孫を別な国で生きていこうと考えている。かつて、ロンドンの不動産の高騰はロシア人が高値で買いまくっているからだと言われていたが、同じことが、中国人による移転で「億ションブーム」と言われる不動産高騰が東京で起きている。港区や品川区のタワーマンションの高層部は中国人で占められていると言われているが、教育熱心な中国人は子供をインターナショナルスクールが多く存在する都心中央部を住居として選んでいる。しかし、都内の有名中高一貫校で最近中国人が増えているとか、有名受験塾で優秀な成績を収めている中国人も徐々に増えているという話を聞くと、単に、富裕層の中国人たちは、一時的に日本に退避しているのではないと思われることだ。それほどに、現在の中国は、かなり深刻な状況にあると考えたほうが良いだろう。

最近の東証株式市場を見ていると、日本企業の時価総額が徐々に高くなっている。もちろん、これは日本企業の経営者の努力によるものも大きいとは思われるが、むしろ、これまで中国に投資していた世界のマネーが日本に移転していると考えた方が良い。中国市場への投資マネーが移転している先は、日本だけではない。インドの証券市場(SENSEX)への移転金額は日本以上に大きい。人口14億人と中国を抜いた大国インドが、従来中国へ投入されていた投資マネーを、どこまで呼び込むことができるかと世界中が注目していた。しかし、最近、モディ政権と密接な関係を築き、高成長したアダニ財閥が不正会計や株価操作などの不祥事で米国証券取引委員会(SEC)からの提訴を受けて以降、インド株式市場(SENSEX)は大暴落を続けている。

金融市場は「信用」で多額のマネー取引がなされている。だから、一度、信用を失うと、その影響は非常に大きい。ヒンズー至上主義をベースに強権的な政治スタイルで政権維持を続けてきたモディ首相も、一度、世界的な金融市場から信頼を失うと、ネガティブな影響から無傷でいることは難しいだろう。インド人は世界でも優秀な民族ではあるが、最も優秀で信頼感が強い多くのインド人は真っ当な成功を獲得するためにインドから脱出して、アメリカへ移っている。特に、IBM、Google、メタ、マイクロソフトといったアメリカの情報通信関連企業のトップの殆どは、今や、インド人で占められている。

そのインドでも問題はある。インドで最も難関と言われるインド工科大学(IIT)はインド国内に23校のキャンパスを有している巨大な大学である。しかし、インドに駐在する欧米企業の経営者は採用者として、IITよりもアメリカの大学で学んだインド人を優先的に選ぶと言われている。その理由は、大学に入る前は極めて優秀な人材がIITに入学した後は、アメリカの大学に比べて相対的に育たないというのである。むしろIITへ入学できずにアメリカに渡ったインド人の方が企業にとって役の立つ人材に育っているらしい。IITの卒業生は、鼻っぱしだけ強く、エリート意識は極めて強いが、その実力は米国で学んだインド人より、むしろ劣るというのである。

2025年は、世界中の国々が大きな問題を幾つも抱え、安定しない政権も将来計画を示せないという混乱の時代に突入する。その上、従来、そうした世界を成長軌道へ導いてきた米国の新大統領は、自国優先で世界情勢などまるで視野に入ってこない。アメリカだけ、よければ良いという自国優先主義は本当にうまく行くのだろうか? トランプ大統領が、最も力を入れているのは、関税障壁によって実現を目指している「製造業のアメリカ回帰」である。

第二次世界大戦後、戦争によってアメリカ以外の国々の製造業は、爆撃によって崩壊してしまった。当時、まともな工業製品を作れるのはアメリカに残った工場だけだった。しかし、それから80年経って、アメリカの製造業は完全に崩壊してしまった。これまで中国から輸入してきた日用品ならアメリカでも製造できるかも知れないが、多分、アメリカの労働者の賃金を考えると価格競争力は、中国製品に、いくら高い関税を付しても勝ち目はない。

今のアメリカで、もっと深刻なのは、高度な技術を要する製造業である。例えば、航空機だが、ボーイングは、もはや世界を制する航空機は作れないだろう。アメリカで唯一残っていた半導体製造業であるインテルも、私が尊敬するパット・ゲルシンガーCEOがとうとう退任した。ご存じのように造船業も、中国と韓国と、わずかながら日本で世界の殆ど全てを占めている。アメリカは、国を守るための軍艦も自国で作ることなどできないのだ。

中国市場で売上の殆どを占めていた日本のロボット企業であるファナックも、中国不況で苦しんでいたが、今や、アメリカ向けが凄い勢いで伸びているという。アメリカの製造業は、人間の労働者では採算が取れないので、工場は、全てロボットで作るしか生きる道がないというのである。そんなに、簡単に、全てロボットで製造できるのか?と思われる。もし、仮にロボットだけの無人工場で製造できたとして、それでアメリカの製造業における雇用は守れるのだろうか?

日本でも多くの問題がある。例えば、現在、多くの企業経営者が人手不足で悩んでいる。高給で中途採用の案内を出しても、経営者が望むレベルの応募者は来ない。それは、経営者が望むスキルを持った人材が日本全国で全く不足しているからだ。アメリカでは、GAFAと呼ばれる優良IT企業は、もはや募集基準として大学卒には拘らなくなった。その理由は、今の大学が、企業が望むスキル教育をしていないからだろう。Open AIのアルトマンCEOもスタンフォード大学を2年で中退している。全世界が大きく苦しむ中で、為政者は教育を含む社会インフラを根本から変えなければ、今後、人類の幸せはもたらされないだろう。

487   アメリカ大統領選挙

2024年11月7日 木曜日

2024年11月6日、トランプ前大統領とハリス副大統領との間で争われた第47代アメリカ大統領を選ぶ選挙は、これまで伯仲といわれたが、トランプの圧倒的な勝利で幕を閉じた。アメリカ人だけではなく世界中の多くの人たちが、この結果に大きなショックを受けただろう。ヒラリー・クリントンに続き、カマラ・ハリスが挑戦した女性初のアメリカ大統領の出現はまたしても実現しなかった。一方、トランプは132年ぶりに再戦失敗の後の再選成功を実現した。トランプが勝利したのは、私としては、意外な結果だったが、今のアメリカの実情を考えてよくよく振り返ってみれば、やはりそうだったのかと納得する点も少なくない。

ハリスが圧倒的に勝利した州は、ハリスが上院議員に選出された地元でIT産業の集積地であるカルフォルニア州、マイクロソフトやアマゾンの本社があるワシントン州。そして、金融の集積地であるニューヨーク州、また租税回避地としてアメリカ大企業の多くの本社が集積するデラウエア州、また政治の中心であるワシントンと高額所得者が多い地域である。やはり、現状を変えて欲しくない人々が多い州が、結果的に民主党・ハリスを選んだ。それ以外の地域は、現状に苦しんでおり、何か変えてほしい思った人々がトランプを選んだと考えるべきだろう。一見、好景気にわいているようにも見える、今のアメリカは、それだけ多くの庶民が価格高騰や失業に苦しんでいる。

よく考えてみれば、現状を変えてほしいと考えている民意が、アメリカ以外の世界中で起きている。2年前にイタリアで右派政権交代が起きたことに続き、英国も労働党に政権移行が起きたし、フランスもマクロン政権が主導権を失い、ドイツでも右派の台頭が著しく、既存政権は連立でなんとか指導力を凌いでいる。先日の総選挙では、日本も長年過半数を保持してきた自公連立政権が過半数割れを起こしている。今や、世界中で既存政権が指導力を失っている。どこの国でも賃金は上がっているが、それ以上に食料品の価格が上昇していることが、各家庭のエンゲル係数を増やして、生活苦を感じる実感につながっている。

カマラ・ハリスが勝利した州は、IT産業や金融業が栄えている州であり、今のアメリカ経済を支えている産業が中心になっている。一方で、トランプが勝利した州は、製造業が中心で、「錆びた地帯・ラストベルト」と呼ばれる地域である。トランプは関税という手段を用いてアメリカの製造業の復活を図ろうとしているが、これは中国だけではなくて、欧州や日本を含めて大変危険な政策となるだろう。しかし、関税政策だけで、アメリカの製造業は本当に復活するのだろうか? かつて世界を制していたG M、フォードといったアメリカの自動車企業の復活を信じている人はもはや誰もいないだろう。世界の航空機産業の雄だったボーイング社、半導体の勇者だったインテルの苦境を見るとアメリカの製造業復活の兆しはもはや殆どないようにも見える。

こうした状況の中で、トランプはアメリカの製造業復活を導くリーダーとしてテスラやスペースXなど世界的な自動車産業、航空宇宙産業を起こしたイーロン・マスクを戦略策定スタッフとして選んだ。先日、このイーロン・マスクという奇人が成功した物語を読んだが、この人の後をついて行くのは並大抵ではない。彼の発想は、極めてシンプルで、あらゆることで複雑な仕掛けをなくしていく。つまり精密な部品を製造するための複雑な仕掛けを省いて、全てシンプルな方式で置き換えて、つまり殆どの組み立て作業をロボットでできる仕掛けにしてしまう。アメリカで成功する製造業には、長年修行が必要な緻密な製造技術に依存してはダメなのだとマスクは考えているのだろう。しかし、私には、これで成功できる製造業と、それではうまくできない製造業があるように思える。

もう一つ、アメリカ市民の多くが苦労しているのは、日本の庶民も嘆いている食料品の異常な高騰である。なぜ、世界中で、これだけ食料品が高騰しているのだろうか? 食料品の高騰は、石油価格のようにOPECのような怪しい組織が意図的に高騰させているわけではない。これは明らかに地球上のあらゆる地域で起きている温暖化に違いない。私も、食料品の買い出しに行くとよくわかるが、最近は野菜や果物の品質が良くない。農家の方々も、本来は出荷したくないものを泣く泣く商品として出しているに違いない。そんな中で、干上がってしまった南米ブラジルのアマゾン川の写真を見ると、温暖化による食料調達危機はもはや半端ないレベルに達していると考えてしまう。こうした危機に瀕している状況にあっても、トランプは、また「パリ協定から離脱する」と言い出し始めるのだろうか?

さらに、今回ハリスが苦戦した理由の一つとして女性であることがあげられる。トランプを熱狂的に支持するラストベルト地帯の男性たちは女性に大きなコンプレックスを抱いているからだ。ラストベルトで栄えていた巨大な製造プラントが次々と閉鎖される中で、彼らは職を失っていった。現在、ラストベルトで最も増えている職種は看護師、介護士、保育士であり、これらの職業は多くの場合は女性が就くことから「ピンクカラー」と呼ばれている。こうした家庭では、収入のない夫は家計の負担となるため妻から離婚を迫られ、妻は「ピンクカラー」の収入で子供達を養うシングルマザーとして暮らしていく。妻から離婚をさせられた夫たちは、多くの場合、アルコールや薬物に浸っていく。熱狂的なトランプの支持者は、こうした経験を持つ男性であることが多い。今回、ハリスと敵対した有権者が、かなりの割合の黒人男性であり、その人たちが熱狂的なトランプ支持者だったことの大きな理由になったであろう。

先ほど、ハリスを支持した、カルフォルニア州、ワシントン州、ニューヨーク州はIT業や金融業、あるいはコンサルタント業といった、いわゆるサービス業で栄えているが、この業種は多数の人材を必要とはしていない。少ない要員で巨額の利益を得ることから、かなり高額の収入を得ているが、この業界で長く生き残るための競争はかなり厳しい。2012年に起きたAIの進展から、毎年、AIに置き換わることで失業する人々が決して少なくない人数となっている。AIは、高学歴、高収入の職種の人々にとって大きな脅威なのだ。かつて、アメリカで豊かな生活を送ってきた中間層の人たちの大多数は製造業に従事していた。それが、今では多くの中間層はITや金融などのサービス業従事者である。その中間層の人たちの職業がAIに侵食されている。ハリスが選挙期間中に何度も言っていた中間層を増やすという政策は、実は、そう簡単ではない。

今回、ハリスが抱えていた課題は、実は誰が為政者になってもそう簡単に解決できる課題ではない。トランプが叫んでいた「Make America Great Again」というテーマも、実はそう簡単なテーマではない。トランプが大統領に就任した後に、多くの支持者が「Make America Great Again」は容易に実現できないと気づいた時に、トランプは、また新たな標的を探し出すのかも知れない。そうなると、アメリカは新たな内戦の様相を示してくる。内戦ならまだしも、アメリカの外に敵となる標的を定めた時には、もっと恐ろしい時代がやってくる。

486    喜寿になって、世界を考える

2024年10月9日 水曜日

日本が太平洋戦争に負けて2年後、1947年10月に私は生まれた。そして幸運にも、この10月に77歳(喜寿)を迎える事になった。生まれたのは伊勢原市で、2歳になって父親の勤務地の関係で神奈川県平塚市に移り住んだ。その我が家のすぐ裏にあった平塚工業高校は、私が小学校を卒業するくらいまで、空襲で爆撃を受けたままの状態だった。旧平塚市は海軍の火薬工場があったせいで、市街地は9割以上が空襲で破壊された。丁度、現在のガザ地区のような状態だったと思う。そこに、戦後、帰還した兵士たちが結婚して我が家を、その爆撃跡に建てたのだ。私の両親も、そうして貧しいながらも、苦労しながら、子供達を育てて一家を営んでいた。

「喜寿」というのは、本来、めでたい話だと思うが、現在、世界の日常で最も話題になっているのはウクライナとパレスチナの醜い戦争である。両方とも、戦争を続けることが政権を維持するための方策であることを世界中の人々が理解しているのに誰も何も出来ないでいる。本当に無念でならない。ウクライナを侵略しているプーチン大統領の様子を見ていると、これまでロシア民族は、このようにして領土を拡大していったのだと素直に納得する。数学者を志望していた私は、大学の教養課程で友人たちと一緒にロシア語を第三外国語として履修し、多様体論に関する数学書をロシア語で輪講していた。皆、本当に優秀であり、「この人達と机を並べて一緒に数学を勉強することは私にはちょっと難しい」と考えるに至り、数学者になることを断念した。

ロシア人は、フランス人と同様に数学など純粋な学問には強いが、具体的にモノを作るエンジニアリングに対しては、あまり関心がなかったように見える。例えば、IT関連のデジタル技術については、ソビエト連邦崩壊前には、タタルスタン共和国のカザンが開発の中心都市だった。富士通も一時、カザンにロシア支社を持っていた。同様にソ連邦崩壊前のロシアにおける半導体産業については、東ドイツのザクセン州ドレスデンが開発・製造の中心地だった。今や、ドレスデンは台湾のTSMCが欧州における製造拠点を築こうと巨額の投資をベースに建設を進めている。さらに、ロシアは、航空・宇宙産業についてはドイツ占領の際に、V2ロケット技術者を手中に収めて、具体的な開発拠点をウクライナにおいた。ソ連邦崩壊の時に、当時ウクライナにいた数千人の航空エンジニアがアメリカにわたりボーイング社に移転したと伝えられている。

プーチン大統領がウクライナを傘下に収めたいと思っている最大の理由は、このウクライナに多く居るSTEM(Science, Technology, Engineering, Mathematics)人材だと考えられる。ロシアが将来、米国や中国に対抗していくためにはウクライナのSTEM人材が必要だと考えウクライナをロシアの属領にしたいと考えたに違いない。日立が「Lumada」を強化するために一兆円を投じて買収したシリコンバレーにあるソフトウエア企業である「グローバル・ロジック社」はキエフ郊外に5ヶ所の開発拠点を持ち7,200人の開発人員を抱えている。つまり、グローバル・ロジック社の実態はウクライナ人がシリコンバレーに移住して作った会社だと思った方が良い。日立は、本当に良い会社を買った。

さらに興味深い話がある。2011年、ドイツのSAP, Siemens , VW, Boschの4社が中心となって第4次産業革命を実現するための中核技術となる自律分散処理(IoT)を含む「Industrie 4.0」を発表したときのことである。私は、この時、ミュンヘンに行ってSiemensのエンジニアと懇談した時の話が忘れられない。そもそも「Industrie」はドイツ語である。つまり、これはドイツ政府がドイツの製造業の発展を期したものであり、IoTの世界標準を目指したものではないということなのだ。ドイツは、アメリカや中国、日本に対抗する製造業の中興を目指すには、製造業の作業員を、いつまでも中東からの移民を頼りにしていては、将来世界一になる中国には絶対勝てないと考えた。さりとて、東欧の人々だけでは頼りない。もっと強靭な人達とIoTをベースに密接な仲間として分担製造をしていきたいと考えた。

その1番の仲間が、多くのSTEM人材を擁するウクライナだったのだ。つまり、「Industrie4.0」はドイツとウクライナの密接な連携を容易にするためのプロトコルなのだ。ドイツは、ウクライナを早くEUの仲間として迎えて、ドイツと連携するEUの中核国家にしていきたいと考えた。2014年にロシアがクリミアを占領し、これをきっかけにウクライナをロシア連邦に囲い込みたいと考えたのは、ドイツの目論見をいち早く破綻させたいと考えたからであろう。ロシアは、ドイツに対抗するためにウクライナを手中に収めたいと考えている。しかし、プーチン大統領は大きな過ちを犯してしまった。このロシア・ウクライナ戦争が一旦ロシア有利に終戦を迎えたにしても、ウクライナ人はロシア覇権の中で、もはやロシアの言うなりに仕事をするとは思われない。

これから若い人々は、デジタル技術の発展のもとで、自由な発想で生き方を考えるようになるだろう。東欧では、多くの若い人たちが低迷する自分の国を捨てて西欧やアメリカへ移住している。中国でも、富を蓄えた人々、あるいは富を求める人々がアメリカへの移住を必死になって考えている。彼らは、まずエクアドルに行き、メキシコを経てアメリカへ入るといった危険なルートでも全く厭わない。それが無理なら、中国の妊婦がグアムに移動し、グアムで出産をして生まれた子供のアメリカ市民権を取得させるということも人気を得ているらしい。ロシアや中国では、少子高齢化の進展で、人口低減が起き将来の経済発展が従来通りのストーリーで見込めない中、若い人たちは覇権主義者たちが描く夢とは全く違う夢を追いかけている。彼らに、衰退する国を背負って成長に向けて頑張るという意識はもはやない。彼らは、自らを正当に評価してくれる国があるなら、世界中、どこへでも飛んで行く。

本日、10月8日トロント大学教授を務められたジェフリー・ヒントン氏が、ノーベル物理学賞を受賞された。ヒントン先生は1947年12月6日の生まれで私と同い年で、今年77歳の喜寿を迎えられる。ヒントン先生は、1982年に人間の大脳でニューロンが学習するメカニズムを定義する逆誤差伝播法(バック・プロパゲーション)による方程式を発見された。長年の間、この手法が大きく評価されることはなかったが、トロント大学のチームは、この方程式を使ったディープラーニング(深層学習)を用いて、2012年の画像認識コンテストで圧倒的な優位で優勝した。私は、この事件を「AIのビッグバン」と呼んでいる。この時以降と以前ではAIの研究手法が全く変わり、全てのAI研究者は逆誤差伝播法(バック・プロパゲーション)を用いたディープラーニング(深層学習)に集中するようになった。

私は、1970年大学を卒業し、富士通にはAIの研究者として入社し、以来20年間、文字認識、音声認識、画像認識などの製品開発におけるAI開発に従事した。私がAI研究を断念した1990年当時、AI研究は「暗黒の時代」と言われた時期で、乳母車に乗っている幼児にも勝てないレベルだと思っていた。2歳にも満たない赤子が猫を見て「ニャンニャン」、犬を見て「ワンワン」と判断できるレベルに、当時のAIの能力は勝てない「人間とは程遠いレベル」にあったからだ。しかし、ヒントン先生はAIの研究を止めるという判断した英国の大学を辞めてカナダへ移住し、40年にも及ぶ長期間に自身の研究を成し遂げるという信念を貫いた。

ヒントン先生がノーベル賞を獲得されるのは、誰もが必然と考えていたに違いない。しかし、ノーベル生理学賞・医学賞ではなくて、ノーベル物理学賞を受賞されたのには私も驚いた。ひょっとしたら、ノーベル賞委員会は、逆誤差伝播法(バック・プロパゲーション)を用いたディープラーニング(深層学習)手法は、神が造られた人間の頭脳を模したものであり、人間の頭脳そのものとは違うものだと言いたいのかと思ったりする。ヒントン先生にとっては、人工知能の可能性を否定した英国を捨てて、カナダへ移住されたこと自体が人生の大きな賭けだったのだと思う。

しかし、昨年Googleを辞められたヒントン先生が、今、最も危惧しているのは、AIが戦争の道具に使われることである。これまで長い歴史で築かれた知識を累積し、個々の人間は、とてつもない知恵を得ることになったが、他国に侵略を続けているロシアやイスラエルの首長の言動を見てみると、本当に人類は賢くなったのだろうかと訝しくなる。こうした中で、戦争に特化されたAI兵器がもたらす結果は恐ろしい物になるだろう。私自身は戦争を直接は知らないが、両親から戦争の残酷さを何度も聞き、身近に沢山の空襲の跡地を見てきた。今の日本の若い人たちには「戦争とは地球の裏側で起きている悲劇」としか捉えられていないかも知れない。今後、AIが戦争に使われるかも知れないという恐怖の中で、「何があっても戦争だけはしない」という決意を持っている指導者を選んでほしいと願う。