486    喜寿になって、世界を考える

2024年10月9日

日本が太平洋戦争に負けて2年後、1947年10月に私は生まれた。そして幸運にも、この10月に77歳(喜寿)を迎える事になった。生まれたのは伊勢原市で、2歳になって父親の勤務地の関係で神奈川県平塚市に移り住んだ。その我が家のすぐ裏にあった平塚工業高校は、私が小学校を卒業するくらいまで、空襲で爆撃を受けたままの状態だった。旧平塚市は海軍の火薬工場があったせいで、市街地は9割以上が空襲で破壊された。丁度、現在のガザ地区のような状態だったと思う。そこに、戦後、帰還した兵士たちが結婚して我が家を、その爆撃跡に建てたのだ。私の両親も、そうして貧しいながらも、苦労しながら、子供達を育てて一家を営んでいた。

「喜寿」というのは、本来、めでたい話だと思うが、現在、世界の日常で最も話題になっているのはウクライナとパレスチナの醜い戦争である。両方とも、戦争を続けることが政権を維持するための方策であることを世界中の人々が理解しているのに誰も何も出来ないでいる。本当に無念でならない。ウクライナを侵略しているプーチン大統領の様子を見ていると、これまでロシア民族は、このようにして領土を拡大していったのだと素直に納得する。数学者を志望していた私は、大学の教養課程で友人たちと一緒にロシア語を第三外国語として履修し、多様体論に関する数学書をロシア語で輪講していた。皆、本当に優秀であり、「この人達と机を並べて一緒に数学を勉強することは私にはちょっと難しい」と考えるに至り、数学者になることを断念した。

ロシア人は、フランス人と同様に数学など純粋な学問には強いが、具体的にモノを作るエンジニアリングに対しては、あまり関心がなかったように見える。例えば、IT関連のデジタル技術については、ソビエト連邦崩壊前には、タタルスタン共和国のカザンが開発の中心都市だった。富士通も一時、カザンにロシア支社を持っていた。同様にソ連邦崩壊前のロシアにおける半導体産業については、東ドイツのザクセン州ドレスデンが開発・製造の中心地だった。今や、ドレスデンは台湾のTSMCが欧州における製造拠点を築こうと巨額の投資をベースに建設を進めている。さらに、ロシアは、航空・宇宙産業についてはドイツ占領の際に、V2ロケット技術者を手中に収めて、具体的な開発拠点をウクライナにおいた。ソ連邦崩壊の時に、当時ウクライナにいた数千人の航空エンジニアがアメリカにわたりボーイング社に移転したと伝えられている。

プーチン大統領がウクライナを傘下に収めたいと思っている最大の理由は、このウクライナに多く居るSTEM(Science, Technology, Engineering, Mathematics)人材だと考えられる。ロシアが将来、米国や中国に対抗していくためにはウクライナのSTEM人材が必要だと考えウクライナをロシアの属領にしたいと考えたに違いない。日立が「Lumada」を強化するために一兆円を投じて買収したシリコンバレーにあるソフトウエア企業である「グローバル・ロジック社」はキエフ郊外に5ヶ所の開発拠点を持ち7,200人の開発人員を抱えている。つまり、グローバル・ロジック社の実態はウクライナ人がシリコンバレーに移住して作った会社だと思った方が良い。日立は、本当に良い会社を買った。

さらに興味深い話がある。2011年、ドイツのSAP, Siemens , VW, Boschの4社が中心となって第4次産業革命を実現するための中核技術となる自律分散処理(IoT)を含む「Industrie 4.0」を発表したときのことである。私は、この時、ミュンヘンに行ってSiemensのエンジニアと懇談した時の話が忘れられない。そもそも「Industrie」はドイツ語である。つまり、これはドイツ政府がドイツの製造業の発展を期したものであり、IoTの世界標準を目指したものではないということなのだ。ドイツは、アメリカや中国、日本に対抗する製造業の中興を目指すには、製造業の作業員を、いつまでも中東からの移民を頼りにしていては、将来世界一になる中国には絶対勝てないと考えた。さりとて、東欧の人々だけでは頼りない。もっと強靭な人達とIoTをベースに密接な仲間として分担製造をしていきたいと考えた。

その1番の仲間が、多くのSTEM人材を擁するウクライナだったのだ。つまり、「Industrie4.0」はドイツとウクライナの密接な連携を容易にするためのプロトコルなのだ。ドイツは、ウクライナを早くEUの仲間として迎えて、ドイツと連携するEUの中核国家にしていきたいと考えた。2014年にロシアがクリミアを占領し、これをきっかけにウクライナをロシア連邦に囲い込みたいと考えたのは、ドイツの目論見をいち早く破綻させたいと考えたからであろう。ロシアは、ドイツに対抗するためにウクライナを手中に収めたいと考えている。しかし、プーチン大統領は大きな過ちを犯してしまった。このロシア・ウクライナ戦争が一旦ロシア有利に終戦を迎えたにしても、ウクライナ人はロシア覇権の中で、もはやロシアの言うなりに仕事をするとは思われない。

これから若い人々は、デジタル技術の発展のもとで、自由な発想で生き方を考えるようになるだろう。東欧では、多くの若い人たちが低迷する自分の国を捨てて西欧やアメリカへ移住している。中国でも、富を蓄えた人々、あるいは富を求める人々がアメリカへの移住を必死になって考えている。彼らは、まずエクアドルに行き、メキシコを経てアメリカへ入るといった危険なルートでも全く厭わない。それが無理なら、中国の妊婦がグアムに移動し、グアムで出産をして生まれた子供のアメリカ市民権を取得させるということも人気を得ているらしい。ロシアや中国では、少子高齢化の進展で、人口低減が起き将来の経済発展が従来通りのストーリーで見込めない中、若い人たちは覇権主義者たちが描く夢とは全く違う夢を追いかけている。彼らに、衰退する国を背負って成長に向けて頑張るという意識はもはやない。彼らは、自らを正当に評価してくれる国があるなら、世界中、どこへでも飛んで行く。

本日、10月8日トロント大学教授を務められたジェフリー・ヒントン氏が、ノーベル物理学賞を受賞された。ヒントン先生は1947年12月6日の生まれで私と同い年で、今年77歳の喜寿を迎えられる。ヒントン先生は、1982年に人間の大脳でニューロンが学習するメカニズムを定義する逆誤差伝播法(バック・プロパゲーション)による方程式を発見された。長年の間、この手法が大きく評価されることはなかったが、トロント大学のチームは、この方程式を使ったディープラーニング(深層学習)を用いて、2012年の画像認識コンテストで圧倒的な優位で優勝した。私は、この事件を「AIのビッグバン」と呼んでいる。この時以降と以前ではAIの研究手法が全く変わり、全てのAI研究者は逆誤差伝播法(バック・プロパゲーション)を用いたディープラーニング(深層学習)に集中するようになった。

私は、1970年大学を卒業し、富士通にはAIの研究者として入社し、以来20年間、文字認識、音声認識、画像認識などの製品開発におけるAI開発に従事した。私がAI研究を断念した1990年当時、AI研究は「暗黒の時代」と言われた時期で、乳母車に乗っている幼児にも勝てないレベルだと思っていた。2歳にも満たない赤子が猫を見て「ニャンニャン」、犬を見て「ワンワン」と判断できるレベルに、当時のAIの能力は勝てない「人間とは程遠いレベル」にあったからだ。しかし、ヒントン先生はAIの研究を止めるという判断した英国の大学を辞めてカナダへ移住し、40年にも及ぶ長期間に自身の研究を成し遂げるという信念を貫いた。

ヒントン先生がノーベル賞を獲得されるのは、誰もが必然と考えていたに違いない。しかし、ノーベル生理学賞・医学賞ではなくて、ノーベル物理学賞を受賞されたのには私も驚いた。ひょっとしたら、ノーベル賞委員会は、逆誤差伝播法(バック・プロパゲーション)を用いたディープラーニング(深層学習)手法は、神が造られた人間の頭脳を模したものであり、人間の頭脳そのものとは違うものだと言いたいのかと思ったりする。ヒントン先生にとっては、人工知能の可能性を否定した英国を捨てて、カナダへ移住されたこと自体が人生の大きな賭けだったのだと思う。

しかし、昨年Googleを辞められたヒントン先生が、今、最も危惧しているのは、AIが戦争の道具に使われることである。これまで長い歴史で築かれた知識を累積し、個々の人間は、とてつもない知恵を得ることになったが、他国に侵略を続けているロシアやイスラエルの首長の言動を見てみると、本当に人類は賢くなったのだろうかと訝しくなる。こうした中で、戦争に特化されたAI兵器がもたらす結果は恐ろしい物になるだろう。私自身は戦争を直接は知らないが、両親から戦争の残酷さを何度も聞き、身近に沢山の空襲の跡地を見てきた。今の日本の若い人たちには「戦争とは地球の裏側で起きている悲劇」としか捉えられていないかも知れない。今後、AIが戦争に使われるかも知れないという恐怖の中で、「何があっても戦争だけはしない」という決意を持っている指導者を選んでほしいと願う。

485 迷走する台風と新幹線

2024年9月7日

8月29日から9月2日まで4日間の長期に渡り、東海道新幹線が運転中止した。私の記憶では、これほど長く、日本の基幹経路である東京―新大阪間がストップしたことは記憶にない。この東京―新大阪間の新幹線長期運休に対する海外からの旅行者の困惑は想像に絶するものがあるが、今回、国内のビジネス客からは大きな非難は見受けられなかった。中には北陸新幹線で代替し凌いだ方も少なからず居たようだが、多くの方々はリモートで打ち合わせを代替するなど、コロナ禍で培われた日本人ビジネスマンのITリテラシーが代替手段として役に立ったのだろう。

それにしても、今回の台風10号は前代未聞の動きをして日本社会を翻弄した。東西の高気圧に挟まれて、本来台風を動かすはずの偏西風は遥か北にあり、九州に停滞中の台風10号に対しては何の動きを与えることが出来なかった。その一方で、巨大なスケールを持つ台風10号の周辺雲が台風中心あった九州から1,000キロ以上も離れた東海地方を襲い線状降雨帯を形成し、東海道新幹線を運行中止に追い込んだ。今回の台風災害で、各TV放送局も、台風の現状報告はしてくれるのだが、台風が今後どのように動いていくのかについては詳しくは何も語ってくれなかった。どうも、台風に関する報道に関しては、気象庁の許しが得られなければ各TV局とも勝手に動向を推論することが許されないようである。

そこで役に立ったのが、欧州や米国の気象機関が発表する台風の動向予測である。日本と異なり欧米では10日後の台風の動向予測までTV放送することが認められている。今回、私には、それが非常に参考になった。例えば、アメリカ気象機関の予測シミュレーションでは、台風10号は九州を出た後、瀬戸内海に入ってから一旦九州寄りに戻っているのである。私はこのTV報道を見て、「今回の台風は、こんな風に迷走するのだ」とよく理解できた。もちろん、日本も含めて欧州も米国も10日間もの長期間の予測シミュレーションは結果的に予測が外れることも当たり前だ。台風の進路予測は、沢山の変動要素をベースにシミュレーションを行なっているので正確に予測することは難しい。

そうした前提条件を付しても、長期間の進路予測を報道する事には意味があると私は思う。時事刻々状況が変化するのであれば、そうした変化を反映した新たな予測を次々と公表すれば良い。そのように変動要素を含んだ予測でも、ビジネスや旅行で移動する方々には大変役に立つはずである。日本の台風情報は進路と進行距離を示しているが、これと合わせて欧米と同じように10日後くらいまでの進行シミュレーション情報を示して欲しい。もちろん、毎日台風の周辺状況は変化するので、その都度に新たなシミュレーション情報に更新するべきだろう。その結果が前日の予測シミュレーションと大きく異なる結果になっても全く構わない。台風の進行状況は、微妙な周辺環境によってかなり大きく変化するからだ。

今回の台風10号に関して、JR東海は、4日間の運休を行うなど、これまでにない慎重な運行体制を敷いた。その安全優先というポリシーは多くの利用客から支持されたようにも見える。今後、リニア新幹線が東京―名古屋間で運行を始めれば、今回のような静岡地区の豪雨による東海道新幹線の運休には大きな代替手段となる。しかし、殆どの路線が地下に埋設されるリニア新幹線は台風による耐性は極めて強いものの、地震に対する耐性は一体どうなのだろうかと思う。地震は台風と異なり、予測がつかず突然やってくる。事前に運休という体制も運用できない。リニア新幹線の地震に対する被害は、一体、どういうレベルなのだろうか? 私も、乗る前に、ぜひ、知っておきたいと思う。

 

 

484   日本の株式市場、突然の動乱

2024年8月14日

今年7月11日、日経平均株価は史上最高値の4万2,224円をつけた。この値は、岸田内閣によるNISAなど政府の個人投資支援措置によることも多少は関係しているのかもしれないが、基本的には世界の投資家に向けて日本企業の評価が少しずつ高まった成果だと私は確信していた。もちろん、この値上がりの要因の一つとして、日銀の金融緩和政策によるマイナス金利を利用した投機的な円キャリー取引が後押しした結果も含まれているだろうということは私も承知している。しかし、この史上最高値まで至る日々の更新過程は着実で手堅いプロセスだった。

しかし、7月31日の日銀の利上げ発表を受けて、8月2日金曜日には突然2,216円値下がりして3万5,909円にまで暴落した。こんなこともあるのだ!と思っていたら、週明けの8月5日、月曜日にはさらに4,451円安の3万1,458円まで暴落した。その翌日、3,217円高と久しぶりの大幅高で戻したが、それでも3万4,675円と、暫く4万円には届かない感じである。その後の上げ下げは、いつも通りで何だか妙なところで落ち着いた感じになった。私自身は、12年前に退職してから株の取引は一才していないので、今回の暴落も個人的な損得とは関係ないが、NISAを機に株式投資を始めた若い人たちには、とんだ冷や水となったに違いない。

2012年以降、複数の企業の社外取締役に就任し、非公開情報を得られる立場になったことも、株の取引をやめた理由の一つである。その年に、私が社外取締役になった時、NHKから午後9時のニュース番組で「社外取締役特集」に出演することを申し込まれて、それに応じたことがあった。その年から、多くの日本企業が社外取締役の導入を始め、それ以降、日本企業の経営方針が大きく変わっていく。従来の日本企業は、業績不振に関わる不都合なことは出来るだけ公表を控えてきた傾向があった。しかし、一定数以上の社外取締役の存在は、従来から利益を損なってきた事業から、むしろ積極的に撤退し、株主を納得させられる事業に集中するという経営方針に変えていった。この結果、多くの日本企業が不採算事業からの撤退し、より優良事業に集中することで業績を伸ばしていくことになる。

多くの経営者にとって、株価は、世の中から評価された、いわば自身の成績であると考えている。こうして、10年以上もの間、毎年少しずつ改善をし、史上最高レベルまで持ち上げていった大切な株価を短期的な投機サイトの振る舞いで大きく乱高下させられるのは、見ているだけでも堪らないことだ。この株価の乱高下の要因として、今回の日銀の植田総裁の利上げ発表のせいにする方も居るが、それは大きな間違いである。元来、1ドル162円という歴史的な円安にまで円の減価を許した、これまでの日銀の異常とも思える金融緩和政策にある。つまり、マイナス金利、巨額の国債購入、大量の株式購入という愚策を長く継続し過ぎたせいであろう。短期的な投機サイトは、必ず常識外の不条理な所業を突いてくる。

ただ、ここで私たちがよく解らないのは、日本企業の株価が上昇してきた理由のどこまでが経営者の努力の結果であり、一方、短期的な投機サイトの円安キャリー取引による実力以上の値上がりの結果なのかが、もう暫くしないと判明しないことだろうか。そして、私が気にしているのは、日本の株式市場の動向はアメリカの株式市場の動向と全く無縁ではないことだ。今、直近のアメリカの株式市場を見てみると、必ずしも長期上昇していく途上にいるとは思えない。アメリカの株式市場はマグニフィセント・セブンと呼ばれる、Apple, Amazon, Alphabet, Microsoft, Meta, NVIDEA, TESRAなど一部のデジタル企業だけが上昇して、他の企業は殆ど上昇していないと言われている。

さらに「投資の神様」と呼ばれるウォーレン・バフェット氏は、既に所有していたApple株の大半を売却して、今は次の投資に向けて現金のまま保有していると言われている。おそらく、もう少し、アメリカの株式市場が落ち着いてから再評価して投資を始めようとしているのかも知れない。今年、93歳になったバフェット氏は、「今は慌てる時ではない。もう少し長期的な視点で投資を見直す時期だ」と言っている。マグニフィセント・セブンが幾ら利益を得ても、その恩恵を受ける従業員は数が限られているので、アメリカ経済の主流である消費者経済への貢献も限定的である。やはり、アメリカ経済が発展するためにはトランプ氏が言うように多くの中間層を雇用する製造業を、さらに発展させるしかない。

しかし、アメリカの製造業は、むしろ、どんどん衰退しているようにも見える。私が、一番気になる企業はボーイングだ。今や世界中の航空会社は、次々と問題を起こしているアメリカのボーイングではなくて欧州のエアバスから購入しようと考えているのではないか。そして、ボーイングは航空機事業だけでなく、宇宙システムでも大きな懸念を持たれている。ボーイングが宇宙ステーションに送った宇宙飛行士がもはや地球に帰還できないのだ。今後、ボーイングはマスク氏が起業した「スペース・X」にもはや勝てないかも知れない。航空機や宇宙システムは、アメリカが他国の追随を許さず、絶対的王者を誇ってきた企業である。

かつて半導体製造企業として絶対的王者だったインテルも、今や巨額の赤字を出す企業となった。これまでAMDはインテルの王国だった86プロセッサでインテルを追いかけていたが、インテルの絶対的優位を持つ製造能力を凌駕することは出来なかった。そのAMDが、自ら半導体製造することを諦めて台湾のTSMCに製造委託するようになってから、インテルよりも高い能力を持った高性能プロセッサを販売できるようになった。そして、今を時めくAIプロセッサを独占的に販売するNVIDEAも韓国のSKが開発した高速メモリと台湾のTSMCによって製造されるAIプロセッサを組み合わせて、この分野では圧倒的な優位を誇り世界一の時価総額を有する企業にまでなったが、このNVIDEAですら純粋なアメリカ製造業とは言えない。

一方で、現在、日経平均を牽引する主要な日本企業は極めてニッチな分野で大きな世界シェアを有する戦略をとっている。これは戦後、大量生産分野で日本に価格、品質で遅れを取ったドイツが日本を凌駕するために取った対抗戦略である。しかし、世界の主要な製造業でダントツの一位となった日本が、その後、大量生産、高品質が要求される各分野で韓国や中国に抜かれて困窮する事態になった後、日本の製造業が選択した戦略はドイツが先鞭をつけたグローバル・ニッチ戦略だった。今や、半導体の製造や検査、組み立て装置という極めてニッチな分野で日本企業は圧倒的な強さを誇っている。

現在、東証株式市場で活躍している企業は、それぞれ大きな変革を行なっている。現在、一番利益が出ている商品は、決して昔から長く製造し続けているものではない。そして、多くの企業が、一般の人が、その会社名からは想像できない特殊な分野の製品の開発に注力している。今や、多くの日本の優良企業は、経営者も社員も、事業内容を大きく「変化する」ことを必須の目標として掲げている。このため、誰もが知っている一流企業の新社長が、もはや生え抜きから上り詰めた社員のゴールではなくなっている。大きく会社を変えるには、会社という枠組みを超えて多くの経験をされた方々の参画が必要だからだ。その結果、既に、外国人社長の就任も珍しくなくなった。

先月、40年ぶりに日経平均が4万円を超えたというのは、10年以上にも及ぶ、マイナス金利、円安といった日銀による異次元の金融緩和政策がもたらしたものでは決してない。だから、この異次元の金融緩和政策が次の段階に変化しても、日本企業の株価をさらに高い地位に上げることは、この10年間、各企業が地道に行なってきた企業文化の改革を続けることでさらに確かなものにできるはずだ。私がアメリカに着任した1998年は、1ドル144円という、とんでもない円安で、母親から借りたお金も車を買うだけで全てなくなってしまった。それにつけても、昨今の円安は160円をいうトンデモない円安だった。これほどの円安でなければ事業が成り立たないという企業は、どんどん潰れて市場から退場すれば良い。

物価も賃金も安く見せる過度な円安は、日本国民を奴隷化するための施作である。海外からの観光客は増えて日本全体にインバウンド景気を巻き起こすかも知れないが、日本の介護分野への就職を目指しているアジア各国からの人材は、円安による給与の低下で、もはや日本へ来ることを断念しつつある。日本企業の底力は、こうした過度の円安でなければ成り立たないほど弱いものではないはずだ。私は、今後の日本の株式市場の動向が実態ベースでの議論にいち早く立脚するように願ってやまない。