503   AIが労働市場へ及ぼす影響

2026年3月1日

トランプ大統領が次々と発表する一見唐突と思われる政策の裏側には、彼が心配しているアメリカが抱える大きな懸念がある。それは、急速に発展するAIが、アメリカだけでなく世界の労働市場に及ぼす大きな影響と関連している。既に、Open AIが生み出した「Chat GPT」による生成AIは、高学歴に支えられた高給を得ていたホワイトカラーの職を少しずつ奪っている。なんと言っても、この生成AIは、プログラミング能力が抜群で難関なGoogleの入社試験も軽々合格するほどの能力を持っている。そのせいかコロナ禍が終息し、生成AIの登場以降、この3年ほど、アメリカのビッグテックに勤める従業員数は殆ど増えていない。

現在、最新の生成AIが保有する知識の量は、既に各分野の専門家を超えており、もはや人間を遥かに優れた「神の領域」に到達している。この生成AIは、どんな質問にも的確に回答するため、もはや余程の上級者ではない標準レベルのコンサルタントでは働く場所を奪われている。つまり、長い間、一生懸命勉強し、多くの知識を蓄えた高学歴の人々にとって、その間に培われた能力を持っているというだけで高い報酬を得ることが難しい時代になったと言えるだろう。そのためか、現在のアメリカでは大学を卒業して4−5年以内の22歳から27歳までの若年層の失業率が7-8%にも及び、全ての分野の平均失業率である3-5%より遥かに大きな数字となっている。

現在の日本では未曾有の人手不足時代と言われており、大学新卒者90%以上が職を得ている。若者にとって極めて幸いな時代である。しかし、お隣の中国や韓国では大学新卒30%近くが職を得られず苦しんでいる。その数字は、中国や韓国の高学歴の若者が、アメリカ以上に苦しんでいることを示している。ひょっとすると、これらの数字を見ると、日本の産業界におけるAIの利用状況が世界の中でとんでもなく遅れているのかも知れないと懸念する。日本はAI化以前に、既に起きるべきだった産業のデジタル化ですら世界から遅れているからだろうか。むしろ、今の日本では、この2、3年にわたって深刻な人手不足を反映して、従来に比べて高い賃上げが続いている。

しかし、賃上げ率以上に円がドルに対して安くなっていることを忘れてはならない。日本の賃金をドル換算で見てみれば、この円安の状況で世界的には賃金は殆ど上がっていないことがわかる。日本の食料自給率は低く、殆どの食材を海外からの輸入に頼っているので、食料品を含む毎日の生活費はどんどん高くなり生活が苦しくなっている。しかし、私たちは、このドル自体も世界の中でどんどん安くなっていることを忘れてはならない。つまり、円は今やアジアで最安値の通貨となっている。昨年、2025年は4,000万人を超える海外からの観光客を迎え過去最高のインバウンドと言われている。それは決して、世界中の人々が日本に魅力を感じるようになったことが最大の原因ではない。アジアに住んでいる彼らから見ると、日本は宿泊料や交通費、そして物価までが極端に安いからだ。

さて、話が少し脇にずれてしまったが、極端に人手不足に悩む日本において、今後、AIの普及によってアメリカや中国、韓国のように若者達が高い失業率に悩む時代になるのだろうか? 今、世界に比べてAIの普及が遅れている日本も、間違いなく早晩、アメリカや中国のような若者たちの高い失業率という困った状態に近づいてくるだろう。そういう意味で、アメリカで、今、何が起きているかを良く観察することは日本の若い人たちにとって、とても重要だ。現在、「Z世代」より若い「α世代」と称されるアメリカの若者達は、高学歴という「大学卒」の称号を得ても職に就くことが容易ではない。そのため、多くの「α世代」の若者は、大学を目指すよりも「土木工事」や「電気工事」など、手に職が付く技術を学ぶ専門技術学校を目指している。

さて、振り返って日本を見てみると、最近多くの巨大建築工事が入札辞退で中止となり、一体どれほどの金額があれば実現するのか全く見込みが立たなくなっている。その根本的な理由は、どこの建築現場でも熟練した技能職が必要人数分集まらないからだ。一人親方など熟練した技能職は、今や、一流企業の管理職以上の年俸を受け取っている。コロナ禍で一躍注目された「エッセンシャルワーカー」という職業は、コロナ禍が終息した後も、どこでも全く足りないという点で注目を浴びている。パソコンが置かれた机の上で終日仕事をするのが一般的となったホワイトカラーの仕事は、まず定型的な業務から始まって、今後は、どんどんAIに置き換わっていくことに異論を唱える人は、もはや少数派だ。

さらに、今後は、一般的なルールで決められた定常業務だけでなく、高度な知識を必要とする創造的な業務までもがAIによって置き換えられていく。アメリカや中国、韓国における大学新卒の若年層の多くが失業で苦しんでいることは、社会がそれだけAI化が進んでいるからだとも言える。今後の日本も、AIの進展とともに同じ道を歩むことになるだろう。一方で「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる、建築、土木だけでなく電力、ガス、上下水道の設備保全業務や交通、運輸、物流などの運転業務、さらに看護、介護、保育といったケアの仕事。そして、私たちの食糧を確保するための農林水産業、食品加工、調理の業務。鉄鋼、造船、機械、化学など製造業一般を担う人々が、これまで以上に注目を浴びる時代になってきた。

2040年の日本は1,100万人の労働者が不足すると言われているが、この不足する労働者の殆どが「ホワイトカラー」ではなくて「エッセンシャルワーカ」だと考えたほうが自然である。「円」がアジアで最安値の通貨となっている中で、こうした労働者不足を日本が欧米のようにアジアからの移民で補うことは極めて難しい。日本も、アメリカや中国と同様に、今後は、AIの進展により、典型的な「ホワイトカラー」は、むしろ余剰となる。そうした労働市場の変革に対して、これから若い人々は何を目指せばよいのだろうか? 先ほど、大工さんの年俸が一流企業の管理職レベルに上昇したことは、「エッセンシャルワーカー」全般で見れば、今は未だ一般的ではない。現在、多くのエッセンシャルワーカーが極端に足りないのは、その賃金が例えばホワイトカラーに比べてかなり少ないことと、仕事の内容がハードなことである。この2点を改善しないことには、日本人だけでなく、アジアからの移民からも「エッセンシャルワーカー」は嫌われていき、必要な人員を充当することはますます難しくなるだろう。

この「エッセンシャルワーカー」の業務を多くの若い人たちにとって魅力あるものにするために必要なことは「生産性の向上」と「給与水準の引き上げ」である。この生産性の向上にあたり必要とされる施策は「現場に密着したAI」、すなわち「フィジカルA I」の適用である。現在、世界のAI力指数を国別に見てみると、一位がアメリカで2位が中国、それからドイツ、英国、フランス、インド、韓国、日本の順位となっており、日本は世界で8位である。日本のAIの開発能力が低いのは、AIの開発能力が英語力に比例することに関連していることと無縁ではない。しかし、日本人の英語能力は、そうすぐに改善できるものではない。一方、これから述べる「フィジカルAI」は現場で力を発揮するもので、その本質は必ずしも言語にバインドしない。

日本が世界で一番誇れる産業が製造業なのは、日本人の知的特性が汎用的な論理よりも現地・現物に強いということだからだと私は信じている。論理的な知識データベースで、日本はAIのリーダーシップを取れなかったし、今後もリーダとなるのは難しいだろう。しかし、「フィジカルAI」の分野で活躍できそうな企業は日本には山ほどある。日本人が得意な緻密で繊細な技術が各所に必要だからだ。その発想は、論理的な発想から生み出されるものではないため高い論理的な知識水準を有するAIエージェントでも、そう簡単には思いつかない。こうした点について、多くの日本の経営者は既に気が付いている。しかし、現場ベースの技術者は今の日本では圧倒的に足りない。さて、こうした現場ベースの技術者は、どのような教育環境で育つのだろうか?

私は、そうした現場に役に立つ教育環境とは、例えばTV でよく見るロボット競技会で活躍している高等工業専門学校だろうと思っている。私が以前勤めていた富士通でも、綺羅星のように光り輝くエンジニアに高専出身者が多かった。そのため、私は、今から30年も前にもなるが、何度か高専に行ってリクルート活動をした。しかし、高専の先生の話をよく聞いてみると、30年も前の時点で既に優秀な高専学生は、卒業後に就職しないで一流の工業系大学の3年生に編入する傾向にあった。これは、私の想像だが、彼らは理系科目には優秀な成績を収めることができるが文系科目はあまり得意ではないのかも知れない。そのため総合的な学力を試される大学入試では合格が難しい一流の工業系大学に高専卒業後には簡単に編入することができる。そのようにして育った人材は、きっと本人もハッピーだし、採用する側の企業の経営者はとっては本当に欲しい人材であるに違いない。AIが進展する時代に向けて、日本の高度人材育成制度は理系教育に重きを置いたSTEM(Science, Technology, Engineering, Mathematics)施策を見直す必要に迫られている。

(追記)

本日のTVでは、トランプ大統領が「ハメネイ師が死亡した」とアメリカの戦果を強調しているニュースが流れた。一方、ベネズエラのマドゥロ大統領の身柄を拘束するのに役に立ったと言われているAIエージェントを開発したアンソロピック社のダリオ・アモディCEOは、今後、①完全自律兵器②米国民の大規模な監視――の2つの用途で自社技術を使わないという利用制限で国防総省の同意を得たと説明した。この発言に激しい怒りを表明したトランプ大統領は、国防総省を含む連邦政府に対してアンソロピック社技術の使用停止を指示した。現在、アンソロピックはオープンAIやグーグルに対して優位な技術を保持しているが、今後、それがどうなっていくか注目をしていきたいと思う。

502 超大国アメリカの行方

2026年2月1日

1998年から2000年までの3年間にわたるアメリカ駐在で、私は「強いアメリカ」を知った。今から思うと当時のアメリカは、まさに世界で群を抜いた実力を持つ特別な超大国だった。アメリカ野球のメジャー最後の戦いが「ワールドシリーズ」で、そこで勝利したチームが「ワールドチャンピオン」と呼ばれることに何の違和感も感じなかった。日本のビジネス界で「国内」と「海外」で分けられる事業領域と比較すると、アメリカにおけるビジネスの世界で語られる言語では、アメリカこそが「世界:World」で、アメリカ以外の国々が「その他の世界:Rest of the world」と定義されていることに全く違和感もなかった。これまで、日本にいた時には普通に感じた議論である「日本とアメリカ」を比較して語ること自体が、もはや全く意味をなさないことをアメリカで暮らす私は心底理解できた。

アメリカは人口においても、国土の広さでも、資源の豊富さでも決して世界を超越するほどの一位ではない。それにも関わらず、当時のアメリカは金融やIT他、軍事力でも経済力でも世界を圧倒する力を持っていた。そんな中で、私がシリコンバレーで聞いた次の言葉には本当に心から驚いた。現地の人々から「伊東さん、ITって本当はどういう意味だか知っている?」と聞かれて答えに躊躇していた私に、彼は「このシリコンバレーで、ITとはIndian & Taiwaneseという意味だ」と教えてくれた。実際、シリコンバレーでIT技術開発の分野で活躍している人々の多くが、ソフトウエアを開発するインド人とハードウエアを開発する台湾人の集団だった。当時、ゲーム機向けの3Dコンピュータグラフィックスの演算チップで活躍していたのが「エヌヴィデア」だった。今、この演算チップがAIに有効な機能であることが判明してから台湾人が起業した、この「エヌヴィデア」は世界から注目される超優良企業となった。

さらに、この「エヌヴィデア」だけでなく、世界中で活躍するIT企業である「Apple」やGoogleの親会社である「アルファベット」やFacebookを運営する「メタ」、あるいはAI分野で活躍する「Open AI」や「アンソロピック」など最先端の技術を駆使して活躍する会社の殆どが、アメリカ西海岸のシリコンバレーで活躍している。しかし、その礎を作ったのはアメリカ生まれのアメリカ人ではない。Appleを創業したジョブスは両親がシリアからの移民であり、Googleの共同創業者であるセルゲイ・プリンもソ連からのユダヤ人移民である。また、Facebookを起業したザッカーバーグも、Open AIを起業したアルトマンもアメリカへ移住したユダヤ人の孫達である。そして、シリコンバレーではないが、同じ西海岸のシアトルに本拠を置く世界最大のクラウド企業であるAmazonを起業したジェフ・ペゾスの両親はキューバからアメリカへ逃れてきた移民であり、ジェフがアメリカで生まれてすぐに離婚し、両親から捨てられた彼は同じくキューバからの移民である叔父に育てられた。

今日、アメリカが超大国になったのは、金融業とIT業界に属する世界に冠たる企業のおかげだと言い切っても決して過言ではない。しかし、アメリカの多くの金融業は今でも多くのユダヤ人によって運営されていて、多くのIT企業もアメリカ生まれではない移民か、移民の息子や孫たちで起業された。つまり、今日のアメリカの豊かさは、アメリカ生まれのヨーロッパ系白人によって築かれたものではない。さらに2019年末から2年半ほどアメリカを恐怖に陥れた「コロナ禍」を救ったのはファイザーとモデルナが販売したRNAワクチンだが、そのファイザーのワクチンを開発したのは旧ソ連傘下のハンガリーからアメリカへ難民としてやってきたカタリン・カリコ女史だ。彼女は、アメリカで開発したRNAワクチンが当局では認められなかったので、トルコ系ドイツ人が起業したドイツのビオンテック社に転職しドイツでRNAワクチンの製造に成功した。ファイザー社はビオンテックとの提携によりこのRNAコロナワクチンを販売できることとなった。彼女は、この偉業によって2023年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した。トランプ大統領がRNAコロナワクチンを嫌う理由がここにありそうだ。

こうしてみると、世界の超大国であるアメリカは、生きるのに困難な地域からアメリカへ移住した優秀な人々の活躍によって大きな力を得ていることがわかる。それなのに、どうしてトランプ大統領とその支持者たちは移民をこれほど敵視するのだろうか?あるアメリカ政府高官から聞いた話として、アメリカで活躍している多くの女性経営者は不法移民とされている高学歴の女性をメイドとして雇って家事を助けてもらうことで大きな恩恵を受けているとのことだった。このメイドたちは勉学や就業のために合法的にアメリカへ入国している。しかし、現在はたまたま就労ビザを獲得できなかったために不法移民の範疇に入っている。多くのトランプ大統領支持者が移民排斥運動に賛同していることをもっと理解するためには、アメリカの人種別平均所得階層を見るとよい。まず、平均所得階層の最上位にランクされるのはインド生まれのインド人である。それに続いてベトナム人、シンガポール人、日本人、韓国人、中国人といったアジア系が続いて、アメリカ生まれの白人はずっと後に登場する。

私は単身赴任だったが、シリコンバレーに駐在する日本人の子供たちは普段はアメリカの学校に通っているが、毎週土曜日にサンフランシスコの日本人学校へ行って日本語や数学などを学んで日本の子供達に負けない学力をつけていた。両親のいずれかがサンフランシスコまで車で連れて行くだけでも大変なのだが、私は中国人の話を聞いてもっと驚いた。シリコンバレーに住む中国人は、子供たちを毎日放課後にシリコンバレーにある中国人向け補習学校に通わせているのだという。今から、15年ほど前に中国に併合される前の香港に行って驚いたのは、夜中の11時頃に背中にカバンを背負い塾に通う多くの小学生たちを見たことである。日本以上に勉強に熱心な韓国、中国を含むアジア人の子供たちが大人になってアメリカで高給を得られる職業に就くのは当然と言えば当然である。

現在、欧州ほか世界中の国々で過激になってきた移民排斥運動の原点は、元々社会の底辺層の労働力として社会に貢献してきた移民が何世代にもわたって研鑽を積んで社会の上位層に進出し成功を収めるようになってきたことにある。アメリカも、その例に漏れず、母親がアイルランド人であるがケニア人の父親を持つオバマ大統領が就任したことは多くの白人系アメリカ人にとって大きなショックだった。ケネディ大統領が暗殺された一因として彼がカトリック系アイルランド人だからという説もあるが、それは定かではない。当時のアメリカではユダヤ人とアイルランド人が差別の対象になっていたが、ヒスパニックや黒人は議論の対象にもならない存在だった。その黒人の息子がアメリカの大統領になったことは白人系アメリカ人にとって本当に大きなショックだったのだろう。

そういう意味で、コロナ禍以降のアメリカでは白人、黒人、ヒスパニックから見て共通の攻撃対象はアジア人となった。アメリカに住む私の友人である日本人もコロナ禍の発生源だった中国人と間違えられて、いつ殴られるかわからないので、街を歩くのが怖いと言っていた。トランプ大統領は、こうした人種間闘争の真只中に登場したアメリカファーストの大統領である。そしてトランプ大統領の熱烈な支持者は、異なる属性を融合する包摂的な社会など最初から目指してはいない。むしろ融合よりも分断を求めている。しかし、彼らはアメリカが世界に比類のない超大国を形成した原動力がどこにあったのかを忘れている。現在、アメリカに住む超一流のAI研究者数は中国生まれでアメリカに移住した中国人の方がアメリカ生まれのアメリカ人より遥かに多いということすら知らない。

アメリカにとって幸いなことは、こうした超一流の中国人AI研究者は、今のところ中国に帰国することは全く考えていないことだ。しかし、今のアメリカの移民排斥の状況が進展すると彼らも「中国に帰る」と言い出しかねない。そして、さらに新たに中国からアメリカへ勉強にやって来る優秀な研究者が居なくなると、AI研究のメッカはアメリカから中国へ移転するのかも知れない。現在の世界は、アメリカと中国という2つの超大国が大きな力を持って制覇していると言って良い状況にある。しかし、早晩、これにインドが加わって世界は3つの超大国で覇権争いが進められる時代になることは、既に見えている。こうした中で、アメリカが世界制覇を目指すよりも西半球に注力すべきだというトランプ大統領の方針も一つの考え方だろう。彼にはアメリカが中国やインドと真っ向勝負して勝てるという自信がないのかも知れない。

しかし、アメリカが西半球に閉じこもっている間に、世界の中心は少しずつ東半球が支配する世の中へと変貌を遂げていくのかも知れない。さて、これまでアメリカを超大国にする原動力となった移民や難民への排斥運動を続けていく中で、いつまでアメリカだけが唯一の超大国で居られるだろうか。そして、世界が西と東の二つの半球に分断される時代になった時、地理的に東半球に位置する日本は、どのような経済・外交戦略をもつべきなのか、私たちは真剣に考えないと、この先、生きて行けない。最近になって、欧州首脳が次々と中国を訪問し習近平主席と親密な会談を行なっている。いずれにしても、今後も超大国であり続けるアメリカの行末は、日本に及ぼす影響は計り知れないほど大きい。しかし、こうした欧州首脳の動きから学ぶべきことは、近い将来の予測すら難しいアメリカよりも、少しは予測できる中国の安定度の方が高いということだ。近い将来、欧州だけでなく、中国やインドという二つの超大国が存在する東半球に対して、日本が西半球以上に注意深く見守らなくてはならないことは既に明白だ。

501  昭和101年を迎え、私たちは何をすべきか

2026年1月1日

2026年の元旦。皆様、明けましておめでとうございます。今年の干支は60年ぶりの丙午。「丙午年生まれの女性は気性が激しく夫の命を縮める」という困った迷信は日本だけのものである。中国では北宋時代の末期から、丙午の年には火災が多いと信じられており、丙午を凶歳とする説が広まっていたが、女性に対する迷信は全くない。しかし、この凶歳説が日本にも広がり、江戸時代に下級の宗教学者の手により村々に広まる間に「丙午の女は夫を食い殺す」という俗説が生じたらしい。こんな馬鹿馬鹿しい話を現代でも信じるのか?と思われるが120年前の1906年には、出生率が前年より4%減少した。しかし、この迷信は昭和になっても根強く残り、60年前の1966年には前年に比べて25%も減少した。

私の知り合いにも今年還暦を迎える丙午生まれの女性が何人かいるが、皆、知性高く優しくて夫婦円満な家庭を築いている方達ばかりである。むしろ、同い年の同級生が少ないので、社会からも大事にされて他の年に生まれた方よりも恵まれた人生を過ごされたのではないだろうか。しかし、今の日本は、ただでさえ出生率が低下しており、これ以上の減少は国家存亡の危機となる。世界銀行の調査では、2025年6月時点では丙午の出産を避けようという動きは把握されておらず、丙午出産の回避は、もはや継続しないと推定されている。ぜひ、メディアの方々も、今回の丙午のことは、センセーショナルな話題にして頂きたくないと私は心より願っている。

さらに、1926年が昭和元年なので、今年2026年は昭和101年となる。明治維新後の「明治、大正、昭和」と3つの元号は日本が大きく変わっていった時代を表しているが、その中でも「大正15年12月25日から昭和64年1月7日までの「昭和」という元号で呼ばれた62年間は日本が一番大きな転換を迫られた時代だったと思う。私は子供の時から「明治は67を加え」、「大正は11を加え」、「昭和は25を加え」という足し算を行なって、「和暦」を瞬間的に「西暦」に直すことが得意だった。そんな、私が今では「平成」や「令和」で年号を言われると西暦には全く変換できなくなってしまった。だから、私には、2026年は、まさに昭和101年なのだ。一体、私は、いつから、どうして、そうなってしまったのだろうか?

現在、世界でキリスト生誕を元年とする西暦以外の独自暦を使っているのは日本だけである。アラブ諸国でさえも、ムハンマドのメッカからメディナへの移住を紀元としたイスラム暦を公式暦として使っている国はもはやない。どうして、そうなったのか考えてみると、多分、あらゆる生活習慣の中でITの導入が進展し世界中の年号管理が西暦ベースで統一されているからなのだろう。1998年から2000年までアメリカに駐在している私は、この「2000年問題」の影響を大きく受けた。そして、この「2000年問題」とは、全く愚かなことに世界中でコンピュータ世界では、年号管理を下二桁で行っていたことに起因している。つまり2000年になって年号管理番号が「99」から「00」に変わった途端、コンピュータの世界では100年前に戻ってしまうことになる。

このことに気がついたアメリカでは、私が赴任した1998年から「2000年問題」は国中を挙げて大問題として騒がれており、年号に関するシステム改修に全力を注いでいた。この時期から、米国では、プログラム技術者が圧倒的に足りなくなりインドに大規模なシステム改修のアウトソーシングを開始した。特に、金融機関では「2000年問題」によるシステムが破壊することに大きな懸念が持たれていて、アメリカの財務省は1999年末に各金融機関に現金の保有を平常時の数倍まで高めておくよう指示を出していた。この結果、アメリカの各銀行は、回収が困難だと見なされる不良債権の返還を急いでいた。そして、私がアメリカに出向した理由は大きな赤字を出す現地子会社の再建であり、その会社では在米の日系金融機関から巨額の資金を借りていた。

そして、まさに一番恐れていたことが起きた。現地の在米銀行から「貸したお金を即刻返金して欲しい」という要請が来たのである。こうした借金は全て親会社の富士通が返済に対して裏書補償をしており、実際に不良債権になる恐れは全くないのだが、在米の銀行の担当者は、「アメリカの金融当局は富士通がどれほど大きな会社かを知らない」と言うのである。しかし、100億円近い大金をすぐさま日本からアメリカへ移転するのは、決して容易ではなく、一体、どうしたら良いか全く算段が付かなかった。さらに本社の財務担当トップは「その問題は、アメリカで解決しろ」と突き放したのだ。結論から言えば、その銀行のサンフランシスコ支店に毎月定期的に通い詰めて、シリコンバレーの最新情報を逐次報告することで即時一括返済を免除して頂くことに何とか了解を得た。

平成元年は1989年だから「88を足す」と言う計算で簡単に変換できるわけだが、当時の私には、そういう換算式すら全く頭から消えた。この「2000年問題」で、もう和暦のことなど考えたくもないと言う、ある種の拒絶反応だったのかも知れない。それ以来、私は自身では全ての年号管理を西暦だけで行うことにした。富士通も、この「2000年問題」を契機に、ようやく社内文書の年号を全て西暦に統一した。その後、ある会社の取締役会で社外取締役として、グローバル企業を目指すなら、まず社内文書は西暦に統一すべきだと提案した。この時、富士通の例を話したら、同席していたソニー出身の社外取締役から「ソニーは創業時から社内文書は全て西暦表示に統一されていました」との話が出た。その話を聞いて、さすが「世界のソニー」だなと深く感銘を受けた。

アメリカで生活していると、日本がいかにグローバルを無視しているかを知ることになる。アメリカでは移動の際に、レンタカーを使うことが頻繁にある。車を借りる際に、運転免許証の提示を求められるのだが、日本の警察が発行する国際運転免許証を提示しても「こんな紙切れの書類は、いくらでも偽造できる。だから貴方の日本の運転免許証を出してくれ」と必ず言われる。いつも、そう言われるので、日本の運転免許証を見せると、担当者は一応に困った顔をする。有効期限が和暦で記載されているので彼らには免許証が有効かどうかわからないのだ。少し、迷った後に「わかった。OKだ」と諦め顔で車を貸してくれる。私は、日本に帰国してから、このことを何度もいろいろな場所で言ってきた。そのお陰か、現在の日本の運転免許証は有効期限に和暦と西暦が併記されるようになった。実際には、運転免許証は西暦だけで十分なのだが。

暦号に限らず、日本では、今でも世界中で日本だけというビジネス習慣がたくさんある。最近、グローバルに活躍する企業が増えてきた中で、人事や経理の分野での社内ルールにおいて「世界標準」を採用する企業が増えつつあるのは当然とも言える。これだけ人手不足が騒がれて、「人手不足倒産」が極めて現実的になった社会では国内人材だけで会社を回すことは、もはや不可能である。採用や評価など人事の基準も世界標準でなければ国際人材の採用もできない。いや、海外人材だけでなく国内人材の採用や評価においても、従来の終身雇用・年功序列という従来の日本基準では若い人だけでなく中高年齢者の社員においても優秀な人材を引き留めておくことができなくなった。

一方、企業の方も「AIの力」を使わないで競争力を維持することは不可能な時代となり、「AIを使いこなせる社員」と「AIを使いこなせない社員」を同列に評価することは難しくなってきた。丁度、日本の企業経営が、藤井聡太さんと同じように「AI将棋」で訓練を積まないと生き残れなくなった日本の将棋界と同じ景色になったと思えば良い。さらに、深刻な事態は、「AIを活かせる企業」になるためには「AIを使いこなす力」だけを磨けば良いというものではないことなのだ。それは、日本がデジタル応用で世界に遅れたのは、どうしてなのか?という真の理由を考える必要がある。1990年代から約30年間、日本が永年停滞したのは、戦後50年間日本を飛躍的に発展させた基礎だと信じられていた世界標準とは異なる日本独自の文化である「終身雇用」、「年功序列」が原因だった。

世界の多くの優れた企業においては、人事や経理あるいは購買や販売など会社の基礎的な運営において殆ど類似した共通のルールを持っている。従って、どこの会社でも使われている標準パッケージソフトを使い最先端のデジタルシステムを容易に構築することができる。こうしたグローバル企業が、自社だけの独自のルールを排除してきたのは、頻繁に従業員が交代する「転職する文化」に対応可能とするためだ。多くの欧米の企業では、長い人でも数年でより高い給与や地位を求めて働く会社を変える。こうした事態に対して、仕事のルールを共通にしておけば、誰を採用しても優秀な人なら仕事の引き継ぎは簡単にできる。また、課題のある事業の分割や売却、あるいは他社の事業を買収してもルールが同じなら連結決算も容易に実現できる。つまり、社内のルールを他社と共通にすることは、経営のダイナミズムを活性化することを容易にする。

一方で、自社だけの独自の仕事のやり方が「競争力」だと勘違いしている経営者は、最先端のデジタル化に遅れるばかりか、キーマンが退社してボロボロになったチームの再建にいつも苦しむことになる。あの人が居ないと会社が成り立たないという組織では会社は成長できない。こうした企業は早く、全てをグローバルに標準とされているルールに置き換えないと、もう今後は生き残れない。今は、独自のルールを個別のプログラムで実現したデジタルシステムで何とか生き残っているが、今後、世界に蓄積された優れたルールをベースとして実現する「AIエージェント」によって、ソフトウエアで実現されてきたデジタルシステムを置き換えようという動きが世界中で動き出しているからだ。

こうした「AIエージェント」への動きが、今、世界で叫ばれているAIバブルをもたらしている。なぜ、これだけ狂気としか思えない巨額の投資を行っているかと言えば。もし、世界中で多くの企業が「AIエージェント」を導入していったら、従来のソフトウエアベースで動いている多くの「従来のクラウドシステム」が用をなさなくなるからだ。果たして、本当に「AIエージェント」が世界中で導入されていくか、まだわからない。しかし、もし、そうなったとしても、現在の巨大クラウドシステムを提供するAmazon、Microsoft、Googleは巨額の軍資金を持っていて、次の「AIエージェント」への準備をしっかり行なっているので何とか持ち堪えられるだろう。しかし、私が危惧するのは、年号基準で西暦も採用できないような日本ローカルルールを大事にする企業が、この新たな「AIエージェント」時代にきちんと生き残れるのだろうか?という懸念である。