499  AIが若者の職業選択に及ぼす影響

2025年11月1日

毎日、新聞の経済欄にAIの話が掲載されていない日はない。特に株価や投資の話はAIが中心となって展開されている。元々、「マグニフィセント・セブンと」呼ばれているAmazon、アルファベット、Microsoft、メタ、Apple、エヌヴィデア、テスラの7社がアメリカの株式市場を牽引してきたのだが、最近はイーロン・マスク率いるテスラを除く6社がAIを中心に巨額の投資を行っている。さらにイーロンは新たに「xAI社」を起こして旧Twitter社である「X社」を吸収した。この「xAI」社がテスラの代わりに新たなマグニフィセント・セブンに加わることになるかも知れない。今後、「xAI」社は、テスラの自動運転を担う役割を負うなどAIビジネスで重要な位置付けになるからだ。

最近はあまり話題に登っていなかったオラクルまでもが、今では「AIデータセンター」に巨額の投資を行い株価を急激に上昇させ、オラクルの40%の株価を所有しているエリソンが久しぶりに世界一の資産家として再び脚光を浴びている。ビジネスクラウド事業で世界を制覇したAmazon、Microsoft、アルファベットの3社も、従来の設備に加えて「AIデータセンター」に巨額の投資を行う計画を発表している。その結果、AI半導体の主役であるエヌヴィデア社は瞬く間に、世界一の時価総額を誇る巨大企業になった。それだけでなく、「AIデータセンター」に電力を供給する電力会社や、送電機器関連企業までもが脚光を浴びている。

さらに、今後の「AIエージェント」を担う、新たな「AIデータセンター」の成長予測はとんでもなく大きなものが期待されている。一体、どうして、そこまで「AIエージェント」は成長できるのだろうか? 今後、世の中で行われている「仕事の総量」は、それほど増えるわけではないとすると、現在人間が行っている「仕事の総量」を「AIエージェント」が奪うことになるのかも知れない。つい最近、こうした危惧を表したデータを米国の労働統計データの中に見つけた。それは、大学卒以上の25~27歳の失業率だ。大学を卒業して間もない若い人たちの失業率が、この1年の間に4.5%から6%に急伸している。全米の全労働者の平均失業率が、この1年間で3.5%から4%へと若干増えているのと比べると極めて深刻なデータである。

その理由の一つとして、大学卒の若年労働者の失業率が一般労働者の失業率よりも高いということを示している。つまり、高学歴の大学卒が、ホワイトカラーに就業することが極めて難しい世の中になっているということなのだ。「AIエージェント」が高学歴労働者の職を奪うということが、米国では、この2−3年、将来のことではなくて既に現実化しつつある。トランプ政権になってから、米国が変質していることを多くの人々が感じている。どのような変質かと言えば、「アメリカが、なんだか危なくなっている」感じがするということだろう。こうした米国の変質は、決してトランプ一人のリーダーシップによるものだけではないと思われる。さらに、こうした傾向は単にアメリカだけで起きているわけではない。世界的に若年層の失業率増加が大きな問題となりつつある。

大学新卒者の高い失業率は、アメリカだけではなくて、中国や韓国でも起きている。中国では、2025年大学卒業生は過去最大の1,222万人に達し2025年8月の失業率は18.9%に達している。韓国では、大学新卒の就職率は日本の98%に比べて、67%と極めて低くなっており、さらに20代で新卒入社した企業を1年以内に辞める人が4割以上、3年以内に辞める人が82.4%と非常に高く、こうした若年層の離職率・失業率が社会的に大きな問題となっている。それでも、韓国の公表失業率が世界的に見て決して高くないのは、退職した後に自営業に就く人たち、勉強のため次の機会を待機している人たちが失業者にカウントされていないからだという。正規な就業に就けなくて苦しんでいる若者は、決してアメリカだけではない。近隣の東アジア諸国でも非常に深刻な状況になっている。

しかし、日本にいると、大企業も中小企業も含めて、とにかく人手不足で各企業が大学新卒の学生を一人でも多く採用するのに躍起となっている。こうした恵まれた状況は日本だけなのだろうか? 確かに、日本は少子高齢化で絶対的に若い人が足りないのはよく分かる。それでも、韓国の少子化は、日本を超えるほど深刻な状況なのに、韓国は大学新卒市場で見る限り決して人手不足という状況ではない。韓国もエッセンシャルワーカーの人手不足は日本以上に深刻でアジア諸国からの移民導入はだいぶ前から積極的であった。しかし、韓国はアジア諸国の中でも最も教育熱心で大学進学率は70~80%とOECD諸国の中では極めて高い。もしかすると、韓国社会は実需以上に高学歴者を生み出しているのかも知れない。

しかし、中国や韓国では、未だアメリカほど「AIエージェント」の導入が進んでいるわけではない。そうした状況を考えると、例えば中国や韓国がアメリカと競って「AIエージェント」の導入を積極的に進めるとすれば、今よりもっと高学歴大卒者の雇用状況はさらに悪化するかも知れない。私は、昔から、「今、アメリカで起きていることは3〜5年後には日本で必ず起きる」と言い続けてきた。だから「日本は、今後どういう時代になっていくのか?」という問題を予測して真剣に考える必要ないと言っている。既に、日本も世界情勢の中に組み込まれており、しかも世界をリードしているわけでもないので、日本だけの独自な発展など遂げられるわけがないからだ。

だとすれば、「AIエージェント」が飛躍的に発展する時代に確固たる職業を手にするために必要な「教育制度」を、今から早速、抜本的に変えていかなければならない。一流と言われている大学において、これまで社会や企業のリーダとして活躍している人たちを輩出してきた文系エリート学部でいくら学んでも社会の期待には応えられない。オフィスで紙をベースにして仕事をする職業が、殆ど消え失せてしまうからだ。これからの日本で最も必要とされる人々は現場のニーズに応えられる、例えば「高専」で学ぶ人々だ。実際、現在、日本の有名な高専を優秀な成績で卒業する学生達の多くが、日本で一流と言われている大学の理学部、工学部の3年生に編入している。こうした「高専」経由で入学してきた生徒達は、現場で必要とされるテクノロジーが何かを心得ているので、同じ大学の1~2年で一般教養を学んできた他の学生に比べて大学入学後の成長も早いと思われる。

「AIエージェント」時代になって、オフィスで働くホワイトカラーが必要なくなる時代が到来しても、これからの日本社会で益々重要な役割を果たす職業が「エッセンシャル・ワーカー」と呼ばれている手や足を使って働く労働者達である。例えば、農林水産業に従事する人々は、今後益々重要となる。世界中が気候変動による変化に苦しんでいる。そんな中で食料自給率の低い日本は、今のままでは深刻な飢餓に直面するのかも知れない。それでも「エッセンシャル・ワーカー」に従事することを希望する人々が少ないのは、それが「きつい仕事」で「給与の安い仕事」だからだ。今の「円安」のままなら、アジアの人々も「低賃金の日本」にわざわざ働きに来ることもないだろう。

だからこそ、こうした「エッセンシャル・ワーカー」として働く分野に「人型ロボット」や「AIエージェント」を導入し生産性を上げて、その分だけ彼らの給与を上げる努力をしなくてはならない。そんなことは夢のような話に聞こえるかも知れないが、オランダは既にそれを行なっている。オランダが、アメリカに次いで世界第2位の食糧輸出国になったのは、オランダ製の農業向けに開発された各種自動機がある。北海道の牧場でオランダ製の全自動搾乳機を見た時に、ここまで進んでいるのかと私は本当に驚いた。365日、1日も搾乳を休めない「ブラック職場」であった酪農牧場で、こうした全自動搾乳装置は人々の苦労を救う理想の機械である。

一方で、単なる「大学卒」が高学歴エリートとして必要な資格とはならなくなってきたアメリカの若者達の最近の進学選択を見てみると、電気工、配管工、空調、医療関連の職業訓練校へ進学する比率が昨年に比べて30%近く急増している。「AIエージェント時代」を迎えたアメリカの若者達は、既に、トランプ以上に自分たちの将来を考えている。

498    AIエージェント

2025年10月1日

私も含めて多くの人たちが実際に自分で使って見て生成AIが持つ実力の凄さを学んだ。ChatGPTも初めて登場して評判を呼んだ3.5版から、今では5.0版まで進歩し、もはや地球上の誰もが、高度な知識レベルにおいて人間は誰でも生成AIには勝てないことを知った。将棋の藤井七冠ならとっくに知っているAIの凄さに、遅ればせながら我々はようやく気がついたのだ。その生成AIの実力を単に質問に答えるというレベルを超えて自ら判断して仕事を行わせるのが「AIエージェント」と呼ばれる新たな形のサービスだ。少し前に大流行したRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)も決まった仕事をきちんとやり遂げることについては大きな役割を果たし、今も多くの仕事を行なっている。

元々、RPAは金融機関のデータセンターで、これまで多用されていた「Exelマクロ」を体系的な仕掛けとして置き換えることで多くの支持を得たが、少しでも定義から外れた入力が投入されると全く無力になるという限界が見えてきて、最近では、なぜかRPAの話は殆ど聞かれなくなった。こうしたRPAにおける雁字搦めの定義を少しでも広義に拡張できる生成AIを応用した「ワークフロー型AI」を「AIエージェント」と定義するようになった。世界の主要テック企業が「AIエージェント」について次のように定義している。

Amazon (AWS):環境と対話し、データを収集し、そのデータを使用して自己決定タスクを実行し、事前に決められた目標を達成するためのソフトウエア。

Google : AIを使用してユーザーの代わりに目標を追求しタスクを完了させるソフトウエアシステム。推論、計画、記憶が可能であることが示されており、意思決定、学習、適応を行えるレベルの自律性を備える。

IBM : ワークフローを設計し、利用可能なツールを活用することでユーザまたは別のシステムに代わってタスクを自律的に実行できるシステム。

Meta : ユーザの入力を受け取り、内部で推論や意思決定を行い、適切なツールやアクションを選択して実行する自律的なシステム。

Microsoft : 生成AIの力をさらに一歩進めた存在。ただ単に支援するだけでなく、ユーザーと一緒に、あるいはユーザーの代わりに作業を行う。エージェントは質問への回答から、より複雑なマルチステップのタスクで幅広い作業をこなせる。

Open AI : ユーザの代わりにタスクを自律的に達成するシステム。

「AIエージェント」という、何とも夢のような知的システムの登場で、人手不足で困っている経営者から見れば何としても導入したいと考えることは極めて自然である。一方で、「AIエージェント」導入の失敗例も後を経たない。一番は、目的が曖昧なまま導入してしまうこと。2番目は、責任の所在が不明確なまま進めてしまう。最後は、一番大事なことだが、現行の業務フローを変えずに「AIエージェント」だけを無理やり導入してしまうことだという。まずは、「AIエージェント」を導入するためには、現在の業務の棚卸しが必要だ。全て思いつくままに全ての業務を書き出して、現場の状況を正確に把握する必要がある。さらに、「その人がいないと回らない」属人化している業務を見つけ出すことが重要となる。「AIエージェント」をスムースに導入するためには、こうした属人的にしている業務を整理して、誰もが論理的に納得するルールを整備する必要がある。

「AIエージェント」の導入がうまくいかない組織には、以下の点が挙げられる。第一には、マニュアルやドキュメントが存在しない業務がある。第二には「いつも通り」、「普段通り」という言葉が頻出する。そして第三には、「何となく」、「経験的に」という言葉で説明される判断基準が多くある組織である。こうした組織では、RPAで整理されていない「Execlマクロ」を特定の人だけが管理している状況とも重なっている。また、「AIエージェント」を安定的に運用するためには「情報漏洩のリスク」、「判断の誤りのリスク」、「運用上のリスク」についても、予め留意しておく必要がある。

生成AIがホワイトカラーの雇用を奪う可能性が危惧されているのと反対に、生成AIが関与しにくい「エッセンシャルワーカー」の存在は益々重要となり求職サイドだけでなく、求人側からみても極めて重要となる。その「エッセンシャルワーカー」の中で、今の日本で一番危惧されている職業の一つとして車の運転手(ドライバー)がある。この職業を自動運転に置き換える「AIエージェント」の存在が期待されているわけだが、これまでGoogleやテスラなど多くのビッグテックが挑戦をしてきたが、なかなか本格的に実用化してこなかった。つい最近もテスラの自動運転車が人身事故を起こしてしまったというニュースが世界中を駆け巡った。一体、いつになったらドライバーを必要としない「AIエージェント」が出現するのだろうか?と心配になる。

私の考えでは、自動運転車の人身事故発生確率は人間のドライバーが起こす人身事故より遥かに少なくなっており、安全性で見れば「AIエージェント」の方が圧倒的に人間のドライバーより安全だと思うのだが、それでも多くの人々は「AIエージェント」が起こす人身事故の発生を許さない。我々は、この矛盾をどうしたら解決できるのだろうか? 先日、Uber Japanの役員に就任した友人の話を聞いて一つの解決策に気がついた。彼女は、Uberの本社がある米国テキサス州オースチンに行って研修を受けた後、米国で最も自動運転タクシーが普及しているサンフランシスコ市内で50回ほどUber自動運転タクシーに自分だけで乗ってみたという。その結果は、極めて安定していて、何の不安もなかったそうだ。

まず、Uber自動運転タクシーを呼ぶには、行き先のほか、自身の名前の頭文字と「好きな色」を指定する。彼女がピンク色を指定してから暫くすると、車の上部にピンク色で発光させたランプに彼女が指定した頭文字が見えた。スマホを車にかざすとドアロックが外れて簡単に乗ることができた。50回の乗車中、49回は何の問題もなくスムーズに指定場所まで運んでくれたという。しかし、たった1回だけダウンタウンの混み行ったところで、自動運転タクシーはスピードを落として路肩に乗り上げて停止した。直ぐに、センター側から「どうしたのか?」との声が聞こえたので、彼女は「助けてほしい」と答えたところ、「すぐに復旧させるから暫く待つように」との指示があった。そして、すぐさま、Uberのコントロールセンターから人手によるリモート操作で元の道に戻し、その後、自動運転車は何の不都合もなかったように、また自動運転任務を再開した。

私は、この話を聞いて「凄いな」と思ったことが2点ある。現在、UberはGoogleの親会社でアルファベット傘下のウエイモ社製の自動運転タクシーを使って運用しているわけだが、最初の1点目は、この車が困難な状況に陥った時に勝手に判断しないで「もう無理だから助けて!」とUberのコントロールセンタに通知できたことだ。生成AIは、人間を遥かに超える大量の知識を持っているので、これらの知識を総動員して何とか解を見出そうとする。だから、「分からない」とか「知らない」という出力を出すことを非常に苦手としている。非常に稀ではあるが、生成AIは、ハルシネーション(幻想)と呼ばれる誤った答えを出すことさえある。それでも、生成AI自身は自分の出力が間違っていることを知らないので何の悪意も感じていない。しかし、このウエイモの自動運転車に搭載されている「AIエージェント」は「分からない、助けて」という出力が出せるのだ。これが、まず最初に凄いことだと思った。

次に、凄いなと思ったことは、支援を求めてきた「AIエージェント」に対して、センターに常駐している人間のドライバーが、多くのセンサーを自分の目で見て「AIエージェント」を支援する仕掛けである。タクシーやバス、あるいはトラックの運転手は必ずどこかの組織に属しているので、車の運転を「AIエージェント」に委ねたとしても、優秀なドライバーが所属する組織の「支援センター」のバックアップが受けられる仕掛けが組み込まれている。こうした救済する仕掛けがあれば、「AIエージェント」が自らの考えを深追いしないように作り込んでおくことによって最悪の事態は避けられる。しかし、一般の個人が、バックアップ組織を持たないまま自らの運転を「AIエージェント」に委ねるとすれば、それは今の所少々危険であると言わざるを得ない。

このUberの自動運転タクシーの仕掛けから、「AIエージェント」の本質的な役割が見えてくる。どんなに優れた「AIエージェント」でも絶対的に全自動とはいかないのだ。それをバックアップするシステムを最初から考えておく必要がある。そうした、AIと人との協業によって「AIエージェント」は、更なる高みに登ることができるだろう。

497  生成AIで変わる社会(その3)

2025年9月1日

日本は2040年には1,100万人の労働力が不足すると言われている。この問題は、日本が、将来が抱える諸問題の中で最も大きな課題であることは間違いない。この問題の主たる要因は、近年急速に進んだ「少子化」にある。「少子化」問題は、日本だけでなく欧米では随分前から深刻な問題であった。彼らは大分前から移民政策によって、この「少子化」問題を解決してきた。このため、現在、日本以外のG7各国の外国人は人口のほぼ1割を超えている。ちなみに日本に居住する外国人は350万人で比率は3.5%となっている。それでは、日本も欧米各国と同じように移民を積極的に増やせば良いのではないか?という意見もあるが、欧米各国は現在、逆に、どの国も移民抑制政策に向かっている。

当初、欧米各国において、移民は低所得労働者として多数受け入れられてきた。しかし、世代を経て移民の子供達は切磋琢磨し、次第に高学歴エリート社会にも参加するようになった。欧州での統計はないが、米国では出身国別の所得ランキングではインドが圧倒的な首位、次にベトナムなどアジア各国が続き、その後に日本、中国、韓国、アメリカ出身者の所得水準は、その後に来る。そのためか、アメリカ生まれの白人だけでなく、中南米出身のヒスパニックまでもがアジア出身者に対して嫌悪感を持っている。そうなると、今後、アメリカのために移民を増やそうという政策を続けることは極めて難しい。現に、バイデン政権に移行してもトランプ政権時代の移民抑制政策の変更は行われなかった。欧州各国で起きている、移民抑制を主張する右翼政党の台頭も米国と同じ流れだろう。

さらに、日本が移民を期待している国々はアジア諸国だと思われるが、アジア各国の所得水準はかなりの勢いで上昇し、日本の水準とかなり近づいている。むしろ、ここ数年の円安でアジア諸国から見たら日本の物価は安いと感じる水準までになった。近年、日本を訪れるアジアからの観光客が急増しているのも、そのためだ。逆に、アジア諸国の若い人たちは、「物価が安い」日本は観光で訪れるには良いが、「給与が安い」ため、もはや出稼ぎで働きにくる国ではないと考えている。さらに日本で問題となっている「少子化」問題は、アフリカを除いて、アジアや南米を含めて高学歴化とともに世界各地で進展している共通の課題となった。つまり、もはや、日本の労働力不足をアジアからの移民で補填するという安易な考え方は成り立たなくなってきた。

そのため、日本は世界中のどの国よりも、深刻な労働力不足という問題に対して真剣に対処しなくてはならない。そんな状況の中で、世界各国で人間の仕事を奪うと恐れられている「生成AI」こそ、今後、日本で活用しなくてはならない重要なツールと言えるだろう。しかし、「生成AI」が最も有効に効く職域は、高学歴のホワイトカラーである。例えば、最近のAI機能を強化した経理ソフトの能力は恐ろしい。殆どの仕分け作業が自動化され、税務申告まで自動で出来上がる。監査作業まで自動でできるので、会計監査は全てを対象として行うことも可能である。当然、税務当局も同じレベルのソフトを使うようになるので、もはや不正経理など実行不可能となる。経理部の仕事は経理部長と、将来の経理部長となるべき後継者2−3人の経理部員だけで出来るようになるだろう。

こうした「生成AI」や「AIエージェント」の登場で、会計士や税理士だけでなく、弁護士など、上級の国家資格を必要とするホワイトカラーの人数は従来比で圧倒的な少人数で仕事をこなせるようになる。従来、高学歴で高給を得ていた職業こそ、「生成AI」の影響を受ける。つまり、専門職と呼ばれていた高学歴を必要とする職業の求人が少なくなっていく。本当に、そんなことが起きるのだろうか?と疑問に思われる方も多いかもしれないが、実はコロナ禍以降のアメリカで実際に起きている。コロナ禍でアメリカは「生成AI」の実装が各企業で行われて、「Great Resignation : 大量離職時代」と呼ばれる時代になった。近い将来、「生成AI」はアメリカの高学歴ホワイトカラー職の47%を奪うと言われている。

第二次トランプ政権は、こうした「Great Resignation : 大量離職時代」の真只中に生まれた。この時代のアメリカで新たに雇用を増やした職種は、「介護」、「看護」、「在宅介護」、「調理」の4種類であった。これらの職種は、女性が就くことが多いので、「ピンクカラー」とも呼ばれている。製造業が衰退したアメリカのラストベルト地帯において工場が潰れて失職した夫と離婚し、シングルマザーとして子供達を養うために多くの女性が就いた職業でもあったからだ。逆に、こうした「ピンクカラー」と呼ばれる職業は「生成AI」で簡単には代替できない「エッセンシャル・ワーカー」でもある。「エッセンシャル・ワーカー」とは、コロナ禍で、多くの人々がリモートワークで働いている中で、リモートではなくて現場で働かなければならない職業の総称としてコロナ禍では日常的に使われた言葉である。つまり「エッセンシャル・ワーカー」がいなくなると社会は1日も持続できなくなるからだ。

2040年に陥るであろう「1,100万人の労働力不足」という日本の危機は、ホワイトカラー層ではなく、この「エッセンシャル・ワーカー」不足を、どのように補うかという問題と言える。まず一番重要なのは農林水産業だ。気候変動で危機を迎えている食料調達問題は、いざという時に備えるべき日本の最も重要な安全保障問題でもある。次に、運転手を含む交通・運輸関連産業の深刻な人手不足問題だ。とりわけ、私の住居の近辺でも運転免許証を返納した多くの高齢者が利用するバスが運転手不足で次々と減便する状況になっている。さらに、国の富を生み出す重要産業としての製造業で働く工場労働者たち。そして、一番深刻なのは、今後益々増えていく高齢者がお世話になる老人介護施設で働く人々の労働力が圧倒的に足りなくなる。

しかし、この「エッセンシャル・ワーカー」と呼ばれる職業の多くが、「きつい働き方」と「安い給与」の2点で多くの求職者から嫌われている。この二つの問題を解決しない限り、アジア諸国から外国人を誘っても、そう簡単に日本には来ない。つまり、「エッセンシャル・ワーカー」を「きつい働き方」と「安い給与」から解放した魅力ある職業にしない限り、本質的な解決案はない。このために必要な施作は、現在、エッセンシャル・ワーカーの人々が働いている仕事に対して「生成AI」や「AIエージェント」、あるいは「IoT」を駆使し抜本的な生産性向上を行うことしかない。オフィスで働くホワイトカラーの生産性向上は、もはや特に誰かが特別な努力をしなくても、「生成AI」や「AIエージェント」がどんどん無制限に代行してくれる。つまり、今後、「生成AI」や「AIエージェント」、「自動化ロボット」を推進シナケラばならない分野は「エッセンシャル・ワーカーの仕事」に絞られる。

さて、これまで日本を含む世界中で行われてきた理系高等教育機関(大学・大学院)は、従来の高級ホワイトカラーを育てることに大きく貢献してきたが、「現場に強いエンジニア」や「現場を改革するコンサルタント」を育ててきただろうか? 答えは「否」である。それ故か、現在の米国ハイテク企業は、これまでの大学教育に大きな期待を抱いていない。むしろ、日本で言うと「ロボット高専」のような専門分野に焦点を絞った理系教育機関を望んでいる。実際、日本でも名高い「ロボット高専」を卒業した人材は、卒業すると理系大学の3年生に編入する人が殆どだ。それでも、何の目的もなく理系大学に入って勉強を続けている人たちに比べたら遥かに現場力が強い。企業から見たら、こういう人材を喉から手が出るほど欲しい。

最近、スーパー・サイエンス・ハイスクール(SSH)制度の導入により、多くの高校が文科省の教区指導要項の範囲を超えて、目的を持った理系教育を行っている。中でも、私が感銘を受けたのが2007年からSSHの指定を受けた都立日比谷高校だ。かつて東大合格者数で日本一を誇った日比谷高校は多くの立派な卒業生を抱えており、その方達が生徒に対して、将来、「何を目的として理系科目の勉強をすべきか?」という命題に課外授業として取り組んでいる。こうした研究活動は、実際に現行の受験勉強とは無関係のため、直接役には立たないはずだが、日比谷高校は2025年、昨年比21名増の81名の東大合格者を輩出した。この合格者数は公立高校では日本一だ。そして、この生徒たちは、大学に入って何を勉強するかという具体的な目標を予め持っているため、日本が抱える「エッセンシャルワーカーの人手不足問題」を解決するという課題に対して大きな貢献をするに違いない。