467    あの日から12年

2023年3月10日

もうすぐ、3月11日だ。あれから、もう12年経つ。今年は卯年だが、12年前の2011年も卯年だった。我が家のワンコも卯年生まれ。あの日は、母親のお腹の中で怖い揺れを経験したようだ。そのせいか、今でも地震で少し揺れただけでも極端に怖がる。ワンコの12歳は高齢の域に入るが、飼い主も、もう後期高齢者なので散歩のときは歩くテンポが整合して心地よい。2019年までの3月11日は、毎年被災地のどこかに行って慰霊祭に参加させて頂いた。しかし、2020年に起きたコロナ禍以降、それも行かれなくなってしまった。今年も、まだどこにも行けないでいる。

昨日は、会津大学の復興支援センターのアドバイザリーボードにオンラインで出席した。日本で唯一のIT専門の公立大学という特徴を活かして、福島県下の各企業や自治体に対してデジタル技術を用いていろいろな分野で復興支援を行なっている。私は、大震災の翌年に、この復興支援センターのアドバイザーに任命され、もう12年も務めている。会津大学は、今まさに世の中の全てがデジタル時代となっている中で、大変ユニークな存在として福島県で地域貢献を行なっている。もともと福島県は東北地方ではダントツに製造業が盛んなところで、優秀な技術を持った中堅企業が沢山存在しているからだ。

この福島県の県立大学として設立された会津大学は、IT技術を専門とするグローバル志向の大学である。AIやIoTの技術を活かして宇宙、エネルギー、ロボット、医療などいろいろな分野で活躍している。そうした復興支援センターの幅広い活動の中で、私が一番注目しているのは地元企業向けに就職を目指す、女性のデジタルエンジニアの育成プログラムである。最近、日本の各地域でデジタル分野(DX)の話をすると、企業経営者や自治体の首長は大変関心が高く熱心に聞いて下さる。もはや、今の日本では、デジタル技術が日本再生のために必須だということは誰でもよく知っている。

十分に知っているのに、それがなかなか実現出来ないジレンマに苦しんでいる。悩んでいる一番の原因はデジタル化を推進する技術者がいないからだ。今や、多くの産業分野でデジタル技術者は引っ張り凧で、中堅・中小企業や地方自治体で新規に採用するというのは非常に厳しい。もともと、経営者や首長がデジタル化を推進したいという願いの原因は、日本全国で起きている深刻な人手不足である。デジタル化によって、これまでの仕事のやり方を大きく変えていけば、こうした人手不足問題は一挙に解消され、むしろ人手が余るという副作用が出てくるはずだ。だからこそ、新たにデジタル人材を雇用するのではなく、今いる社員にデジタル技術を習得してもらうのが一番良い。しかし、それも、どのようなスケジュールで、どのような教育をすれば良いかが全くわからないでいる。

そうした中で、結婚・出産で、これまでのキャリアを失った女性が、デジタル教育で技術を磨き新たなキャリアパスを築ければ、こんなに素晴らしいことはない。会津大学復興支援センターでは2017年度に「女性プログラマ育成塾」として始め、2020年度には「女性のためのITキャリアアップ塾」として改組し、福島県「女性IT人材育成・就業応援事業」の助成金を受けて活動している。この塾は基本的に自宅でいつでもできるオンライン学習形態をとっている。受講生は福島県在住の20−40代の女性で、6割が就労中、4割が無職である。この塾では期間3ヶ月でITシステムの基礎知識と活用方法を学ぶ「IT基礎・Webデザイン基礎コース」と期間7ヶ月でプログラミングとITシステムの開発方法を学ぶ「プログラム基礎コース」がある。

2022年度の「IT基礎・Webデザイン基礎コース」では受講生45名中39名がカリキュラム修了、「プログラム基礎コース」では45名中24名がカリキュラムを修了している。この「プログラム基礎コース」ではJavaとPythonの両言語を習得させるほか、システム開発の基礎やセキュリティ対策などの実践も行う。こうして一通りの学習を終えた後に、卒塾課題(アプリ作成)を実施し、これを修了した学生には福島県労働局の後援を得て、受講生は採用希望企業と個別面談を行い、11月と3月の2回の就労マッチングを受ける。こうした受講生の就業先は当初はIT企業が中心だったが、現在では小中学校のICT支援要員や専門学校の講師、デザイナー・イラストレーターなど、およそデジタル技術を必要とする全業種に広がりつつある。

私もいつもこの話を聞いて大きな感銘を受けている。こうして、一度、結婚や出産でキャリアパスを失った女性たちが、デジタル技術を習得することで、また第二の人生として新たな活躍の場を得られるのはなんと素晴らしいことだろう。この話を聞いていると、こうした女性の受講者は元来IT技術とは無縁だった人たちだ。そうした人たちが、たった7ヶ月間の教育でシステムエンジニアやI T専門学校の講師になれるのだと思うと胸が熱くなってくる。確かに、私が大昔、大学の卒論でいきなりコンピューターを使うことを許され、見よう見まねでプログラムの手法を覚えて無我夢中で毎日膨大な量のプログラムを書いていたことを思い出した。

ITデジタル技術というのは、順序立てて長期間修行をするような技術ではない。まず、やりたいことがあって、見よう見まねでプログラムを書いて動かしてみる。そういえば、大学でも会社でも、私だけでなく、周りの人たちは皆同じようにソフトウエア技術を学んでいった。プログラムを書くということは、自分もやってみたいと思えば、誰でもできるはずである。英国ではプログラム作成は、小学校1年生から必須の教科として始めている。これまで日本社会で差別を受けてきた女性たちが、こうしてデジタル技術を習得して、同僚や上司の男性を見返すことが出来れば何とも痛快である。

現在、いろいろなことで差別を受けている多くの女性は、現状を変えたいという気持ちが男性よりも強いはずだ。デジタル化の基本は「現状を変えることによって合理化する」ことである。会津大学のこうした女性デジタル人材支援の取り組みに私が一番期待するのは、デジタル化の新たな波は、女性から起こすのが一番良い方法かも知れないと思っているからだ。変化を嫌う人々、新たな学びを厭う人々にデジタル社会の恩恵は絶対に受けられない。

東日本大震災で大きな被害を受けた三陸沿岸と福島県は、大震災が起きる前から少しずつ衰退が始まっていた。それで、あれほど大きな震災被害を受けたのだから、もはや元には戻れないのだという人もいる。それはそうかも知れない。しかし、少しずつ衰退しいているのは、東北三陸、福島県だけではない。日本全国がそうなのだ。それを何とか元に戻すだけの力を再生するのは、これまで日本社会が避けてきた「変化」や「リスク」を正面から受け止め、それに抗するデジタルの力をもっともっと磨いていくべきだろう。まさに、若い人々、そして女性の底力が試される時だ。

あの大震災から12年間、私たちは一体何をしてきたのか? 政府は、大きく借金を膨らませ、オリンピックをはじめとした巨大な公共事業をいくつか行い、それでも株価だけは幾分か高騰したかも知れない。しかし、国民はちっとも豊かになれない。そして、そろそろ、コロナ禍は終息を迎えている。今日も、週一回の食品スーパへの買い出しに行ってきた。これまで、近所で一番混んでいる激安スーパで、いつも駐車場を確保するのも大変な店だったのに、この第8波のピークを過ぎたあたりからだろうか?お客の数が激減している。あんなに長蛇の列だったレジでは、オペレータが、暇そうに客が来るのを待っている。

今の日本で、一体、何が起きているのだろうか? もう、多くの人々は食材を買うお金もないというのだろうか? 今や、日本全体がコロナ禍という大きな災害に被災してしまった。そういう緊迫感が、国会論議には全く感じられない。私たちは、この12年の反省がきちんと出来ないまま、今度は次の南海トラフ大震災の試練を受けるのだろうか?

466   終息を迎えるコロナ禍の中で

2023年2月15日

2020年春から始まったコロナ禍が3年の苦しみを経て、ようやく今少しずつ終息しようとしている。本当に、これから終息するのか未だハッキリしないが、世界的に見ると終息しつつあり、日本でも第8波の感染者数が明らかに減っている。老いも若きも、この3年間は本当に感染の影に怯え、皆が大変苦労してきた。かつて欧州で起きたペスト禍で社会が大きく変化し、その後、欧州が世界を制するきっかけとなったルネッサンスが起きた。私たちも、このコロナ禍で苦しむ中で、大きな社会の変化を自身の体験として味わった。

2008年に起きた世界的な金融恐慌であるリーマンショックの後、米国金融業界では「ニューノーマル」ということで、従来「当たり前」のこととされてきたことが、もはや「当たり前」ではなくなり、新たな「当たり前」に置き換わってしまった。その12年後に起きたコロナ禍は、金融業界だけに止まらず、あらゆる人々を苦しみの中に巻き込んだ。それでも、このコロナ禍で米国の株価は、つい最近FRBが公定歩合を上げるまで高騰し続けた。特に、デジタル業界のBig TechであるGAFAの株価は天井知らずの高騰を続けた。私の知り合いのベンチャーキャピタリストはコロナ禍が始まってすぐ所有株を売り払ったことに後悔し「売るんじゃなかった」と言っていた。

コロナ禍の中、仕事でも私事でも対面が許されない中で、世界中で、あらゆることのデジタル化が大きく進展した。例えば、ネット通販業界はこれまで10年間で10%の伸びを見せていたが、コロナ禍が始まって8週間で18%と驚異的に伸長した。コロナ禍で株が大きく高騰したのは、デジタル業界のBig Techに限定されていたと言っても決して過言ではない。さらに、仕事はオフィスに出かけなくても自宅でオンライン業務が出来るような社会に変わった。米国のオフィスは、現在も出社率は半分以下にとどまっている。こうした新たな「ニューノーマル」で人々は本当に幸せなのだろうか?

バイデン大統領は、2月7日の一般教書演説で米国の失業率は50年ぶりの低い水準まで来たと自慢したが、この失業者数には、もはや働くことを諦めた労働市場からの退場者は含まれていない。現在のアメリカの労働市場では半数近くに人が転職を考えており、このうちのかなりの数の労働者は転職する先が見つからず、むしろ自ら退職を選んでいる。日本と異なり、かなりの金額の助成金を得た人々が、もう暫く働かなくても良いと考えているのか、その実態はよくわからない。一説によれば、このコロナ禍でアメリカも社会のデジタル化が大きく進展した結果、求人案件とし高いデジタルスキルが求められており、その要求に見合うスキルを持っていない人たちは、もう早くリタイアしようというのだろうか。

さらに、この忌まわしいコロナ禍が終息を見せ始めている中で、これまで盛況だったネットフリックスのようなオンライン配信ビジネス急速に落ち込み始めている。家の中に籠っていることから外へ出る時間が増えると映画を見ている時間は減るので、ビジネスが低迷するのは当たり前のように思えるのだが、創業者が退任するほど深刻な打撃になるとまでは思っていなかったのだろう。また、コロナ禍の中で世界を風靡した仮想通貨交換ビジネスも破綻し始めている。コロナ禍で起きた景気低迷を救済しようと世界中の政府が低金利で巨額の貸出を続けた結果、いかがわしいバブル経済が高揚した。たまたまウクライナ戦争でエネルギーや食糧問題が顕在化し、その結果、インフレが高騰しFRBが金融引き締めにかかるとバブルは一気に破裂した。

そして、この2022年12月期にはGAFAをはじめとする米国のBig Techが皆揃って減益を発表し、一定数の従業員解雇に踏み切った。コロナ禍で一世を風靡したGAFAに何が起きているのだろうか?このGAFAの中では多くの収益金を広告事業から得ているので、米国の広告事業が変調をきたしていると考えるべきだろう。特に、米国でネット世代と言われている25歳以下のZ世代の影響が大きいと思われる。今、アメリカではベビーブーム世代がどんどんリタイアしていく中で、このZ世代の若者が消費者経済を牽引していると言われている。彼らZ世代は、もはやベビーブーマ世代とは異なりFacebookを使わずにSnapchatを中心に利用している。

そして、彼らZ世代はスマホで訴求するネット広告が大嫌いなのだ。彼らのスマホには広告を表示しない機能を持ったアプリが大人気だ。AppleのiPhoneでは利用者の情報を得るクッキー機能を無断で使えないようにしたことも広告業者にとっては非常に厄介なことになっている。確かに、私も含めて多くのスマホ利用者は頻繁に出現する広告表示を嫌う。また広告を見て購買行動に出ることは非常に稀である。こうした中で、多くの業者がネット広告に大きな期待を寄せなくなっている。コロナ禍の中で、多くの時間をスマホ操作に使った人の多くがネット広告に辟易していることは容易に想像できる。

さらに、コロナ禍でオンライン・リモート業務を行なっている中で、米国では、半数以上の労働者が転職を考えるようになった。日本でも、今や転職はごく普通のこととなっており、多くの企業が転職防止のための人事政策の大幅な転換を図っている。2022年12月22日の日経新聞では20代の転職者の年収増加が初めて起きるようになったと報じていた。つまり、この記事によれば、これまでは30-40代の転職者は年収増加が当たり前だったが、20代の転職者は年収が減っていたのが、最近は20代の転職者も年収増加に転じたというのである。これまでは、単に仕事が面白くないから転職したいと単純に考えていた20代の若者が、自分のキャリアを活かして年収増加を目指すようになったということである。

最近、大手IT企業が積極的に、しかも大幅に人事制度を変えているのは、仕事ができる人材をきちんと処遇して転職を防止するためである。もちろん、こうした大きな制度変更によって不満を持つ人も少しは出てくるかも知れない。しかし、企業側は、そうした差別化された人事制度に不満を持って辞める人が多少出てきても優秀な人材の流出が防止できれば、それでも良いと考えているのだろうと思われる。今や、日本も欧米と同じく大転職時代を迎えたのかと思われるのだが、また興味のあるニュースを見つけてしまった。つい先週、日本で最大規模の人材斡旋企業が減収になっているという新聞記事を見つけた。特に、アメリカで買収した転職専用サイトの利用が大幅に減っているのだという。一体、何が起きているのだろうか?

このコロナ禍の中で、多くの人々が、従来と異なる仕事のやり方を余儀なくされ、こうした働き方にうまく適合できる人もいれば、そうはうまく適応できない人も多くいるだろう。その上、コロナ禍でビジネスモデルが大きく変わり、しかもその中でデジタル技術が多用されるようになってきた。こうした大きな変化が2-3年で起きると、人々の心も傷つき病んでくる。多分、今年中に、このコロナ禍が終息を迎えるなかで、人々は、どのような心構えで仕事に立ち向かえば良いのか、今まで以上に悩み、考えなければならない。最近は、こんなことを考え、少しでもお役に立てたらと思いながら、デジタル化時代の働き方やリスキリングに関する、お話をさせて頂いている。

465   デジタル人材難への対処法

2023年1月23日

3年も続いたコロナ禍が少し落ちついてきた中で、多くの経営者が人材の問題で悩んでいる。コロナ禍の中で、社会は大きな変化を遂げたが、この変化はコロナ禍が終息しても元に戻ることがなさそうである。こうした変化に対応するために、多くの企業は仕事のやり方や従業員の働き方を変えることを余儀なくされた。こうした社会の変化は、必要とされる人材に変化をもたらしつつある。コロナ禍の終息で先行しているアメリカでは、極端な人手不足の中で、就業人口は大きく減った状態が継続している。コロナ禍で職を失った中高年労働者が早期リタイアを決断したからだと言われているが、これは、私は必ずしも同意できないでいる。

その理由は、日本でもアメリカでも、コロナ禍で最も変化が大きかったのは「デジタル化」だったからだ。このデジタル化の進展でビジネススタイルが変化した結果、必要とされなくなった職種が多く出てきた。コロナ禍前に、こうした職種に就いていた人々は、復帰しようと考えても、その機会を失ってしまったのではないかと私は考えている。その代わりに、デジタル化を進展させるために必要なデジタル人材が多くの業種で嘱望されている。こうした変化はアメリカだけでなく、日本でも起きている。コロナ禍前に叫ばれていたDX(デジタル化)への取り組みは、日本の多くの経営者が最優先の課題と捉えている。

例えば、コロナ禍で進展したリモートワークは、日本企業の働き方を大きく変えただけでなく、経営者の考え方も変えることになった。例えば、皆で1箇所に集まってチームでワイワイガヤガヤしながら仕事を進めるという、これまでの日本的な働き方は、本当に効率が良いのか?という疑問である。例えば、リモートで全く問題がない定常的な事務作業の多くがパソコンへの入力作業だと言われている。さて、この自宅で入力するデータは、どこにあったのだろうか?実は、その多くが、パソコンが繋がっているサーバーの中にあったデータなのだ。それなら、どうしてわざわざ再入力しなくてはならないのか?

従来の仕事のやり方では、入力されたデータを一度プリント出力して、管理職の承認を得た印として印鑑を押してもらったデータが正式データとして再入力されていた。リモート作業なのに、コロナ禍の初期には承認の印鑑を貰うためにだけ出社した社員もいたという。この日本社会特有の印鑑を無くすと、もはや社員は自宅で全て作業ができるわけだが、管理職が承認したことを示す何らかのマークがデーターに付与されれば、このデータの再入力は不要な作業となる。こんな非効率な仕事が日本の企業には沢山あったはずである。私は、常々デジタル化の「D」は直接「Direct」の「D」だと言っている。

大昔は、飛行機や新幹線の切符やホテルの予約など従来旅行代理店に依頼していたことが、今や、誰でもスマホで直接できる時代になった。こうした「仲介」が要らなくなって「直接:Direct」に仕事ができることを「デジタル化」と言える。こうした「D:直接」が増えてくると、当然、これまで多くの方がしてきた仕事、特に定型業務と言われる仕事は一気に失われる。このため、こうした仕事をしてきた従業員を新たな仕事へ転換するためのスキル教育(リスキリング)の重要性が叫ばれている。特にアメリカでは、今回のコロナ禍で一気に仕事のやり方が変わったため特にデジタル分野では人手が足りないと言っている一方で多くの従業員が解雇されている。終身雇用の日本でも非正規雇用の従業員は、解雇の対象になる可能性がある。

日本の経営者も、欧米の企業に対して競争力を強化するため、デジタル化(DX)への取り組み姿勢は極めて高くなっている。しかし、DXを成功に導く高度なデジタル人材は、これまでデジタル技術には疎かった社員をリスキリング教育しても即効的に育成するのは難しい。そこで、各社とも一斉にキャリア採用によるデジタル人材の戦力強化に乗り出した。しかし、各社ともに熾烈な獲得競争に乗り出している中で高度デジタル人材の採用は極めて難しい。むしろ、今、抱えているデジタル人材の中で仕事が出来る人材から退職していくのを、どう止めるかという対策に躍起になっている。

私がシリコンバレーへ転勤になったのが、今から25年前。その時に経営者として経験したことが、今、日本でようやく起きはじめたと感じている。今の、日本の若者は、生涯、一つの企業に定年まで勤めようと思っていないのだろう。むしろ、その若者が中高年になった時に定年という制度があるかどうかもわからない。今後の日本の年金制度を考えると、定年など言ってはいられなく、かなりの高齢まで働かなくてはならないだろう。むしろ、問題は、そうした高齢まで働くことを認められるスキルを持っているかどうか?である。今の若者は、そうした将来のことまで考えている。今の職場に居て、どのようなスキルを学び続けられるか?に関心があるはずだ。人に優しい「ゆるい職場」や、そこそこの給料をもらえる「美味しい職場」だけで彼らは決して満足はしない。

25年前のシリコンバレーの経営者は従業員への教育など全く関心がなかった。そうした環境の中で、私の会社では従業員へのスキル教育をすることで退職率を大きく下げることができた。しかし、10年前の2012年にシリコンバレーを訪れた時には、驚いたことに、各社とも従業員へのリスキリングを熱心に行い始めていた。2012年はAIが本当の意味で実用化を迎えた「AI元年」である。もちろん、アメリカのことだから就業時間中とか社内で行う教育ではない。会社が有能な社員にオンライン講座のライセンス番号を渡して、彼らは自宅で好きな時間に勉強する。その教材を作成したのは世界で一流と言われているスタンフォード大学やUCバークレーの教授たちだった。

AIは、これから働く人たちにとって大きな脅威となる。一方、経営者にとっては、AIをうまく使えるかどうかが企業競争力を強化できるかどうかの鍵となる。私は、単にプログラムが書けるというデジタル人材だけでなく、多くの人々がAIの仕組みや利点を学ぶべきだと思っている。現在、デジタル人材の獲得や維持に悩んでいる経営者に申し上げたいのは、このAIを使いこなす高度な人材を何人か高給で雇い、その人たちと現在の従業員の中で、AIに興味を持っている人たちを組ませて新たなチームを作るべきだと思う。そして、今、行なっている業務が、どこまで最小限度の人手で実行可能か徹底的に洗ってみるべきだ。

こうしたデジタル時代には、過去の経験や実績はあまり役に立たない。年齢に関係なく、やる気があって仕事が出来る人を、今の日本の人事制度では考えにくいほどの高位の職位で、かつ高給で処遇するべきだろう。もちろん、仕事の結果が期待にそぐわない場合は、降格、減給も厳しく行うべきだろう。将来を睨んで頑張ろうという若い人たちは、曖昧で緩い職場よりも、そうした厳格な職場を望んでいるのではないか? 高度なデジタル人材を獲得したいと考えている経営者は、自らも直接面接して採用するくらいの気概も必要だろう。さらに、彼らは高い職位と報酬だけを望んでいるのではないことにも留意する必要がある。

一生同じ会社に勤め続けるものではないと考えている彼らは、職位や報酬だけでなく仕事を通して、どれだけキャリアアップに繋がるのか?あるいは、会社が彼らに対して、新たな能力を磨くためのリスキリング・メニューを与えてくれるのか?という点に大きな関心を持っている。これまで社員の教育に殆ど投資してこなかった欧米企業が、現在、非常に多彩なリスキリング・メニューを設定しているメリットを経営者が一番大きなメリットを「会社に対するロイヤリティの高揚」と考えているようだ。つまり、こうした感謝の気持ちで仕事に大きな好影響を与える「愛社精神」を育むことが出来れば離職率は下がるというわけである。

日立や富士通がジョブ制を導入し、年齢や職位に関係なく高度な仕事をする社員に高い報酬を支払う人事制度へ移行させつつあるのは、二つの理由がある。まず、第一はグローバル企業として全世界の従業員を公平に処遇するためには、ジョブ制を採用することが必須だと考えているからだ。そして、第二の理由の方がもっと重要である。能力に関係なく勤続年数が長くなれば給与が昇給していくという日本的な人事制度では、高い能力を持つ社員が、どんどん離職していくからだ。現在の日本におけるIT関連企業は、この高い離職率で悩んできた。

若くて有能な社員が次々と辞めていけば、企業は衰退する一方である。しかし、ジョブ制にすれば、これまでの人事制度の中で高い地位に就いてきた幹部社員は大変な目に合う。現在、ジョブ制を導入しつつある企業は、入社してから新しい技術に対して大して勉強もしてこなかった社員は、もう辞めてもらっても結構だと考えている。日本が再び世界に挑戦していくためには、やはり一人一人の社員の能力向上に期待するしかないからだ。