355  アメリカは何処へ向かおうとしているのか?

2017年1月22日

私は、1998年、アメリカ子会社のCEOとして赴任した最初の経営会議で聞きなれない言葉に遭遇した。それは、ROW(Rest of World)である。ROWとは、日本で言えば「海外」という意味で、日本で言えば市場を国内と海外に分けるのと同じく、アメリカでは日本でいう「国内」は「World」であり、「海外」が「ROW」なのだ。つまり、アメリカは「World=世界」であり、アメリカ以外は、「その他の世界」である「ROW」なのだ。そう言えば、大リーグの決勝戦はワールドシリーズであり、アメリカで勝利するということは、そのまま世界一という意味なのである。

私も、当初は、ROWという表現そのものが、なんと尊大なのだろうと思ったが、すぐに、それは当たり前のことだと納得した。アメリカは、やはり「世界」なのだ。大体、アメリカ人という人種は、どこにもいない。アメリカは、世界で最も「多様性」を持つ国であり、国という定義を大幅に超えている。先進国の中で唯一、アメリカは移民の流入によって高齢化社会の到来を免れていて、先進国中で唯一と言って良いほど高い成長率を保っている。そう、アメリカを国として定義すること自体が間違っている。アメリカ自体が、実は「世界」なのである。

アメリカから3年間の駐在生活を終えて帰国して私は、日本とアメリカを比較すること自体がナンセンスと思えてきた。だって、アメリカは、単なる国ではなくて「世界」なのだから。「アメリカ=世界」と「ROW(その他の世界)の一国である日本」と比較すること自体に意味がない。そのアメリカを「世界」に押し上げている最大の要因は「移民」である。私が住んでいたシリコンバレーの成功者は殆どが移民である。Appleを世界最大の企業に押し上げたスティーブ・ジョブスはシリア移民の子孫だし、Googleの創業者もロシア移民の子供である。Facebookの創業者であるザッカーバーグはユダヤ人だし、Amazonの創業者であるペゾスは生まれて間もなく両親の離婚によって孤児となり、キューバからの移民である養父に育てられた。

今日のアメリカが超大国であり続けられる最大の要因は「移民」の存在であると言っても決して過言ではない。そのアメリカが「世界」であることを捨てて「国」であることを意識した時、それはアメリカの凋落を意味する以外の何物でもない。アメリカ国民は、なぜ、トランプという亡国の大統領を選んでしまったのだろうか? それは、カルフォルニアに住んだことがある私には少しは理解できるような気がしないでもない。カルフォルニア州は、現在、アメリカで最も成長率の高い地域である。今や、アメリカの富の大半はカルフォルニア州で生まれている。そして、その富の大半が移民、もしくは移民の2世、3世から創出されている。

アメリカで最もランキングが高い大学はカルフォルニア工科大学で、第二位はスタンフォード大学、次がカルフォルニア州立大学。そして、最近、この全米で最もレベルの高い3つの大学にアメリカで生まれた白人の中間層の子供達が入学できなくなった。インドや中国の優秀で富裕な留学生に、その機会を奪われているからだ。これは、大変深刻な事態で、アメリカに元々住んでいた先住民であるネイティブ・アメリカンの悲哀を、ヨーロッパからアメリカに移住してきた白人たちが、今、辛酸を舐めさせられているからだ。こうした白人の移民に対する反感が、トランプを大統領にさせた大きな要因となったと見ることもできる。

しかし、移民に対して門戸を閉じさえすれば、アメリカの白人たちは、かつての栄光を取り戻せるのだろうか? まず、アメリカが、トランプ政策によって「世界」から「一つの国」に没落することによるアメリカ経済の低迷は世界に及ぼす影響以上にアメリカ自身を疲弊させるに違いない。そして、トランプ大統領の「アメリカファースト政策」は、アメリカの白人の雇用を押し上げることにはならない。これからアメリカの雇用にとっての最大の脅威は、実は「自由貿易」でも「移民」でもなくて「AIを含む技術革新」だからだ。

特に、AI(人工知能)による雇用破壊は、アメリカの有色人種が依存する肉体労働よりも、多くの白人中間層が依存している高学歴職種、ホワイトカラーの職業にある。さらに、TPPを例に取るならば、TPP凍結によって救われるアメリカの工場労働者の数よりも、TPPによって救われるはずだった農業従事者の数の方が圧倒的に多いということである。トランプ大統領は、こうしたアメリカ経済の実態が理解できていない。アメリカの雇用を極大化するという彼の主張は、結果としてアメリカ経済の停滞化、白人労働者の失業率の増加という結果を招くのは必定である。

黒人の85%が黒人以外の友達を持たない、白人の85%が白人以外の友達を持たないというアメリカの分断社会が、アメリカのさらなる発展を阻んできた。その隙間を埋めてきたのが、中国やインド、中東や東欧からの移民であった。中国経済や欧州経済、及び新興国の経済が停滞している中で、唯一アメリカ経済だけが、これからの世界経済の牽引役であったのに、トランプ大統領は、自ら、その幕引きをしようとしている。

グローバリズムは、高い賃金の先進国から、低賃金の途上国へと生産活動をシフトし続けてきた。それを最も積極的に推進して恩恵を受けてきたのは、実は、アメリカ企業自身であった。そして、今や、AI(人工知能)が、その流れを大きく変えようとしている。さらに、アメリカにおいて、AIの先導役を果たしてきたのも優秀で血気盛んな移民たちである。アメリカの発展を支えてきたH1Bビザ、私も、このビザでアメリカに渡ったのだが、トランプ大統領は、このH1Bビザをも制限しようとしている。そうなれば、もはや、アメリカに優秀な頭脳は全く入ってこないことになる。

今こそ、日本が、アメリカに勝てる大きなチャンスが到来した。そうでも、考えないと、こんなバカな話には到底付き合ってはいられない。日本がアメリカに勝てるこの千載一遇のチャンスにおいて、日本が求められていることは、より高い多様性への寛容な社会を目指すことである。世界中が排他的で不寛容な社会になりつつある中で、2020年に向けて東京オリンピックを控えた日本こそ、世界で一番寛容な国を目指して欲しいと私は心から望んでいる。

354 インターネットによる信用創造

2017年1月18日

近年、ヒトを介さないモノとモノを結ぶインターネット、IoT (Internet of things)が大きな話題になっている一方で、ヒトとヒトを結びつけるためのインターネットによる信用創造が、これまでの経済の仕組みを大きく変えていくのではないかと思われる。

1.シェアビジネスを成立させるためには個人情報の与信が不可欠

シリコンバレーから始まったUber社によるライドシェア(いわゆる白タク)は瞬く間に世界中に広がった。まだ上場してはいないが、Uber社の時価総額はJR東海の何倍にもなるという。そして、もはやシリコンバレーで道路を走るタクシーの姿を見ることはない。タクシーに乗りたければホテルまで行って呼んでもらうしか方法がなくなった。しかし、よく考えてみれば、世界中からあらゆる民族が集まっていて、銃の携帯も許されており、凶悪犯罪の発生率も高いアメリカで、見知らぬ車に乗ることは怖くないのだろうか? あるいは見知らぬ他人を自分の車に乗せることは怖くないのだろうか? そういう疑問が湧いてくる。

同様に、同じくシリコンバレーから誕生したAirb&bは世界のホテル業界にとって大きな脅威となっている。Uberを未だ認めていない規制後進国の日本ですら、Airb&bはすでに東京で5万室以上を確保しているという。東京全体のホテルの収容能力がおよそ15万室だから、Airb&bの影響力は甚大である。さて、このルームシェアについてもライドシェア同様に疑問が沸く。見知らぬ他人の家に泊まることは怖くないのだろうか? 見知らぬ他人を自分の家に泊めるのは怖くないのだろうか?

こうしたシェアビジネスが普及しているアメリカでは、極めて詳細な個人情報がすでに社会に蓄積されているので、これを参照して個人の与信能力を調べれば、サービスを提供する資格、あるいはサービスを受ける資格が簡単に判明するのだという。こうした個人情報は「パーソナルクレジットスコア」と呼ばれていて、全米では全人口のおよそ9割の人々がデータ化されているという。個人情報に神経質な日本人から見れば、とても許しがたい社会に見えるかもしれない。

もちろん、アメリカでも、自分の個人情報が勝手に利用されていることが許せない人は、裁判所に訴えれば消去してもらうことは可能だという。ところが、この情報を消去された途端に、その人は米国の残りの1割に当たる不法移民、ホームレス、犯罪者のグループに分類されることになり、アメリカ社会の毎日の生活で普通にできたことが何もできなくなるのだという。

Airb&bやUberを利用するには会員登録が必要で、その際には住所、氏名、電話番号、インターネットアドレス、免許証番号、パスポート番号など、かなり詳細にわたる個人情報を要求される。Airb&b社によれば「どうしてそんなに細かい情報まで出さなければならないのだ!」というクレームも多数あるという。そうした時にAirb&b社は「お客様の安全を守るために必要であり、ご提出いただけないのであれば、残念ですが会員登録はできません」と丁重に断っているそうだ。

2.与信情報としてSNSをはじめインターネットの行動履歴が使われる

そして、Airb&bにしてもUberにしても、それぞれサービスを受けた方も提供した方も相互に評価点をつけることになっている。この評価点が、さらに与信情報として蓄積されていく。評価点が高いサービスの提供者はますますビジネスが拡大するし、評価点が高いサービスの利用者は、多くのサービス提供者から優先的にサービスが受けられるようになる。だから、Airb&bで宿泊した人は皆、部屋を出る時に綺麗に掃除していくのだという。

また、こうしたAirb&bやUberのようなシェアビジネスを行っている人たちが個人の与信情報として活用しているのがFacebookのようなSNSへの投稿である。Facebookの投稿を見ていると、投稿者が信用できる人かどうかがわかるということだろう。もちろん、その膨大な情報の判定には人工知能(AI)を使っているだろう。一方、欧米でテロ犯罪が起きた時、すぐに犯人が割り出せるのも、公安当局があらかじめSNSの投稿から危険人物をマークしているからだと言われている。SNSは個人情報の宝庫である。

「だから、俺はFacebookのようなSNSはやらないのだ」という方も多いかもしれない。しかし、その際には、誰かがなりすましで自分を騙っていないか、よくチェックした方が良い。そして、SNSをやらないにしても、ネット通販で何を購入したかはしっかりチェックされているし、GoogleやYahooでどこのサイトを検索したかも、携帯電話で位置情報をオンにしておけば、どこに立ち寄ったかも、すべて与信情報に組み入れられている。つまり、インターネット社会では個人の行動はすべて誰かに掌握されている。そうであれば、むしろ積極的に、毎日、清廉潔白な暮らしをしているのだという証拠となる有益な情報をSNSに発信した方が得である。

3.インターネットによる信用創造はサービス業から金融業まで拡大する

UberやAirb&bなどは、こうして蓄積した膨大な与信情報をベースにして、さらなるシェアビジネスを拡大しようとしている。宅配、ベビーシッター、掃除・洗濯、ケータリング、介護などのサービス授受を見知らぬ人同士まで拡大するには、サービスを提供する側と受ける側の双方の信用が重要となる。そうした個人エージェントがサービス産業の主役になった時に、従来のサービス企業という組織はむしろ非効率な存在となる。個人ベースの方がサービスの対価は安くなって品質も確保されるし、働く人の収入は仕事の出来栄えによって従来より増えるからだ。

さらにこうしたインターネットによる信用創造はサービス産業だけにとどまらない。信用をベースとする最大の産業は金融業であり、中でも銀行という存在は信用だけで成り立っている。顧客にとって銀行は安心して預金を預けられる存在、また決済を任せることができる存在であり、また銀行にとって最も重要な仕事は融資先の与信管理である。こうした「信用」を、新たにインターネット上に構築可能としたのがブロックチェーン技術に代表される新たな金融工学・Fintech(フィンテック)である。

インターネットは元々、管理者不在の自律分散構造で運営されている。この自律分散システムが信用創造を受け持つようになると、これまで決済業務を銀行に頼っていた企業や個人は手数料を支払うことなく自身でできるようになる。そうした決済情報は最も信頼できる与信情報であり、この情報を手にした者は融資業務まで事業を拡大することができる。AppleがApple Payに乗り出したのも、そうした狙いがある。

FacebookやGoogleが個人に無償で多くのサービスの提供しているのは、単に広告事業だけを狙っているわけではない。彼らは個人の行動をそっと見守ることによって個人の与信情報を蓄積し金融ビジネスへ事業拡大することを目指している。GoogleもAmazonもFacebookも目指している最終ゴールは金融業である。インターネットによる新たな信用創造が、サービスや金融の世界に破壊的イノベーションを起こすのは、どうも間違いなさそうだ。

4.組織ではなく提供価値が信用できる個人に直接仕事を依頼する未来

さて、今からおよそ30年後の2045年には人工知能が人間の能力を追い越し、約7割の職種が消滅すると言われている。特に高学歴が必要とされた職種ほど、その存続が危ないと言われている。私は、職種というよりも、むしろ「会社員」という職業の人が激減するのではないかと思っている。つまり、30年後には、会社に所属し上司から指示された仕事をするというのではなく、個人として顧客から直接仕事を請け負う形に働き方が変化していくと思われる。

現在、多くの顧客は信頼がおけるブランドを持った会社に仕事を依頼している。それは、名が売れた会社に仕事を依頼すれば、責任を持って最後までやり遂げてくれるからである。しかし、今でも、深刻な病に罹った人は高名な病院を探すのではなく、高名な医師を探すという。重要なことは、「どの病院に入院するか」ではなく、「どの医師に診てもらうか」だからだ。一般の仕事を依頼するのも、それと同じことである。

インターネットによって、個人レベルで仕事のスキルや責任感、人間性などの信用情報に加え、これまでやり遂げてきた仕事の評価などが参照できれば、顧客は名が売れた会社に仕事を依頼するより、卓越した能力を有する個人に仕事を頼んだ方が遥かに良い結果が得られるだろう。これは決して将来の夢物語ではなく、現在、UberやAirb&bが行っているシェアビジネスの延長線上にある。つまり、現存する多くのサービス企業が、Uberによって潰されたタクシー会社と同じ運命を辿ることになる。

こうした時代の到来に向けて、私たちの子供や孫たちは、どのような準備をさせれば良いのだろうか? 何しろ、良い会社に入社すれば、将来まで安定した生活ができるという保証は全くない。それよりも、個人として社会に貢献し、対価を得るために何ができるかが問われている。そして、それはきっと有名大学で学べば教えてくれるというものではないだろうと想像できる。インターネットによる信用創造が活発になされる時代には、毎日の生活の中で地道な生活力を養っていくことこそが肝要なのかもしれない。

(本原稿は富士通総研が発行する電子マガジン 知創の杜 2017 Vol1に掲載予定です。)

353 インドのマイナンバー

2017年1月1日

インドは、私にとって世界で最も惹かれる国であり、行くと必ず下痢に襲われることにもめげずに何度も訪れている。インドが私を魅了してやまないのは、この国には「絶望」と「希望」が不思議な形で共存しているからである。第一次安倍内閣の時に経済人としてインドに随行したとき、二日前に巨大なサイクロンに襲われたムンバイの街中が浸水状態だった。その時、路上生活者の子供達が街のあちこちにできた水たまりで全身裸のまま、驚喜しながら水を掛け合って遊んでいる姿が今でも忘れられない。

一方でインドは世界のIT大国である。そして、インドが世界に誇るIT企業Big3は、TATA、Infosys、Wiproの3社である。富士通はコンピューター部門がInfosysと、通信部門がWiproと緊密な提携関係にあり、それぞれかなりの分量を開発委託していた。そんなことで、私はInfosysの創業者であるニレカニさんとは親しい関係にあった。毎年1月にスイスのダボスで開催される世界経済フォーラムでもニレカニさんと二人だけで会談することが何度もあった。

2009年、そのニレカニさんが、突然Infosys社を退社し、マンモハン・シン首相に請われて、インド政府の国民ID番号担当大臣になられたのである。その直後に、私はニレカニさんを訪問する機会に恵まれた。当時、小泉元首相を代表とするシンクタンクの理事長であられた田中直毅さんとインドを訪問することになり、田中さんと一緒に、ニレカニさんにインタビューを申し込んだ。小泉元首相は同行されなかったのだが、元首相KOIZUMIの名前は絶大で、インド政財界の著名人が皆さん快く会談に応じてくださった。

まだ発足したばかりであったニレカニさんの事務所は、こじんまりしていて、新組織での部下は、未だ、たった二人しかいなかった。それでも、ニレカニさんは、日本と同様に世界から大幅に遅れてしまったインドの国民ID番号の導入に大きな焦りを感じていた。ニレカニさんの話によれば、インドは世界最大の民主主義国家を自認しているように、妙なところで誇り高く、個人情報の取り扱いには極めてセンシティブなのだという。それでも、シン首相がニレカニさんに、この国民ID番号導入を依頼したのは、インドが抱える深刻な事情があった。

ニレカニさんの話は続く、こうしたインド社会で多くの人々から嫌われている国民ID番号の導入にシン首相が決断した背景には次のような事情があった。インドは電気もない極貧の生活をしている数億人の貧困層を抱えている。本来、こうした貧しい人々を支援するための数兆円の公的支出が、腐敗した役人の懐に取られて本来受給すべき人々にきちんと届いていないのだという。インド政府も、当然現金支給は危ないので、食料の現物支給に使えるフードチケット発行している。しかし、ある州では、フードチケットの受給者数が州の人口を上回る数に登っており、これは明らかにおかしい。不正受給者が数多くいるだけでなく、途中で役人によって着服されるフードチケットが換金されているのだという。

ニレカニさんは、とにかく国民ID番号の導入は全国民に強制しない方針で、メリットがある人だけでも登録してもらえれば良いという方針で臨むのだという。そして、もともとインドでは日本のような戸籍がない。何年何月、どこで生まれて、なんという名で、どこに住んでいるのかというデータが一括管理されていないのだ。なんということ!と思われるかもしれないが、世界で戸籍制度が存在するのは中国と日本くらいのものである。韓国は数年前に、戸籍は日本統治時代の名残だとして廃止してしまった。

そうした戸籍のないところで、国民ID番号制度を確立するには、個人の生体認証が必須となる。したがってインドの国民ID番号制度は最初から生体認証ありきで出発する。ニレカニさんが悩んでおられたのは、生体認証として何を使うかであった。数年前に、インドのある州でIBMの眼球の虹彩認証を用いたシステムはインドでは耐えられないほど高価なシステムとなった。今は、日本のNECの指紋認識を考えているが、インドの肉体労働者では過酷な労働のため、指紋が欠損している人も数多くいる。今後、虹彩認証もテクノロジーの進歩で、安価になるだろうから、当面は指紋認証で、それから虹彩認証も併用していくことになるだろうと仰っていた。

それから7年ほどが過ぎた、今週の火曜日、12月27日に、日経新聞に一つの記事が載った。この記事は、日経グループ傘下のFinancial Times 12月24日の記事からの転載である。この記事によれば、今、インドでは「アドハー(ヒンズー語で基盤の意味)」と呼ばれる国民ID番号制度が普及していて、既に10億人のインド国民が自主的に登録しているのだという。2017年までにはインドの成人全員が個人の指紋、虹彩、氏名、生年月日、性別、住所を登録し、12桁の番号が付与されることになると予想されている。既に、貧困層に対する400億ドルの公的給付が、この国民ID番号に紐つけされた3億件の銀行口座に振り込まれており、およそ50億ドルに上る役所の不正着服が消滅したそうである。

そして、このインドの国民ID番号制度が日本より進んでいるのは、既に民間利用を可能としており、公的な届け出以外に医療制度にも利用できるほか、個人の信用情報ともリンクして、各種決済や融資制度にも使えるようになっている。今、インドでは、この制度を活用した新ビジネス、特にフィンテック関連のスタートアップが多く起業し始めている。元々、ITリテラシーの高い国民であるため、封建的で腐敗したインド社会が、この国民ID番号制度によって大きく変貌を遂げるかもしれないという期待が高まっている。

ニレカニさんが仰っていたように、未だにインドでは、この国民ID番号制度は強制力を持たせていない。しかし、今後社会のあらゆる仕組みが、この国民ID番号制度を前提に構築されてくると、インド国民は、このIDなしでは1日も暮らせなくなる。個人が生体認証によって確認され、その上に個人としての評判が、この番号に上乗せされてくると、就職や結婚など人生の岐路に大きな影響を与えることになるだろう。また、社会から良い評判を獲得できれば、会社に勤めなくても、個人でサービスを受注して生計を立てることも可能になるだろう。

そして、危険なテロを起こしそうな危うい人は公安当局によって事前に取り調べを受けることになるだろうから、皆が安心して暮らせる社会を担保するには都合の良いシステムが出来上がるに違いない。しかし、一方で、このシステムは全体主義的な色彩もあり、時の政権に利用される危険をも孕んでいる。だから、GoogleやAppleは、今の所、このインドの国民ID番号システムである「アドハー」とは距離を置いており、すぐに対応するとは表明していないのだと、Financial Timesは警告している。ICTが社会を変える動きは、今後とも加速を続けるに違いない。さて、どのように変えていくのか、それを見守る側の覚悟も一層重要となる。