410  米中貿易戦争について考えること

2019年5月10日

5月10日、トランプ大統領は米中貿易戦争の第四弾として、2,000億ドルにも及ぶ中国からの輸入産品について25%の輸入関税をかけると発表した。この2,000億ドルの輸入製品の範囲は、その半数近くが米国の一般消費者が購入する日常品であり、米国民への今後の影響が懸念されている。だから、トランプ大統領の今回の政策は、いわゆるチキンレースにおける脅しだけで、近いうちに交渉は妥結するだろうという楽観論が多数を占めている。

しかし、私は、そのように楽観的な予測には与しない。なぜなら、その第一は、地球温暖化防止政策に反対するような、トランプ大統領が発する数々の奇策に異論を唱える欧州の政治家の殆どが、今回のトランプ大統領の対中国政策についてだけは異論を挟まないからである。第二は、私の経験から見ると、今回のトランプ大統領の対中国政策が、40年ほど前に日本がアメリカを追い抜くのではないかと警戒された時の、アメリカの対日本貿易政策と酷似しているからである。

つまり、トランプ大統領は、対中国貿易赤字の改善だけを狙っているだけではなく、近い将来、アメリカを凌駕するかも知れない中国の成長力に歯止めをかけたいのだ。今回の追加されたアメリカ国民が日常的に購入している日常品を含む2,000億ドルにも及ぶ中国からの輸入品に対して、一気に25%の関税をかけられたら、少なくとも、アメリカ国民は、一時的には悲鳴をあげるかも知れない。しかし、こうした日常品は、中国でなくとも、ASEAN諸国はもちろん、中南米でもアフリカでもどこでも製造できるもので、中国からの輸入がストップしても、アメリカとしては全く困らない。

半年も経てば、中国以外からの輸入品で補完され、何事もなかったようにアメリカ人は今まで通りの暮らしができるだろう。一方、中国は、ただでさえ経済動向が凋落傾向にあるのに、対米輸出の大幅な落ち込みは、一層追い打ちをかけられ、習近平主席が唱える強国戦略に少なからず影響を与えることは間違いない。とにかく、アメリカは、中国がアメリカに代わって世界の覇権を取るのは絶対に許せない。ちょうど、それは、今から40年ほど前に、日本がアメリカから迫られた圧力を思い起こせば容易に理解できる。当時、アメリカは通商法301条を盾に、日本に無理難題を押し付けてきた。

これまで日本の産業競争力の強化に向けて産業政策を推進してきた、日本の通産官僚は、アメリカからの圧力で、突如、日本の産業競争力をいかに弱めるかという政策に腐心するよう強制されたのだった。当時、富士通に勤務していた私は、米国からの輸入比率を考えながら回路設計を強いられた。富士通製として存在するICを、わざわざTI製に設計変更させられたもした。アメリカとの戦争に負け、アメリカの援助で戦後復興した日本は、アメリカからの要請を断ることは出来なかった。しかし、今の中国は違う。だからこそ、今回の米中貿易戦争は簡単には終わらないだろう。

中国は、その強大な経済力をバックに、「一帯一路」政策のもとで世界覇権を狙っている。しかし、もはや、アメリカには、その強大な軍事力を持ってしても、中国の勢力拡大に正面から対抗できる力はない。だから、アメリカは、その中国の経済力を根っこから削ごうとしているのだ。ちょうど、今から40年前に、日本に対して行った産業衰退政策が成功を遂げたように、それを中国に対して行うとしているように私には思える。だから、中国は、当面、多少は苦しいけれども、アメリカの圧力に屈するわけにはいかないのだろう。

今、毎日メディアで「5G」が騒がれているが、通信機器業界で世界を席巻したファーウエイ(華為)は、もともとは極めて弱小で無力な通信機器メーカだった。このファーウエイを世界一の通信機器企業に育てたのは、実はIBMである。IBMは通信機器ビジネスから撤退した後、そのエンジニア達をファーウエイに派遣し、IBMが保有する技術を全てファーウエイに伝えた。もちろん、IBMは、その対価として巨額の報酬をファーウエイから得ている。当時、まだ弱小メーカーだったファーウエイが、どうして、それほど巨額の支払いが出来たかは全くもって謎である。

当時のIBMはアメリカを代表する企業であり、まさにIBMはアメリカそのものであった。そのIBMが、なぜ中国企業のファーウエイを全力で助けたのか?である。当時のアメリカは、近い将来、つまり30年後に、中国がアメリカ最大の脅威になるとは全く想像すら出来なかったのだろう。そして、当時のIBMにとって、最大の脅威は日本の富士通やNECだった。この2社とも、コンピューターメーカであると同時に通信機器メーカーであった。だから、これら日本の通信機器メーカーに対抗する中国メーカーを育てれば、IBMにとっては競争相手の基盤を削ぐことになる。果たしてIBMが、そこまで深慮遠謀を巡らせていたかどうかは定かではないが、よく考えてみれば全く納得がいかない訳でもない。

トランプ大統領は、ほんの思いつきで全く無茶苦茶な政策を次々と出してくると思ったら、それは大きな間違いである。彼は、どうしたら次の大統領選挙に勝てるのか?しか考えていない。そのためには、どんな事でもする。どんなに恥知らずな人でも出来ないような破廉恥なことでも、それが、アメリカ人が人前では言えない本音であるならば、彼は、敢えてそれを実行する。その政策こそが、44%は下らない岩盤支持層を支えている。

つまり、この米中貿易戦争が長期戦だと捉えるならば、日本は、対米国、対中国に関しても、これまでとは全く違う戦略を取らないとダメだということになる。その一環として、EUやASEANなど、広範囲に及ぶポートフォリオ戦略を取らないと、日本は、今後、長期的に生き残ってはいけないことになるだろう。

409  ノートルダム大聖堂火災の衝撃

2019年4月18日

朝早くのニュース速報でノートルダム大聖堂が燃えている映像を見て飛び起きた。一瞬、ニューヨークの同時テロを想起したが、直感的に「これは違う」と思った。パリはフランスの首都だけでなく、ヨーロッパの首都である。そのパリの象徴ともいえるノートルダム大聖堂が燃えさかっている映像ほどショックなものはない。建造されてから800年の間に、これまで何度も修理や改修が行われてきただろうに。そして、素材も技術も安全策も当初とは比較にならないほど大きく進歩しただろうに。どうして、こんなことが起きてしまったのか本当に残念というしかない。

やはり、フランスが劣化したのだろうか?というより、ヨーロッパ全体が劣化しているのだろう。日本から見ると、なぜ英国がEUから脱退するという破滅的な選択をしたのかよく理解できないが、英国民から見ればEUから出るも地獄だが、EUに留まるも地獄という感覚で、いつまでも決めきれないのかも知れない。今から、40年程前の30代前半に会社の命でドイツ、フランス、オランダ、英国と1週間回ったときに得た感覚では、ヨーロッパは、美しく、清潔で、豊かで、まさに「この世の楽園」ではないかと思ったりした。

それでいて、ヨーロッパの街では、夜間や休日には飲食店以外の店は閉まっており、人々はあくせく働いている風でもなく、こんなに、ゆとりある生活で、どうして、かくも豊かに暮らせるのだろうか?と不思議に思ったりもした。後になってわかったことは、その豊かさの源は、数百年にわたって世界中の植民地から得た莫大な富の蓄積だった。その富は、二度の大戦で少しは失ったかもしれないが、致命的な損失にはならず、大戦が終わった後も、その利息や配当だけで社会全体が十分に豊かさを享受できたのだろう。そうした素晴らしい仕組みが、2008年に起きた世界金融恐慌で大きく吹き飛んだ。さらに、莫大な富の蓄積が大きく毀損しただけでなく、超低金利時代を迎えて利息や配当などの不労所得も殆ど消滅した。

一方で、ヨーロッパから収奪しつくされたアジアには富の蓄積など全くなく、働かざる者は飢えて死ぬしかない世界からスタートした。元々、貧しい人々は少し豊かになっただけで満足し、さらに働く意欲を増していった。客観的にみれば、今でもヨーロッパはアジアより遙かに豊かである。しかし、ヨーロッパの人々は、かつての大繁栄時代に比べて低下した生活の質に不満を抱き、その原因探しを始めている。そして、その原因は、ヨーロッパより遙かに貧しい中東やアフリカからやってくる移民のせいだと結論づけている。移民さえ排除すれば、ヨーロッパは再び豊かになれるのだと信じている人々も少なくない。

ヨーロッパの病は、その労働政策にもある。永年勤続の年長者を優遇するために、リストラの対象は、いつも若者にしわ寄せがくる。そのため、若者の失業率は20%にも及ぶ。さらに悪いことに、大学卒の若者の失業率は、大学に進学していない若者より遥かに高い。つまり、現在のヨーロッパは努力が報われない社会となっている。そして、移民2世の若者はさらに過酷な境遇を強いられる。こうした社会全体が弛緩した情勢の中で、歴史上の貴重な宝物であるノートルダム大聖堂の修理に携わる人々の心も、ひょっとしたら少し荒んでいたのではないかと懸念するのは私だけだろうか。

408 スパコン「京」との再会

2019年3月14日

中学2年生になった孫娘から、中学の卒業論文について相談された。なんで、また中学生で卒業論文など書かせるのかと思ったら、どうも中高一貫校の中学生には緊張感が欠けているので、学校は中学校卒業のけじめとして宿題を課したようである。とにかく書籍だけから学んだことだけではなくて、現地現物を見て考察をしないとだめだという。普段から勉強など殆どしないで、バイオリンだけ弾いて毎日を過ごしている孫娘が選んだテーマは、何と「スーパー・コンピューター」だった。どうも、私に、神戸にあるスパコン「京」を見に連れて行ってくれということらしい。

早速、富士通から理研のスパコンセンターに移られた辛木さんに連絡したら、今年8月には「ポスト京」の導入準備のため「京」は撤去するのだという。つまり、早く来てもらわないと「京」も「ポスト京」も暫くは見ることが出来ないというので、私は、孫娘と春休みの日程と、辛木さん、及び、私の日程の調整に入った結果、3月4日しかないことがわかった。孫娘は、前日の3月3日は、バイオリンのジュニアクラシックコンクール東京地区予選、一方、私は、次の日の3月5日には、一部上場企業の役員を経験されて、次のキャリアを目指す方々への講演の予定があったので、今回、予定がとれただけでも幸運だった。

朝早く、孫娘と一緒に新横浜を出発し、新神戸についた後、異人館をいくつか見て回った。70歳を超えた体には、結構きつい坂道ではあったが、孫娘の後をなんとかやっとついて行った。その後、ロープウエイを登って山頂のハーブレストランで昼食をとり、いよいよ理研の計算センターに向かった。センターに着いた後、辛木さんから、一時間ほどの講義を受けた。中学生でも理解できるよう易しい内容にしてくださったようにも見えたが、多分、専門知識がない一般の見学者向けにアレンジされたものだろう。そして、プレゼンに使用した巨大なスクリーンが上に巻き上げられると、ガラス越しではあるが、あの巨大な「京」の全貌が見えてきた。

私は、この「京」を見るのは4回目である。建設中に2回、完成後に1回みているが、4回目でも、やはり目の前で見ると感動する。4回目の私が感動するわけだから、初めて見る孫娘の驚きはいかばかりだったろう。何しろ、口を半開きにして、声も出ない。「京」があるうちに連れてきたよかったと心から思った。また、プレゼンを聞いている最中から、この「京」が完成して世界一を取るまでに、辛木さんと一緒に苦労した長い長い日々を思い起こして、思わず涙が出てきそうにもなった。

もともと、「京」は「兆」の一万倍。一秒間で1京回の計算が出来るという意味である。コンピューターの世界でいうと10ペタ・フロップスに相当し、「京」の前の世代である和製スーパーコンピューター、地球シミュレーター(NEC製)に比べて100倍以上の性能を持っている。実は、この地球シミュレーターの性能こそが、世界の、とりわけ当時のアメリカの度肝を抜いた性能だった。人工衛星でソ連に抜かれ、スーパーコンピューターで日本に抜かれたアメリカのショックは本当に大きかった。

このため、地球シミュレーターの後継機を開発するという国家プロジェクト発足には、当時の文科省も経産省も米国が通商法301条を適用するのではないかと躊躇していた。実は、アメリカは、日本が地球シミュレーターの開発したのを見て、国を挙げて本気で開発に取り組むことになった。その結果、「京」の開発を企画している時点では、既に、世界のスーパーコンピューター・ランキングは全てアメリカ勢が席巻する状態になっていた。つまり、もはやアメリカは日本など相手にする価値もないと考えており、文科省や経産省が恐れるような事態では全くなかったのだ。

それで、次期スーパーコンピューター「京」の開発がスタートするわけだが、政治的には、納税者である国民に納得しやすくするために、その性能目標は兆の1万倍である「京」が良いということになった。京=10ペタであるが、実直で真面目な富士通のエンジニアは、どう頑張っても10ペタは無理で、7ペタしか出せないという。彼らは言い出したら、少々の脅しや圧力で主張を翻すような人たちではなかった。一方、国は富士通の言うことなど全く耳を貸さずに性能目標を10ペタと決めてしまった。折衷案として、富士通が7ペタ、NECが3ペタを分担し、二社併せて合計10ペタの性能を出すこととして契約を完了した。

国が10ペタに拘ったのは、単に数字のキリが良いというだけではなかった。IBMが10ペタ以上の性能を出す次期スーパーコンピューターを開発中との噂が広まっていたからだ。世界一を目指すには最低でも10ペタを出すしかないとの考え方には一理あった。しかし、その後、思いもかけない展開が起きた。NECが次期スーパーコンピューター開発プロジェクトから撤退したのである。富士通単独では7ペタしか出ないわけだから、「京」という名前にも意味がなくなってしまう。思いがけないことは、それだけに留まらなかった。なんと政権交代が起こったのだ。

アメリカでも韓国でもそうだが、政権交代が起きると前政権で決めたことを翻すことを行っていく。スパコンプロジェクトも例外ではなかった。「何で二位では駄目なんですか?」との名言のもとで、スーパーコンピュータープロジェクトは一旦白紙に戻ることになった。その後、ノーベル賞受賞者の方々の勇気ある声明によって、何とか復活することになったが、それで「世界二位」にしかならなかったら、まさに世間の笑いものである。こういう状況のなかで、私たちは幸運に恵まれた。完成した「京」の性能実測結果が10.7ペタと僅かに10ペタを超えたのである。

僅かでも10ペタを超えれば、これは胸を張って「京」と呼べる。さらに、完成していれば「京」を超えていたであろうIBMのスパコンプロジェクトが失敗したのだ。「京」は目標どおり「京」の性能を発揮し、世界一の栄冠にも輝くことが出来た。理化学研究所のリーダーシップと富士通のエンジニアの頑張りには敬意を表するしかない。孫娘と「京」の景観を眺めながら、この苦闘の物語が走馬灯のように私の脳裏を巡っていった。

8月には、この思い出の「京」が撤去され、次期スーパーコンピューターである「ポスト京」の実装が始まるという。「ポスト京」は「京」の100倍近い性能を有するというが、「京」が入っていた建物に、そのまま入るというのが驚きである。消費電力も、ほぼ同じだという。同じ大きさでありながら、10年で100倍というのは本当に凄い。思えば「京」の心臓部はユニックス・サーバーのものを使っている。今や、サーバーといえば、パソコンのエンジンを使ったパソコンサーバーが世の中を席巻している。

富士通が現在開発中の「ポスト京」がユニックス・サーバーを基本とした「京」や、パソコンサーバーを基本として世界の上位にランキングされている中国のスーパーコンピューターに比べても、さらに圧倒的に高性能を発揮できるのは、基本エンジンに携帯電話(スマホ)のものを使っているからだ。時代は変わる、メインフレームからユニックスへ、さらにパソコンへ、そして今は、携帯電話(スマホ)の時代である。

このポスト京が完成し実績を上げることが出来たとしたら、世の中は、パソコンサーバーからスマホサーバーへと大転換するかも知れないという夢がある。それは単に、世界一の性能を出したという一時的な成果に留まらない。孫娘と「京」の景観を眺めながら、そんな夢を描いてみた。