400 母が亡くなった

2018年10月18日

父が亡くなったのは、今から17年前。死去に伴う、相続を含めた様々な手続きは全て母に任せっきりだった。まだ、77歳と若く動作もキビキビしていた母は、あちこちで間違いを指摘され、かなり手間取ったようだが、1人で無事に全ての処理をやり終えたようだ。そこで楽をさせてもらった分、今度は、私が苦しむことになった。

一昨年、突然、自宅で倒れた母を発見したのは毎日訪れてくださる弁当屋さんだった。弁当屋さんから連絡を受けた私は、東名高速を飛ばして、すぐさま駆けつけたが、母は、既に息も絶え絶えの状況だった。救急車を呼んで病院の夜間救急に運んでもらったが、病院に駆けつけてくれた医師の弟は、「こりゃ、もうダメだな」と呟いた。しかし、あの世界大戦を生き抜いてきた母は、見事に蘇生した。

1ヶ月の入院後、そのまま自宅へ戻して再び独居生活をさせるわけにはいかないと、急遽、介護施設を探して入居させたのだが、思いがけず、母は、その施設をとても気に入ってくれた。若い時から群れることが大嫌いだった母を16年間も独居生活させたのは、孤高な母には共同生活が無理だと思ったからだ。しかし、こんなに調子よく、介護士の方や、共に暮らす老人の方々とうまくやっていけるのなら、もっと早く入居させてやれば良かったと、それは、未だに後悔をしている。

循環器内科の医師からは、母が患っている大動脈狭窄症の状況では、余命2年と言われたが、その通りとなった。しかし、その2年間、毎月2回、母を介護タクシーに乗せて通院させたことは、大変だったが、今まで放ったらかしていたことへのせめてもの罪滅ぼしになったかも知れない。母は、94歳になって、さすがに、最近起きたことは直ぐに忘れるものの、昔のことはしっかり覚えており、また滑舌もはっきりしていて、込み入った会話も正常に成立していたので、とても認知症の老人とは思えなかった。やはり認知症という症状は一括りに定義できるものではないと思う。

どこの老人もそうなのだろうが、昨年、母は転倒して大腿骨骨折をして施設から病院に運ばれた。担当医師から「手術しますか?」と問われて、整形外科医の弟に相談したら、「自分が手術したいと言っても、麻酔医は、この年齢なら断るね!」と貴重な助言をくれたので、私は、素直に従った。それで、母は、生涯、自分の足では歩けない体になったが、結果的には良かったと思う。いつも車椅子の生活なので、再び転倒することによる二次災害には陥らなかったからだ。蘇生手術の有効性は、年齢にもよる。

母が残した預金資産は大したものではないが、自宅の評価額が思いの外高く、結局、課税対象になったので税理士に相続税処理を委託することにした。いつも、新聞に掲載される土地の評価額から推定すると、田園都市線沿線の我が家から見たら湘南平塚の実家など、とるに足らないと思っていたら、とんでもない間違いだった。前から、母が支払っている固定資産税が、私と大きく変わらないので変だなと思っていたら、案の定、その心配が現実のものとなった。

これは、全くおかしいと思う。どう考えても、この固定資産評価額で売れるわけがない。それは、その金額で売れたら嬉しいが、絶対にそんなことはあり得ない。もともと、固定資産税は地方税である。地方自治体は、不足する税収を確保するために、あり得ないほどの高い評価額を設定しているのではないか?と疑うのは私だけだろうか?これは全く不条理である。それでも、兄弟3人、誰も要らないという実家は売却するしかない。

評価額を遥かに下回る金額でしか売れないのに、相続税は高い評価額で課税される。その上、ダンピングして売却した金額に不動産売却益の税金が、さらに、また課せられるのだ。だから、日本中に、誰も相続しない「所有不明不動産」が増え続けるわけだ。しかし、私たちは、善良な日本市民であり続けるために、不条理でも、きちんと相続し、評価額を遥かに下回る額でも売却を目指す。本当に、正直者が馬鹿をみる社会である。

相続には、戸籍謄本が必要だが、故人が16歳以降の全ての改正原戸籍を求められる。男性の場合は、それほど面倒ではないが、女性は結婚によって戸籍が変わるので、その分、さらに厄介である。16歳は結婚を許される年齢だから、それ以降の戸籍を求められるのは、「相続人は本当にあなた方だけですか?」という意味である。例えば、私の母は、私たち兄弟3人を産む前に、誰かと結婚していて、相続人は、他にも居ませんか?と言うことが問われている。これが、結構厄介である。

今回、それらも全て取り寄せた。私の息子などは、その資料を見て毎日楽しんでいる。改正原戸籍はNHKが放映している「ファミリーヒストリー」、そのものだからだ。知らざれる、自分たちの祖先の歴史が江戸時代から全てわかる。詳しく読み取ると、昔の人が、いかに大変だったか。幼児の死亡率が、いかに高かったか。子供が産まれないと、すぐに離縁させられたことも。今ではありえない、家を継ぐための長子の改名手続き。今より遥かに頻度の高い養子縁組の繰り返しなど、興味をそそられる色々な物語が見えてくる。

こうした手続きは大変だが、その度ごとに、亡くなった故人の思い出に浸るときでもある。ようやく、母が保有していた墓の承継手続きも完了し、戒名の彫刻も依頼した。来月は、無事、納骨式を迎えることが出来そうだ。貧乏生活の中で、自己犠牲をしてまで、兄弟3人、ここまで育ててくれた母に心から感謝をしたい。

399 シリコンバレーの光と陰(4)

2018年9月15日

シリコンバレーが世界のイノベーション聖地であり続けた理由の一つに移民の力がある。Appleを興したスティーブ・ジョブスもシリア移民の子だし、グーグルの創業者の1人であるセルゲイ・ブリンもロシアからの移民である。移民や移民の子供達には、ハングリー精神が富んでいて既得権益を破壊する力がある。シリコンバレーが今日の地位を築いたのは、世界中から自信に満ちた優秀な移民が押しかけてきたからである。しかし、昨年、トランプ大統領が就任し、移民の規制に本気で乗り出してから、シリコンバレーにも異変が起こり始めている。

従来、シリコンバレーは優秀な技術者にはH1Bビザを発行して優先的に移住を受け入れていたが、トランプ大統領は、このH1Bビザの発行に対して極めて厳しい制約を付したのだ。このため、シリコンバレーの各企業は深刻な人材難に直面して、Googleなど各企業は移民の基準がアメリカより緩いカナダのトロントやバンクーバーに新たな開発拠点を設けることにした。このことにより、シリコンバレーは、従来に比べて優秀な人材濃度が希薄になったとも言える。今日現在ではトロントは人工知能の一大拠点になったし、バンクーバはAmazonの本部であるシアトルに近いこともあって、これまた大規模な研究開発拠点に成長し始めている。

こうした分散化現象は、小規模のスタートアップでも起きている。例えば、10人くらいのスタートアップですら、深センやバンガロール、テルアビブに分散開発拠点を持っている。具体的な話を聞いてみると、H1Bビザが簡単に取得できないので、社員の中にいる中国人やインド人、ユダヤ人に、彼らが良く知っている優秀な友人に対して各地域拠点で働いてもらうよう頼んでいるのだと言う。もはや、高速インターネットの普及で、地球の裏側に居ても立派に協業できるようになり業務の遂行には全く支障がないと言う。

トランプ大統領の移民排斥政策が、図らずもシリコンバレーの分散化を促進しているとも言える。もちろん、こうしたトランプ大統領の移民政策に対してシリコンバレーを含むカルフォルニア州の住民は大反対である。それでは、トランプ大統領が失脚あるいは再選できなかった場合に、またアメリカは、また寛大な移民政策に戻るかと言うと、そう簡単な問題ではない。もともと、トランプ氏が大統領に選ばれたのは、これまでタブーとされた、アメリカ人の本音を明言したからだとも言われている。従って、カルフォルニア州では反対が多いトランプ大統領の移民排斥政策は、カルフォルニア州以外では賛同者の方が多い可能性も十分にある。

こうした現象が起きると、これまでは、シリコンバレー以外では全く発展することが出来なかったイノベーションの聖地が、これをきっかけに世界中に分散される可能性が出てきたとも言える。カナダのトロントやバンクーバー、中国の深セン、インドのバンガロールやハイデラバード、イスラエルのハイファやテルアビブなど、シリコンバレーの複製が世界中に出来上がることになる。

シリコンバレーの分散化は、過度の住宅コスト高騰や交通渋滞からも、もはや避けられないかも知れない。Googleは、社員が交通渋滞で疲労することがないよう、モフェット・フィールドにあるNASAの空軍基地跡を借りて、社員送迎用に用意した100台のバス車庫にしている。朝夕には、この100台の送迎バスがGoogle社員を乗せて激しい渋滞の中、優先レーンを高速で走り抜けている。先日も、このバスに反感を抱いた他社の社員がGoogle社のバスに卵を投げつけたという事態も起きた。このような階級社会は、いずれ暴動にも発展しかねない。

いろいろな意味で、高度に発展し、巨大化したシリコンバレーは、今のままであり続けることが難しくなってきた。それでも、これまでも何度も「もう、シリコンバレーも終わりだな」と言われた事態から蘇り、これまで以上に発展してきた歴史を持っているシリコンバレー。今回も、これまでと形は変わっても、世界中のシリコンバレーのコピー都市と密接な連携を保ちながら、今まで以上に発展して行くことに違いない。

398 シリコンバレーの光と陰 (3)

2018年9月15日

Disrupt SF 2018コンベンションが開催されているモスコーニ・センターの近くで、シリコンバレー業界アナリストであるJeremiah Owyang(私には発音できない)氏とランチミーティングを行なった。まず、Owyang氏と私は、お互いの共通の友人であるリサ・ガンスキー女史の話から始めた。それから、人工知能は天使か悪魔か?という話題に入り、暫くしてから、シリコンバレーは、これから、どうなるか?という点に関して意見交換をした。

いろいろな議論を経て、Owyang氏と私は、シリコンバレーは、今がピークで、これから、暫くは下降局面に向かうのではないか?という点で一致した。実は、シリコンバレーは、1960-1970年代に、この地で半導体産業が芽生えて発展した後、何度か栄枯盛衰の歴史を繰り返している。私が、最初にシリコンバレーを訪れたのは、確か1984年だったと覚えている。とにかく、街全体がひっそりと静まり返っていて、あちこちのビルにFor Sale(売出中)、For Rent(入居募集)の看板が掲げられていた。それでも、まだ、殆どが果樹園だったシリコンバレーは、長閑な田園風景のためか、それほどの深刻さは感じられなかった。

丁度、この時、シリコンバレーの企業が世界を席巻していた半導体メモリーで日米逆転が起き、日本企業が世界市場を占有したからだ。インテルもDRAMから撤退し、プロセッサ専業メーカに舵を切った。翌年の1985 年には米国半導体連盟(SIA)による米国通商法301条に基づく通商代表部(USTR)への日本製半導体のダンピング提訴がなされ、日米政府間での半導体問題協議が開始された。そして、1986年には日米半導体協定が締結される。まさに、今、起きている米中貿易戦争と全く同じ構図である。その後、インテルはメモリ事業から撤退、プロセッサで世界を席巻し、シリコンバレーを再興して行く。

次は、私がシリコンバレーに駐在した1998年から2000年の3年間に大きなドラマが起きた。1995年のWindows95発売と共にインターネットが普及し、アメリカは高度情報処理社会へと突入した。この時、シリコンバレーで起きたのが。いわゆるドットコム・バブルである。富士通も全米に光ファイバーケーブルを張り巡らせて巨額の利益を計上し、永年のアメリカビジネスの累損を、たった1年で一掃できるほど景気がよかった。しかし、2000年問題をクリアして、21世紀に突入すると全ては一変した。私は、まさに、シリコンバレーのジェットコースターのような変遷を目の前で見ることになった。

余剰で使われなくなった光ケーブルはダークファイバーと呼ばれた。新興企業だけでなく、大手通信企業まで次々と倒産した。高級車を購入した借金の返済にと考えていたストックオプションは悉く紙くずになった。毎日、何十台ものレッカー車が借金のカタに高級車をシリコンバレー企業の駐車場から牽引して行く景色が日常的になった。宴は突然終わったのだ。そう、バブルは突然弾けるのである。私の会社でも、巨額のストックオプションに目が眩んで転職した社員が、次々と戻ってきた。

Owyang氏は、今のシリコンバレーは、あの時のドットコムバブルの時とは構造が全く異なるが、この先、今が、「あの時がピークだったね」と言われる可能性があるのではないかと言う。それでは、今のシリコンバレーが抱える問題は、一体何なのか考えてみたい。まず、最初の一つ目は、カネ余りである。新興国経済が、次々と破綻に向かっている今、お金は世界中からアメリカへ向かい、その投資先を探している。そして、もう一つは、Apple、Google、Facebookといったシリコンバレー企業が稼ぎ出す巨額の利益である。

お金は何をするにも必要なものだが、過剰に供給されても問題を引き起こす。これまでシリコンバレーに投資してきたベンチャーキャピタルは、今、優良なスタートアップを選ぶのに大変苦労している。優良なスタートアップは、既に十分な資金を得ていることが多いからだ。さらに、優良なスタートアップの数、そのものが従来より大きく減っている。それは、各スタートアップとも、人材獲得に大変苦労しているからだ。

つまり、Apple、Google、Facebookといった高収益企業が高給で多くの優秀な人材を集めているので、何も苦労してスタートアップで働かなくても良いのではないかと言う気分にさせていて、シリコンバレー特有のハングリー精神は徐々に失われつつある。さらに、Apple、Google、Facebookといった高収益企業は、巨額の開発資金を使って優れたスタートアップを極めて早い段階で買収してしまう。優れたスタートアップであればあるほど、起業した直後に姿を消してしまうので、ベンチャーキャピタルやファンドは、それを探すのに苦労する。

しかも、今回、アメリカの証券管理委員会がAmazon、Apple、Google、Facebook、Netflixと言った企業を「コミュニケーション・サービス」と言った広義の業種に定義づけた。つまり、これらの企業は、情報サービス、広告、メディア、物流、金融、人材サービス、不動産など、何でもありの業態と位置付けられたわけだが、実際、これらの企業は、ITを核として、ありとあらゆる分野に事業を広げようとしている。こうした、巨大企業が、あらゆる分野で、多くの優秀な人材を使って、巨額の資金を投入して新事業に進出するとなると、いくら天才肌の起業家でも、この巨人たちに対して、竹槍で真っ向から太刀打ちすることは極めて難しい。

こうした環境条件の変化は、イノベーションの聖地であるシリコンバレーを大きく変質させる可能性がある。今、シリコンバレーは世界を支配する巨大企業軍団の帝国となった。それゆえに、次の展開が極めて難しくなったと言えるだろう。つまり、もう、こうした巨大企業をDisrupt(破壊)することは容易ではない。シリコンバレーは、もはや、挑戦する側から挑戦される側に転換したのかも知れないと言う事だ。