345 「えー」という間投詞に思うこと

2016年7月2日

落語は、「えー、お笑いを一席」から始まるように、「えー」という間投詞が話の中に頻繁に入ってくる。そして、この「えー」が微妙な間として落語の芸術性を高めているとも言われている。私は、少年時代から、落語が大好きで、中学校の時は学校放送で落語を演じたこともある。だから、この「えー」という間投詞には親しみがあり、自分でも頻繁に使っていたように思う。

以前にも、このコラムで書いたことがあるが、英語の能力が低いまま米国勤務を命じられた私は、着任してから3年間、個人教授からみっちりと企業経営者として恥ずかしくないエグゼクティブ・イングリッシュを学んだ。この個人教授の生徒となった日本人の中で、日本に帰国してから大企業の社長になられた方が何人もいる。この先生は、母国語が英語でない外国の子供達が米国の学校に転入してきた時の英語教育(ESL: English Second Language)の教師を長年務められてリタイアされた老婦人であった。米国生まれの中国系アメリカ人で日本語は全く理解できない方で、英語以外の情報交換は漢字の筆談で行った。

授業は、文法、ヒアリング、ライティング、プレゼンテーションの4科目あり、特にプレゼンテーションについては、課題を与えられて10分間英語でプレゼンテーションを行うという授業である。この授業で最初に、先生から、こっぴどく怒られたのは、文章の内容でも発音でもなく、冒頭に話した「えー」であった。もちろん、この先生は、私より以前に、何人もの日本人を教えているので、日本人が頻発に使う「えー」という間投詞については、よく熟知している。

その時に、先生が私を叱った言葉は「ダメです。貴方が、今、発音した「えー」という音を日本人以外の外国人が、どういう気持ちで聞いているか貴方は知っていますか? ものすごく気分が悪いのです。「えー」は、まともな人間が発する音ではありません。この音は、動物の発声に聞こえるのです。ですから、自分に対して動物のように話しかけてくるので、大変失礼な態度だと思えます。「えー」を発する代わりに、無言の間の方が遥かに良いのです。吃音で間を作っても全く問題ありません。「You Know」は決して品の良い間投詞ではありませんが、「えー」に比べれば、まだ人間の言葉ですからね」と言うことだった。

それ以来、私は、先生の前では、絶対に「えー」を発声しないように心がけた。それは、私にとって苦痛でもなんでもなく、むしろ快感だった。そして、この「えー」という間投詞を使わないと、なんと綺麗に話ができるのだろうかと思えるようになった。この成果は、日本に帰国した今でも大変役に立っている。私の講演では、いつも、聴衆の方から、とても歯切れが良くて聞きやすかったと言ってくださることが多い。多分、これは私が、「えー」という間投詞を殆ど発音しないからだと思われる。

よく考えてみると、プロのアナウンサーや司会者は、間違いなく殆ど「えー」を発声しない。多分、そのように訓練されているからだろう。そして、最近の若い人たちもインタビューを受けている最中に、「えー」を言わなくなってきている。インタビュアーから質問をされると、答える前に「そうですね」という言葉で、うまく時間をつないでいる。一方、年配の方は、挨拶をされる時間のかなりの部分が、「えー」で占められている。私は、この「えー」が気になりだすと、とても落ち着かなくなり、結局、何を言われたのか、さっぱり頭に入らない。

「えー」という間投詞が気になりだしてから、他人の話や挨拶を聞いてみると、「えー」という間投詞が全くない方、あるいは殆ど発声されない方の話や挨拶は、きちんと整理されていることに気がついた。一方、「えー」という間投詞を頻発されている方の話は、殆どの場合、全く整理されていない。つまり、真面目に聞かなくても問題ない話であるとも言える。これでは、「えー」という間投詞を発するのは、単なる話者の癖では済まない話である。

子供は、大人の真似をする。大人は、話をする時には「えー」という間投詞から始めるものだと、子供達が本気で思い込んだら、その子は世界の笑い者になる。もっとも「えー」という間投詞の英訳はないので、話しようがないのだが、私は英語の先生に叱られたのだから、きっと何を言おうかわからなくなって英語が途絶えた時に発声したものと思われる。私にとっての「えー」は、大人のモノマネから、自分の身体に染み付いた習慣になっており、それを拭いさるのに、米国駐在生活3年を費やした。

こんな恥ずかしい経験を、これからの若い人たちにさせてはならない。「話や挨拶の中で、「えー」を使うことを一切止めなさい。特に外国人の場合、相手の方を著しく不快にさせることになります。」と皆が、子供達に、丁寧に教えてあげなくてはならない。

344 英国のEU離脱について思うこと (2)

2016年6月26日

製造業で優位性を失った英国の基幹産業は金融業である。米国のウオール街ではなく、英国のシティに海外本社を設置した日本の金融企業のトップの方から、「アメリカの金融システムはルール(規則)ベースだが、英国はプリンシプル(原則)ベース。だからシティに本社を移した」と伺った。どうもルール(規則)ベースで雁字搦めの規則に縛られると金融業は成長が難しいということらしい。

それではプリンシプル(原則)ベースとは、一体何なのか? どうも、シティの基本原則は、素人の一般投資家を騙したり、迷惑をかけたりしてはならないということらしい。従って、それ以外は何でも許される。つまり、プロ同士は、騙しても良いということらしい。プロの投資家であれば、騙される方が悪いということのようだ。こうしたシティの柔軟な考え方は、欧州大陸随一の金融街であるフランクフルトでは多分真似できない。EUという巨大な市場をバックにつけたシティがウオール街を凌駕した繁栄を享受できたのも、通貨はポンドではあるけれども、英国がEUに所属していたことが大きな根拠となっていた。

私は、一昨年、シティで5本の指に入るファンドを有する浅井さんの事務所を訪問した。浅井さんが、取り扱っている主要金融商品は日本国債である。なのに、なぜロンドンでビジネスを展開しているかである。その秘密は人材にあった。浅井さんのオフィスで働いているトレーダーの8割はインド人である。浅井さんに言わせると、IQ180以上で毎日3時間の睡眠で働ける人を採用したら、そうなった、これは日本ではできないということらしい。英国の基幹産業である金融業で繁栄とともにトビッキリ豊かな収入を獲得できる人達は、そういう人々である。彼らにとってみれば、英国がEUに残留することを当然支持することになる。EU域内に居るからこそ、フランクフルトの分まで、自分たちの仕事になるからだ。EUから離脱したら、これまでのシティの仕事の多くが、フランクフルトに移ってしまうことになるかもしれない。

それでは、金融業以外の業種において、この度の英国のEU離脱は、どう影響するかである。少なくとも、私が知る限りにおいて、例えば、富士通が買収したICLについては、欧州大陸のビジネスは極めて少ない割合だった。この英国に本社を持つICLの海外ビジネスと言えば、南アフリカ、インド、シンガポール、香港、オーストラリア、カナダなど、旧英連邦が主たるビジネス領域であった。後ほど、また詳しく述べたいが、欧州大陸全体を統括する地域本社を英国のロンドンに置くという選択は、金融業以外では正しい選択とは言えない。トヨタも欧州の地域本社は、EU本部がある、ベルギーのブルッセルに置いている。

数年ほど前にインドのデリーに行った時、日本の援助で地下鉄工事が行われていたが、これはデリーでコモンウエルス(Commonwealth)スポーツ大会が行われるので、その準備だという。インドの人たちにとっては、コモンウエルススポーツ大会はオリンピックより重要な競技会であるという。そのコモンウエルスこそ旧英連邦の別名である。本来のコモンウエルスは「共通善」とか「善なる目標を共有する社会連合」という意味らしいが、英国は、「旧英連邦所属の共和国による、ゆるやかな国家連合」として固有の意味をもたせている。

ロンドンのヒースロー空港に降り立つと、その入国審査の混雑ぶりに驚かされる。これは、未だ英国がEUに加盟する前から、そうだった。旧英連邦の人々が大量に英国にやってくるのである。特に、インド系であるバングラデッシュからの移民は最も多かった。その意味で、英国がEU離脱を果たしたとしても、このコモンウエルスからの移民は途絶えないだろうから、移民問題だけが、EU離脱の大きな要因ではない。

富士通は、10年ほど前にSiemensのコンピューター事業部門を事実上買収し、5年ほど前に完全子会社化した。それを機に、欧州全体の地域本社をロンドンに置いていた管理体制を抜本的に見直して、欧州大陸全体の地域本社をミュンヘンに移し、ロンドンの地域本社では英国と北欧だけを管轄する体制に変更した。先ほど、英国の旧ICLが欧州大陸では殆どビジネスをしていないのと同様に、欧州大陸側の旧Siemensも英国では、殆どビジネスが出来ていなかったからである。

英国が旧英連邦を中心としたビジネスをしているのに対して、欧州大陸、特にドイツ企業のビジネスの相手は、東欧からトルコ、ロシア、中東、そして中国というように東側を向いて海外ビジネスを行っている。EUを構成する2大勢力である英国とドイツは、実は、相互には大きな関連もなく、そして競合もなく、また関心もないように見えるのだ。そして、それは経済関係だけでなく、政治的な関係でも互いに相容れないものを持っている。

アメリカが対イラク戦争を開始した時に、英国は真っ先に参戦を表明した。しかし、ドイツはアメリカへの協力を否んだばかりか対イラク戦争に反対したのである。この時に、私はミュンヘンでドイツ人の同僚に、その理由を尋ねた。その答えは「イラクはドイツの隣国だから、仲良くしなければならない」というものだった。この時に、とっさに地球儀が頭に浮かんだが、どうしてイラクがドイツの隣国なのだろうと思った。

よく考えてみると、ドイツには膨大な数のトルコ人がいる。イラクは、そのトルコの隣国なのだ。かつて、第二次世界大戦の時に、ヒットラーが進めた3B政策、ベルリン、ビザンチン(イスタンブール)、バグダッドを結ぶ枢軸政策の終点にイラクの首都バグダッドがある。そして、それは、英国の海外戦略である3C政策、カイロ、ケープタウン、カルカッタに真っ向から対立するものであった。英国が、EUに加盟しながら通貨をポンドからユーロに変更しなかった理由、ドイツが、未だにユーロだけでなくマルクも使えるように残している理由は、欧州における、このG2(英国、ドイツ)の覇権争いなのかもしれない。

英国のEU離脱は、まだ、今後に、どのような大きな問題を引き起こすか誰にもわからない。しかし、ドイツを中心とするEU側が、英国に残留するよう懇願するのではなく、英国に対して「出て行くなら早く出て行け」と最後通牒を申し渡したということは、ドイツは、既に、こうした事態を早くから織り込み済みだったのかも知れない。

343 英国のEU離脱について思うこと  (1)

2016年6月26日

6月24日、英国のEU離脱の是非を問う国民投票の結果が出るという日に、私は、全日空インターコンチネンタルホテルにて開催された、ゼンショーの株主総会に登壇していた。株主総会開始直前は、残留派が僅かにリードと伝えられていたのが、終了後の昼食会にて離脱がほぼ確定というニュースを聞いた役員全員が、何とも言いようがない感じに包まれた。

例えば、日本最大の外食企業であるゼンショーにとってみても、英国のEU離脱が有利なのか不利なのか全く読めない。大量の食肉を輸入しているので、円高の方が有利であることには間違いないが、それも既に長期的に為替予約をしているので、大きな利益につながるわけではない。むしろ、世界的な景気後退によって、日本の景気も悪化し、顧客単価が下がることの方が怖い。少なくとも、株主総会で、こうした難しい問題が、質問の話題にならなかったことで、とりあえず安堵したというのが正直なところであった。

さて、この問題は、多くのメディアにて沢山の専門家が意見を述べている。私は、こうした議論に参加できるほどの深い見識は、とても持ち合わせていないが、富士通の海外事業において欧州総代表を2年ほど務め、日本-EUビジネスラウンドテーブルに8年間に渡って参加してきた経験から、この問題に関して、いろいろ感じたことを書き綴ってみたい。

富士通は、今から30年ほど前に、サッチャー首相の要請を受けて英国最大のIT企業であったコンピューター公社(ICL)を買収した。元IBMのチーフエンジニアであるアムダール博士が設立した、IBM互換機メーカである米国アムダール社を買収してから、ほどなくの事であった。私たち富士通社員が頻繁にロンドンへ出張するようになったのは、それ以来である。暫くして、そのICLが北欧の雄であるノキアのコンピューター部門を買収することになり、急遽、私もヘルシンキに行くことになった。「ICLが買った会社が、どんな会社か見てこい」という命令である。大英帝国の国営企業であったICLは富士通に買収されてからも、富士通の子会社という意識が全く希薄で、富士通本社への説明を十分にしないまま買収を決定してしまったからだ。

こうして、私と英国との付き合いが始まったわけだが、英国には、日本からは知りえない多くの難しい事情があった。その一つ例をあげたい。私たちの仲間にスコットランド出身者が居た。彼に言わせると、自分は英国人ではなくてスコットランド人であるという。確かに、英国の呼称にはUK:United KingdomやGB:Great Britainなど、いろいろな呼び名があるが、日本人がよく使うイングランドは英国全体の呼称ではない。このスコットランド人の彼に言わせると「もし、サッカーで日本とイングランドが対戦することになったら、自分は、迷うことなく日本を応援する。しかし、スコットランドと日本が対戦する時は、当然、応援はスコットランドだね」という。

そして、英国発祥で、国民的人気を博しているスポーツであるサッカーにおいて、イングランドとスコットランドが合体した英国代表(GB)チームという存在はオリンピックの時だけ結成されるが、その戦績は全く惨めなものである。イングランドとスコットランドの境界線は、大昔、ローマ帝国の国境線であった。これほど、古い時代から、両者は峻別されていたのである。私が、このスコットランドの州都エディンバラに行ったのは、セントアンドリュースで開催される、第一回全英女子オープンでのプロアマ戦に招待されたからだった。

主催者であるリコーの近藤社長と宮里藍さんと、セントアンドリュースのオールドコースを一緒に回れるなど、夢のようなことであった。時は、8月3日、真夏なのに気温3度、冬のような寒さであった。このため、翌日からの本番も暖かい沖縄で育った藍さんの成績は振るわなかった。多分、温暖な地中海に住んでいたローマ帝国の戦士達にも、1日の間に四季の天気が訪れるスコットランドは魅力ある土地には見えなかったのかも知れない。

このエディンバラには、ゴルフコースだけでなく、セントアンドリュース大学があり、王位継承権第2位のウイリアム王子が、ここで大学生活を送られた。ウイリアム王子が、ロンドンにあるオックスフォード大学でもケンブリッジ大学でもなく、セントアンドリュース大学で学ばれたのは、多分、ゴルフが大好きだったからではない。英国政府と英国王室が、対スコットランド融和政策の一環として考えられたに違いない。逆に考えれば、英国にとってスコットランド独立問題は、王室の協力も必要なほど深刻な問題だとも言える。

長い間、イングランドに支配されてきたスコットランドの人たちにとってみれば、英国がEUに残留することによって、独立はできなくても、自分たちがイングランド支配から解放されるかも知れないという希望が持てたに違いない。だから、多くのスコットランド人がEU残留に票を投じたのであろう。それでは、ロンドン市を除く大半のイングランドの人々がEU離脱に票を投じたのは、どうしてだろうか? まず、この英国のEU離脱国民投票の結果が出るまでの、為替レートを見てみると、ドルは110円くらい、ポンドは150円くらい、ユーロは120円くらいである。

カルフォルニアからミュンヘンに転勤にして、暫くしてロンドンに転勤になった富士通の同僚が言うには、食料品を買う時の値札には、ドルもユーロもポンドも、皆、同じ数字が書いてあるというのである。つまり、ロンドンは、食料品だけでなく、とにかく、なんでも高いのだ。一番、恐ろしいのは住宅価格である。富士通のロンドン駐在員も、家賃の説明を東京本社にするのが一番大変だという。「お前、どれだけ豪勢な邸宅を借りようとしているのだ」と本社から怒鳴られるからである。

とにかく、英国の景気はすこぶる良い。そのため物価も家賃も高い。街には高級車がいっぱい走っている。しかし、ロンドンを除くイングランド全体の庶民の所得は、殆ど上がっていない。一方、失業率は、どんどん高くなっている。それで、暮らしは、どんどん厳しくなる一方である。彼らは、その主たる原因が東欧から英国に職を求めてやってきた大量の移民のせいだと考えている。そして、それは多分間違ってはいない。英国経済が伸長しても、自分たちに恩恵はさっぱり来ないとすれば、その原因を断ち切るには、移民を制限する、つまりEU離脱するしかないと考えても、さほど不思議ではない。

さて、それではロンドン市内では、なぜEU残留賛成が多かったのであろうか?一昨年、多くの若者が起業しているというイーストエンド・ロンドンに行ってみた。ロンドン市がオリンッピック対策としてロンドン市内のスラム街に住んでいる人たちを、郊外に新築した公共住宅に移転させ、その跡地をリノベーションして、起業家たちに貸すことにした。その政策は、見事に当たり、かつてスラム街だったイーストエンド・ロンドンは、こざっぱりとしたサンフランシスコに見える。まさに、シリコンバレーと同じ活気が溢れている。しかし、街を闊歩している人達の殆どが、非白人の人々で、昔からイングランドに住んでいる人達ではない。こうして、新しいロンドンを支える人達も、また、移民か移民2世である。

こうして移民の知恵や労働力をうまく活用して、英国経済の繁栄を享受している人たちや、移民の人たち自身も含めて、英国のEU残留を支持することになったのであろう。英国が、EU離脱か、残留かをめぐって、深い分裂の闇に陥るには、その必然性があったように見える。