341 シリコンバレーから見える未来 (5)

2016年5月16日

今回、シリコンバレーでスタートアップを育成するRocketSpace、 HAX 、WeWork、 Plug and Play Tech Centerと、シリコンバレーで起業し、今や世界最大のホテル企業となり大成功したAirbnb、そしてドイツ出身のソフトウエア巨人であるSAPが新たな事業変革の拠点として大成功を収めたシリコンバレーの研究所を訪問して、その全てに共通したワークスタイルを見出すことが出来た。

これまでアメリカ企業の、どの職場でも見られた個室やパーティションが、どこにもない。職場は仕切られていなく、遠くまで見渡せるオープンな空間である。屋根がガラス張りの職場では、カルフォルニア特有の強い日差しを避けるために机の上に日傘をさしている。古い建物をリノベーションしているので、天井がなく配管がむき出しで見え、壁も清潔だが質素な塗装で、やたら落書きや張り紙が多い。机と椅子は勝手な向きに並べられていて、特に机は手動で上下し、立ち仕事も出来るようになっている。

管理職と思しき方の机が、どこにあるのか全くわからない。その空間には居ないのか、部下と同じ空間を同じ立場で共有しているのかも知れない。広い空間の、あちこちに見えるのはホワイトボードで区切られた会議場である。真ん中に円形のテーブルがあり、その周囲に数個の椅子がある。会議の様子は、どこからでも見え、いつでも誰でも会議に参加できる雰囲気を持っている。

そして、広い職場を見渡してみると、机に座っている人よりも皆で会議をしている人数の方が多い。そして、その会議の様子が、現在の日本の普通の会社とは全く異なっている。パソコンもプロジェクターもないし、どうやら資料も持っていない。リーダーと思しき人は白板に手書きでなにやら書いている。参加者は、ポストイットに、自分の意見を書いて、その白板に貼り付けていく。もちろん、私たちが見学に行ったから、その時だけデモとしてやっているわけではなく、普段から、そうしているのであろう。

シリコンバレーで、最も大事にされている言葉はDisruption(破壊)であり、皆が追い求めているものはDisruptive Innovation(破壊的革新)である。既存の概念を破壊するような革新的な考えを生み出すには、従来のWork Style(働き方)を破壊しないと出来ないと言えるだろう。つまり、従来の型を破るには型にはまらない働き方が必要であり、それが目に見える形で共有されなくてはならない。シリコンバレーの人達は、多分、そうした考えから、私が目にしたような仕事場を作っているのであろう。目に見える形にするということは言葉で多くを語るより遥かに強烈な影響力を持つ。

そして、今回訪れた、多くの場所で語られた言葉にDesign Thinking (デザイン思考)があった。シリコンバレーを作り出したスタンフォード大学にはDesign Thinkingの聖地 D-schoolがある。D-schoolの正式名は、ハッソ・プラットナー・インスティチュート・オブ・デザインと言い、SAPの創立者で会長のハッソ・プラットナーが私財3,000万ドル(30億円)を投じて2005年に設立された。SAPは、プラットナー会長の意図を受けて、ドイツ、インドに続いてシリコンバレーのパルアルトにD-schoolで教えているDesign thinkingをベースにしたD-studioと呼ぶ、冒頭で述べたような斬新な雰囲気の職場を作った。

実は、Design thinkingについては日本でも有名で、慶応大学SFCでも教えられているが、それを実際の形にして、組織やWork styleを改革している会社が、今の日本に、一体どれだけあるだろうか? むしろ、日本における典型的なコンサルティングは、これまでに蓄積した多くの型の中から顧客に適合する型を選んで、その型に、顧客をはめ込んで行こうとする。それでは、既存のビジネスモデルを破壊するような新たな革新は生まれない。

たとえ話をすれば、ある母親が、雨の日に、傘をさして、乳飲み子を背負い、よちよち歩きの幼児にレインコートを着せて、ようやく歩いて辿り着いた、近所の個人経営の食料品店で、どうしても買いたいと思っている商品が欠品で棚にないことが分かったとする。母親は泣きそうな顔になり、その場に暫く佇んでいたが、トボトボと帰って行った。店主も「申し訳ございません。この品が在庫切れになることは滅多にないのですが」と謝るが、これでは、何の解決策にもならない。

さて、「このケースの解決策は?」と聞かれれば、優秀なコンサルタントとしては、どう答えるだろうか? 従来の型にはめるという解決策で言えば、その個人商店がもっと在庫を厚く持つとか、それこそサプライチェーンシステムを入れて、在庫切れになる前に、きちんと発注する仕組みにするというような答えになるだろう。しかし、Design thinkingでは、次のように考え方が変わっていく。

Design thinkingでは、まず、その母親に対して共感を覚えることから始める。母親は、品物が棚にないことがわかった時に、どんな気持ちだったのか? そして、その母親が、普段は、どう行動しているかを考える。この母親は、車を持っていないか、運転できないかという理由で、雨の日は、歩いて近所の個人商店に買いに来たのだが、普段、晴れている日は、電動自転車に子供達を乗せて、少し離れたスーパーマーケットに買いに行っているかも知れないのだ。

そうだとすると、その個人商店が、いくら在庫を厚く増やしても、あるいは在庫が切れない工夫をしても、この母親は晴れの日は、個人商店に買いに来ることはない。そして、多分、もう、こんなに悲しい経験をしたので、これから雨の日にも買いに来ることはないだろう。それなら、この問題の解決策は、ないのだろうか? それが、Design thinkingでは、解決策が見つかるかもしれないのだ。

例えば、この商店主は、ただ謝る代わりに、「申し訳ございません。普段、在庫を切らすことはないのですが、10分ほど、お待ち頂けますか? 私が、スーパーまで車で行って、代わりに、この商品を買って来ます」と言ったら、どうなるだろうか? 多分、この母親は、商店主に恩義を感じて、雨が降っていない日にも、この個人商店に買いに来るかも知れない。

滅多に在庫切れなど起こさないのであればこそ、こんな手間は大したことはない。むしろ、この商店主が、その場で考え出した「買い物代行」こそ、個人商店の新たなビジネスになるかもしれない。こうした新たな発想力がDesign thinkingの大きな特徴である。このスタンフォード大学のD-schoolで教える標語の中には、シリコンバレーで常に語られる、Fail fast ! Fail early , Fail often ! がある。とにかく失敗を恐れずに、早く失敗しろ!と言っている。そのためには、長く議論し、深く考えるより、早くプロタイプを作って試せ!と言う。多くを語るよりも、物を見せて説得しろ!と言う。

このシリコンバレーに、少しでも追いつこうとするのであれば、まず、シリコンバレーに来て、こうしたオープンなWork styleで皆と一緒に仕事をすることがとても重要であろう。年間17,000件の起業があり、その中で成功するのは2-3件であったとしても、その苦しんだ過程で得たキャリアは、その後の人生で大きな収穫物になることであろう。

340  シリコンバレーから見える未来 (4)

2016年5月14日

数年前から、シリコンバレーでは「もの作り」への回帰が始まっている。その、「もの作り」の代表選手は、スペースXの創業者でテスラ・モーターのCEOを務めるイーロン・マスクであろう。このイーロン・マスクは、元々、ソフトウエア技術者である。まだ若い時に、ソフトウエア会社を起業して売却し、巨額の現金を取得した。それを元手にして、彼は、次に金融業に参入し、あの有名なPayPalの前身となる金融会社を設立した。

またまた、このPayPalで大成功を成し遂げたマスクは、いよいよもの作りの世界に入り、打ち上げ費用を大幅に削減するために下段部分が回収できる宇宙ロケットを開発するスペースX社を創業。次に、誰もが成功しないと思っていた電気自動車テスラで大成功を収めていく。シリコンバレーのフリーウエイを走っていると、あちこちでテスラが快走しているのを見かけることができる。このマスクに代表されるシリコンバレーの「もの作り」エンジニアが、日本の「もの作り人」達と決定的に違うのは、「もの作り」の基本がソフトウエアだと考えていることだ。

世界で初めてインターネットWebブラウザ「Netscape Navigater」を開発して巨万の富を築いたマーク・アンドリーセンが言った言葉 「Software is eating the World」は、「もの作り」に回帰したシリコンバレーの、あちこちで頻繁に引用されている。実際、テスラは顧客に納入されてからもソフトウエアのアップデートにより、どんどん機能が強化されており、少しずつではあるが、着実に自動運転への道を歩んでいる。将来は、このテスラとGoogleが、GMとフォードに代わって、アメリカの代表的な自動車メーカーになるだろうとも言われている。

一方、既にシリコンバレーのあちこちで自動運転の車を走らせているGoogle。緊急停止ボタン以外に、ハンドルもアクセルもブレーキもない車で、利用者は、両手を上げて得意そうに乗っている。Googleの自動運転車は、完全な順法運転なので、無事故無違反で絶対的な安全性を誇っていたが、日本でいう自動車学校の教習車という感じで走行するので、他の車のドライバーからは渋滞の原因になると評判が悪かった。そこでGoogleは、少し人間の知恵を入れようとソフトウエアのアップデートをかけたが、早速事故を起こしてしまい、急遽、元に戻したという逸話がある。こんなに素早いリコールも、いとも簡単に出来てしまう。

このように、ソフトウエアが中心の自動運転車は、いつでもソフトウエアの更新で機能が拡張されていく。さらに、重要なことは、他の自動運転車が公道で学習した、いろいろな経験や知識を、そのまま移植してもらえることである。Googleの自動運転車は、自身が走行しない間でも、他の車が勉強した成果を無償で貰って、どんどん賢くなっていくわけだ。

先日、イーロン・マスクが創業したスペースX社は、切り離した下段ロケットを逆噴射させて、見事に海上プラットフォームに立った状態で着陸することに成功した。こんなことが出来るなんて、今までのロケット技術者が考えたことがあるだろうか? 元々、ロケット工学はローテクの塊である。ソ連が開発したソユーズが未だに現役で、アメリカのスペースシャトルの代わりを務めているのが、何よりも、その証拠である。ロケット開発技術の難しさには、宇宙空間には放射線が多いので、最先端電子技術が使えないということがある。

それでも、イーロン・マスクは、いくら宇宙空間は放射線が多くても、ソフトウエアは無関係なので、そこにはハイテクが使えると考えたに違いない。つまり、ソフトウエアがハードウエアの低い能力を克服したのである。日本のモノ作りは、とかくハードウエアに極端な精度を求める傾向にある。0.01ミリの精度を作り上げる匠の技術など、もて囃しているが、そんなに精度がなくてもソフトウエアを賢くすれば、十分にカバーできる可能性は十分にある。

もう一つ、シリコンバレーの人たちが考えている、「もの作り」のエコシステムがある。ハードウエアの試作も、ソフトウエアも、全て自分たちの手で作ってしまう、彼らは「これは、いける!」と思ったら、素早い量産化を目指して、すぐさま中国の深圳に飛ぶ。深圳の連中は、とにかく仕事が早い。しかし、仕上がりの精度は必ずしも高いものではない。シリコンバレーの連中は、そんなことは全く気にしない。仕上がりの悪さはソフトウエアでカバー出来ると考えているからだ。

しかし、手の早い深圳の人たちは、模倣をすることに関してもスゴ技を持っている。大事な、新製品の製造を、彼らに任して本当に大丈夫なのだろうか? 今や、シリコンバレーの連中たちは、そんなことは全く心配していない。なぜなら、その製品に内蔵されたソフトウエアは永久に進化するものと考えていて、常にアップデートかけて行くので、模倣品にも十分対抗できる手段を持っているからだと言われている。

シリコンバレーの発展の歴史を振り返ってみると、最初の原点は半導体であり、次にソフトウエアであり、今は、そのソフトウエアを内蔵した応用製品に変化してきている。そして、その応用製品の価値を決定する要素は、ソフトウエアである。全てのモノがインターネットに繋がるというIoT (Internet of Things)の概念は、むしろ全てのモノがソフトウエアで動いている、あるいは、全てのモノに人工知能が入って来ると考えた方が良い。まさに、「Software is eating the World」の時代が到来する。

339 シリコンバレーから見える未来 (3)

2016年5月13日

3年前にサンフランシスコへ行った時、「勉強のために、Uber試してみる?」と言われて、同僚と一緒にUberタクシーに乗ってみて、本当に感動した。高級車で、運転手さんのマナーは良いし、呼べばすぐ来るし、これは既存のタクシー会社は潰れるかも知れないと思ったが、今回、シリコンバレーのタクシー会社は本当に潰れていた。もはや、シリコンバレーの街中でタクシーを拾うということはできない。タクシーに乗りたければ、Uberに会員登録してスマートフォンから呼ぶか、ホテルのフロントから呼んでもらうしかない。

Uberが、これほど一気に普及した理由として、3年前は市当局に登録した個人タクシーしか利用できなかったのが、つい最近の規制緩和で、いわゆる個人の白タクまでが、Uberに開放されたからである。そのため、車の品質はプロの個人タクシーに比べて、多少落ちたかも知れないが、利用価格は安くなったので、普及は一気に広がった。それで、とうとうタクシー会社は潰れてしまったというわけだ。

利用分野を白タクにまで拡張する時に、Uberは、それまで利用者がドライバーを評価する一方向性の評価システムを、ドライバーが利用者まで評価する双方向性の評価システムに変更した。昔、ハイヤーの運転手さんから、「タクシーは、誰が乗ってくるか分からないから怖い」という話を聞いたことがある。白タクに挑戦する素人ドライバーも、きっと同じ恐怖感を持たれているに違いない。その時に、ドライバーも利用者を評価する手段があれば、利用者も自制して、そんなに酷いことはしなくなるということなのだろう。

この双方向性の評価システムというのは、Uberの凄い発案である。今、Uberは、Uber+ forXとして、タクシーサービス以外の、あらゆる個人サービスに発展させようとしているからだ。まず、最初に始めたのは、日本でも普及しているバイク便サービスである。人を運ぶだけでなく、モノも運ぶ、いわゆる宅配業務まで、Uberの個人サービスとして取り込むつもりである。当然、その延長線上には、お掃除、洗濯、料理、子守、介護など、ありとあらゆる個人サービスへと拡張されるものと推測される。

もちろん、日本でも、こうしたサービスを提供する企業は、沢山あるわけだが、Uber+forXは、個人が個人に対して直接サービスを提供するというところが決定的に異なっている。この時に、双方向性の評価システムが確立されていれば、利用者側は少々値段が高くても質の良いサービスを選ぶことも可能である。もちろん、値段さえ安ければ質を問わないというサービスを求めることもできる。そして、サービスの提供者側は、モンスター・クレーマーのような厄介な顧客を避けることが出来るので、派遣会社のような組織に所属して保護してもらわなくても、自分の好みで空いた時間にサービスを提供して、お金を稼ぐことができるというわけだ。

よくタクシー業は、失業時のセーフティーネットなので、いい加減に考えてはいけないという議論があるが、もちろん、それは極めて重要なことである。アメリカの富士通で働く現地従業員に聞くと、一時的に失業した友人たちとUberタクシーで出会うことが頻繁にあるという。アメリカ社会では、博士号(Ph.D)を持っている優秀な技術者でも、一時的に職がないというのは決して珍しいことではない。もちろん、失業はアメリカ社会では、全く恥ずかしいことでもない。自ら起業したスタートアップが倒産して、次の仕事が見つからないということもあるだろう。Uberタクシーは、彼らの就活時間の合間に、お金を稼ぐための絶好の機会を提供するセーフティーネットとして活かされている。

Uberは2011年に起業して、たった5年で時価総額6兆円に評価される超優良企業となった。この価値は、日本最大の旅客運送業であるJR東海を遥かに凌駕している。それでも、今、話題となっている自動運転車が普及したら、Uberの将来は、一体どうなるのかと思われるだろう。だからこそ、Uberはタクシー以外のサービスにまで事業範囲を拡大しつつある。そして、つい最近、Uberは、名門カーネギーメロン大学(CMU)の人工知能研究室に所属する研究者全員を引き抜いてしまった。Uberは、自動運転車が普及する将来のことまで、しっかり考えて抜いている。