‘未分類’ カテゴリーのアーカイブ

419  新型コロナウイルス肺炎

2020年2月10日 月曜日

今、世界中を恐怖に陥れているコロナウイルスは、正直、私も怖い。いつになったら、収束するのか全く見えない。70歳を超えたのに、新幹線で日本全国飛び回っているから、いつか感染して死ぬかも知れないという恐れは拭えない。先週も、常宿にしている大阪のホテルが、いつも9割近くが中国人旅行者だったことを思い出してキャンセルをした。その代わりに、朝5時に家を出て、新横浜6時11分発の「のぞみ99号」で大阪に向かった。こんなことを考えている人は私の他にも沢山いるのだろう。

SARSに続いて、中国発のパンデミックは、いつも政府の初動が悔やまれる。感染症は情報統制の盲点を突くからだ。しかし、日本で発生したらどうだったか?と考えてみても、最近の日本政府は総理大臣も官房長官も国民に隠し立てなく真実を語っているとはとても思えないから、あながち中国政府だけを批判するのは、公平ではないかも知れない。それにしても、ここまで危機が到来しても、相変わらず、中国政府が発表する数字は信頼性を欠く。中国全土の感染者と死亡者の比率は、ずっと2.1%のまま変化しない。こんなに一定に推移するものなのか?

本来、中国政府は、こうした混乱に対処するために、既に国民全ての行動が把握できる超監視社会を構築したはずではなかったのか。NewsWeekは、その疑問に次のように答えている。中国政府の監視対象は、主として高学歴のエリート層で、社会の底辺で生きている農民工は、背番号に当たるIDすら持っていない。今回、武漢の閉鎖が発令される前に、事前に察知した中間層やエリート層は、いち早く武漢を脱出したというのである。だから、今、武漢において、コロナウイルスで苦しんでいる人々は、政府から見放された人々だろう。本当に気の毒である。

最初の発見があった12月初旬から17,000人もの武漢からの観光客が訪れている日本は、今や、水際で防ぐという作戦に失敗した。遅くとも、暖かくなる4月か、5月には収束するだろうと期待されているが、当事者である我々にとっては、未だ気が遠くなるほどの日数である。日本の医療機関は中国とは比べものにならないほど、しっかりしているので、もっと致死率は低いと期待しているが、感染者数は、4月、5月の収束時期までに、かなりの数にまで達するに違いない。オリンピック開催まで、少しの猶予期間はあるものの、最大の問題は風評被害である。ただでさえ欧米人から見て、日本人と中国人の区別は殆どつかない。その上、感染者数が中国に続いて圧倒的な2位だったら欧米人の東京オリンピックに向けた観光客は日本入国に二の足を踏むだろう。

そんな、毎日、滅入るようなニュースの中で、希望が持てる事実が一つある。それは、毎年、厚生労働省が発表しているインフルエンザの感染者数の月次推移である。今年に入ってからのインフルエンザ感染者が例年に比べて大幅に減っているのが何とも嬉しい。多分、日本国民全体で、マスク、うがい、手洗いを徹底している成果が出ているに違いない。だとすれば、インフルエンザと感染経路が酷似しているコロナウイルスに対しても、我々は、うまく対応できるかも知れないという希望が持てる。

418  キャッシュレス

2020年1月20日 月曜日

私は、昔から「小銭入れ」を持つことが大嫌いだ。だからキャッシュレスの普及は、大歓迎である。一方で、私は金融取引詐欺に対しては極めて臆病である。提供されるシステムに不信感を持っているわけではなく、自分自身が、そうした詐欺に対して防御できるだけの用心深さを持っているのかについての自信がない。だから、今のところ、ネットバンキングにもスマフォ決済にも手を染めていない。

今から、20年前、アメリカに単身赴任した時に、既にアメリカはキャッシュレス社会だった。現地のアメリカ人は、ポケットに10ドル紙幣を3枚、1ドル紙幣を5枚ほど裸で持っているだけで、2−3ドルの駐車料金ですら、クレジットカードで支払っていた。当時の、クレジットカードは、今のようにICチップは実装されておらず、磁気ストライプだけだったので、スキミングはいとも簡単で、クレジットカードの不正請求は日常茶飯事だったにも関わらず。だから、私は、それが嫌で、少額決済はいつも現金で支払っていた。

いつも、ポケットには、常時、総額500ドル位の20ドル紙幣を持っており。お釣りのコインをもらうと25セント硬貨以外は、チップとして返金していた。都合の良いことに、アメリカでは支払い時にチップを渡しても嫌がる人はいない。25セント硬貨は、私の単身生活には必須のアイテムだった。アメリカの洗濯機は音が大きいので、アパートの室内に置くことを許されず、洗濯はアパート敷地内に設置されているコインランドリーで行う必要があった。そのコインランドリーが25セント硬貨しか受け付けなかったのだ。

それでは、一般的なアメリカ人はクレジットカードの不正請求に対して、どう対処していたのだろうか? 私は、いつもニコニコ現金決済をしていたので、3年間の駐在期間で不正請求には一度も会ったことがなかった。当時の、アメリカでは、一般的に平均して月に2−3回は不正請求が来るのだそうだ。しかし、アメリカのクレジットカード支払いは、不正請求があるとの前提で、銀行口座から直接引き落としすることはしていなかった。毎月、支払い請求書が郵送されてくると、支払いは小切手を返送することで行われていた。

友人に聞くと、支払い請求書の中で、身に覚えのない項目については、二重線で消し、合計から差し引いた金額分の小切手を修正した請求書と一緒に返送すれば事は済むのだという。身に覚えのない請求分は、サインをした証拠がないのだから、クレジット会社は、再度請求してくる事はないのだという。もちろんクレジット会社は不正請求してきた相手に支払う事は絶対にしない。実に、うまく出来たシステムである。

それでは、現在、小銭入れを持つことが嫌いな、私が、どのように小口取引でキャッシュレス決済をしているか、ご紹介しよう。簡単に言えば、銀行口座と紐付けされていないプリペードカードである。一番多用しているのは、交通系カード(私の場合は首都圏私鉄向けPASMO)だ。私の移動は新幹線が多いので、駅で弁当を買ったり車内で飲み物を買うのにも全て使える。ちょっと難解なのが、JR東海のEXカードとPASMOを組み合わせて使うことだ。面倒を避けるために、PASMOで一度駅を出てから、EXで新幹線専用口から入り直したりしている。

PASMOのチャージは最寄駅で行うのだが、外出用の財布と自宅用の財布にPASMOを、それぞれ1枚ずつ入れて、時々交換して駅でチャージしている。このカードは最大2万円までしかチャージ出来ないので、少し面倒だが、万が一紛失しても損害は最大2万円で済むので安心だ。それが、銀行口座やクレジットカードと紐付けされていたら、不正行為で損失額はいくらになるのか計り知れない。

もう一つ、キャッシュレスに使っているのが、楽天Edyカードだ。私の場合は、ANAのマイレージカードと共通になっている。私は、カルフォルニア州シリコンバレーによく行くが、そのときにはサンノゼ空港直行のANA便を使っているので、毎年、このANAカードには数万マイルのポイントが貯まる。このポイントをインターネットで楽天Edyに移す。現物のカードへの現金チャージは、近所のファミリーマートで可能だ。このEdyも使い勝手がよく、キャッシュレス決済の手段として結構重宝している。

最後は、クレジット決済のポイントだ。以前、勤めていた会社で出張や接待の前払いに使っていたクレジットカードがある。このカードは、今も、仕事専用のカードとして使っている。また、仕事のために必要な書籍の購入も、このカードで決済しているので、毎月、結構な金額になる。このクレジットカードのポイントは、クレジットカード会社が定める、いろいろな商品と交換できるのだが、どう見ても、私が欲しいと思う商品は見当たらない。

それで、ポイントが相当溜まっていたのだが、最近、このポイントがセブンイレブンが発行しているNanacoカードで現金化できることを知った。これも例によってインターネットで、Nanacoカードに転換、早速、近所のセブンイレブンで無事チャージ出来た。これも、全国どこのセブンイレブンでも使えてとても便利である。こんなに便利なカードがあれば、無理してセブンペイなど考えなくてもよかったのではないかと思う。

さて、私は大阪南港に本社がある会社の社外取締役をしていて、毎月、何度か通っている。定宿は、会社の近くにあるハイヤットだが、ホテルの夕食は結構高いので、近くの駅にあるレストランのサイゼリアで食べていた。サイゼリアは安くて美味しいイタリアンで、気にいっていたのだが、クレジットカード以外のキャッシュレス決済が出来なかった。「何でかな?」と思っていたら、先日、ある経済誌でサイゼリアの社長がキャッシュレスに対して抵抗感があるという意見を述べられていた。サイゼリアは、意図的にキャッシュレスを遅らせているのだ。

ところが、先日、いつも行くATCという駅で、私が社外取締役を勤めているゼンショー が「すき家」を開業した。「すき家」はサイゼリアとは全く反対で積極的にキャッシュレスを導入している店だ。PASMOでもEdyでも問題なく使える。ゼンショー の基本的な考え方は、外食は「注文」、「調理」、「配膳」、「支払い」の4つの業務で構成されており、これらを徹底的に合理化することを追求している。だからキャッシュレスは「支払い」の合理化として、非常に重要な構成要素だという理解だ。当然、私は、今後は、キャッシュレスが自由に使える「すき家」を利用するだろう。

キャッシュレスは、今後のFinTechの中でも重要な要素で、日本ではPayPayが大胆な投資をしているが、これは将来的には融資事業で大きなリターンを目指しているからだと思う。確かに、それも大きな流れだが、一方で、私が利用しているポイント換金事業は、今後、「仮想通貨」でも「デジタル通貨」でもない、「独自の通貨」としての機能を果たしていくのではないかと注目している。

417   フランシスコ教皇の来日

2019年12月7日 土曜日

11月25日、私はフランシスコ教皇がミサを行われる東京ドームにいた。かつて東京ドームにはプロ野球観戦で何度か来た事があるが、観客席だけでなくグラウンドにも椅子が配置されて、全て満席、総勢5万人の迫力はやはり凄い。これでも、申し込まれた信者のうち、3に一人は抽選に落ちたというから、落選した方だけで2万5千人もいるという事である。前日のミサで神父様から「当選されたのですか。運が良かったですね」と言われてもピンとこなかったが、「運が良かった」ことを改めて実感した。

お隣の席のご婦人は、仙台から来られていて、今日は東京在住の娘さんの家から来たのだと言う。東京ドームまでは、ご主人が付き添われてきたが、ご主人は洗礼を受けておられないので、ミサが終わるまでドームの近くで待機しているらしい。同じ仙台の教会の方々は、朝一番の新幹線で東京駅まで来て、そこから教会が手配したバスで東京ドームまで来るらしい。ミサが終わるのは夕方6時くらいだが、全員集まって東京ドームから東京駅までは3時間くらいかかるので、トイレが短い人は遠慮するよう言われたらしい。

東京夜9時発の新幹線と言えば最終便に近いだろうに、皆さん、大変な思いをして参加されている。それでも、まだ抽選に当たった方は幸せで、落ちた方は、イグナチオ教会で実況ビデオをパブリックビューイングで見て、明日、上智大学に来られる予定の教皇様を一眼見ようと、朝から正門前に並ぶ予定だと言う。確かに、ローマ教皇の来日はヨハネパウロ2世以来38年ぶりということもあるだろうが、今回来日されたフランシスコ教皇はヨハネパウロ2世と並ぶ、あるいはそれ以上に厚い人望があるからかも知れない。

2011年5月1日、私は、EUとのEPA交渉を目的とした日本・EUビジネスラウンドテーブルの会議に出席するためローマへ行った。当日は、ヨハネパウロ2世の列福式で世界中から100万人を超える信者がローマに集結していた。本来、こんな日にホテルなど予約出来ないのだが、EU政府の要請でローマ市長に特別に取って頂いた。同じホテルにはアフリカのカトリック教国の大統領が泊まるということで、物々しい警備だった。全世界から100万人以上一度に訪れるわけだから、当然宿泊施設は足りなくて、バチカン市内には路上宿泊者のための仮設トイレが多数設置されていた。

列福式とは聖人になる前に福者になる儀式である。福者になられれば、殆ど間違いなく聖人になる。しかし、教皇様と言えども全員が福者なるわけではない。さらに、一般的には、福者になるのは、亡くなってから数十年経った後なので、信者は、「今度、福者になられる方はどんな方だったんだろう?」ということになる。それが、ヨハネパウロ2世の場合は、2005年に亡くなられたので、なんと6年後に福者に推挙されたのだから凄い。それだけ、ヨハネパウロ2世の世界平和に対して貢献された功績は偉大だったということだろう。

この日本・EUビジネスラウンドテーブルには、富士通の同僚である林さんも一緒に参加していた。林さんは、当時、富士通とシーメンスのJVである富士通・シーメンスの会長をしておられたが、併せて在欧日本商工会議所の会頭もされていて、その立場で日本・EU合同会議に参加されていた。ローマには奥様と同伴で来られており、ご夫妻とも敬虔なカトリック信者だった。列福式の前日、私は林夫妻と一緒にバチカンのサン・ピエトロ大聖堂を見学し、サン・ピエトロ寺院公認のお土産屋さんに行った。そのお店で、林さんの奥様は、事前に予約されていたヨハネパウロ2世の列福記念品を購入された。

当時の私は、まだ、信者ではなかったが、妻は、実の姉と共に学生時代に東京でカトリックの洗礼を受けていた。林さんの奥様によると、その記念品は予約していないと購入できない貴重なものらしい。それは、そうだろう。何しろ全世界から100万人以上も、このバチカンに来られるのだから。それでも、私は、店主に食らいついて「私も欲しいのだが買えないだろうか?」と交渉してみたら。なんと店主が「幾つ欲しいのか?」と聞いてきた。それでは、妻と妻の姉の分で2つ欲しいと言おうかと思ったが、そこで少し考えた。

実は、私と同じ、富士通の副会長と富士通総研の会長を歴任された、私の前任者である高島さんが前の年に亡くなっていることを思い出した。私は、高島さんには大変お世話になっていながら、お通夜もご葬儀も、上海万博の開会式に参加していて参列できなかった。だから、せめて、一周忌でも参加したいと思っていて、その時に、同じく信者さんである高島さんの奥様にお渡ししたいと思い、店主には「3つ下さい」とお願いして、めでたく列福記念品を3つ手にする事ができた。後日、初台教会で行われた高島さんの一周忌にて、その記念品を奥様にお渡しすることが出来た。その際に、奥様から、高島さんご一家はプライベートな旅行でバチカンを訪れた際に、偶然、知り合いの在バチカン公使に出会い、ヨハネパウロ2世に謁見できたことをお話しされ、大変良い記念になったと喜んで頂いた。

フランシスコ教皇のミサの話から、ずいぶんとヨハネパウロ2世の話になってしまったが、私が、どうしても東京ドームのミサに参加したかった思いは、フランシスコ教皇が、あの世界から敬意を集めたヨハネパウロ2世を超えるのではないかと言う大きな期待からである。南半球から初めて選出されたフランシスコ教皇は、歴代の教皇が居住していた宮殿には住まないで、一般の職員住宅に住んでいる。理由は「広い宮殿では、一人で寂しいから」らしい。教皇専用車も、従来の豪華なリムジンから、150万円くらいで買える大衆車に変えられたと言う。

今回、広島と長崎を訪れて核兵器に対して、かなり踏み込んだ発言をされたのにも、大きな理由があった。今から60年も前、フランシスコ教皇がアルゼンチンでイエズス会の司祭を目指して勉強中だった時に、当時、イエズス会の日本管区長だったペドロ・アルぺ神父が現れた。アルペ神父は、広島市内で修練院長を務めていた時代に自らも被曝された。修道会に入る前は医学生だったアルペ神父は、被爆者の第一次救護にあたり修練院を臨時の病院として改造し、200人の被爆者の手当てに当たった。そこで見て体験した原爆の悲惨さをフランシスコ教皇たち神学生に直接語ったのである。

アルペ神父が映像と共に語った原爆の悲惨さと、日本へキリスト教を伝道したフランシスコ・ザビエルの話に感動したフランシスコ教皇は、後に全世界のイエズス会の総長となったアルペ神父に日本への宣教を願い出た。しかし、既に肺の一部を切除しており、湿度が高い日本での勤務で、肺の病がさらに悪化するとのことで願いは却下された。それ以来、フランシスコ教皇の原爆を投下された日本への思いはますます強烈なものとなった。長崎で、広島で、そして東京でなされた教皇の核廃絶に対する厳しい発言は、教皇の体全体から発せられたものである。

「理想論を言うのは簡単だ」と言う人がいる。しかし、リーダーや為政者が理想を語らなくなったら世界はどうなるのだろうか。今週の週刊東洋経済で作家の佐藤優さんが大変興味深いことを言っている。安倍総理が、フランシスコ教皇の核廃絶声明を巧みに利用したと言うのである。核廃絶条約には賛成していない日本政府の総理ではあるが「日本は、核兵器を保有しないし、持ち込ませない」とフランシスコ教皇の前で安倍総理は言い切った。これは、日本に核武装をさせて在日米軍を撤退させたいトランプ大統領への十分な牽制になったと言うのである。佐藤優さんが言いたいことは、理想論を言わないと強かな外交すらも出来ないと言うことだろう。