430   ポスト・コロナ時代に向けて(10)

2020年8月5日

7月下旬から、いよいよ日本にもCOVID-19の第二波が襲来してきたと思われる。諸外国に比べて、第一波をうまく抑えたことから「日本の奇跡」とか「ファクターX」とか日本礼賛のメッセージが溢れたことが嘘のようである。やはり、このCOVID-19は得体が知れない感染症だ。無策な政府を非難する声には、私も半分は同意するが、政府の側に立ってみて考えてみると、どうしたら良いかわからないのではないかと少し同情したりもする。

従って、このCOVID-19禍は、最短でも1年、長引けば3年くらい続くと考えた方が良い。だとすると「クマが出た時には死んだふりを!」という教訓は役に立たない。1年も死んだふりをしていたら本当に死んでしまうからだ。つまり、今の状況が長く続くという前提で、何か新しいことを始めないと企業は存続ができないだろう。COVID-19禍が収束した後に、今までとは異なった時代、即ち、ニューノーマル(新常態)になると言われているが、さて、どんな常態になるのだろうか?しかし、今まで常態と思われていたことが、一体、どのように変わるのかをゼロから考えるのは至難なことである。

ここで、ピーター・ドラッカーが語る、『「すでに起こった未来」を見つけよ』という言葉を考えてみたい。つまり、ポスト・コロナ時代に起きることは、今まで全く起きなかったことが突然始まるわけではない。その変化の兆候は既に起きている。COVID-19禍は、その変化を加速させるだけだと思った方が良い。だから、ドラッカーが言っているように、私たちは、その「すでに起こった未来」を丁寧に見つけ出さなくてはならない。

例えば、今、大変苦しんでいる業種にアパレル業界がある。ステイホームで人々は、毎日、普段着で暮らしているので、人目を気にする外出着への関心が薄らいでいる。テナントとして入っていた百貨店も2ヶ月近く閉店しており、毎日が地獄の日々である。しかし、アパレル業界の苦境は、実はCOVID-19禍が起こる以前から起きていた。例えば、日本市場の需要と供給の関係から見てみると、今から30年前の1990年では需要が11.5億点に対して供給は12億点とほぼ拮抗していた。ところが2018年には需要が13.5億点に対して、供給は二倍以上の29億点に達していて、余剰在庫が15.5億点にまで達している。

つまり、アパレル業界は製造した商品の半分以上が余剰在庫となり、廃却を迫られていた。アパレル業界は、2年前に流行する「色」を決め、1年前に流行する「形」を決めて、安価な労働コストが可能な途上国で一斉に大量に製造をしてきた。このビジネスモデルは、もはや、とっくに破綻していたのである。こうしたビジネスモデルを打ち破ったのが英国のウルトラ・ファスト・ファッション企業であるPRIMARKである。

PRIMARKは、ロンドン近郊で縫製しながらバングラディッシュで縫製するH&Mより安価で販売する。ロンドンの銀座通りであるオックスフォード通りに2,000坪の店舗を有し、今や英国第一位、世界第7位の巨大アパレル業となった。ロンドンの女性たちからはプチプラ(安くて可愛い)ブランドとして人気があり、平均一点7ポンド(約1,000円)の商品は、COVID-19禍でも人気は全く衰えない。とにかく、PRIMARKの成功の秘訣は余計な在庫を抱えないことである。こうした動向は、COVID-19禍が起こる以前から始まっていた。

日本でも、多くのアパレル業界が苦しんでいる中で、ワークマンだけはCOVID-19禍がどこ吹く風というほど好調である。もともとガテン系の作業着が主流の商品だったワークマンが女性向けファッションで大ヒットを連発している。また、ニトリは百貨店にテナントとして入っている100店舗ほどが休業したにも関わらず、前年比大幅な売上増加という好業績を挙げている。ニトリはテレワークによる巣ごもりで、日常生活を少しでも暮らしやすくしたいという庶民の細やかな希望を満たしてくれる商品を安価に提供してくれている。

一方で、自動車産業は未曾有の苦境に陥っている。一体、何が起きているのだろうか? 実は、COVID-19禍の発生以前から起きていた所得水準の低下が、COVID-19禍によって一層深刻になったからである。休業から解雇、実働時間の低下による所得の減少により多くの若者の所得が大幅に減った。彼らは、もはや車を買う所ではない。都内に住む若者は駐車場代すら払えない。必要な時に、軽自動車をレンタルすれば良いと割り切っている。こうした現象は日本だけではないので、世界的に、もはや自動車の需要が大幅に増えるということはない。

そして、今回のCOVID-19禍で最も苦しんでいる業種は居酒屋ではないだろうか? 狭い店舗で飲酒をしながら、お互いに長い時間会話をするというのはCOVID-19感染環境としては最悪である。むしろ、お互いに無言でひたすら盤面に向かうパチンコ業界の方が遥かに安全である。その居酒屋業界は今後、どうなっていくのかを、既に起きている結果から考えてみたい。それは、日本人の飲酒習慣の推移を見てみればわかる。

もともと、日本人は欧米人に比べて遺伝的に見てアルコール分解能力が著しく弱い。言い換えれば、多くの日本人は元来下戸だった。ところが、終身雇用という村社会で暮らす日本人サラリーマンは、下戸というハンディを長年にわたって無理して酒が飲めるよう鍛えてきた。今から20年前、40歳代から50歳代の日本人男子の平均的な飲酒習慣は60%を超えていた。しかし、現在、20歳代から30歳代の日本人男子の飲酒習慣はたった16%しかない。つまり、今の日本の若者は6人に一人しか酒を飲まないのだ。

よく、言われることだが、「最近の若者は職場の飲み会に参加しない」、「今の若者は忘年会をスルーする」と非難されている。彼らは、もはや、苦労して飲酒習慣を身につけようとは考えていない。つまり、上司の説教を聞きながら、好きでもない酒を一緒に飲むのは苦痛でしかない。もはや、「飲みニケーション」などという習慣は職場のパワハラだ。従って、アフター5で「ちょっと飲みに行くか?」という上司の誘いは全く嬉しくもない。つまり、上司の悪口を言ってウサを晴らす居酒屋という存在は、もはや存続不可能で、今の中高年が、リタイアしたら、この業態は生き残れない。

COVID-19禍は、今から全く想像も出来ない新しい時代を呼び起こすわけではない。既に、今、起こっていること。これまで起きてきたこと、つまり、格差の拡大、所得の低下、差別の拡大が一層激しくなることを助長すると考えた方が良い。しかしながら、これほど、世界中で経済的な苦境が起きているにも関わらず株価や不動産価格は信じられないほどの高騰を続けている。これこそが、現在の経済活動の矛盾を露呈しているものと言えるだろう。実体経済に合わないものは、いつか必ず破綻する。そして、その時は、もう間近に差し迫っている。

429    ポスト・コロナ時代に向けて (9)

2020年7月5日

COVID-19禍は、今まで見えなかったことを顕在化する。世界最大の感染者数に悩まされるアメリカに、これまで内在していた経済格差、人種差別といった深刻な課題を人々の意識の中核に据えた。また、本当の豊さとは何か?幸せとは何か?ということまで人々に問うている。日本でも、例えば、TVのCMが減っている。東日本大震災の時と同じく、スポンサーが消滅した時の代行広告であるACジャパンのCMや番組宣伝(バンセン)が増えている。

元々、TV-CMや新聞広告は、勃興するネット広告に蹂躙され続けてきた。まさに、既存メディアの危機である。ところが、拡大を続けてきたネット広告市場でも大きな動きが起き始めている。きっかけは、もちろん、アメリカ一番のお騒がせ屋のトランプ大統領である。トランプ大統領が投稿した人種差別的投稿に関してTwitterが警告ラベルをつけたのに対して、Facebookは、同種のヘイト行為対策が不十分だとして一大広告ボイコット運動が起きた。

消費者向けビジネスを中心とした企業であるスターバックス(94億円)、ユニリーバ(42億円)、ハーシーズ(36億円)、ベライゾン(23億円)、米国ホンダ(6億円)などだが取りやめた広告金額(カッコ内)が半端ではない。こうした企業は元来、イデオロギーや政治的立場で行動することはない。しかし、最近のコーポレートガバナンス規定では企業の社会正義、すなわちポリティカル・コレクトネスが問われているのでFacebookの姿勢を無視するわけにはいかないのだろう。つまり人種差別発言の投稿を容認するようなSNSに広告を出すこと自体が社会的正義に反するというわけである。

ところで、一昨年に亡くなった私の母が、一人暮らし中に突然倒れて入院し一命を取り止めたことがあった。退院後にも一人暮らしを続けるのは無理なので老人介護施設をネットで、いろいろ探したことがあった。その直後からSNSだろうが検索サイトだろうが、ネットに足を踏み入れると老人介護施設の広告ばかり出現するようになった。しかも母が住んでいた実家の近くの施設ばかりの広告が提示されてくる。結局、ケアマネージャーから良い所を紹介して頂き無事入居できたのだが、それ以降、突然、介護施設の広告は出なくなった。

さらに、最近、引っ越しをしたばかりのFacebookの友人の投稿が気になっている。ホームセンターに部屋の壁に取り付ける棚を買いに行って、家に帰ってきてSNSを覗いて見ると、外資系の大手家具チェーンから「取り付け棚」の広告がやたら掲示されていたのだという。事前に、ネットで検索したこともないし、誰にも話していないのに、どうして自分が「取り付け棚」を探していることを知っているのだろうと不思議に思っていたら、前の晩にパートナーとAIスピーカーが設置しているリビングで「取り付け棚」のことを話していたことに気がついた。

何とも気味が悪い話ばかりである。こんな形で示される広告を有り難いと思って買いに行くのだろうか? 広告業で使われているAIアルゴリズムは、「便利」と「不気味」の差がわからない。 GAFAの中で、GoogleとFacebookの主要な利益は全て広告である。Googleも、いろいろな新規事業を手掛けているが広告の代わりになる事業の柱は、未だに、一つも見つかっていない。広告が売り上げや利益の増大に寄与しないということが判明した時、大手の広告主はこれまでどおり、ネット広告を出し続けるだろうか?

今回のFacebookに向けての大量の広告ボイコット運動は、単に企業の社会的責任だけから生じているのだろうかと私は疑問に思っている。多分、彼らは壮大な実験をしようとしているのではないか? Facebookの広告をやめても、売り上げや利益の増減に大して影響を与えないのではないか? このCOVID-19禍でビジネスが縮小している時に、各企業は試しているのではないか? この結果、殆ど影響がないことが判れば「広告神話」は、多分、今後崩壊する。

特に、テレワークが進んで、外出しないで自宅に巣篭もりしている人たちは、外観を気にしなくなった。会社の同僚と仕事をするのなら清潔でありさえすれば普段着で良い。通勤の行き帰りで遭遇する他人の目を気にする必要がないからだ。アパレル産業が不振を極めているのも、単にお店が休業しているからだけではないだろう。ポスト・コロナ時代は、おそらく「普段着の時代」に変わっていく。そして、他人の目を気にしない、今、何が流行っているかを気にしなくなる「脱・流行の時代」になっていくだろう。

世界で一番COVID-19禍に苦しんでいるアメリカ。そのアメリカでは、広告で成立してきたメディア産業の新しい流が生まれている。それが、既にアメリカでは衰退業種と言われた新聞日刊紙のニューヨークタイムズである。昨年の4半期売上は平均で約500億円(年間2,000億円に相当)で昨年比で1.1%増。昨年の4半期利益は平均約80億円で昨年比4.4%増となっている。アメリカ第3位の日刊新聞は衰退するどころか、今や売上も利益も成長しているのだ。

4半期売り上げ500億円の内、課金(講読料)は275億円で前年比4.5%増、広告収入は170億円で前年比10.7%減となっている。つまり、年々減っている広告費を購読料の増加が上回っている。紙とオンライン合わせて550万部だがオンラインだけの購読者は4半期ごとに35万人増えており、昨年同期比で130%増となっている。当たり前だがオンライン購読の比率が高まれば高まるほど事業採算は好転する。だからオンライン購読料は月9.75ドルと極めて安い。

このように広告依存度を減らしているニューヨークタイムズは広告主の影響を受けることなく、独自に厳しい企業批判、政府批判を繰り返している。トランプ大統領が最も嫌っているメディアは、今やCNNからニューヨークタイムズに変わっていて、トランプ大統領は同紙を最悪の「フェイクニュース」と呼んでいる。こうしたニューヨークタイムズの方針が、今後のアメリカを担うと言われているミレニアル世代から大きな支持を受けていて、2020年度は新規購読者を倍増させることを計画している。

なお、アメリカの広告費総額の49%がGoogleで40%をFacebookが占めており、TVや新聞などの既存メディアは残りの11%しかない。しかし、ミレニアル世代の多くが「広告ブロッカー」というアプリによってオンライン広告を阻止しており、その総額は1兆6000億円に相当すると言われている。COVID-19禍の中で何が真実なのかを求めているアメリカで広告産業は、今後、大きく変わるに違いない。

428   ポスト・コロナ時代に向けて(8)

2020年6月14日

世界で1強と言われていたアメリカが、こんなことになるなど一体誰が想像しただろうか? 20年前、シリコンバレーに3年間駐在した私は、これまで、アメリカの絶対的信奉者だった。ビジネスで迷うことがあれば、アメリカを見習えば、まず間違いないと信じていた。アメリカは常に日本の3年先を進んでいる。スーパーのダイエー、ショッピング・モールのイオン、コンビニエンス・ストアのセブンイレブン、それぞれの業態で成功した創業者達は、皆、アメリカを訪問して見習った。

今回、大騒ぎになっている黒人に対する警察官の残虐な行為は、これまでアメリカでは日常茶飯事に起きていた。それを、ここまで大々的な抗議に発展させたのは、未だ、アメリカ人にも良心が残っていたことの証左として、私は少し安堵した。罪もない黒人を尋問して逮捕するのは、アメリカの警察官にとっては、白人住民からの付託に対して忠実に応えた職務だと思っていたからだ。

日本では誰にでも与えられている投票権がアメリカでは、つい最近まで黒人には与えられない時代が続いた。その黒人の投票権登録を合法的に妨げることができるのが言われなき逮捕、起訴、勾留である。アメリカの白人は、年々増える黒人を含む有色人種の拡大が投票結果に反映されることを恐れている。今、黒人に対して行われている警察の非合法行為は、いずれ、ヒスパニックやアジア系にまで拡大する恐れがあった。

それでも150年以上続いてきた黒人差別にスポットライトが浴びたのはCOVID-19禍の影響が大きい。アメリカの総人口は3億人、そのうち労働者が1.5億人。フリーランスが5,000万人と言われているので給与生活者は1億人である。今回のCOVID-19禍で起きた失業保険申請が2,400万件ということなので、失業率はほぼ25%ということになる。フリーランスで仕事を失った人を含めれば、失業率は、さらに大きな数字になる。

こうした人々の多くが低所得者で、収入を失って、クレジットカードのリボ払いが出来ないでいる。そのため、アメリカで発行されている多くのクレジットカードの限度額が、今、大幅に減らされている。アメリカにおける多くの低所得者は、手元に現金を持たないばかりか銀行預金すら持っていない。彼らは毎日クレジットカードで生活をしている。そのクレジットカードが事実上使えない事態が、今、起きている。そうした人々は決して黒人ばかりではない。彼らは、今回のCOVID-19禍で、自分達も黒人同様にアメリカの二級市民としてしか生きられないと黒人に共感を持ったのかも知れない。

そして、アメリカの一般市民が、これだけ苦しんでいるのに、株価は上昇を続けている。1929年の大恐慌の時のアメリカでも経済活動が停滞している中で株価だけは上がり続けたのと同じ状況だ。現在も、全ての製造業が停滞している中で、アメリカ経済が活況を呈している源泉は、生産活動とは無縁な不動産や株式と言った資産バブルである。だから資産を持つものは益々豊かになり、持たざるものはいくら働いても益々貧しくなる。そして格差は益々拡がるばかりである。

今回のように、経済的格差による分断と人種的差別による分断が一致を見た時に、これまで見られなかったような大きなパワーとなる。トランプ大統領は、これまで経済的格差で虐げられてきた白人と人種的差別で苦しめられてきた黒人を対立軸に置いて、巧みに両者の憎悪を煽ってきた。今や、その政策が破綻をきたしつつある。民主党は共和党を白人至上主義者集団と非難し、共和党は民主党を社会主義者集団と罵っている。しかし、よく考えてみれば、白人労働者階級を貧しくしたのは黒人労働者に職を奪われたせいではない。

今回の民主党大統領候補の予備選でサンダース上院議員は社会主義者と言われながらも最後まで善戦した。彼が、もう少し若かったらバイデン元副大統領に勝っていたかも知れない。今の、アメリカの若者には、もはやアメリカンドリームを見ることが出来ない。アメリカの上位ランクの大学の年間授業料は8万ドルにも達している。そして、彼らが就職後10年経った時の平均給与が年間8万ドルには届かない。もし、学生ローンを組んでいたら確実に自己破産するしか道はない。

一方で、富裕層でも資産が100億円以下だったら相続税は免除され、そのまま子孫に受け継がれる。富裕層は英国貴族のように何代にも渡って富裕層であり続け、貧困層は一生懸命勉強して良い大学へ入学できても学生ローンを組んだら自己破産するしか道はない。経済的格差が本人の努力を超えて何世代にも引き継がれるような国になったアメリカで社会主義者が生まれてもおかしくはない。

世界で最も豊かな国、世界で最も技術革新が進んでいる国、世界で最も社会インフラが整っている国であるアメリカで、COVID-19は世界最大数の感染者、世界最大数の死者を出すに至らしめた。COVID-19は、本当の意味で幸せな国とは、GDPが巨額で、技術革新が進んでいて、社会インフラが整備されている国ではないということを私たちに知らしめた。

翻って、これを日本に置き換えて見れば、東京は本当に日本で一番住みやすい所なのか? 東京都心まで満員電車で朝晩通勤するのは本当に安全なのか? また、3密エレベーターで往来する高層タワーマンションは果たして安全で憧れの住まいと言えるのか? COVID-19禍は、これまでの、あらゆる価値観を変えていくかも知れない。