356 母親の介護について

2017年2月20日

私には親の介護について語る資格など全くない。何しろ、2001年に父が亡くなって以来、92歳になるまで、母が16年もの間、独り暮らしを続けてきたことを黙殺して来たからである。80歳になったばかりの母は、海外出張中の私とも頻繁に携帯メールでやり取りする能力を持っていた。しかし、80歳代後半を迎えた、数年前からは要介護のレベルとなり、ヘルパーさんのお世話で、掃除やゴミ出しなどを手伝って頂くようになっていた。

当然のことながら、何度も同じ話を繰り返すようになり、昔のことはしっかり覚えているのに、短期の記憶が明確でなくなるなど、明らかに認知症の症状も出ていたが、相変わらず滑舌はしっかりしており、機関銃のようなテンポで、私たちに話し掛けてきた。それを良いことに、私たち兄弟は、母に甘えて、独り暮らしの生活を放置してきたのである。ケア・マネージャーや、かかりつけ医からも、「お一人で大丈夫ですか?」と言われても、「いえ、うちの母は、独り暮らしが一番あっているのです」と答えていた。

私は、父が亡くなった2001年に役員に昇格して以来、2015年にリタイアするまで、海外事業担当だったこともあり、世界中を飛び回っていて、何とか年に数回は実家を訪れていたものの、日常的な母の世話については全く面倒を見ていなかった。弟二人も、それぞれの組織で重職にあり、私同様に、母親の面倒を見る時間など全くなかったのが実情である。それこそ、母にしてみれば、息子たちが出世することが本当に良いことなのかどうかわからなかった。全く、親不孝な息子たちであった。

それでも、90歳になってからは、さすがに、気力も体力も弱ってきた。二階から階段を踏み外して脊椎を骨折したりしたが、ベッドに寝るようになって、痛みもすっかり良くなったように見えた。お湯を沸かそうとして、何度も鍋を焦がすことが増えたので、ガスコンロからIHに変えて、お湯が沸いたら自動的に止まるようにした。自炊も難儀になったようなので、週五日宅配のお弁当をとり始め、私が月に2回ほど定期的に運ぶインスタント食品で、食欲を補っていた。

母は、気丈で、他人と群れることが好きではない性格なので、自宅にヘルパーさんには来て頂いてはいたものの、デイ・サービスに出かけて、皆と一緒に会話を楽しむようなことは一切しなかった。独りで暮らしている方が気楽で良いといつも言い、介護施設に入りたいというような素振りは一切見せなかった。しかし、こんな状態はいつまで続くのだろうという不安は、私には、いつもあった。

10年ほど前に、妻の母を山形から横浜に引き取り、自宅の近所に住まわせ、妻がその介護に努めていたが、2年も経たないうちに身体を壊してしまった。介護は、実に重労働で、実の親子ですら難しい。山形出身の妻も、平塚出身の私も、横浜の地域事情には疎く、義母は94歳で亡くなるまで、5ヶ所も介護施設を転々と移ることになった。「もう出て行ってください」と言われたり、「こんな所では可哀想だ」と考えたり、介護施設との相性は本当に難しい。それでも、最後に辿り着いた施設では、亡くなるまで、本当によく面倒をみて頂いた。

母を、いつ介護施設に預けるか? その決断が迫られる時は突然訪れた。弁当を届ける配達の女性から、突然、私の携帯に電話がかかってきた。実は、その前の週に母を慰問に行った時、その女性が弁当を配達に来られたのだ。玄関に出た母は、私を呼んで、「この方、誰かに似てない?」と私に言う。「大竹しのぶさんでしょ!」と私が答えると、母はいたく満足して、「そっくりでしょ!」と言う。そこで、私は、母が代金を支払うことが滞った時に連絡を頂けるよう、携帯電話番号が印刷された名刺を、その「大竹しのぶ」さんに渡した。それで、「大竹しのぶ」さんから、私に電話がかかってきたわけである。

「今、お弁当を届けに来たら出てこられないので、お家に上がってみたら、ベッドの脇にうずくまって苦しんでおられました」と連絡を受けた私が、母に電話をすると、すぐに電話に出て、「もう収まったから大丈夫、心配しないで」と言う。じゃあ明日にでも様子を見に行くかと思ったが、心配になって、もう一度電話をすると、また母が電話に出て「もうダメだ、苦しい」と呻く。それで、私は車に飛び乗り、東名高速、小田原厚木道路を飛ばして平塚の実家に着くなり、顔がいつもの倍に膨らみ、息も絶え絶えの母を見て、119番で救急車を呼んだ。

救急車で病院に運ばれた母は、直ぐに救急救命室に運ばれて酸素吸入を受けた。血圧は何と235にまで上昇。直ぐに駆けつけてくれた医師の末弟も、「これはダメだな」と言う。早速、入院手続きをして、翌日持参する入院グッズのリストを渡される。しかし、翌日は、私が社外取締役を務める会社の取締役会。末弟に年次休暇を取ってもらい入院支度品を届けてもらうことにした。兄弟とは、本当に有難いものである。そして、その翌々日、私と次弟が病院を訪れた時に、母は驚くほどの生命力を見せつけ、元の元気な姿に戻っていた。しかし、主治医の言葉は、「お母さんは、奇跡的な回復をされており、2−3週間後には退院できると思いますが、もはや、退院後、お一人で暮らすことは不可能だと思いますよ」だった。

遂に、その日が来た。母を介護施設に入れる日が突然やって来た。早速、病院の地域連携室でケース・ワーカーの方の予約をとり、無事に退院できることを前提に、介護施設を探す決心をした。しかし、やはり、恐れていることが起きた。母が以前から望んでいた、年金+アルファ(自分の預貯金の取り崩しで賄える)で入れる施設は、そう簡単には見つからない。何しろ、母のように、あの厳しい戦争をくぐり抜けて来た人たちは、逞しくて、そう簡単には死なない。下手をすれば、親子逆転だって十分にあり得る。だからこそ、金銭的に持続性のある施設を選ばなくてはならないのだ。

ネットで調べたり、平塚に住む友人たちに、いろいろ聞いたりしたが、どうも要領を得ない。もう誰でも、あたりかまわず相談することとし、自宅の近くに住んでおられる犬の散歩仲間が、平塚江南高校の後輩であることを思い出した。その方は大手広告代理店をリタイアされ自治会の副会長も勤められている。汐留でも昼休みに歩いている時に、何度かお会いした大変親しい仲である。早速、犬の散歩の時に、お聞きしたら、お父上が昨年入所した平塚の介護施設が、新設されたばかりで、とっても良いとの紹介を受けた。しかし、どうしたら、そんな素晴しい所に入れるのだろうか?

もう退院まで、あと1週間に迫った時に、母親のケア・マネージャーとしてお世話になっていた方の事務所に相談に行った。そこで、奇跡が起きた。ケア・マネージャーから推奨された施設こそが、あの自治会副会長から推薦された施設だったのだ。ケア・マネージャーは、以前から、私の母の独り暮らしをいたく心配されていて、今回も救急車が自宅に来た時に、たまたま通りかかった母のヘルパーさんから連絡を受けて、母の容態を大変心配してくださっていた。母が入院した時点で、既に独自に介護施設を探し始めて下さっていたのだった。「ここは、いかがですか」とケア・マネージャーが私に勧める。直ぐに、私は「ここで、お願いします」と返答した。「ご覧にならなくても良いのですか?」とケア・マネージャー。だって、こんな奇跡を断る理由など全くない。

介護保険証と印鑑を持っていた私は、すぐさまケア・マネージャーの事務所で申込書を作成した。その4日後に、ケア・マネージャー、介護施設の責任者、病院のケース・ワーカーと私の4者面談を行って頂き、無事、介護施設への入所が決定した。その3日後の今日。母は、無事、病院を退院して、介護施設に入所できた。母は、「ここは、どこなの?」と、私たちに何度も聞いた。「もう一度、自宅で暮らせるように、リハビリをするための施設だよ」と言うと、頷いて納得する。歴史はあるが、既に老朽化した病院から、ピカピカの施設に移って、何だか満足げな表情でもある。

私たちが一番恐れていた「もう、こんなところは嫌だ。自分の家に帰る」と言う苦情を母は決して言わなかった。きっと、これまでの16年間にわたる独り暮らしは、心細く、不安な毎日だったに違いない。私たちは、なんと親不孝な息子だったのだろうか。退院の時の医師の説明では、母の病状は大動脈弁狭窄症。弁の周囲の血管の径は0.5平方センチで、余命は、あと2年だと言う。いや、そんなことはない。不死身の母は、そんな簡単には死なない。その間、これまでの親不孝を償うべく、足繁く、母の介護施設に通おうと誓う。

355  アメリカは何処へ向かおうとしているのか?

2017年1月22日

私は、1998年、アメリカ子会社のCEOとして赴任した最初の経営会議で聞きなれない言葉に遭遇した。それは、ROW(Rest of World)である。ROWとは、日本で言えば「海外」という意味で、日本で市場を国内と海外に分けるのと同じく、アメリカでは日本でいう「国内」は「World」であり、「海外」が「ROW」なのだ。つまり、アメリカは「World=世界」であり、アメリカ以外は、「その他の世界」である「ROW」なのだ。そう言えば、大リーグの決勝戦はワールドシリーズであり、アメリカで勝利するということは、そのまま世界一という意味なのである。

私も、当初は、ROWという表現そのものが、なんと尊大なのだろうと思ったが、すぐに、それは当たり前のことだと納得した。アメリカは、やはり「世界」なのだ。大体、アメリカ人という人種は、どこにもいない。アメリカは、世界で最も「多様性」を持つ国であり、国という定義を大幅に超えている。先進国の中で唯一、アメリカは移民の流入によって高齢化社会の到来を免れていて、先進国中で唯一と言って良いほど高い成長率を保っている。そう、アメリカを国として定義すること自体が間違っている。アメリカ自体が、実は「世界」なのである。

アメリカから3年間の駐在生活を終えて帰国して私は、日本とアメリカを比較すること自体がナンセンスと思えてきた。だって、アメリカは、単なる国ではなくて「世界」なのだから。「アメリカ=世界」と「ROW(その他の世界)の一国である日本」と比較すること自体に意味がない。そのアメリカを「世界」に押し上げている最大の要因は「移民」である。私が住んでいたシリコンバレーの成功者は殆どが移民である。Appleを世界最大の企業に押し上げたスティーブ・ジョブスはシリア移民の子孫だし、Googleの創業者もロシア移民の子供である。Facebookの創業者であるザッカーバーグはユダヤ人だし、Amazonの創業者であるペゾスは生まれて間もなく両親の離婚によって孤児となり、キューバからの移民である養父に育てられた。

今日のアメリカが超大国であり続けられる最大の要因は「移民」の存在であると言っても決して過言ではない。そのアメリカが「世界」であることを捨てて「国」であることを意識した時、それはアメリカの凋落を意味する以外の何物でもない。アメリカ国民は、なぜ、トランプという亡国の大統領を選んでしまったのだろうか? それは、カルフォルニアに住んだことがある私には少しは理解できるような気がしないでもない。カルフォルニア州は、現在、アメリカで最も成長率の高い地域である。今や、アメリカの富の大半はカルフォルニア州で生まれている。そして、その富の大半が移民、もしくは移民の2世、3世から創出されている。

アメリカで最もランキングが高い大学はカルフォルニア工科大学で、第二位はスタンフォード大学、次がカルフォルニア州立大学。そして、最近、この全米で最もレベルの高い3つの大学にアメリカで生まれた白人の中間層の子供達が入学できなくなった。インドや中国の優秀で富裕な留学生に、その機会を奪われているからだ。これは、大変深刻な事態で、アメリカに元々住んでいた先住民であるネイティブ・アメリカンの悲哀を、ヨーロッパからアメリカに移住してきた白人たちが、今、辛酸を舐めさせられているからだ。こうした白人の移民に対する反感が、トランプを大統領にさせた大きな要因となったと見ることもできる。

しかし、移民に対して門戸を閉じさえすれば、アメリカの白人たちは、かつての栄光を取り戻せるのだろうか? まず、アメリカが、トランプ政策によって「世界」から「一つの国」に没落することによるアメリカ経済の低迷は世界に及ぼす影響以上にアメリカ自身を疲弊させるに違いない。そして、トランプ大統領の「アメリカファースト政策」は、アメリカの白人の雇用を押し上げることにはならない。これからアメリカの雇用にとっての最大の脅威は、実は「自由貿易」でも「移民」でもなくて「AIを含む技術革新」だからだ。

特に、AI(人工知能)による雇用破壊は、アメリカの有色人種が依存する肉体労働よりも、多くの白人中間層が依存している高学歴職種、ホワイトカラーの職業にある。さらに、TPPを例に取るならば、TPP凍結によって救われるアメリカの工場労働者の数よりも、TPPによって救われるはずだった農業従事者の数の方が圧倒的に多いということである。トランプ大統領は、こうしたアメリカ経済の実態が理解できていない。アメリカの雇用を極大化するという彼の主張は、結果としてアメリカ経済の停滞化、白人労働者の失業率の増加という結果を招くのは必定である。

黒人の85%が黒人以外の友達を持たない、白人の85%が白人以外の友達を持たないというアメリカの分断社会が、アメリカのさらなる発展を阻んできた。その隙間を埋めてきたのが、中国やインド、中東や東欧からの移民であった。中国経済や欧州経済、及び新興国の経済が停滞している中で、唯一アメリカ経済だけが、これからの世界経済の牽引役であったのに、トランプ大統領は、自ら、その幕引きをしようとしている。

グローバリズムは、高い賃金の先進国から、低賃金の途上国へと生産活動をシフトし続けてきた。それを最も積極的に推進して恩恵を受けてきたのは、実は、アメリカ企業自身であった。そして、今や、AI(人工知能)が、その流れを大きく変えようとしている。さらに、アメリカにおいて、AIの先導役を果たしてきたのも優秀で血気盛んな移民たちである。アメリカの発展を支えてきたH1Bビザ、私も、このビザでアメリカに渡ったのだが、トランプ大統領は、このH1Bビザをも制限しようとしている。そうなれば、もはや、アメリカに優秀な頭脳は全く入ってこないことになる。

今こそ、日本が、アメリカに勝てる大きなチャンスが到来した。そうでも、考えないと、こんなバカな話には到底付き合ってはいられない。日本がアメリカに勝てるこの千載一遇のチャンスにおいて、日本が求められていることは、より高い多様性への寛容な社会を目指すことである。世界中が排他的で不寛容な社会になりつつある中で、2020年に向けて東京オリンピックを控えた日本こそ、世界で一番寛容な国を目指して欲しいと私は心から望んでいる。

354 インターネットによる信用創造

2017年1月18日

近年、ヒトを介さないモノとモノを結ぶインターネット、IoT (Internet of things)が大きな話題になっている一方で、ヒトとヒトを結びつけるためのインターネットによる信用創造が、これまでの経済の仕組みを大きく変えていくのではないかと思われる。

1.シェアビジネスを成立させるためには個人情報の与信が不可欠

シリコンバレーから始まったUber社によるライドシェア(いわゆる白タク)は瞬く間に世界中に広がった。まだ上場してはいないが、Uber社の時価総額はJR東海の何倍にもなるという。そして、もはやシリコンバレーで道路を走るタクシーの姿を見ることはない。タクシーに乗りたければホテルまで行って呼んでもらうしか方法がなくなった。しかし、よく考えてみれば、世界中からあらゆる民族が集まっていて、銃の携帯も許されており、凶悪犯罪の発生率も高いアメリカで、見知らぬ車に乗ることは怖くないのだろうか? あるいは見知らぬ他人を自分の車に乗せることは怖くないのだろうか? そういう疑問が湧いてくる。

同様に、同じくシリコンバレーから誕生したAirb&bは世界のホテル業界にとって大きな脅威となっている。Uberを未だ認めていない規制後進国の日本ですら、Airb&bはすでに東京で5万室以上を確保しているという。東京全体のホテルの収容能力がおよそ15万室だから、Airb&bの影響力は甚大である。さて、このルームシェアについてもライドシェア同様に疑問が沸く。見知らぬ他人の家に泊まることは怖くないのだろうか? 見知らぬ他人を自分の家に泊めるのは怖くないのだろうか?

こうしたシェアビジネスが普及しているアメリカでは、極めて詳細な個人情報がすでに社会に蓄積されているので、これを参照して個人の与信能力を調べれば、サービスを提供する資格、あるいはサービスを受ける資格が簡単に判明するのだという。こうした個人情報は「パーソナルクレジットスコア」と呼ばれていて、全米では全人口のおよそ9割の人々がデータ化されているという。個人情報に神経質な日本人から見れば、とても許しがたい社会に見えるかもしれない。

もちろん、アメリカでも、自分の個人情報が勝手に利用されていることが許せない人は、裁判所に訴えれば消去してもらうことは可能だという。ところが、この情報を消去された途端に、その人は米国の残りの1割に当たる不法移民、ホームレス、犯罪者のグループに分類されることになり、アメリカ社会の毎日の生活で普通にできたことが何もできなくなるのだという。

Airb&bやUberを利用するには会員登録が必要で、その際には住所、氏名、電話番号、インターネットアドレス、免許証番号、パスポート番号など、かなり詳細にわたる個人情報を要求される。Airb&b社によれば「どうしてそんなに細かい情報まで出さなければならないのだ!」というクレームも多数あるという。そうした時にAirb&b社は「お客様の安全を守るために必要であり、ご提出いただけないのであれば、残念ですが会員登録はできません」と丁重に断っているそうだ。

2.与信情報としてSNSをはじめインターネットの行動履歴が使われる

そして、Airb&bにしてもUberにしても、それぞれサービスを受けた方も提供した方も相互に評価点をつけることになっている。この評価点が、さらに与信情報として蓄積されていく。評価点が高いサービスの提供者はますますビジネスが拡大するし、評価点が高いサービスの利用者は、多くのサービス提供者から優先的にサービスが受けられるようになる。だから、Airb&bで宿泊した人は皆、部屋を出る時に綺麗に掃除していくのだという。

また、こうしたAirb&bやUberのようなシェアビジネスを行っている人たちが個人の与信情報として活用しているのがFacebookのようなSNSへの投稿である。Facebookの投稿を見ていると、投稿者が信用できる人かどうかがわかるということだろう。もちろん、その膨大な情報の判定には人工知能(AI)を使っているだろう。一方、欧米でテロ犯罪が起きた時、すぐに犯人が割り出せるのも、公安当局があらかじめSNSの投稿から危険人物をマークしているからだと言われている。SNSは個人情報の宝庫である。

「だから、俺はFacebookのようなSNSはやらないのだ」という方も多いかもしれない。しかし、その際には、誰かがなりすましで自分を騙っていないか、よくチェックした方が良い。そして、SNSをやらないにしても、ネット通販で何を購入したかはしっかりチェックされているし、GoogleやYahooでどこのサイトを検索したかも、携帯電話で位置情報をオンにしておけば、どこに立ち寄ったかも、すべて与信情報に組み入れられている。つまり、インターネット社会では個人の行動はすべて誰かに掌握されている。そうであれば、むしろ積極的に、毎日、清廉潔白な暮らしをしているのだという証拠となる有益な情報をSNSに発信した方が得である。

3.インターネットによる信用創造はサービス業から金融業まで拡大する

UberやAirb&bなどは、こうして蓄積した膨大な与信情報をベースにして、さらなるシェアビジネスを拡大しようとしている。宅配、ベビーシッター、掃除・洗濯、ケータリング、介護などのサービス授受を見知らぬ人同士まで拡大するには、サービスを提供する側と受ける側の双方の信用が重要となる。そうした個人エージェントがサービス産業の主役になった時に、従来のサービス企業という組織はむしろ非効率な存在となる。個人ベースの方がサービスの対価は安くなって品質も確保されるし、働く人の収入は仕事の出来栄えによって従来より増えるからだ。

さらにこうしたインターネットによる信用創造はサービス産業だけにとどまらない。信用をベースとする最大の産業は金融業であり、中でも銀行という存在は信用だけで成り立っている。顧客にとって銀行は安心して預金を預けられる存在、また決済を任せることができる存在であり、また銀行にとって最も重要な仕事は融資先の与信管理である。こうした「信用」を、新たにインターネット上に構築可能としたのがブロックチェーン技術に代表される新たな金融工学・Fintech(フィンテック)である。

インターネットは元々、管理者不在の自律分散構造で運営されている。この自律分散システムが信用創造を受け持つようになると、これまで決済業務を銀行に頼っていた企業や個人は手数料を支払うことなく自身でできるようになる。そうした決済情報は最も信頼できる与信情報であり、この情報を手にした者は融資業務まで事業を拡大することができる。AppleがApple Payに乗り出したのも、そうした狙いがある。

FacebookやGoogleが個人に無償で多くのサービスの提供しているのは、単に広告事業だけを狙っているわけではない。彼らは個人の行動をそっと見守ることによって個人の与信情報を蓄積し金融ビジネスへ事業拡大することを目指している。GoogleもAmazonもFacebookも目指している最終ゴールは金融業である。インターネットによる新たな信用創造が、サービスや金融の世界に破壊的イノベーションを起こすのは、どうも間違いなさそうだ。

4.組織ではなく提供価値が信用できる個人に直接仕事を依頼する未来

さて、今からおよそ30年後の2045年には人工知能が人間の能力を追い越し、約7割の職種が消滅すると言われている。特に高学歴が必要とされた職種ほど、その存続が危ないと言われている。私は、職種というよりも、むしろ「会社員」という職業の人が激減するのではないかと思っている。つまり、30年後には、会社に所属し上司から指示された仕事をするというのではなく、個人として顧客から直接仕事を請け負う形に働き方が変化していくと思われる。

現在、多くの顧客は信頼がおけるブランドを持った会社に仕事を依頼している。それは、名が売れた会社に仕事を依頼すれば、責任を持って最後までやり遂げてくれるからである。しかし、今でも、深刻な病に罹った人は高名な病院を探すのではなく、高名な医師を探すという。重要なことは、「どの病院に入院するか」ではなく、「どの医師に診てもらうか」だからだ。一般の仕事を依頼するのも、それと同じことである。

インターネットによって、個人レベルで仕事のスキルや責任感、人間性などの信用情報に加え、これまでやり遂げてきた仕事の評価などが参照できれば、顧客は名が売れた会社に仕事を依頼するより、卓越した能力を有する個人に仕事を頼んだ方が遥かに良い結果が得られるだろう。これは決して将来の夢物語ではなく、現在、UberやAirb&bが行っているシェアビジネスの延長線上にある。つまり、現存する多くのサービス企業が、Uberによって潰されたタクシー会社と同じ運命を辿ることになる。

こうした時代の到来に向けて、私たちの子供や孫たちは、どのような準備をさせれば良いのだろうか? 何しろ、良い会社に入社すれば、将来まで安定した生活ができるという保証は全くない。それよりも、個人として社会に貢献し、対価を得るために何ができるかが問われている。そして、それはきっと有名大学で学べば教えてくれるというものではないだろうと想像できる。インターネットによる信用創造が活発になされる時代には、毎日の生活の中で地道な生活力を養っていくことこそが肝要なのかもしれない。

(本原稿は富士通総研が発行する電子マガジン 知創の杜 2017 Vol1に掲載予定です。)